私は白い結婚を勘違いしていたみたいです~夫婦の仮面は剥がれない、三十路女性の孤独と友情と愛憎~

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
上 下
4 / 16

4.向き合う勇気

しおりを挟む
 心臓がバクバクと鳴り響く中、私はグラムエルの帰りを待っていた。ドアの開く音が聞こえた瞬間、思わず身を固くする。だが現れたのはいつも通りの優しい笑顔である。今まで一度も言われたことはないが、もしかしたら私は愛されているのかもしれない。それなら話は簡単である。

「おかえりなさい、グラムエル」緊張で声が震えないよう注意しながら平静を装った。しかし、私がこんな風に彼を出迎えたことはない。玄関から続くドアへ向かって座ったことすら一度もないのだ。

「どうしたんだい、バーバラ、いつもの場所にいないとそこでは風が当たって寒いだろう?」なぜ彼はこんなにも優しい言葉を選ぶのだろう。私に対する愛はひとかけらも感じないと言うのに。

「今日はちょっと話したいことがあって待っていたの」よし、言えた。声も震えていない。思い切って口にしてみればそれほど難しいことではない。心の中で何度も何度も繰り返し練習してきたかいがあったと言うものだ。

「話したいこと? どうかしたのかい? 困ったことでもあったのかな?」彼の表情に初めて不安が混じったように見えた。私はその様子を見て気持ちが高ぶっていく。

「なにも特別なことじゃないの。ただ…… 私たちのことについて少し考えてみたいと思ったのよ。なにかおかしいかしら」恐ろしくて今にも声が震えそうである。自分の気持ちを正直に伝えることがこんなにも怖い事だなんて想像もしたことがない。

 グラムエルは押し黙って返事を考えているようだ。しばらく黙り込んだ後、真剣な表情で私を見つめ返して言った。

「バーバラ、君は何を考えているんだい? ああ、わかったよ、僕に対して不満があるのだろう? こう見えてもうすうすは感づいていたんだ」グラムエルは思っても見ない言葉を口にした。つまり私の言葉は、行動は、想定内だと言うのかしら。

 それならなぜこうなる前に声をかけてくれなかったのだろう。私はこれほど追いつめられていると言うのに。

「私は…… 愛されたいって思っている、ただそれだけなの」やっとの思いで言葉を口から吐き出すと、心の中にあった重荷が少し軽くなった気がした。さらに言葉を続ける。
「結婚して三年が経っでしょう? 私たちの関係が今どうなっているのか、もっと知りたい、お互いの認識がどうなっているのかが知りたいの」

 グラムエルは驚いたように目を大きく開き沈黙のままだ。表情を何一つ変えることもないため、その気持ちをどう考えればいいのかがわからない。だが読み取る必要はなくなった。

「愛されたいだって? いったいどういう意味で言っているんだい?」それは不思議な反応だった。愛されたいと言ったことがそれほどおかしいとは思えない。ごくありふれた一般的な言葉ではなかったか。

「結婚は契約だとあなたは言ったけれど、私はその言葉に深い意味があると思っていたし、今も思っているのよ? でもこの三年間では全く分からなかった。だから思い切って聞いてみたいの。
 でもその前に、私がなぜそんなことを聞きたくなったのかを言っておかなければ卑怯かもしれないと思って……」

「つまり君は僕ともっと深い関係になることを希望している。なぜならば愛されたいからだ。こう言いたいのかな?」どうやらきちんと伝わっているようでホッとする。きっと私のことを理解してくれているに違いないと感じたのだ。

 しかしその考えはどうやら間違いだったようだ。

「キミは何か勘違いをしているね。愛されたいのであれば愛してくれる相手を見つけるべきだったんだ。僕が最初になんと言ったか覚えているかい?」頭が混乱してなにも答えられそうにない。なぜこんなことになっているのだろうか。たった今彼に理解されていると感じたばかりだと言うのに。

「忘れてしまったのならもう一度言おう。結婚は契約だと、そして一人より二人のほうが楽しいとも言ったね? 一番大切なのはこれさ、僕は白い結婚だと言っておいたはずなんだよ」確かに何一つ間違ってはいない。まさしく彼の、グラムエルの言う通りだ。

「でも…… 二人で楽しい時間を過ごしたことなどないわ? 少なくとも私にそんな覚えはないもの。ねえグラムエル? あなたには楽しかったことがあると言うのかしら?」こうなったらとことん気持ちをぶつけてみるしかない、覚悟を決めた私は思いのたけをぶつけるよう吐き出した。

「何を言うんだ、この三年間ずっと楽しい思いをしているさ。一人では到底味わえない楽しい時間じゃないか。二人だからこそ味わうことができたんだよ? 本当にわからないのかい?」頭がグラグラと揺さぶられているような感覚である。どこに楽しさが? いつ? 二人と言うのは彼と私のことなの?

 色々な想いが交錯し段々と気持ち悪くなってきた。今にも倒れそうなくらい、頭がどうにかなりそうである。

「ごめんなさい、本当にわからないわ。だって私はずっと一人、ずっと孤独だったのよ? 確かにあなたに生活を支えてもらって不自由のない生活をしてきたことに感謝はしている。でも楽しかったかどうかはまったくの別問題だと思うの」必死になって何とか言葉を紡いでみたが、彼の心に届いた気は全くしない。

 それどころが目の前には、冷笑と言えそうなくらい冷やかに笑うグラムエルが見えている。これはまさか気のせい、勘違いだろう、そうであってほしい。そう願う私の心は簡単に打ち砕かれていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カタブツ上司の溺愛本能

加地アヤメ
恋愛
社内一の美人と噂されながらも、性格は至って地味な二十八歳のOL・珠海。これまで、外国人の父に似た目立つ容姿のせいで、散々な目に遭ってきた彼女にとって、トラブルに直結しやすい恋愛は一番の面倒事。極力関わらず避けまくってきた結果、お付き合いはおろか結婚のけの字も見えないおひとり様生活を送っていた。ところがある日、難攻不落な上司・斎賀に恋をしてしまう。一筋縄ではいかない恋に頭を抱える珠海だけれど、破壊力たっぷりな無自覚アプローチが、クールな堅物イケメンの溺愛本能を刺激して……!? 愛さずにはいられない――甘きゅんオフィス・ラブ!

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

婚約破棄~さようなら、私の愛した旦那様~

星ふくろう
恋愛
 レオン・ウィンダミア子爵は若くして、友人であるイゼア・スローン卿と共に財産を築いた資産家だ。  そんな彼にまだ若い没落貴族、ギース侯爵令嬢マキナ嬢との婚約の話が持ち上がる。  しかし、新聞社を経営するイゼア・スローン卿はレオンに警告する。  彼女には秘密がある、気を付けろ、と。  小説家になろう、ノベリズムでも掲載しています。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

おしどり夫婦を演じていたら、いつの間にか本当に溺愛されていました。

木山楽斗
恋愛
ラフィティアは夫であるアルフェルグとおしどり夫婦を演じていた。 あくまで割り切った関係である二人は、自分達の評価を上げるためにも、対外的にはいい夫婦として過ごしていたのである。 実際の二人は、仲が悪いという訳ではないが、いい夫婦というものではなかった。 食事も別なくらいだったし、話すことと言えば口裏を合わせる時くらいだ。 しかしともに過ごしていく内に、二人の心境も徐々に変化していっていた。 二人はお互いのことを、少なからず意識していたのである。 そんな二人に、転機が訪れる。 ラフィティアがとある友人と出掛けることになったのだ。 アルフェルグは、その友人とラフィティアが特別な関係にあるのではないかと考えた。 そこから二人の関係は、一気に変わっていくのだった。

継母の品格 〜 行き遅れ令嬢は、辺境伯と愛娘に溺愛される 〜

出口もぐら
恋愛
【短編】巷で流行りの婚約破棄。  令嬢リリーも例外ではなかった。家柄、剣と共に生きる彼女は「女性らしさ」に欠けるという理由から、婚約破棄を突き付けられる。  彼女の手は研鑽の証でもある、肉刺や擦り傷がある。それを隠すため、いつもレースの手袋をしている。別にそれを恥じたこともなければ、婚約破棄を悲しむほど脆弱ではない。 「行き遅れた令嬢」こればかりはどうしようもない、と諦めていた。  しかし、そこへ辺境伯から婚約の申し出が――。その辺境伯には娘がいた。 「分かりましたわ!これは契約結婚!この小さなお姫様を私にお守りするようにと仰せですのね」  少しばかり天然、快活令嬢の継母ライフ。 ▼連載版、準備中。 ■この作品は「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

Perverse

伊吹美香
恋愛
『高嶺の花』なんて立派なものじゃない ただ一人の女として愛してほしいだけなの… あなたはゆっくりと私の心に浸食してくる 触れ合う身体は熱いのに あなたの心がわからない… あなたは私に何を求めてるの? 私の気持ちはあなたに届いているの? 周りからは高嶺の花と呼ばれ本当の自分を出し切れずに悩んでいる女 三崎結菜 × 口も態度も悪いが営業成績No.1で結菜を振り回す冷たい同期男 柴垣義人 大人オフィスラブ

処理中です...