甘雨ふりをり

第２４話

　重い意識の中で、眉毛にかかる淡い吐息に瞼がぴくぴくと疼めく。地肌に鼻が擦り付けられ、くすぐったさに身じろぐと額に柔く吸いつかれ、瞼や鼻の頭、こめかみに続いてキスが降り注がれる。ふ、と頬を緩めると、甘く唇が重なる。ゆったりと瞼をあげると、すぐそこに瞳とぶつかる。

「かすみ…」
「おはよう、七海…」

　いろんな表情を見せてくれるようになった佳純だが、こんなにゆるゆるの微笑みは初めて見る。それだけ僕に心を開いてくれているのかと思うと、たまらなくて、そっと唇をまた重ねて、首筋に顔をうずめる。
　うっとりと彼の甘い匂いに浸りながら、昨夜のことを思い出す。確か、リビングで我慢できずに混じり合い数回彼の精を受けて、それでも発情が収まらず、繋がったまま彼の逞しい身体に担ぎ上げられながら階段をあがり、佳純の寝室で明け方までお互いに劣情をぶつけ合ったのだ。気絶するように共に眠りにつき、今は昼を過ぎていた。今日は、別れの日なのだ。そう思うと寂しくて、身体を彼にきつく寄せ、足を絡み付かせる。

「かすみ……僕…」

　焦れた瞳で見つめると彼の瞳にも熱情が淀むのを感じた。引き締まった肩を撫で、腕に撫で、脇腹から肋骨にあがり、胸をさする。ぴく、と小さく彼の大きな身体が反応を見せたことに気がよくなり、僕の意のままにさせてくれることから布団の中にもぐる。立派な谷間や腹筋、ヘソに口付けをし、まだ柔らかいアルファにも淡く吸い付く。佳純が小さなベットの上で仰向けに直る、僕が彼のそれを舐めやすいようにしたその気遣いに、腰の奥が重くなる。全部は入り切らないので、口に入るだけ押し込んで、頬を窄めて舌先で鈴口を丹念に舐める。入らない部分は僕の唾液の滑りを使って上下に擦り上げる。じゅるじゅる、とはしたない音が、僕を一人、欲情の渦に追い込む。彼のそれが口内でむくむく、と質量を増すのに気付いて目線をあげると、掛け布団はいつの間にか追いやられ、彼がまっすぐと僕を見つめていた。指で先端をこねながら、唇と舌で筋を舐め降り、丸いしこりに口付けを落とす。ここに、いつも僕を助けてくれる源がいるのかと思うと愛おしくなり、何度も吸い付いてしまう。とろ、と先端から液が漏れ出すのを感じ、もったいなくて舐め上げる。

「きもひぃ？」

　先端をちゅうちゅうと吸い上げながら尋ねると、彼は頬を染め、眉根を寄せながら柔らかく微笑み僕の頬を撫でる。その手のひらの冷たさに自分の頬がどれだけ紅潮していたのかを感じて、身体の奥がじわじわと滲む。佳純が丁寧に頭を撫で、髪の毛をさらさらと掬う。その感覚に背筋が痺れ、口を開き、芯を持ち、頭を天に向ける雄を受け入れる。頭を上下に動かして彼を高める。溢れる唾液と彼のカウパーを必死に喉奥で飲み込むが間に合わずに、口端から零れ、彼の下生えに束を作らしてしまう。それすらも勿体なく感じ、その下生えをざり、と舐め吸う。はあ、と熱い吐息にそよぐのを見ると恍惚と爪先に痺れが走る。彼が身を起こし、僕の脇の下に手を差し込むと身体を引き上げられた。膝の上に座らせられると、佳純は僕の口元を手のひらで拭う。

「こんなこと、しなくていい」
「んぅ」

　そう言う佳純の瞳には情欲が淀んでいて、とろ、と愛液が内股に垂れる。充分に拭うと佳純は、角度を変えながら何度も唇を重ねる。ぐ、と彼の熱い身体に抱きすくめられ、身を反転され、柔らかいベッドに背中が埋まる。

「んぁ……んっ、佳純がきもちい顔してるの、嬉しいの…っぅん…」

　舌を合わせながら、ぼんやり瞼を持ち上げながら、頬を包み囁く。後頭部に手が周り、ぐ、と持ち上げられ、強く唇を吸われた。

「俺も…」

　合わさった唇の隙間から低いバリトンで甘く囁かれ、腰が大きく震えた。
　気を抜くと、うっかり、好きと言って彼に縋りつき、腰を振り乱しそうになる。涙が一粒こぼれると、佳純の長い指が、数本挿入される。こぷ、と昨日の残滓が溢れ出てきてしまい、その感覚に鳥肌が立つ。

「七海…」

　頬を緩ませ、うっとりと佳純が僕の名前を囁いた。耳元に唇を寄せ、吐息と共にいやらしく僕の名前を吹き込む。甘い響きが鼓膜を通り、オメガの部分をじゅくじゅくに綻ばせる。ちゅ、と耳たぶを吸われ、舌で舐められると、水音が直接脳に響き、身体がぶるぶると痺れ震える。

「ひゃ、や、っ、あっ…あ…か、しゅみ、ぃ……」

　耳元が疼き、肩を窄めて塞ぐようにするも、彼は執拗に耳への愛撫をやめない。爪先を丸め、突っぱねるととろとろと白濁が溢れた。

「あぁ、あっ……ゃ、らぁ…あ…」

　次の瞬間、ずにゅ、と熱い亀頭が僕を割り開き、明け方まで結ばれていたそこは、容易に佳純を飲み込み、先程吐息を掠めていた下生えが尻たぶに触れる。

「あっ、あ…ゃら、なに…？ら、め…ら、めぇえ、っ！」

　奥まで、みっちりと入れ、揺さぶりもされないのに、身体がびくびくと跳ねる。耳元を相変わらずねぶられ、いくら止めようとしても佳純は辞めてくれない。その卑猥な水音が腹の奥に響き、ぎゅうぎゅうと彼を締め付ける。

「ぁやら…あっんぅ…ゃらぁ、やあっ、あんっぅ…」

　アルファのたくましい形を嫌でも感じてしまう。勝手に身体が埋め込まれたそれを夢中で締め付け快感を拾ってしまう。舌を窄め、耳穴をつぽつぽといじめられ背筋が震える。すると、大きな舌が耳蓋をべろりと舐め上げ溝を丁寧に舐めたり吸ったりする。いやらしい水音が脳をぐずぐずに蕩けさせ、腰がびくびくと跳ねる。彼は口元以外動かしていないのに、僕のオメガは勝手に入ったままの彼を締め付けて快感を拾う。

「は、はっ、か、しゅ、ぃ…あっあっ…ら、めぇ、えっ！」

　一層大きく腰が跳ね、びゅ、と大きく精を放った。ぶるぶる、と身体が震える僕の顔を覗き見ると、顔中にキスを落とす。

「七海、かわいい…」

　はじめて言われる彼からの直接的な甘い言葉に身体は驚き、頭の中がびりびりと強い甘さで支配され、また、ぴゅ、と小さく吐精した。

「なんれ、いま、いうのぉ…」

　涙と涎でぐずぐずになった顔を隠すように腕で覆うと、その手を大きな手のひらで包まれ、指を絡められてシーツに縫い付けられてしまう。

「ゃ、らぁ、っん…ん…」

　潤む唇に、ちゅ、と吸いつかれると僕も吸いつく。その間に、佳純の腰が柔く、とちゅ、とちゅ…と前後に動き出す。優しい律動に腰の奥がじんじんと熱くなる。しかし、身体は物足りなさに、欲が体内を巡り巡っている。

「か、しゅみぃ……っん、んぅ…」
「いいだろ…？」

　こめかみに手のひらをあてがい、前髪を何度も撫でつけるように手が動く。佳純は、緩み切った顔で僕を見つめる。その瞳を滲む眼差しで見つめ返し、うなずくが、下唇を噛む。

「ん、んぅ…い、けど…たりなぃよ…ぉ、っんん…」

　楽しそうに微笑む佳純にどきどきとときめいてはいるが、昨夜の乱暴なほどの快感を思い出して、柔く動く腰に不満がうまれる。

「つい、て…」

　佳純は、ん？と問い返す間も、まなじりを染めながら、とちゅとちゅと腰を前後に動かす。

「もっと、つよく、して…ん、昨日、みたいに、…いっ、ぱい、して、ぇ…」

　お願い…と熱い吐息をつきながら、口付けをしてねだる。劣情まみれる瞳のくせに、彼は嬉しそうにキスに応えながら、腰を引き、入口付近でちゅぽちゅぽと慣らすように出し入れをする。

「やぁっ！やらっぁ……！いじわる、しなっで…」

　震える手で彼の熱い肉棒に触れる。そして、佳純の腰に足を巻きつけ、ぐぐ、と奥まで挿入させる。ごりゅ、と奥の入り口に熱い頭が当たると、ぎゅ、と締まる。彼は腰の律動を変えず続けるので、入り口に何度も頭が当たり、全身が快感に悦び震える。

「ああっ！はや、く、ほし、っ、かすみの、せ、し、ほし、っ！」

　奥のオメガが絶えず愛液を溢れさせ彼のアルファ精が来るのを期待を膨らませ待っている。強請るように子宮口が鈴口にちゅうちゅうキスしている。佳純は奥歯をきつく噛み締めると、ベットのスプリングを使って、抽送を大きくさせた。焦らされていた刺激に簡単に吐精してしまうその締まりで彼も強く精を注ぎ込んだ。

「ああぁ…かしゅ、み…うれし…あったかい…ぁんぅ……うれしい…」

　今、精液を注がれている腹部を撫でると勝手に顔がゆるむ。眉間にしわを寄せながら、汗を流す佳純は、ふ、と笑って、唇を重ねてきた。

「ん、もっと、し、たい…っん…か、す、み…かしゅみ、ぃんん…ぁっ…」

　まだ射精しているのに腰を押し進め、ピストンがはじまる。充分に気持ち良くて、僕のオメガも満足してるはずなのに、強欲に強請ってしまう。佳純も嬉しそうに顔を綻ばせ、かすかに頷いた。




　実家では、ほとんど寝てばかりいた。
　わがままを言って、たくさん付き合ってもらったあの時間の睡眠時間を埋めるように。早く眠って、日が過ぎ、彼に会えるように。
　そんなだらしない僕を、母親が叱ってばかりいたが、おいしい手料理を喜んで食べる僕を見ると満足そうにした。父親からは、学校の話を聞かれたが、楽しいよと笑顔で返した。
　さらに母に小言を言われてしまった事のひとつに、携帯のことがある。自分では全く不便さを感じていなかったし、両親に帰省の連絡をしようとして気づいたことだったのだが、携帯をなくしてしまったのだ。おそらく、学園で強かに転んだときに落としてしまったのだ。あの時のことは、思い出したくない。頬の傷はもうすっかり治ったのに、心の膿はなかなか抜けないのだ。でも、その目には見えない傷を治療してくれたのは佳純だった。
　僕の携帯に連絡を入れても、反応がなく僕のことを大変心配した。しかし、誰か親切な人が届けてくれていたらしく、たまたま「母」と表示され、かかってきた電話を寮母がとってくれた。そして、寮母はいつもの弁当のやり取りなどを楽しそうに母に伝えてくれた。家を出て、寮に戻る日には、寮母に渡せと銘菓を持たせられて、気恥ずかしかったが、口うるさく念を押す母に負ける。玄関を出て、わざわざ両親そろって駅まで見送りをする親に過保護さを感じるが、同時に大切にされていることに心が温かくなる。
　電車に揺られながら、やっぱり帰省してよかったなと思った。本当はずっと佳純と共に過ごしていたかった。最後の日は夕方までひたすらにねだってしまい、貪りあった。思い出すと腹の奥が熱を持ってしまう。別れ際はさみしくて、指を絡めて見つめ合って、なかなか離れられなかった。
　だけど、両親の顔を見てほっと息つくことが出来たのは嬉しく、あの甘い巣からなんとか這い出したことは無駄ではなかったと思い直す。なおかつ、早く佳純に会いたいと早まる気持ちも、スパイスのように感じて指先が痺れる。
　ああ、早く佳純に会いたい…。何度目かわからない溜め息が漏れた。