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第三章 学校生活始めました

29.落ちこぼれの誓い

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 待望の魔術を習うクラスへ移って十日ほど経ったところで、僕は完全にやる気を失っていた。

「あははっは、だから出来ないやつには無理なんだって。
 計算も大変だけど頑張ればできるじゃない?
 でも魔力をうまく流すのは結局センスなんだよ。
 ライトももうあきらめてアタシみたいに仕事でもした方がいいって」

「仕事ならしてるよ、週に二回だけだけど。
 学校で計算を教えてる……」

「魔術基礎で落ちこぼれてる計算の先生か、傑作だ。
 校長達は出来ないやつの気持ちなんてわかんないからな。
 ライトが辛い思いしながら計算教えてるなんて思ってないよ、きっと」

「お兄ちゃん辛いの?
 魔術がうまく使えないから?
 でもなんでもできるんだからきっと魔術もできるようになるよ!」

「僕はなんでもできたりしないし、真琴が考えてるよりもずっと能無しさ。
 取り柄の一つもないし料理だって下手くそな直線角なんだよ」

 なんだか自暴自棄になって真琴へ酷いことを言ってしまった。だいたいちゃんと学校へ行こうと準備していたのにロミがやってきて立ち話が長くなったのがいけないんだ。同じところで足踏みしている者同士で話が盛り上がってしまいすっかりやる気が失せてしまった。

「それじゃ気晴らしに森へ行ってみる?
 アタシみたいに果物とか、木の実とか取りに森へ行くやつは結構多いんだよ。
 まあ獣とか魔物もいるけどなんてことないさ。
 学校へ行くだけが勉強じゃないからな」

「でも僕が行かないと真琴も休んじゃうしなぁ。
 やっぱりこれから学校へ行くよ」

「でもマコはもうすぐ卒業なんだろ?
 焦って行っても意味ないよ、どうせあと一度二度行ったらオシマイだって。
 たまには遊びに行こうぜ」

 真琴のほうを見ると不安そうな顔をしているように感じた。やはり口車に乗ってサボっていてはいけない。こう言うのは一度休んでしまうと次から行きづらくなってしまうものだ。

「お兄ちゃん、マコのこと置いていかないよね?
 マコも一緒に行きたいよ」

「お、マコのほうが話が分かりそうだな。
 じゃあライトを置いていけばいいか」

 しかしここで助け舟、と言えるかどうかは微妙な来客だ。

「ライトさん、今日は学校お休みですか?
 お話があってお待ちしてたんですけどいらっしゃらないので来てしまいました。
 ―― って…… ロミさんがいらしてたのですね、おじゃまかしら……」

「いや、じゃまなんてこと全然ないよ。
 そろそろ行こうかなって思ってたとこ」

「それならいいんですけど……
 実は先日のスープの件ですが、温麺屋では魚の出汁を使っているようです。
 味付けはやはり塩味とのこと、これで参考になりますか?
 できればラーメンを再現して村興しの材料にしたいのです」

「やっぱり醤油がないのは厳しい、けど塩ラーメンってのもあるから大丈夫。
 出汁は鳥の骨を長時間煮込むんだけど、マイさんに説明しても困るよね?
 爺ちゃんが残した料理の本があるはずなので探しておくよ」

「ライトたちのお爺さんって料理人だったのか?
 店がないってことはこの村の人じゃないんだろ?
 なのに再現ってどういう意味なんだ?
 村興しってどういうことだ?」

「えっと、なんというか、そんなにいろいろ聞かれてもね……
 爺ちゃんは遠い場所で料理してたんだけどうまく伝わってなかったらしいんだ。
 それをもう一度作ってみるって感じかな」

「でもマイの専門って歴史じゃない?
 アタシも学校で随分しごかれたよ。
 こんな優しそうなのに歴史の授業では厳しくてさ、参ったよ」

「ええっ? 三つ年上なのに教わる側だったのか?
 もしかしてマイさんって天才!?」

「確か卒業が十歳で、歴史の先生になったのもその年だったろ。
 後から入ってきてあっという間に抜かれて、落ちこぼれのアタシは恥さらしもいいとこさ。
 なんせ十三の時にまだ八歳のクラスだったからな」

「それはロミさんがちゃんと学校に来ないからです。
 歴史の授業中は昔の出来事だってバカにしてふざけてばかりだから叱ったのですよ?
 結局次のクラスに上がったころから学校へ行かなくなってしまうし……
 頑張って歴史を覚えてくれて、私とてもうれしかったのに……」

「ああ、あれ以上怒られっぱなしは勘弁と思って頑張ったよ。
 でも結局アタシには魔力の適性がないからそこまでってわけ。
 ライトはマコのお兄ちゃんなんだからきっと出来るようになるよ」

「そう信じたいけどなぁ、気が遠くなるよ。
 なんで真琴はすんなりできるんだろうなぁ。
 教科書に載ってる呪文は全部マスターしちゃったんだろ?」

「うん、簡単だったよ。
 こうやって手を上げてさ『出でよ炎! 我が命に従い天を焼き尽くせ! フレイムボム!』
 ってやるだけだもん」

 そう言うと、真琴が頭上へ掲げた手のひらに巨大な火の玉が産み出され、上空へ向かって飛んでいき花火のように爆発した。目の前には腰を抜かしてへたり込んだマイさんと、膝をついて口を開けっ放しにしているロミがいる。僕はさすがに足を震えさせるくらいで我慢できた……

「ちょ、ちょっと真琴様!?
 そんな呪文は学校で教えておりませんよね?
 一体どこでそんな……」

「もしかしてこれってまずいやつ?
 違うのもあるんだけど誰にも見せない方がいいの?」

「まずいとか見せないとかではなく使い道がない、はずなのです……
 狩りで使うならもっと小規模で森を焼かない呪文がいいですからね。
 それでは森ごと、街ごと吹き飛ばしてしまいます……」

「真琴、書庫に出入りしてるのか?
 別にダメとか叱ろうってわけじゃなくて他にも色々あるわけ?
 なんて言うのかな、呪文集みたいなのがさ」

「他にもあったよ、これは確か上級魔術かな。
 超級っていうのは全部できなかったよ」

「ヤバいなマコ、クマにでも襲われてたら森が無くなってたかもしれないな。
 それよりマイさ、真琴様ってどういうことなんだ?
 今日はわからないことだらけだよ」

「あっ! あまりの神々しさに、その…… つい?」

 苦しい、マイさん苦しすぎる、どちらにせよ口止めも必要だから仕方ない。僕はロミへ事情を話すことにした。

「へえ、アタシは歴史に興味ないからふーんってだけかな。
 だけど、マイとか古い連中にとってはきっとすごい意味のあることなんだろうね。
 アタシも今度からライトさまって呼んだ方がいいか?」

「茶化すのはやめてくれよ、僕だって困ってるんだ。
 でも真琴のことを知ったら村長は黙ってないだろうなぁ。
 僕よりもふさわしい領主様がいた! なんて言いそうだ」

「それよりも、タカ派と呼ばれる勢力は今でも人間を滅ぼすべきと考えています。
 数は多くありませんがコ村にも支持者はいるのです。
 その人たちに知れたら担ぎ上げようとするものが現れるかもしれません」

「でも人間って悪者なんでしょ?
 だったらやっつけた方がいいんじゃないの?
 いなくなったら平和になるんでしょ?」

 真琴の言葉に全員が凍りついた。マイやロミはともかく、僕と真琴はついこの間まで人間だったのだ。それがこんなセリフを口にするなんて驚きを軽く通り越して気が遠くなりそうだった。とは言っても逆の立場で考えれば、人間に仇なす魔王軍を勇者が倒すなんてのはファンタジーの定番で何の疑問も持たない。

 つまり僕たち魔人にとってみれば、有害な人類は滅ぼすべき、と考えるのは当たり前のことだ。とは言っても、今のところ実害を受けたわけでも噂を聞いたわけでもない。あるのは九百年前に天神と魔神の戦いがあったという事実だけだ。

「真琴、もし今後実害を受けるようなことがあれば戦うことがあるかもしれない。
 でもね、爺ちゃんは滅ぼさないで残したんだ、そこに何らかの意味はあるはずだよ。
 だから理由もなく滅ぼせばいいなんて考えはダメだと思わないか?」

「うーん、なんでダメなのか、なんでいいのか、どっちなのかわかんない。
 でもお兄ちゃんがやるなって言うことを、マコはやりたくないかな」

「うんうん、今はそれでいいよ。
 きっと色々なことを知って行くと考えがまとまって行くんだろう。
 その時に悩んだり間違えたりしそうなら、その時またお兄ちゃんが一緒に考えるからな」

「うん、わかった! お兄ちゃん大好き!」

 こうして僕は爆弾をすぐ手元に置いて過ごすような気分になり、もしもの時には真琴を止められるよう、しっかりと魔術を習得しなければならないと強く誓うのであった。
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