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第三章 学校生活始めました

30.妹が吹き飛ばしたモノ

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 ロミに僕らの秘密を知られてからひと月ほどが経ち、大分成長した僕は教科書の上に手を乗せながら考えを巡らせていた。もう魔術で真琴に追いつくことは不可能だろう。それなら別の長所を伸ばすべきじゃないだろうか、と。

 数日で魔術基礎から初級中級とこなしてしまった真琴はすでに学校を卒業し、上級学校へ移って数人の魔術研究者たちと共にあれこれと鍛錬を積んでいるらしい。たまにすごい爆発音が聞こえて来て肝を冷やすが、魔術の実験中には強固な結界を張っているので問題ないとは聞かされている。

 だが本当に問題がないのか疑いたくなる出来事が起きた。

『これは警報です。村にいる皆さん、屋内への避難をお願いします。
 これは警報です。屋外にいる方は全員屋内への移動をお願いします』

 初めて聞いたのだが、村には一括警報がついていて、気候変動や外敵に備えて緊急放送を行えるようになっているらしい。そして緊迫した空気の中緊急警報はさらに続く。

『防護壁を作ることのできる魔術師は全員北門へ来てください。
 繰り返します、防護壁を作るための人手が足りません、すぐにいらしてください』

 一体何が起きているのかわからないが、緊急事態であることは間違いない。しかも今日は上級学校の実習で真琴は村の外へ出ているのだ。今すぐにでも助けに行きたいが、学校は避難民を受け入れた後扉が魔術でロックされ出ることができない。

 念のためメッセージを送って真琴に安否を確認すると、何の問題もなく無事らしい。それならなぜ村へ警報が出されているのだろうか。真琴たち実習組は西門から出た荒野にいる。防護壁が必要となっているのは北門なのだからどちらもそれほど離れていない。

「ねえねえ、北門へ行った子からメッセージが来たんだけど、洪水が起きたんですって。
 今大人たちが防護壁作って流れてこないようにしてるらしいよ」

 同じクラスで僕の一つ下で十五歳のマハルタが他の生徒とひそひそと話をしている。彼女は僕やロミと同じで魔術が苦手な落ちこぼれである。それでも真面目に毎日通っているのは、親の手伝いをしたくないからという後ろ向きの理由らしい。そんな不真面目な生徒達でも、僕の知らないことを話しているときには参考になるものだ。

「マハルタ、それってどこから水が流れて来てるわけ?
 北側には海なんてないだろ?」

「街へ引いている水があるんだから湖かなにかあるんじゃない?
 私はよそ者なんだから知らないわよ」

「ああ、俺は湖のこと知ってるよ。
 荒野から繋がってる北側の山の向こうには湖があるんだってさ。
 それが溢れたのかもしれないね」

「湖が溢れるなんてそんなことあるのかな?
 そこから村までは近いの?」

「確か馬で一日くらいじゃない?
 湖の周囲には集落もあるからそっちのが大変かもなあ」

 緊迫した状況とは言えこんなところにいては実感がない。彼らは他人事のように適当なことを言い合っていた。


『ドッゴオオーーーーン!!』

 突然ものすごい音と共に地面が小刻みに震えた。なにかの爆発音だろうか。真琴にもしものことがない事だけを願って思わず手を握ってみるが、この場合み祈る相手は『魔神様』でいいのか悩むところだ。

「あれ見てみろよ、すごい煙が出てるぞ」
「いや、あれは湯気じゃないか? 空気が歪んでるよ」
「水が爆発したってこと?」

 一体なんだったのか、爆発音はそれ以上聞こえてこない。しかし先ほどまでの危機は去ったようだ。

『こちらは緊急放送です。避難警報は解除されました。
 こちらは緊急放送です。避難している皆さん、ご協力感謝します。
 避難警報は解除されました。外出制限は解除されました』

 結局何がどうなったのかさっぱりわからないが、あとで村の掲示板にでも顛末が乗せられるだろう。それよりも真琴が心配だ。僕はメッセージを送ってから急いで西門へと向かった。だがアンクの辺りまで来たところで真琴から返事が来た。

『今から戻って公民館でお話合いだって。
 お兄ちゃんも来てね』

 無事が確認できたならわざわざ迎えに行く必要はないと思い、言われた通り公民館へと向かった。遠くからでもよく見えるくらい人が出て来ており、今まで避難していた人が大勢いたことがわかる。公民館へ向かう前に観光案内所へ寄ることにした。まあちょっとした情報収集ついでにマイさんの顔でも見に行こうか、などとは考えていない、断じて。

「マイさん、大丈夫だった? さっきはすごい音だったね。
 警報なんて初めて聞いたから驚いたよ」

「ああ、雷人様、ご無事でなによりです。
 父は防護壁を作りに向かったのですが、結局手前に大穴を掘ったらしいです。
 それがあの大きな音の正体と言っていました」

「村が危ないって警報でるくらいの洪水を止める大穴?
 それも魔術なんだよね? 凄いなぁ」

「はぁ、すごいですよね……
 そんな呪文を使えそうなお方、私は一人しか知りません……」

「えっ?」


◇◇◇


「村長! 一体どういうことなんだ!
 湖への交易路が無くなっただけでなく、獣人の集落へ謝罪に行くだと!?」
「あんな大騒ぎを起こして、学校では一体何を教えているんだ!
 危険な研究はしないとの約束で上級学校を開いているのだろ?
 これは校長や村長含め、村の重鎮たちの責任だ!」
「そうだ! 古くから住んでいる一族による横暴な独裁統治が原因に違いない!
 今こそ村の総意を明らかにした選任をすべき時代なのだ!」

 なんだか話がおかしな方向へ向かっているが、結局副校長の失態であることは間違いなかった。とは言え、この矢面に真琴を立たせるわけにも行かないし、話を聞かせることだけでも心が痛む。早めに連れて行ってもらって良かった。おそらくは糾弾会になると踏んだマイさんが、真琴を連れて観光案内所へ引き上げてくれたのだ。

 ことの顛末を聞いてしまえば単純だった。真琴の強大な魔力に魅せられた副校長カナエが、初の実習と言うことで西の荒野へと出掛けた。そこで真琴に、北の山へ向かって全力での魔力開放を命じたのだ。

 攻撃呪文ではなく魔力開放だけだし、カナエに言われたのだから問題ないと思い込んだ真琴は、本当に全力で魔力を解放した。それが山頂へ向かわずに地面と水平に飛んだらしい。その超強力で見えない魔力玉は山の麓に大穴を開け向こう側まで貫通し湖の中に直撃したようだ。

 つまり水の入った容器の横に穴があけられたようなもので、当然勢いよく水が流れ出てきた。副校長は村長へ救援を要請し防護壁を築こうとしたがどう考えても間に合わない。そこで真琴が手前に大穴を開けるべく、極大魔術で誰も見たことの無い『物体を消し去る呪文』を使ったのだ。

 確かに街の近くで爆発するような魔術では被害が出る。あの場合はぽっかりと穴をあける呪文が最良だっただろう。しかしそれが未知の呪文であったのはまずかった。なんと言い訳すれば良いのだろうか。とにかく真琴を守る方法だけは間違いないようにしなければならない。

「皆さまのおっしゃることももっともです。
 私が生徒たちの可能性を伸ばしていきたいと思うばかりに無茶をさせてしまいました。
 以後このような魔術実験は行わないことを誓います。
 獣人の集落への謝罪は校長、副校長で参りますので村長に責はございません」

「しかし村として謝罪に行くのであれば村長が出向くのが筋だろう。
 向こうがやすやすと許してくれるとも思えない」

「いいえ、これは村の問題ではなく学校のみの問題です。
 どうか私たちにお任せください、必ず穏便に解決いたします」

「それですまなかった時には相応の罰を受けてもらうぞ!
 村長もわかったな!」

 随分と威勢のいいおっさんがいるがあれは誰だろうか。なんだか村長を罷免して自分がなりたいみたいな雰囲気がありありと出ている。おそらくはこの村の生え抜きではないが、利権があると思っているような考えの浅いヤツなのだろう。

「罰とはどういうことでしょうか。
 村長を辞めてあなたへ譲れと?
 ですがチハル殿? 村は赤字と黒字を行ったり来たりする程度の貧しい村ですぞ?
 一体何をたくらんでいるのですか?」

「企んでいるとは失礼な!
 くだらない観光案内所や歴史館を潰して工房を拡大すれば村はもっと豊かになる。
 それをしない村長や古参たちは村へ損害を与えているのだぞ!」

「なるほど、歴史は下らないものですか。
 それであればこの村を出るとよろしいのです。
 コ村は初代様のなしたことを伝えるために存在しているのですからな」

「何を言ってるんだ、そんな神話のことを話ているんじゃない。
 現実の問題を言っているのだ!
 交易先は獣人の集落だけではない、北への交易路もどうするつもりだ」

「無くなってしまったものは仕方ありません。
 別の道を作る計画を進めたいと思っています。
 なあに、校長達が獣人の集落へ向いながら作ってくださいますよ」

「はい、お任せください。
 まあ一般の方たちは北へ行くこともないと思いますがね。
 途中には盗賊の出る森がありましたからな」

 盗賊まで出て来て随分とキナ臭い話になってきた。それにしてもこのやり取りの真意がつかめなくてイライラしてくる。チハルというおっさんも気に入らないが、村長もなにか奥歯に挟まった物言いではっきりしない。お互い仲が悪いのはわかったから早く話を進めてほしいと願う僕だった。
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