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誓いは自分を見失わずに

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 玄関でサンダル履きのまま、咲と唇をつけたまま抱き合う。朝からこんなことをしていていいのだろうかと思わなくもないのだが、どうにも自分の感情を抑えきれない。

「ねえ、今朝は調子よくなかったんじゃないかしら?
 昨日の夜頑張りすぎたんだと思うのよ」

 僕はてっきり家に帰ってきてからのことだと思い、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。しかしそんな僕の考えを気にせず咲は言葉を続ける。

「キミと抱き合ってキスしているうちに欲が出てしまったのかしら。
 もっと抑えておかないとって思っていたのに、ついたくさんいただいてしまったみたい」

 どうやら咲の家に行っていた間のことか。焦って早とちりしてしまった。

「それはどういうこと?
 あの、せ、精気を取りすぎたってことか?」

「ええそうね、キミがあまりにも積極的だったものだから私もつい、ね。
 でもそれほどではないから放課後には戻っていると思うわ」

「それならいいけどなあ、昨日はすごく調子が良くて気分最高だったからさ」

「キミが自分の能力を高めようと努力することで、私はより多くの精気をもらうことができるわ。
 逆に、傲りや慢心によって自らの成長に枷をつけてしまうと精気の絶対量は減っていくの」

「そ、そうなのか、でも僕は努力をやめたりしないさ。
 僕のモットーは自分を知り自分を信じ、そして過信しないこと、なんだ」

「いい言葉だしいい心がけね、ずっとそのままでいられるといいのだけれど、人間なんて弱いものよ。
 約束のことも含めて、この先キミに訪れる誘惑や周囲の視線等で変わってしまわないことを願うわ」

「僕は変わらないさ、自分のためにやることをやるだけ、でも……」

「でもなあに?」

「咲のために何か僕にできることってあるのかな?
 変なこと言うかもしれないけど、僕は咲に何かしてあげたい、喜んでもらいたいんだ」

「ふふ、嬉しいこと言ってくれるのね、でも心配いらないわ。
 今は自分を高めるよう日々努力してちょうだい」

「でもそれだけじゃ」

「本当にそれだけでいいのよ、そして約束を守ってくれればね。
 キミが私を裏切らない限りは、私もキミを裏切らないわ」

「うん、決して裏切らない、約束を破らないよ」

「ありがとう、この関係が続く限り私はキミのそばに居続けるわ。
 それがキミにとってベストな関係なのかはまだわからないけどね」

「わからなくなんかないさ、僕には咲が必要なんだ!」

 なぜかわからないが、いや、わかっているのかもしれない。僕は思わず大きな声を出してしまった。

 咲にとって僕がどういう立場なのか、僕でなけりゃだめなのかはわからないが、少なくとも僕にとっての咲はいつも、そしてこれからもずっと一緒にいたい存在だと考えている。

 こんなことを考えたのは初めてだけど、もしかしたら恋は盲目ってこういうことを言うのかもしれない。

「いいこと? 他人にあまりのめりこむものじゃないわよ。
 キミの言葉を借りるなら、自分を知ることを阻害するかもしれないでしょ」

「でも、でも僕は咲のことが好きなんだ。
 これは変えようがない事実なんだよ」

「ええ知ってるわ、その気持ちは嬉しいし迷惑なわけじゃないわ。
 でもね、あまりに周りが見えなくなると自分を見失うわよ」

 僕は返す言葉もなく立ち尽くしていた。まったく咲の言う通りで、僕は舞い上がって自分を見失う寸前のところにいるのかもしれない。

「私はキミの将来を暗いものにしたくないの。
 今と同じ、純粋で努力家なキミでいてほしいのよ、私のためにもね。
 現在の夢がプロの野球選手だというのなら、その夢が目標に変わるくらいのお手伝いはできるはずよ。
 でも一番大切なのはキミ自身の努力なの、わかるでしょう?」

 僕は小さく頷いてから顔を上げた。すると咲がゆっくりと両手を前に差し出した。僕がその手に自分の手を重ねると、咲の指が僕の指の間に絡むように差し込まれる。

 両手を繋いだ二人が両手を腰のあたりまで下ろすとお互いの顔はもうすぐ目の前だ。そのまま再び唇を重ね合わせゆっくりと玄関に腰を下ろした。

 ほんの数秒後、何となく力がみなぎってくるような感覚を覚えた僕は咲へ訊ねた。

「ねえ、こうやって、き、キスをすると僕は力を取られちゃうんじゃないの?
 これから朝練があるんだけど大丈夫かな?」

「心配いらないわ、今朝は昨夜いただきすぎた分を戻しているのよ。
 私はキミを信じているわ、だからキミも私を信じてね」

「わかった、咲の言うことを信じるし約束も忘れないよ」

「うふふ、私の言うことならなんでも受け入れるって雰囲気ね。
 また周りが見えなくならないように注意してって言ってあげたほうがいいかしら?」

 おっと、また自分を見失うところだったか。

「いや、言わなくてもいいよ、自分のために今まで通り研鑽を積み続けるさ。
 それが咲のためにもなるんだろう?」

「ええそうよ、特別な意識をする必要はないわ。
 約束さえ守ってくれたらいいの、簡単で難しいこと、でもそれだけよ」

「うん、もちろんさ」

「そういえば聞いてなかったんだけど、苦手とか嫌いな食べ物あるかしら?
 今晩も夕食に来るでしょ?」

「あ、うん、咲が呼んでくれるなら喜んでいくよ。
 嫌いなものはセロリとほうれん草や小松菜みたいな青菜、苦手なのはたらこみたいな粒々な食べ物かな」

「じゃあ覚えておくわね、今日も何か用意して待っているわ、愛しいキミのためにね」

 愛しいキミ、か。ああ、僕はなんて幸せなんだろうか。毎日のように咲が僕に言ってくれるこの言葉は僕の心に突き刺さる。

「ありがとう、僕はそろそろ朝ご飯食べて学校へ行かないとまずいや。
 そう毎日遅刻していられないからね」

「そうね、でも校庭で叫んでる姿、たまに見るのもいいけどね」

「いやいや、勘弁してくれよ、あれって結構恥ずかしいんだ。
 初めてやったけど思ったよりもそうとう度胸が必要だったよ」

「それならお急ぎなさい、朝ごはんは用意できているの?」

「うん、毎日きな粉牛乳にバナナだからね。
 若いころから父さんがしていたことと同じなんだ」

「お父様の事、とても尊敬しているのね、素晴らしいことだと思うわ。
 それじゃまた後でね」

 咲はそう言って玄関から腰を上げ僕を見下ろすように立ち上がった。続いて僕がサンダルを脱いで玄関に立ち上がると、いつもよりさらに咲が下に見える。

 立ち上がる僕を咲の視線が追いかけると、咲が僕を見下ろしていた視線から見上げる視線へと変わる。僕はお辞儀をするように大きく頭を下げ咲の唇を自分の唇で覆った。
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