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第14話
しおりを挟む入学してからの発情期には、必ず彼らがいれくれた。
自分が手の震えを認識する前に、スポーツマンらしい大きな手で僕の手を包み込んでくれたから。握り込み固まった指先をゆっくり伸ばし、柔らかくマッサージして、あの明るい笑顔を向けてくれた陽介。指を絡めて、指先に軽くキスをして温度を分け与えてくれた秀一。
喉の奥がぐっと締まり、視界がにじみ涙が溢れそうになったのを笑って誤魔化す。もう2人はいないのだ。遅かれ早かれ、スポーツマンもしてレギュラーに居続ける彼らを3ヶ月に一度とは言え、時には大切な部活の時間も割いて、一緒にいてもらうなんて図々しいことは終わるはずだったのだ。自分のこの体質のせいで彼らに部活への後ろめたさを感じさせていたことは間違いないのだから。これまでが夢だったのだ。とてもとても、恵まれた、夢。
息は切れ、身体の中を劣情が巡っている。無視したくて、固く目をつむり、寝返りを数度うつものの、やはり、もうダメなようだ。来てしまったのだ。地獄の七日間が。予定よりも早いのは、先ほどの転校生のフェロモンにあてられ、僕のオメガも共鳴したからだ。まるで、あのアルファを惹きつけようとしたかのように。
腹の奥がじくじくと疼き、脳の奥が痺れたようにぼんやりする。
「んっ…」
腹部をさすると、その時の衣擦れによって、胸の尖りに気づいてしまう。制服のシャツの上から、肉のない胸板を両手で包み込むように揉む。
「ぁ、ん…っ」
熱い手のひらに乳首を押しつぶされると、勝手に腰が浮いてしまった。最後に、自慰をした時は、こんな場所、何ともなかったのに。
明らかに作り替えられてしまった自分の身体を思い知らされてしまう。あのアルファたちの手によって。
腹の奥が、またきゅんっと切なくうずく。
「しゅぅ………よ、すけ………」
微睡んでいた目が見開かれる。今、自分が何と言ったのか。顔のありとあらゆる筋肉がぐしゃりと顔が歪む。誰も、いないのだ。ここには。
その寂しさを隠すように、乱暴に陰茎を取り出す。すでに、濡れているそれは、ぬめりで上下に手を動かせば、あっという間に吐精される。心地よさに指先がびりびりとする。出し終えて、一息つくが、熱は収まらない。
腹の奥のオメガとしての本能が、開かれるのを感じる。
「ひっ、ぅ、ん、ん…」
濡れそぼった溝を指で触れると喜んで受け入れる。一本では足りない。二本でも。僕の、こんな細くて短い指では、何も満たしてくれない。口から、吐息と共に、また何かがこぼれそうになったので、思考を飛ばすように頭を左右に振る。ベット下の収納にある性具に手を伸ばす。ゴムをつけるのが面倒で、適当にローションだけ塗りかけて、脱ぎかけのズボンの下から、早急に挿入してしまう。串団子のように、球体が三つついたものを、ひとつ、ひとつと入口は収縮しながらも受け入れる。ゆっくりと挿入すると、腹の奥の充足感に、また吐精した。全部入れると、どこかわからないが、気持ちいいところに当たる。くぷくぷと音をたてながら、ゆっくりと抜く。鳥肌が立つほど、身体が欲に喜ぶ。腹側をなぞるように、また挿入すると、どこかで身体に電流が走る良い場所があたる。もっと欲しくて、欲しくて、だんだん荒っぽい動きになる。
「あ、あぅ、ん、んんっ、ああ!」
口の端から、涎が垂れるほど、喘ぎ声が大きくなり、身体は快感に飲み込まれる。またも吐精する。身体がびりびりと弛緩を繰り返す。
「…っ、なん、で……」
まだ足りない。
性具を、今度は明らかに男性器を模倣したグロテスクな見た目のものに変えようと決める。ローションを塗る前に、たまらなく欲しくなり、自分の口元へ持っていく。毎日着て過ごしている、学園で定められた制服は、自身の精液がべっとりとつき、脱ぐ手間も惜しまれ、スラックスは片足にひっかかったままだ。仰向けで足を開いた状態から、横向きに倒れる。右手で、埋まっているものの抜き差しを再開する。左手では、怒張を模したもので口内を犯させる。
ゴム性のやや硬いものが上顎をなぞると、それだけで、ぴゅっと前から何かが溢れた。
欲しい、欲しい、欲しい!
ベットから転がるようにフローリングの上に降りて、その怒張を床に固定する。入っていたものを抜くと、その刺激でまた吐精した。でも、熱は引くどころか、増す一方であり、たまらず、怒張に跨り、一気に挿入した。
「っああああ……!」
一層、高い声が出てしまう。先程のものでは届かなかった、奥まで、この男性器は入り込んでしまったようだ。目の前がチカチカと星が飛び、自分の性器からは、とろとろと何かが流れ続けている。びくびくびく、と身体が細かく震えるのが、なかなか止まらない。手足の指先が丸まって治らない。
でも、僕は、知っている。この怖さの中、自分の奥のものをいじめると、たまらない快感があることを。発情期の時に、嫌と言うほど、あのアルファたちに教え込まれてしまったのだ。
震える身体を前屈みにさせ、両手をフローリングにつき、なんとか、身を浮かせる。腰を前後、上下にゆっくりと動かし出すと、ずっと絶頂しているような快感が貫く。口からは、絶えず唾液がたれ、誰に聞かれることもない声が漏れてしまう。自分のオメガの部分が、どろりと溢れ出すのだ。
カクカクと腰を乱暴にゆする。後ろ手について、足を開き、性具が臍の裏をなぞるようにすると、勢いよく白濁が散った。そのまま、力が抜け、後ろに倒れ込む。ぬぽ、と後孔から性具が抜けた。ぶるん、と音を立てて、未だに性具は天井目掛けて立っているのが、自分の足の間から見えた。
身体から力がぬけ、呼吸を整えていると、意識を手放した。
重い瞼を持ち上げると、辺りはすっかり暗くなっていた。フローリングの上で気絶してしまったらしい。ギシギシと痛む身体を起こすと、自分の前には男性器を模した性具と他の性具、乱れたシーツ、ぐちゃぐちゃになった制服、そして、フローリングや壁に飛び散った精子を見て、恐ろしくなった。自分が違う生き物になってしまったかのようで身体が恐怖に震える。
すると、猛烈な吐き気が襲ってきて、力の入らない身体で、なんとかトイレに駆け込む。胃の中のものが競り上がってきて、呆気なく嘔吐してしまう。何度もえづき、胃の内容物を出す。鼻水と涎を拭う気力もなく、便器に顔を突っ込んだまま、ぜぇぜぇと呼吸を整えようとする。薬の副作用だ。気絶したのは、薬が効いたせいだろうと、はっきりしない頭でなんとか考えると、また内臓が競り上がってくる。
久しぶりの一人での発情期は、こんなにも苦しくて寂しいのか。汗と体液でべとつく身体も、終始すっぱい口の中も、モヤがかかったままの頭の中も、すべてが気持ち悪い。
「ぅ…、うぇ…っく、…」
背中をさすってくれる優しい母はいない。投薬しないように甘やかしてくれる友人もいない。一人ぼっちで、この忌々しい性質を受け入れ、ひたすらに絶えなければならない苦しみが、絶望へと僕を引き摺り込む。
涙がぽたぽたと便器の中に落ちる。いつだかに擦った右頬が今になってじくじくと痛み出す。便器についた左頬とトイレの床についている汚れたままの下半身から、ひやりと冷気が伝わる。身体の中は熱いのに、寒気がする。拒絶反応により、また吐き気が襲ってくるが、もう何も身体の中には残っておらず、液体しか出てこない。とにかく苦痛の中で、だんだんと意識が混濁していく。モヤの中をずっと生きているかのようだ。吐き気も頭痛もあるが、一番辛いのは、孤独であることだった。
「…………っ…」
最後の希望である彼の名前を呟きたかったが、声には出来なかった。冷たい便器に寄りかかりながら、また意識が遠のいてしまった。
「うっ…」
頭を殴られたかのような鈍痛に起こされてしまう。どのくらいトイレで気を失っていたのかはわからない。相変わらず口の中は胃液の味がしてならないし、身体は鉛玉のように重い。酷い頭痛を耐え凌ぐしかなかった。頭痛の合間にまた吐き気が来て、胃液を少し戻す。もう、ここで、自分は死んでしまうのではないかと本気で思えてくる。重い発情期で死んでしまうオメガはたまにいるらしい。僕もその一人になってしまうのかもしれない。もうずっと涙は流れている。
「七海」
彼の、あの、バリトンの声が聞こえた気がした。いよいよ幻聴も出てきた自分に、力なく笑ってしまう。薬が合わないことはわかっていたけど、こんな症状は始めてた。
「はぁ…っ、すみ……」
彼の名前を絞り出すと、もう一度、名前を呼ばれた気がした。出来るなら、彼の隣で眠るように安らかに死にたかった。そう思うと、余計涙があふれる。最後に、佳純に会いたい。
昨日、別れ際の佳純の言った言葉の意味が、いま、わかった。
友達、でいいのか?
よくない。友達じゃ、足りない。佳純の中の、一番になりたい。
「か、すみ…ぃ…っ」
唇から唾液か、胃液か、涙か、わからない雫がぽとりと落ちた。ダンッと何かがぶつかる大きな音がした。もう一度、大きな音がする。重い身体を少し起こす。
「七海」
声がした。そして、ダンダンとドアを叩く音がする。も、しかして…。
もやがかって、よく考えられない頭になっているし、身体のあちこちに鈍痛があり、苦しい。なけなしの力を振り絞って、身体を引きずり起こす。壁伝いに玄関まで行くと、すぐそこから、音が聞こえた。
「七海」
夢、なのか。
彼の声で名前を呼ばれて、ドアが叩かれた。このドア一枚向こうに、彼が、佳純が、いるんだ。
「な、んで…」
佳純には、佳純だけには、発情期のことは伝えていない。個人的なセクシャルなことだ。なによりも、佳純にだけは、伝えたくなかった。だが、なぜか彼は、僕が、今、一番会いたかった彼は、ここにいる。
「七海、開けてくれ」
「だ、め…だめ…っ」
ドアにもたれかかるように両手をつく。回らない頭だが、彼だけはここに招いてはいけないとわかっている。
「七海」
もう一度、丁寧に名前を囁かれる。その声に身体の奥底が、じぃんと響き、熱を持つ気がした。それと同時に、また内臓が競り上がる不快さが込み上げる。ぅえ、と少ししか出ない胃液を溢してしまう。立っていることも出来ず、ずるずるとドアに手をかけながら、崩れ落ちてしまう。
「俺は、七海の傍にいたい」
だめだよ。
今、甘えたら、ここまで築いてきた関係が、壊れるよ。
身体が自分のものではなくなっているが、最後の理性として懸命に答える。もちろん声になるはずはなく、心の中で唱えているだけになってしまう。
「七海が辛い時に、隣にいたい」
だめ…佳純に捨てられたら、今度こそ、僕は生きていけないよ…
「七海…」
だめ……佳純に、会いたい…
だめ…佳純に、抱きしめられたい………
いつも憮然と過ごすあなたが、そんな情けない声で、僕を呼ばないでよ…
「隣にいさせてくれ、頼む…」
ドアの隙間からか、僕に安らぎと温かみを寄越す甘い匂いがした。
息がうまく吸えない。大粒の涙がぼたぼたと溢れる。最後の理性は、彼のすがるような声に敢えなく崩されてしまう。腕を伸ばして、鍵を開けてしまった。
重い扉が開くと、彼は僕を見つけ、目を見張る。なんとか、目線を持ち上げて彼を見つけ、柔く微笑む。佳純はぐしゃ、と顔を歪めて、すぐさま、僕を抱きしめた。強く、強く。汗をかき湿った佳純からは、濃いアルファの匂いがした。彼だけの、甘いフルーツのような芳醇な匂いがする。
「七海…俺の七海…」
宝物のように、大切に優しく名前を呼ばれると、頭の先から爪先まで淡く痺れる。大きな手のひらが後頭部を包み込み、彼の身体に押し付けるようにぎゅう、とさらに強く抱きしめられる。
「っ、すみ…」
熱い身体に腕を回す。あんなに焦がれた彼の抱擁は、力強く、僕がここで生きていることを感じさせる。彼の身体に溶け込みたい。一緒になってしまいたい。
「見つけて、くれ、て、ありがと…」
その言葉を聞くと、彼は腕の力を解き、頬を包み、優しく口付けをしてくれた。待ち望んだ彼の唇に、睫毛が震え、うっとりと瞼を下ろした。
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