ナナ

楪 ぷぷ。

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6章

announcement

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sideナナ


「ん・・・。」



カーテンから差し込む光に目を開ける。



時計を見ると9時を指していた。



ベッドから起き上がり寝室を出る。



リビングに来てみたものの湊都の姿はなかった。



仕事、かな。



とりあえずソファに腰掛けようと近づくと無造作に脱ぎ捨てられた湊都の服があった。



「これ・・・。」



手に取って見ると全体的に血が付着していた。



「触るな!」



声に驚き思わず手にしていた服を離してしまった。



振り返ると、お風呂上がりなのかまだ髪が濡れている湊都がいた。



「ご、ごめん・・・。」



「あ、いや、私も勝手に触ってごめん・・・。」



「・・・それ。」



「え?」



「それ、昨日ナナを連れ帰ったときに着てた服なんだ。返り血を浴びたから・・・。」



「返り血・・・。」



「・・・ナナ。」



 湊都に手をひかれソファに腰掛ける。



「ナナの望む形にしたいと思ってる。でも全てがその通りになるとは限らない。そこは理解して欲しい。」


「う、うん・・・。」



「ナナに何があったか話してもらうつもりは無い、だけど・・・。」



「話さなくて、いいの?」



「・・・話せるのか?」



驚いた様子の湊都。



「・・・?うん・・・。」



「大丈夫、か・・・?」



「大丈夫、だよ・・・?」



会話・・・噛み合ってる、よね・・・?



「昨日まで起きてたこと、だよね?」



「あ、あぁ・・・。」



「大丈夫、だよ・・・?」



「俺はてっきりトラウマになってるかと・・・。」



「・・・確かに嫌なことだけど、湊都なら・・・話せる。」



「・・・煽ってんのか?」



「違う!」



「今からヤるか?」



「無理!怪我してるし!」



「大丈夫だろ、手加減すれば。」



「手加減、できるの?」



「・・・多分。」


自信ないじゃん。



「まぁ、それはあとにして。」


あと?!



「話すのは・・・無理しなくていいからな。辛くなったらすぐに言え。」



「・・・うん。」



さっきの言動は私を落ち着かせるためだったと気づく。



だから湊都なら安心して話せる・・・。










あの時と同じ。



服を脱がされていく。



『やだやだやだっ!』



『大丈夫。すぐに良くなるよ。』



手足を縛られ、首には鎖をつけられ、床に組み敷かれる。



必死に抵抗を続けると拳が飛んでくる。



蹴りが入る。



それでも良かった。



こんな奴に犯されるくらいなら殴られてた方がマシ。



蹴られてた方がマシ。



増えていく痣。



流れる血と涙。



脱がされていく服。



伊織の行動を眺めるだけしか出来ない自分の非力さに涙が止まらない。



痣だらけになった全身に丁寧に愛撫をする伊織。



もう限界だった。



意識を失ってしまいたかった。



『ナナ、ほら可愛い声で啼いてごらん。』



意志とは裏腹に出てくる声。



満足そうにニヤつく伊織に吐き気がした。



全身を撫でる手。



全身を這う舌。



耳元で何度も愛してると囁かれる。



地獄の再来だ。



限界が突破した時、私は意識を失った。








「・・・前にもあった事だし。」



「・・・。」



「まぁ、監禁されて拘束具つけられてっていうのはなかったけどね。」



「ナナ・・・。」



「でもそんなに怪我しなかったし・・・。」



「ナナ、もう言わなくていい。」



「それに・・・」



「ナナっ!」



両肩を掴まれる。



「ぃやっ!」



条件反射で湊都の手を払う。



逃げるようにして身を捩った私。



驚いた顔の湊都。



「・・・ごめん。」



「いや・・・。今日はまだ休んでいよう。様子を見ながら元の生活に戻ればいい。」



「・・・うん。」
















side湊都



ナナをベッドに運び、リビングで一息つく。




「くそっ・・・もっと痛めつければ良かった。」




前にもあった事だし、か。



ナナがあの男に苦しめられてきた痛みを考えると足りないくらいだ。



・・・主観の問題だが。




昨日の行動に後悔していると突然スマホが鳴った。



「・・・親父?」



何事だとは思いつつ通話ボタンを押す。



「なんかあったのか。」



「それはこっちのセリフだ。おなごは大丈夫なんだろうな。」



「おなご?」



「お前の女だ。」



「はっ。大丈夫に決まってんだろ。にしても情報が速いな。」



「お前が今話してるのは誰なのか勘違いしてないだろうな。」



「分かってるさ。勘違いなんてしてねぇ。」



「今回、対応が遅れたのはお前の落ち度だ。守ると決めたなら命がけで守れ。いつか死ぬぞ。」



「分かってる。親父みたいにはならねぇよ。」



「・・・口に気をつけろよ、湊都。」



「・・・わーったよ。悪かった。」



「まぁ、今回のことは組としても反省点が山ほどある。組員に早いとこ、紹介しておいた方がいいだろうと思ってな。」



「・・・ナナを、か?」




「他に誰がいるんだ。」



「・・・。」



「俺は別にお前たちに結婚しろと言ってるんじゃない。ただ、お前はそれなりの覚悟なんだろう。」



「・・・流石親父だな。」




「相手方にその気はなくても守るべきものは守らにゃあかん。近日中に会を開くぞ。用意しておけ。」



「分かった。」



プツっと音がして切れた電話。




「ナナのお披露目、か・・・。」



確かに組員全員がナナを認知していれば万が一何かあった時に対処するスピードは早くなる。



俺が傍に置いておくと決めた以上、ナナは俺が守り抜く。



俺を含め、組全体で。



組員全員がナナを認めるとは思えないが・・・。



それでも天崎組たる者、意志とは関係なくナナを守るだろう。



己の命をかけても。



組員が死んだのは何度も見てきた。



俺のことを守るために死んだ組員だって何人もいる。



誰かを守るために捧げる命ほど、価値がある。



それ程までに美しく散る命はない。



「守ってみせるさ、必ずな・・・。」









sideナナ


「お披露目会?」



「あぁ。今後、ナナを危険から守るために組員全員にナナを認知させる。」



「なんか、話がすごく壮大だね・・・。」



天崎組の組員全員って相当な人数になるんじゃ・・・。



「怪我の方は大丈夫か?」



「うん、もう平気。」



「そっか。なら良かった。近日中に会を開くって親父が言ってたから・・・。あまり無理はすんなよ。」



「ありがと・・・。」



「あ、そうだ。会の時、幹部以上は和装なんだ。ナナの服も作らないとな。」



「和装・・・か。」



前に1回、パーティーの時に着たことあったっけ・・・。



あ、湊都は来なかったのか。



「傷が見えないように作らないとだな。」



「まぁ、和装だから露出度も低いし丁度いいかもね。」



「あぁ、そうだな。」



早く怪我、治ればいいのに・・・。












「乾杯。」



「乾杯。」



今日も湊都に抱きしめられながら窓辺でお酒を飲む。



「どうしようかな~。」



「何が?」



「ん?お披露目の服。オーダーメイドなんでしょ?」



「あぁ。」


「前に<ruby>Doux<rt>ドゥー</rt></ruby>のパーティーで花魁になったことはあるんだけど・・・それ以外和装ってしたことないから。」



「・・・俺見てねぇ。」



「だって湊都が来なかったパーティーだもん。」



「見たい。」



「じゃあ、会で着る?」



少し振り向いて湊都を見ると黙ってこくりと頷いた。



「ふふっ。楽しみ。」



「あぁ。俺もだ。」












「エロい。」



「・・・それ俺に言うか?」



作った服が出来上がった為、お披露目の前に1度試着することになったんだけど・・・。



「会に女の人いるの?」



「まぁ、いるな。」



「湊都その格好ダメだよ。女の人寄ってきちゃうよ。」



「それ俺に言えることかよ。」



「え?」



「ナナも十分エロいだろうが。」



湊都に言われて自分の格好をもう一度見直す。



赤と黒の着物。



露出された肩。



胸元からへそあたりまである大きな帯。



「・・・<ruby>Doux<rt>ドゥー</rt></ruby>にいた時の方が露出度高いしエロくない?」



ぼそっと呟くと心底呆れたようにため息をつかれた。



間違ったことは言ってない。



<ruby>Doux<rt>ドゥー</rt></ruby>にいた時は下着だし。



「あのなぁ、露出度が高くなるほどエロさが増すっていうのは違うぞ。」



「そういうもの?」



「そういうもの。」



そういうものなのか・・・。



「その理論でいくと俺の格好もエロいってことになるな。」



「うん。エロいもん。」



「どこが。」



「どこって・・・。」



大胆に開いた襟。



胸元にある以前抗争のときに怪我したらしい傷。



袖から見える逞しい腕。



そして、胸元に入った刺青。



「全部。」



「全部って・・・。」



呆れながら言う湊都。



だって・・・本当だもん。



少し不貞腐れてそっぽを向く。



ふっ、と笑う湊都の声が聞こえて、何?と言おうとした時・・・



「・・・ちょっ!?」



いきなり変わる視界。



「大人しくしてろ。」



所謂お姫様抱っこで寝室まで運ばれる。



「いきなりどうしたの?!」



「お互いにエロいと思ってる姿なら気持ちも変わるかなと思って。」



「まぁ・・・そうかもしれないけどっ。」



行動が早すぎるよ。



「着物って着る時は大変だけど帯さえ外しちまえば脱がすのは簡単だしな。」



舌なめずりしながら言う湊都。



その目は完全に男の目で。



「お、お手柔らかに・・・。」







「・・・以上だ。天崎組の名に恥じぬようお前らの命を懸けて守り抜け。」



組長さんの言葉にドスの効いた返事が返る。



天崎組の人達に絡まれたら怖いだろうな・・・。



先日出来上がった和装で参加したお披露目会。



想像以上に女の人はいなくて湊都のエロい姿が晒されなかったことに安堵した。



まぁ、湊都は終始不機嫌だったけど。



「ようやく終わったか。」



すぐに帰りたいのか、ぼそっと呟く湊都。



「おい、何帰ろうとしてんだ。これから飲みだぞ。」



「親父・・・冗談はやめてくれよ。」



「お前も少し嫉妬するのを抑えることを学べ。」



おっしゃる通りでございます。



その嫉妬が最終的にどこに行くかって、私のところだからね。



「チッ・・・。」



「お前らの日々の努力を讃えよう。今日は好きなだけ飲め!」



再びマイクを通し、組員全員に伝える組長さん。



組長さんの言葉にまたドスの効いた返事が返る。



「ただし・・・。」



・・・?



「厄介事は起こすなよ?」



組長さんの自分の子供に投げかけるかのような言葉に歓喜の声が上がる。



「さぁ、酒を持て!」



自分の近くのテーブルにあったお酒を持ち始める組員さん達。



「ナナ。」



「あ、ありがと。」



いつの間にかお酒を持っていた湊都に手渡される。



「乾杯!」



「乾杯!」



全員が手に持ったお酒を掲げ喉に流し込む。



「あ、美味しい。」



「家であんまりこういうの飲まないもんな。」



「今度買おっか。」



「そうだな。」



会場の目立つ場所に居たため、少し移動して湊都と二人で飲む。



それにしても凄い人数だな・・・。



恐らく500・・・いや、1000はいるか?



こんなに人が集まるのもすごいけどこれだけの人数の上に立つ湊都や組長さんも恐ろしい。



そして彼らに守られる私の立場って・・・。



だめだ。



考えたらだめだ、こういうのは。



「若?」



気がつくと目の前に5人の女性が立っていた。



全員高そうなドレスを身につけている。


 
あと、高そうな宝石。



「・・・なんか用か。」



一気に不機嫌になる湊都。



そういえば柚香さんが言ってたっけ。



「湊都は女の人があまり好きじゃない」って。



しかし不機嫌になったことに気がついてないのか変わらずに湊都に話しかけ続ける彼女たち。



組の話だったら私邪魔かな?



あんまり女の人と仲良くして欲しくはないけど・・・。



まぁ、この状況だと勘違いされやすいしね。



離れた方がいいかな?



湊都に一声かけてからの方がいいよね。



そうは思ったものの彼女たちのお相手で多分話しかけても気がつかなそう。



ま、いいや。












「お、ナナさん!」



声に振り向くと若い組員らしき人が手を振っていた。



「どうかしましたか?」



記憶にはない彼に近づいて尋ねる。



「いやー、特別用事があるわけじゃないんやけど、今日の主役だし話しておきたいなーって!」



関西弁・・・?



「はぁ・・・。」



「いやぁ、それにしてもべっぴんさんやなぁ。湊都め可愛いおなご捕まえおって・・・。」



湊都のことを呼び捨てしてる・・・?



湊都と同等の立場ってこと・・・?



「んで、お嬢ちゃん。なんでこんなとこにおんの?」



「へ?」



「だーかーらー、なんで湊都の近くにおらんの、ってこと聞いとんの。」



「あぁ・・・。なんか女の人に囲まれちゃって。仕事の話なら近くにいない方がいいかなーって・・・。」



「なるほどなぁ・・・。ダメやわ、湊都。躾がなっとらん。」



「今何か言いました?」



「いや、なんでもないで。」



最後の方聞き取れなかったけど・・・。



「そっかぁ。こんなべっぴんさん放ったらかしにするなんて湊都もダメな男やなぁ。」



「あ、ありがとうございます・・・?」



「せっかくだから湊都が帰ってくるまで話さへん?あんたのこともっと知りたいんや。」



「はぁ・・・。」



なんなんだ、この感じ。



掴みどころがないというか・・・。



いや、ない訳では無いんだけどつかみづらいというかなんというか・・・。



「あんたのことは知っといても損はしないからなぁ。ささ、色々教えてちょうだいなっ。」



「色々・・・と言われましても・・・。」



「あぁ、まぁそれもそうやな。じゃあ・・・湊都の・・・。」



未だ名前も分からない目の前の謎の関西弁の男性が質問に悩んでいると、「おい。」と低い声が飛んできた。



「お、王子様やん。」



「誰が王子様だ。シバくぞ。」



「おー、怖い怖い。」



少しキレ気味の湊都が参上。



そんな湊都を前にしても怯む様子を見せない関西弁の男性。



「<ruby>空海<rt>くうかい</rt></ruby>、来るなら連絡しろと何度言ったら分かるんだ。」



「えー。連絡したらおもろないやん。」



「俺は別に面白さを求めてるわけじゃない。」


「そんな冷たいこと言わんといてや~。俺は今ナナさんみたいなべっぴんさんにも会えてテンション上がっとるんやから。」



「クソガキが生意気な事言ってんじゃねぇよ。」



「湊都怖い~。」



仲睦まじく喧嘩してる目の前の2人。



これは・・・どうなんだろう。



止めた方がいいのかな?



「お、そうやそうや。湊都、ナナさんが困惑しとるから俺の紹介してーや。」



「チッ・・・お前って野郎は・・・。」



「ほら、はよはよ。」



「はぁ・・・。」



ため息をひとつ吐き、私の方に向き直る湊都。



「ナナ、こいつは加川空海。こんな奴だけど一応緋山組若頭だ。」



「緋山組・・・?」



「緋山組ってんのは関西に拠点を置く組。俺はそこの若頭。若頭同士、湊都とは仲良くさせてもらっとるねん。」




「な、なるほど・・・。」



「ってか、湊都酷くない~?ナナさんに話す時と俺と話すときで顔つきガラッと変わるやん。」



「当たり前だろ。」



「分かったで!それが“愛の力”ってやつやんな?!」



「お前も大きくなればわかる。」



「“愛の力”、っていうのは否定しないんか?」



「愛してるのは事実だしな。」



「湊都!」



「ほらぁ~ナナさん顔真っ赤にしとるやん。可愛えぇなぁ。」



「あんまり見んな。」



後頭部に手を置かれ湊都の胸に抱き寄せられる。



「これはこれはお熱いことで。じゃ、邪魔者はさっさと退散しますわ。ほなまたな~。」





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