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酒と野球と男と女
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今日は昨日より体の動きが悪い気がする。昨日の調子が良すぎたせいもあるかもしれないが、走っていても自分の体が重く感じる。かといって絶不調と言うわけではないので、やはり昨日の反動なのだろうか。
「昨日みたいに追い上げてくる迫力がないな、今朝はいまいちか?」
「そうだね、調子がいいとは言えないかな。
でも悪くはないと思うんだ、なんとなくだけど」
咲の言うことを信じるならば、精気を取られる? というのが加減できるようだし、昨日の話し方からすると今日は大丈夫なはずだ。
よく考えてみると、僕はすっかり咲の言うことを鵜呑みにしてしまうほど毒されていることに気が付いた。町内を回って防災公園から戻っている道のりでそんなことを考えつつ、僕と父さんは家の前の直線へ出た。
「よしやるか、行けるか?」
「う、うん、大丈夫さ」
そういった後、父さんの合図で全力疾走を始めたが、僕は見る見るうちに引き離されていく。やはり今日はダメなのか。
落胆する僕の視界に咲の家が映る。今日は二階から覗く影がない。どうやらこの体たらくを見ていないようで、僕は少しほっとした。
家の前につきストレッチで体をほぐしながらクールダウンする。でも全力で走ったせいか体の重さが少し取れてきたように感じた。
朝練はともかく放課後の部活までには調子を戻したいところだがどうなるだろうか。そんな風に部活の事を考えていたときに、ふと、木戸の言っていたことを思い出した。
「そういえば、木戸のお父さんがたまには店に寄ってくれって言ってたみたいだよ。
最近はごっさん亭に行ってないんだね」
僕はなんの脈絡もなく唐突に切り出した。昨日頼まれていた言づてをすっかり忘れていたのだ。
思い出した時に言わないとまた忘れてしまうかもしれないし、そもそも僕は外で飲み歩くことを良く思っているわけではないので、何日かしたら言う気がなくなっているかもしれない。
「ああ、最近は行ってないな、ひと月以上はたつかもしれん。
あそこへ行くとお前の担任がいつもいるからよ、つい足が遠のいちまう」
「真弓先生はそんなにいつもいるの!?」
「たぶん毎日行ってるんじゃないのか?
教師ってのは意外にストレスがたまるらしいぜ」
確かに自業自得とは言え、あんなにしょっちゅう副校長から怒られてたらストレスもたまるだろうな、と、学校での出来事を思い出していた。
「今日も副校長に説教喰らってたからね、教師が楽じゃないってのは事実かもね。
生徒には大人気なんだけど、仕事なんだからそれだけじゃダメってことなんだろうなあ」
「そうだな、それにあんまりバカ話してるとお前に筒抜けになるだろ。
ただでさえあそこの息子とお前が同級生なのによ」
「じゃあそんなバカな話しなければいいのに。
それに僕は父さんが外でどれだけ酔っぱらっていようが、どんな会話していようが気にしないよ」
「でもあの先生の前で、おっぱいがどうとかどこそこの店のねーちゃんがかわいいとか言えないだろ?」
「バカ話ってそういう方面の話なの…… まったく呆れるちゃうな
父さんも江夏さんも家庭持ちのいいおっさんなんだからさ、少しは自重してくれよ」
「そんなこと言ったって、お前だってそのうち似たようになるさ。
早く二十歳になれよ、一緒に飲みに行こうぜ、適度に飲む酒は楽しいぞ」
だめだ、この人に何を言っても無駄だった。なんで母さんはこんな飲んだくれで自分の世話もろくにできないだらしない人に惹かれて選手生活を終わりにしたんだろう。
「ねえ、父さんと母さん知り合ったって経緯は聞いたことあるけどさ。
なんで母さんは現役を即引退してまで結婚したのかな?
僕には父さんがそこまで魅力ある人間だったなんて思えないんだけどさ」
「お、いうねえ、確かに俺はだらしなくて酒癖も悪い、あまり評判のいい男じゃなかった。
でもなカズ、人間の魅力はそれだけじゃないってことさ、お前にもいつか分かるよ」
「なんだか納得いかない回答だなあ、母さんが帰ってきたら同じこと聞いてみようかな」
「い、いや、カズ、それはやめとけ、この手の話を母さんにすると大変なことになるんだ」
「大変なことってなにさ」
「そんなの言えるわけないだろ、とにかくダメだ、絶対だぞ」
なんだか怪しくてなにか隠しているような雰囲気だけど、しつこく言っても絶対に教えてくれないだろう。僕は父さんへの追及はほどほどにして早く用意をするよう伝えた。
父さんがシャワーから出てくるのを待ちながら学校の支度をする。とはいっても鞄の中身は昨日とさほど変わらない。洗濯の終わった練習用ユニフォームやアンダーシャツにソックス等を詰めて僕は玄関先へ置いた。
「カズー、お待たせ、シャワーいいぞ」
シャワーを終えた父さんが自分の部屋に向かいながら声をかけてきた。それを聞いて僕も交代で風呂場へ向かった。さすがに汗臭いまま学校へは行かれない。
風呂場から出て台所へ行くと、父さんはすでにスーツに着替えてコーヒーを飲んでいた。まだ時間には余裕がある。
「あれ? 江夏さんが来ていないの珍しいね、まさか寝坊とか?」
「ああ、あいつは今日早出なんだよ。
昨日言ってた契約の書類をまとめないといけないからな」
「そっか、いろいろ大変なんだね」
「そうさ、野球も仕事も日々の積み重ねだし色々な経験が必要さ。
もし野球しか知らなかったらろくな選手にも慣れないし、いい仕事だってできないぞ」
「うん、わかってる、だから手を抜いたりはしないけど、野球以外のことはまだよくわからないな」
「今は全力投球でいいさ、ただ今後それだけで生きていかれるとは限らん。
それこそプロにでもなってそれなりに活躍すれば違うけどな」
「プロかあ、僕でもなれるかな?」
「どうだろうな、背が大きい方じゃないからピッチャーとしては厳しい方だろ
でも小柄でも一流投手として活躍した選手はたくさんいるし、後は球速がもう少し欲しいかもしれん」
父さんは決してお世辞のようなことは言わず、きちんと分析して正直な感想を言ってくれる。これは親子としてよりも野球人同士の会話と言うことだ。
「変化球も今はいいかもしれないが、上に行ったらそのまま通用するわけじゃない。
キレのいい真っ直ぐがあってこその変化球だからな」
「そうだね、でも昨日は真っ直ぐがすごく調子よくってさ。
木戸のやつが今までで最高のボールだったって言ってくれたんだ」
「ほう、ようやく走り込みの成果が出てきたのかもな。
いい球ほうるにはまず土台がしっかりしていないとダメだからよ」
「うん、これからも練習メニューはきっちりこなして頑張るさ。
一年生も入って来たからまたメニューの確認頼むよ。
そろそろ時間だよ、遅刻しないようにね」
話をしながら水筒へコーヒーを注いでいた僕は、蓋をしっかり閉めてから父さんへ渡した。
「ありがとよ、ポジションはピッチャーなのにやってることはキャッチャーみたいだな」
「そんな風に言うならたまには自分でやってよね。
今日も遅くなるの?」
「うーん、わからん、わからんと言うことにしておくか」
「それって明らかに飲みに行く気満々じゃん。
せめてまだ意識があるくらいでやめといてくれると安心なんだけどさ」
「お、おう、肝に銘じておくよ」
父さんは笑いながらそう言って玄関を出ていった。その後ろ姿を見送った僕は、家の中へ戻らずに少しだけそのまま立っていた。
そして数分後、僕の頭の中を読み取ってくれたかのように咲がやってきた。僕は当たり前のように咲を家の中へ招き入れた。
「さ、咲、おはよう」
「おはよう、愛しいキミ」
一言ずつの挨拶をした後、僕と咲はゆっくりと唇を重ねあわせた。
「昨日みたいに追い上げてくる迫力がないな、今朝はいまいちか?」
「そうだね、調子がいいとは言えないかな。
でも悪くはないと思うんだ、なんとなくだけど」
咲の言うことを信じるならば、精気を取られる? というのが加減できるようだし、昨日の話し方からすると今日は大丈夫なはずだ。
よく考えてみると、僕はすっかり咲の言うことを鵜呑みにしてしまうほど毒されていることに気が付いた。町内を回って防災公園から戻っている道のりでそんなことを考えつつ、僕と父さんは家の前の直線へ出た。
「よしやるか、行けるか?」
「う、うん、大丈夫さ」
そういった後、父さんの合図で全力疾走を始めたが、僕は見る見るうちに引き離されていく。やはり今日はダメなのか。
落胆する僕の視界に咲の家が映る。今日は二階から覗く影がない。どうやらこの体たらくを見ていないようで、僕は少しほっとした。
家の前につきストレッチで体をほぐしながらクールダウンする。でも全力で走ったせいか体の重さが少し取れてきたように感じた。
朝練はともかく放課後の部活までには調子を戻したいところだがどうなるだろうか。そんな風に部活の事を考えていたときに、ふと、木戸の言っていたことを思い出した。
「そういえば、木戸のお父さんがたまには店に寄ってくれって言ってたみたいだよ。
最近はごっさん亭に行ってないんだね」
僕はなんの脈絡もなく唐突に切り出した。昨日頼まれていた言づてをすっかり忘れていたのだ。
思い出した時に言わないとまた忘れてしまうかもしれないし、そもそも僕は外で飲み歩くことを良く思っているわけではないので、何日かしたら言う気がなくなっているかもしれない。
「ああ、最近は行ってないな、ひと月以上はたつかもしれん。
あそこへ行くとお前の担任がいつもいるからよ、つい足が遠のいちまう」
「真弓先生はそんなにいつもいるの!?」
「たぶん毎日行ってるんじゃないのか?
教師ってのは意外にストレスがたまるらしいぜ」
確かに自業自得とは言え、あんなにしょっちゅう副校長から怒られてたらストレスもたまるだろうな、と、学校での出来事を思い出していた。
「今日も副校長に説教喰らってたからね、教師が楽じゃないってのは事実かもね。
生徒には大人気なんだけど、仕事なんだからそれだけじゃダメってことなんだろうなあ」
「そうだな、それにあんまりバカ話してるとお前に筒抜けになるだろ。
ただでさえあそこの息子とお前が同級生なのによ」
「じゃあそんなバカな話しなければいいのに。
それに僕は父さんが外でどれだけ酔っぱらっていようが、どんな会話していようが気にしないよ」
「でもあの先生の前で、おっぱいがどうとかどこそこの店のねーちゃんがかわいいとか言えないだろ?」
「バカ話ってそういう方面の話なの…… まったく呆れるちゃうな
父さんも江夏さんも家庭持ちのいいおっさんなんだからさ、少しは自重してくれよ」
「そんなこと言ったって、お前だってそのうち似たようになるさ。
早く二十歳になれよ、一緒に飲みに行こうぜ、適度に飲む酒は楽しいぞ」
だめだ、この人に何を言っても無駄だった。なんで母さんはこんな飲んだくれで自分の世話もろくにできないだらしない人に惹かれて選手生活を終わりにしたんだろう。
「ねえ、父さんと母さん知り合ったって経緯は聞いたことあるけどさ。
なんで母さんは現役を即引退してまで結婚したのかな?
僕には父さんがそこまで魅力ある人間だったなんて思えないんだけどさ」
「お、いうねえ、確かに俺はだらしなくて酒癖も悪い、あまり評判のいい男じゃなかった。
でもなカズ、人間の魅力はそれだけじゃないってことさ、お前にもいつか分かるよ」
「なんだか納得いかない回答だなあ、母さんが帰ってきたら同じこと聞いてみようかな」
「い、いや、カズ、それはやめとけ、この手の話を母さんにすると大変なことになるんだ」
「大変なことってなにさ」
「そんなの言えるわけないだろ、とにかくダメだ、絶対だぞ」
なんだか怪しくてなにか隠しているような雰囲気だけど、しつこく言っても絶対に教えてくれないだろう。僕は父さんへの追及はほどほどにして早く用意をするよう伝えた。
父さんがシャワーから出てくるのを待ちながら学校の支度をする。とはいっても鞄の中身は昨日とさほど変わらない。洗濯の終わった練習用ユニフォームやアンダーシャツにソックス等を詰めて僕は玄関先へ置いた。
「カズー、お待たせ、シャワーいいぞ」
シャワーを終えた父さんが自分の部屋に向かいながら声をかけてきた。それを聞いて僕も交代で風呂場へ向かった。さすがに汗臭いまま学校へは行かれない。
風呂場から出て台所へ行くと、父さんはすでにスーツに着替えてコーヒーを飲んでいた。まだ時間には余裕がある。
「あれ? 江夏さんが来ていないの珍しいね、まさか寝坊とか?」
「ああ、あいつは今日早出なんだよ。
昨日言ってた契約の書類をまとめないといけないからな」
「そっか、いろいろ大変なんだね」
「そうさ、野球も仕事も日々の積み重ねだし色々な経験が必要さ。
もし野球しか知らなかったらろくな選手にも慣れないし、いい仕事だってできないぞ」
「うん、わかってる、だから手を抜いたりはしないけど、野球以外のことはまだよくわからないな」
「今は全力投球でいいさ、ただ今後それだけで生きていかれるとは限らん。
それこそプロにでもなってそれなりに活躍すれば違うけどな」
「プロかあ、僕でもなれるかな?」
「どうだろうな、背が大きい方じゃないからピッチャーとしては厳しい方だろ
でも小柄でも一流投手として活躍した選手はたくさんいるし、後は球速がもう少し欲しいかもしれん」
父さんは決してお世辞のようなことは言わず、きちんと分析して正直な感想を言ってくれる。これは親子としてよりも野球人同士の会話と言うことだ。
「変化球も今はいいかもしれないが、上に行ったらそのまま通用するわけじゃない。
キレのいい真っ直ぐがあってこその変化球だからな」
「そうだね、でも昨日は真っ直ぐがすごく調子よくってさ。
木戸のやつが今までで最高のボールだったって言ってくれたんだ」
「ほう、ようやく走り込みの成果が出てきたのかもな。
いい球ほうるにはまず土台がしっかりしていないとダメだからよ」
「うん、これからも練習メニューはきっちりこなして頑張るさ。
一年生も入って来たからまたメニューの確認頼むよ。
そろそろ時間だよ、遅刻しないようにね」
話をしながら水筒へコーヒーを注いでいた僕は、蓋をしっかり閉めてから父さんへ渡した。
「ありがとよ、ポジションはピッチャーなのにやってることはキャッチャーみたいだな」
「そんな風に言うならたまには自分でやってよね。
今日も遅くなるの?」
「うーん、わからん、わからんと言うことにしておくか」
「それって明らかに飲みに行く気満々じゃん。
せめてまだ意識があるくらいでやめといてくれると安心なんだけどさ」
「お、おう、肝に銘じておくよ」
父さんは笑いながらそう言って玄関を出ていった。その後ろ姿を見送った僕は、家の中へ戻らずに少しだけそのまま立っていた。
そして数分後、僕の頭の中を読み取ってくれたかのように咲がやってきた。僕は当たり前のように咲を家の中へ招き入れた。
「さ、咲、おはよう」
「おはよう、愛しいキミ」
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