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模擬戦

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落ち着いたとはいっても、じんわりと手が汗ばんでくる。

大会では伶さんと戦う可能性はあると思いつつ、まだ先のことだと思ってた。

まさかこんなに早く伶さんと戦うことになるなんて思いもしなかった。

思い出すのはヒミコとの戦いの伶さんの姿だ。
あの神業の如き剣技。
あれが私に向けられる!

緊張でドクっと心臓が鳴る。

『大丈夫だ』

あっ!
扇の声。

久しぶりに頭に響く声に、ハッとした。

そうだ、これは模擬戦。

本番ではない。

とにかく、色々考えずにやってみるしかない。

ふうっと軽く息を吐いて、意識を集中させる。

私は月雅を胸の前に掲げ目を瞑った。

私の力が月雅に行き渡り、それはぱらりぱらりと広がった。
そして全身を包み込んだ力は熱を帯び、髪が逆立ち始める。

私はゆっくり目を開ける。
広がりを見せる私の力はセンサーとなって、伶さんの結界を含めた全てに行き渡っている。

私が戦闘態勢に入ったのを確認すると、伶さんもまたサザンクロスを眼前に掲げた。

『ノウマク·サンマンダ·ボタナン·インダラヤ·ソワカ』

真言を唱えると、サザンクロスは細身の剣へと変化した。

伶さんの熱を感じる。

彼の動きで生じる風を読む。

僅かな風の揺らぎに反応し、私は駆け出した。

一瞬の後、剣は打ち込まれ、私は即座にそれを避ける。

何という速さだろうか。まさに神速だ。

細身の剣は恐ろしいほどの速度で繰り出され、私を狙う。

だけど、見える。

左下段から迫りくる剣を、扇で往なし軌道を変える。
僅かに出来た隙に、扇を叩き込む。
しかしそれは、簡単に躱されてしまう。

伶さんはなぜか驚いたように目を見開き私を見て、口の端を上げるとまた剣を繰り出した。

私はそれから目を離さずに扇を振るう。

キーンと扇と剣のぶつかり合う音が辺りに響き、その余波が空気を振動させ、身体中がビリビリと震える。

相手の呼吸に合わせて、私も呼吸する。

伶さんは次にどう動くのか、瞬間的に感じ取って動く。

何故だろう?
伶さんと戦うのは初めてなのに、初めての気がしない。

次第に緊張感は解れ、わくわくしている自分がいる。

体は軽く、思っている以上のスピードを出しているにも関わらず、疲れは全く感じない。

戦いというよりも、剣の舞と扇の舞を二人で創り上げている、そんな錯覚に囚われてしまう。

いつしか時間の経つのも忘れ、只々楽しく私達は舞い続けた。

「伶さん!深月!」

大きな声でそう呼ばれ、伶さんと私は我に返り動きを止めた。

声の方を見ると、拓斗さんと悠也さんが驚きの表情で結界を叩いていた。

すぐさま伶さんは結界を解除して二人の元へと向かった。

「お帰り、早かったな」

伶さんの言葉に二人は唖然として空を指さした。

「早かったなって、あれからどれだけ経ってると思ってるんですか?」

空を見上げた私達もまた、唖然とした。

いつの間にか日は落ちて、空には月や星の輝きが見えていたから。

一体何時間戦っていたのやら。
私にはほんの短い時間だったように感じられるんだけどね。

「深月」

「はい?」

伶さんが私の傍に寄り、美しい笑顔で右手を差し出した。

「戦うことがこんなに楽しいなんて思いもしなかった。深月、楽しい時間をありがとう」

うわぁ!

伶さんが握手を求めて手を差し伸べてる!

「私も凄く楽しかったです」

そう言って右手を差し出すと、伶さんのしなやかな右手にふわりと包み込まれた。

うわわわ!
伶さんがカッコ良すぎる上に、近すぎて直視できない。
ドキドキと早鐘を打つ私の心臓。
戦いの時とは全く違う緊張感で、ドギマギしてしまう。

戦いの時はあんなに堂々としていたのにね。

落ち着くために私は必死で呼吸を整える。

ゆっくりと離される右手に温もりが残り、名残惜しさを覚えて見上げれば、伶さんはホントに優しげに微笑んで私を見つめていた。

ああ。伶さんも楽しかったんだ。
楽しい時間を共有できて、私は凄く嬉しかった。

「さあ、事務所に戻ろう。悠也、拓斗。報告は事務所で聞く」

「わかりました」

みんなは事務所へ向けて歩き出したんだけど、拓斗さんはこちらに駆け寄り、興奮しながら声をかけてきた。

「今のはなんだよ?!」

「なんだよって、なんのこと?」

「伶さんと対等に渡り合うなんて、お前一体何者だよ?!」

「いや、何者って言われても···」

そんなこと言われたって、わかんないよ。

私がなんと答えたらいいのか分からず、首を傾げていると、拓斗さんはいまだ興奮冷めやらぬ顔で言った。

「いや、本当に凄ったから驚いたんだよ。あの反応速度に身体能力。もしかしたら今度の大会、優勝と準優勝はどちらもうちの事務所が、かっさらうかもな」

「はは···」

そんな先の事なんて、今はまだ考えなくていいよね。
乾いた笑いを返し、事務所へと戻った。

そして、拓斗さんと悠也さんから報告がなされた。

拓斗さんの法具は、やはりAランクで登録され、悠也さんは無事に一人前の法具師として認められたそうだ。

拓斗さんの法具、暁はAランク。
通常Aランクの法具には+SP(特性)は付かないんだけど、暁には+SPが付いているそうだ。

命中補正、追跡の効果。

弓にこれだけの効果をつけるなんて、悠也さんは流石に火室家の一員だ。
初めて法具を作ったとは、とても思えない。
火室家とは、どれだけ優秀なんだと感心してしまう。

拓斗さんの法具のお披露目は大会の時になるみたい。

もちろん予選は式神戦だから、弓を使う為には予選を勝ち抜き本選(決勝トーナメント)に出る必要があるんだけどね。

また一つ、楽しみが増えてしまった。


そして、月日は流れ今日は大会当日。


朝からみんな自室にこもっている。
悠也さんから衣装を渡され、それを身につけたんだけど···。

私が貰った衣装は、戦国武将のもののようだ。
悠也さんによると、平安時代の女武将、巴御前をイメージして作ったんだとか。
とにかく軽くてカッコいいんだ。
ご丁寧にウイッグまで用意されており、なりきってしまいそうで怖い。

そして嬉しかったのが、月雅のホルダーも一緒に貰ったこと。
ベルトのように腰に巻き、月雅を入れておけるので、携帯するのがとても便利になった。


「みんな、準備はできたか?」

悠也さんに声をかけられ、キッチンへと向かう。
先にキッチンで待っていたのは拓斗さん。

「わあぁ!!」

思わず感嘆の声を上げてしまった。

法具の弓に合わせているのだろう。
紺色のはかま姿で、いつもより数段凛々しく見える。

「お前、馬子にも衣装とか思ってるだろ」

「まさかぁ!凄くよく似合ってるよ」

「お、そうか?お前の衣装もカッコイイよな」

「そうでしょ!」

私と拓斗さんが盛り上がっていると、悠也さんが言った。

「お前達、気に入ってくれたようでなによりだ。だけど、これを見たらもっと驚くぞ」

悠也さんの視線の先を追ってみると、そこに立っている人の姿を見て、私は息をするのを忘れてしまいそうになった。
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