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第四章 容疑者との会合 ~佐藤理恵~
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勘違い告白事件から一週間が過ぎ。
ようやく担任であると同時に最大容疑者である理恵が出勤してきたのだが――
「ほぼ間違いなく佐藤先生が助けてくれた人だと思う」
その日の昼休み。
屋上に向かった正吾は、開口一番、そんな事を口にしていた。
「これまた、いきなりね」
その言葉を受けるのは、屋上で正吾の到着を待っていた奈緒である。
「とりあえず先にこれ」
話が長くなるかもしれないと思ったのだろう。
奈緒は手慣れた手付きで布に包まれた小さな箱を正吾に渡す。
お弁当というヤツだ。
「ああ。何か毎回毎回スマンな」
「アンタにした事考えれば安過ぎるくらいよ」
なんならその、エッチな事とか頼んでもいいのよ、なんて言いながら奈緒が制服のボタンを一つ外して見せるが――
「やめんか。男にそういう冗談軽々しくしてたら、襲われても文句言えんぞ」
正吾は動じた様子も見せずに軽くいなしてしまう。
「だから襲ってよって言ってるんじゃない」
「やらん。そういう事は好きな相手と同意の上で然るべき状況でやる事だと思ってる」
「ま、そうよね」
どこか残念そうに笑いつつ、奈緒が自分の弁当箱を開けるのを見て。
正吾も隣に腰を下ろして、渡された弁当箱を開けた。
これが最近の二人の昼休み。
事件について現状報告し合ったり、他愛のない雑談をしつつ、奈緒の作った弁当を隣り合って食べる。
いつの間にかそういう流れになっていた。
「それで佐藤先生が怪しいんだって?」
弁当を食べながら、奈緒が止めた話を切り出したのだが――
「ああ。今すぐでも問い詰めたいと思ってるぞ」
正吾はもう待っていられないとばかりに早速、結論に入ろうとしていた。
「あのさあ。一週間も待たされたんだから焦る気持ちも解らなくもないけど、もう少し慎重に調べた方がいいんじゃない?」
対する奈緒の態度は冷ややかとしか言えないものだったが、その反応も無理からぬ事だろう。
何せ前回、盛大に誤爆事故をやらかしたばかり。
正吾の態度は性急に過ぎると思われても仕方ない。
「いや、まあ。確かにそうだとは思うんだが――」
「何よ? そんなに佐藤先生、様子おかしかったの?」
正吾の態度に違和感を覚えたのだろう。
詳しく話してよ、と正吾に話の続きを求める。
「ああ。おかしいなんてもんじゃなかったぞ」
奈緒の声に正吾は迷いなく頷いて、具体的な説明を始めていく。
「出欠の時。俺を呼ぶ番になった途端、急に黙り込んだかと思ったら『にちやまきゅん』なんて裏声になるくらい叫んでな……」
「確かに。随分とおかしい感じね……」
ちょっと噛んだとかで済まされる次元を軽く超えている。
正吾を意識しているのは明らかだ。
「しかも、それだけじゃないぞ」
「やっぱりまだ何かあるのね?」
「ああ。さすがに俺も楠さんの件は堪えたからな、慎重にもなる」
それっぽい答えがあったから安易に飛び付いて。
その結果、一人の女の子を無駄に傷付けるだけで終わってしまった。
「いくら怪しくても今回は少しずつ探りを入れてこうって思ってたんだが――」
同じ過ちは二度としないように、と今回は慎重に事を運ぼうとした正吾だったが――
「俺が近付くだけでビクビクしてるし、声掛けたら悲鳴上げて後ずさりしてな。おまけに――」
「まだあるの?」
「ああ。それでも話し掛けたら、『その、休んでいた時の仕事が溜まってるので他の先生に頼んで下さい!』って言って逃げるんだ」
「その口ぶりだと、本当に仕事があるって感じじゃなかったのかしら?」
「ああ。なんせ他の生徒の相談とかは普通に聞いてたからな」
一週間も休んでいたからか。
休み時間の度に理恵の周りには生徒が集まっていた。
それこそ引っ切り無しに訪れる生徒達を無下にせず、正吾以外の生徒に対しては理恵は丁寧に応対していたのだが――
「何か俺が話し掛ける度に、急用を思い出しましたとか何とか言って逃げるんだよ」
「怪し過ぎて逆に何かの罠じゃないかと疑いたくなるレベルね……」
「だろう? 佐藤先生が何か知ってるってのだけは、もう疑いようはないと思う」
もはや慎重に探る段階は通り越している。
これ以上は踏み込んで、無理やりにでも尋ねなければ始まらないだろう。
「ただ、さっきも言ったように話し掛けようとしただけで全力で逃げられるんでな。どうしたものかと思ってる」
とはいえ、話そうにも落ち着いて話せる状況が作れないのだ。
「人目も何も気にしなければ出来ない事もないだろうが――」
恩人かどうか確認するだけなら、それでいいのかもしれない。
ホームルーム等の逃げ難い状況で聞いて、それで終わりに出来るだろう。
「でも、それじゃあ何の解決にもならないわよね」
「だよなあ」
だが、正吾の目的はそこで終わりではない。
正吾の目的は、自分を助けてくれた人に静音と話せなくなった症状を治してもらい、元の生活を取り戻す事だ。
恩人を見付けるのは、その第一段階目に過ぎないのだ。
「人目のあるところで詳しい事話す訳にもいかんしなあ」
「絶対やめてよ。そんな事したらアンタ。この先、ずっと頭おかしい人扱い確定よ」
「解ってる」
何せ内容が内容だ。
実際に体験した正吾自身、今でも悪い夢なんじゃないかと偶に思ってしまうくらい現実感がない。
けれど――
ようやく担任であると同時に最大容疑者である理恵が出勤してきたのだが――
「ほぼ間違いなく佐藤先生が助けてくれた人だと思う」
その日の昼休み。
屋上に向かった正吾は、開口一番、そんな事を口にしていた。
「これまた、いきなりね」
その言葉を受けるのは、屋上で正吾の到着を待っていた奈緒である。
「とりあえず先にこれ」
話が長くなるかもしれないと思ったのだろう。
奈緒は手慣れた手付きで布に包まれた小さな箱を正吾に渡す。
お弁当というヤツだ。
「ああ。何か毎回毎回スマンな」
「アンタにした事考えれば安過ぎるくらいよ」
なんならその、エッチな事とか頼んでもいいのよ、なんて言いながら奈緒が制服のボタンを一つ外して見せるが――
「やめんか。男にそういう冗談軽々しくしてたら、襲われても文句言えんぞ」
正吾は動じた様子も見せずに軽くいなしてしまう。
「だから襲ってよって言ってるんじゃない」
「やらん。そういう事は好きな相手と同意の上で然るべき状況でやる事だと思ってる」
「ま、そうよね」
どこか残念そうに笑いつつ、奈緒が自分の弁当箱を開けるのを見て。
正吾も隣に腰を下ろして、渡された弁当箱を開けた。
これが最近の二人の昼休み。
事件について現状報告し合ったり、他愛のない雑談をしつつ、奈緒の作った弁当を隣り合って食べる。
いつの間にかそういう流れになっていた。
「それで佐藤先生が怪しいんだって?」
弁当を食べながら、奈緒が止めた話を切り出したのだが――
「ああ。今すぐでも問い詰めたいと思ってるぞ」
正吾はもう待っていられないとばかりに早速、結論に入ろうとしていた。
「あのさあ。一週間も待たされたんだから焦る気持ちも解らなくもないけど、もう少し慎重に調べた方がいいんじゃない?」
対する奈緒の態度は冷ややかとしか言えないものだったが、その反応も無理からぬ事だろう。
何せ前回、盛大に誤爆事故をやらかしたばかり。
正吾の態度は性急に過ぎると思われても仕方ない。
「いや、まあ。確かにそうだとは思うんだが――」
「何よ? そんなに佐藤先生、様子おかしかったの?」
正吾の態度に違和感を覚えたのだろう。
詳しく話してよ、と正吾に話の続きを求める。
「ああ。おかしいなんてもんじゃなかったぞ」
奈緒の声に正吾は迷いなく頷いて、具体的な説明を始めていく。
「出欠の時。俺を呼ぶ番になった途端、急に黙り込んだかと思ったら『にちやまきゅん』なんて裏声になるくらい叫んでな……」
「確かに。随分とおかしい感じね……」
ちょっと噛んだとかで済まされる次元を軽く超えている。
正吾を意識しているのは明らかだ。
「しかも、それだけじゃないぞ」
「やっぱりまだ何かあるのね?」
「ああ。さすがに俺も楠さんの件は堪えたからな、慎重にもなる」
それっぽい答えがあったから安易に飛び付いて。
その結果、一人の女の子を無駄に傷付けるだけで終わってしまった。
「いくら怪しくても今回は少しずつ探りを入れてこうって思ってたんだが――」
同じ過ちは二度としないように、と今回は慎重に事を運ぼうとした正吾だったが――
「俺が近付くだけでビクビクしてるし、声掛けたら悲鳴上げて後ずさりしてな。おまけに――」
「まだあるの?」
「ああ。それでも話し掛けたら、『その、休んでいた時の仕事が溜まってるので他の先生に頼んで下さい!』って言って逃げるんだ」
「その口ぶりだと、本当に仕事があるって感じじゃなかったのかしら?」
「ああ。なんせ他の生徒の相談とかは普通に聞いてたからな」
一週間も休んでいたからか。
休み時間の度に理恵の周りには生徒が集まっていた。
それこそ引っ切り無しに訪れる生徒達を無下にせず、正吾以外の生徒に対しては理恵は丁寧に応対していたのだが――
「何か俺が話し掛ける度に、急用を思い出しましたとか何とか言って逃げるんだよ」
「怪し過ぎて逆に何かの罠じゃないかと疑いたくなるレベルね……」
「だろう? 佐藤先生が何か知ってるってのだけは、もう疑いようはないと思う」
もはや慎重に探る段階は通り越している。
これ以上は踏み込んで、無理やりにでも尋ねなければ始まらないだろう。
「ただ、さっきも言ったように話し掛けようとしただけで全力で逃げられるんでな。どうしたものかと思ってる」
とはいえ、話そうにも落ち着いて話せる状況が作れないのだ。
「人目も何も気にしなければ出来ない事もないだろうが――」
恩人かどうか確認するだけなら、それでいいのかもしれない。
ホームルーム等の逃げ難い状況で聞いて、それで終わりに出来るだろう。
「でも、それじゃあ何の解決にもならないわよね」
「だよなあ」
だが、正吾の目的はそこで終わりではない。
正吾の目的は、自分を助けてくれた人に静音と話せなくなった症状を治してもらい、元の生活を取り戻す事だ。
恩人を見付けるのは、その第一段階目に過ぎないのだ。
「人目のあるところで詳しい事話す訳にもいかんしなあ」
「絶対やめてよ。そんな事したらアンタ。この先、ずっと頭おかしい人扱い確定よ」
「解ってる」
何せ内容が内容だ。
実際に体験した正吾自身、今でも悪い夢なんじゃないかと偶に思ってしまうくらい現実感がない。
けれど――
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