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(今でも静音の顔見ると気分悪くなるんだよなあ)

 初日のように問答無用で倒れるほどではないものの。

 それでも顔を見て話すのは不可能に近いくらい酷く、長時間見ていれば倒れるだろうと予測出来てしまうくらいに症状がキツイのだ。

 その吐き気を覚える度、全てが現実だったと嫌でも思い知らされる。

(アレさえなかったら、正直、誰が助けてくれたとか放っておくんだけど)

 別に感謝の気持ちがない訳ではない。

 むしろ助けてくれた事に恩義は感じてるし、出来るならお礼だってしたいと思っているものの――

(なんせ感謝してるなら放っておいてくれって感じだし、こっちも恩を仇で返したくはないし……)

 向こうが、それを望んでないのは明らかだ。

(命助けてくれたのに、恩着せるどころか全く名乗り出ないってのは、そういう事だよなあ)

 それなのに探し出して無理やり恩返ししようなんてのが、ただの自己満足の有難迷惑でしかない事くらい正吾にだって解る。

 それでも静音との日々を取り戻すには、恩人を見付け出すしかない訳だが――

 逃げ回る理恵から落ち着いて話を聞き出す手段が見当たらない。

「どうしたもんか……」

 やや手詰まり感を覚えて、正吾は思わず口に出してしまう。

「ったく。楠さんの時といい、今回といい。勝手に自己完結してないで、もっと私に相談とかしてよ」

 そんな正吾に、自分の存在を忘れるなとばかりに奈緒が声を上げる。

「そりゃあさ。なーんの役にも立ってないんだし、頼りないのは解るわよ。でもアンタを殺し掛けた責任は出来るだけ取るって言ったでしょ? 困ったら何でも言ってよ」

「何の役にも立ってないって。弁当だってくれるし、他にも色々してくれてるの、知ってるぞ」

 加恋の件で正吾が暴走といえる誤爆事故をやらかしたせいか。

 正吾の前では冷静さを保ち、抑えに回っている奈緒ではあるが――

「死人が蘇る方法に心当たりないかとか何とか、生徒達に聞いて回ってるらしいじゃないか。そっちにも今後の学校生活あるんだからやめてくれって言ったのに、まだ続けてるんだろ?」

 むしろ本当に暴走気味なのは奈緒の方なのだ。

 一部の生徒から、何かヤバイ宗教にでもハマったんじゃないかと噂になりつつある程に。

 ――その辺もあって、正吾が解決を急いでいる部分も少なからずある。

「何の成果も出てないなら、ないのと一緒よ」

「そういう考え、よくないぞ」

 奈緒が思い詰めている。

 その事自体には気付きつつ、その原因も深さも解らなかった正吾は軽い調子でたしなめたのだが――

「解ってるわよ! でも、私はアンタの役に立ちたいの!」

 奈緒の悩みは相当に深いものだったらしい。

 抑えていたものが噴き出してしまったかのように、大きな声を上げた。

「お、おう……」

 これには正吾も面を食らい、短く声を返すくらいしか出来なくなってしまう。

「ご、ごめん。急に怒鳴ったりして……」

「いや、別にいいけどさ……」

 気まずい空気が二人の間に流れた。

 声を出すのも憚られ、ただ二人は無言で弁当を食べ続ける。
 
「……その、ね」

 今度は無言の空気に耐えられなくなったのか。

 先に声を上げたのは奈緒の方だった。

「ずっと償いがしたいって思ってたの」

「償い?」

「うん」

 突然の単語に思わず訊き返す正吾に、それで間違ってないとばかりに頷いて奈緒は話を続けていく。

「今回の事件って交通事故とかで言えばさ。アンタは轢かれた人間。それで私が轢いた人間じゃない?」

「まあ、うん。言いたい事はなくもないが、一応は解る」

「それでアンタ、轢かれたけど怪我が治ったら何もなしってなる? ならないわよね。治療費とか何か色々轢いた人間に要求するでしょ?」

「今のとこ、特に治療費とかは出てないぞ?」

 理恵に話を聞いて、これから何か出て来た場合、正吾は奈緒に相談するのかもしれない。

 しかし特に金銭被害も出てない状況で特に気になる事はない。

「ああ、もう。そういう話じゃなくって!」

 が、奈緒が言いたいのはそういう事ではない。

「いや、悪い。今のは反射的に言った。要するに慰謝料とか見舞金とか、そういう系の話をしたいんだな?」

 さすがに正吾も流れ的に察したらしく、奈緒の意志を汲み取り確認する。

「まあ、うん。ぶっちゃけるとそうね」

 ようやく話が伝わった事を理解して、奈緒は話を続けていく。

「ほら。先生関係者なのは確定っぽいし、事件の事で私が役に立てる事なんて、そんなになさそうじゃない?」

「まあ、そうだな」

「じゃあアンタがあの事件のせいで損した分。例えば暫く立花さんと話せなかった時間とか怪我とかの痛みとか、死ぬかもしれないって思った苦しみとかさ。そういう事への償いって、何ですればいいのって思ったら、さ……」

「弁当だってくれるし、事件の調査も頑張ってくれてるんだし、そんな気にしないでも……」

 嘘偽りなく、奈緒は十分以上に頑張っている。

 いや、頑張り過ぎているくらいだと正吾は思っている。

 だから結果が出てないなんて気にせず、堂々と過ごしてほしいと思う訳なのだが――

「気にするわよ。気にするに決まってるじゃない……」

 そういう問題ではないのだ、と奈緒は否定の言葉を口にする。

「正直言うとね、事件の前までアンタの事は気に食わなかった」

 そして突然、正吾に対する過去の想いを語り始めた。

「ああ、うん。態度的にそうだろうなあ、とは思ってた」

 いきなり自分を否定する言葉に僅かに驚く正吾だったが、それは話の流れが突然だったからで内容自体はあっさり受け入れる。

 何せ会う度に毎回嫌味を言ってきていたのだ。

 これで好かれていると思えるほど、お花畑の頭を正吾はしていない。

「知ってるかどうか知らないけど、アンタってクラスや学年どころか、学校で色々噂になってるくらい有名だったのよ。一年の成績二位は、脱走患者とか親殺しとか悪い方向でね」

「それはまた……」

(酷いが何とも言えない話だ……)

「さすがに私だって全部信じちゃいなかったわよ。本当に人とか殺してたら、もっと何かあると思うし」

 施設などに預けられるかもしれない。

 噂だって、もっと大々的に広まっていてもいいだろう。

 そうでないという事は、単に早退してばかりなのに勉強が出来る正吾を僻んだ誰かが適当に流した話なのだろうと奈緒は思っている。

「けど火のない所に煙は立たないって言うし、そういう話聞いているせいか印象も悪くてね。しかもアンタ何考えてるか解らないから余計にね」

「それはスマン」

 奈緒の言葉に心当たりがあったのだろう。

 ほとんど噂だけで嫌味な態度を取っていたと語られても、正吾は怒るでもなく素直に謝る。

「前までって言ったでしょ。今は何か変なトコあるけど良い人だって思ってるわ」

「それは、その、ありがとう」

「うん……」

 恥ずかしくなったのか。

 二人は示し合わせたように同時に視線を逸らす。

 僅かな沈黙。

 重い訳ではないが、どこか双方共に気まずい空気が流れる。
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