ナナ

楪 ぷぷ。

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6章

unexpected

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「どうだった。」


「うちの情報網全てを持ってしてもナナさんに関することはひとつも・・・。」


「どういうことだ、どうなってる・・・。」



可能性のある組は全部関与していない。



西の動きもない。



「・・・鴉は。」


「動いてませんね。」


「ナナの周りで怪しい動きをしたものは。」


「いません。」



一体誰が・・・。



頭を抱えているとノック音が聞こえた。



「若、俺だ。」


「入れ。」


入ってきたのは王雅だった。



「ナナちゃんが居なくなったって?」


「あぁ。そっちで何か動きはあったか。」


「それが一切・・・。」


「くそっ!」


冬夜の調べに穴がある可能性はゼロだ。



こいつは情報屋、鴉の弟子。



辿れさせれば全ての情報が手に入る。
 


そして王雅。



こいつは天崎組の中でも俺が1番の信頼を置く男。



だから会社に残してきた。



王雅が残っていて、かついつも以上に用心深く調査させても何のヒントも得られなかった。



こんなおかしいことがあるか。



「・・・実山伊織。」


「あ?」


「<ruby>Doux<rt>ドゥー</rt></ruby>の元オーナーでナナちゃんをものすごく気に入っていたらしい。ララが未だに借金を抱えているのはその男のせい。ララから聞いた話だ。」


「・・・その男の居場所は。」



「店を追い出されてからは消息不明と聞いてる。」



「冬夜。」



「十中八九、マンションの前にいた不審な男は実山伊織で間違いないですね。」



「決まりだ。王雅。」



「あぁ。任せとけ。」



「行くぞ、冬夜。」



「はい。」





俺の女に手を出したらどうなるか、その身に刻み込んでやる。









sideナナ



暗い部屋。



パソコンとソファとテーブルくらいしかない殺風景な部屋。



身動きが取れない・・・。



「起きた?」



声の方に視線をずらすと見覚えのある顔。



「今取ってあげるからね。」



口に当てられていた布を取られる。



「何でここにいるの・・・。」



「んー?それは勿論、君のためだよ?ナナ。」



子供をあやすような優しい口調で話す。



「伊織・・・。縄解いて・・・。」



「逃げないんだったらいいよ?でもナナ、逃げるでしょ?」



実山伊織。



かつての<ruby>Doux<rt>ドゥー</rt></ruby>のオーナー。



あの時あったオーナーとしての威厳は全くない。



あの時と比べると少し痩せこけたような・・・。



「あの時、俺たちは引き裂かれた。その原因って・・・なんだと思う?」



「原因って・・・。」



「分からないー?じゃあ、教えてあげる俺のかわいいかわいいナナのために。」



1歩、2歩と近づいてきて私の耳元に顔を寄せる。



「ララ、だよ。」



「っ!」



違う、ララは私を助けてくれた。



救世主だったんだ。



「違う!」



「違くないよ。だって<ruby>Doux<rt>ドゥー</rt></ruby>に圧力をかけたのはララじゃないか。」



「ララは私を助けてくれたの!」



「・・・ナナ、自分の立場わかってる?」



背筋がゾクリとする不気味な笑み。



「そこまでララのせいじゃないって言うなら、何が原因なの?」



「・・・。」



「ナナなら分かるんじゃない?」



「・・・私が。」



「なぁに?」



「私が悪かった!伊織を拒んだからっ・・・。」



「そうそう。いい子だね~。最初からそうやって言えばいいのに。」



失望したように私を見下ろす伊織。



また、また私はこいつに・・・。



「ナナ、何したらいいか分かるでしょ?」



嫌だ。



もうあんな地獄見たくない。



自分の立場を考えて。



殺される。



死にたくない。



やだ・・・。



「・・・だ。」



「んー?」



「嫌だ!もうあんなのはっ。」



「ナナ。君はまた俺を拒むの?賢くなったと思ってたんだけど・・・。」



私の前から居なくなると数分後にまた戻ってきた。



伊織の右手には異様な形の器具が握られていた。



暗い部屋の中でも絶対にいいものでは無いことが分かる。



「ナナ。ちょっと頑張ろうね?」









もう何度聞いたかわからない言葉。



「ナナ、君は俺のものだ。」



もう何度見たかわからない顔。



もう何度流したかわからない涙。



嫌だ。



やめて。



その言葉が口から出ない。



「ナナ。」



やめて。



もう私の名前を呼ばないで。



「愛してる。」



あなたからのその言葉は欲しくない。



「ナナ・・・。」



やめて。



やめて。



やめて・・・。



「みな、と・・・。」









side冬夜



ガンッと扉を開けた湊都。



部屋に入ると、実山伊織と・・・



ボロボロになったナナちゃんがいた。



湊都は全体の様子を素早く確認すると、自分羽織っていたスーツをナナちゃんにそっと被せた。



「冬夜。」



「はい。」



湊都の目付きが極道の“それ”へと変わる。



俺は真っ先にナナちゃんの状態を確認した。



身体中に痣。



所々出血あり。



首には鍵付きの鎖。



縄で縛られた手と足。



逃げようとした証に手首には血が滲んでいる。



ボサボサの髪。



やつれた顔。



「ひどい・・・。」



湊都のスーツでナナちゃんを包み、部屋の端に移動させる。



「ぐっ・・・。」



全く、この男は容赦なんて言葉など知らない。



「若、お止め下さい。」



感情のままに殴る、蹴るを繰り返す若。



実山伊織の方はもう声を出すこともままならない状態だと言うのに・・・。



「若!」


「・・・あ?」


ようやく手を止めた若。



「もうお止め下さい。」



「・・・。」



「実山伊織から何も聞き出せなくなってしまいます。」



「冬夜。」



「っ・・・!」



俺を睨みつける若に背筋が凍る。



「お前、こいつに生きる価値があると思ってんのか。」



実山伊織の髪を掴んでいた手を離し、乱雑に投げ捨てる。



1歩ずつ近づいてくる若。



その恐怖に声も出ない。



若に胸ぐらを掴まれる。



「お前からやってもいいんだぞ、冬夜。」



「若っ・・・お許しをっ・・・。」



「俺に指図するな。いいか、頼んでんじゃねぇんだ。これは命令だ。」



「はっ・・・はいっ・・・。」



掴まれていた手を離され、その場に投げ出される。



“黄龍”だ・・・。



冷酷で容赦ない若についた通り名。



東西南北全ての守護を統べる者。



史上最凶で最悪の男。



睨みをきかせれば声を発せなくなり、手をかけられれば死に至る。



未だ、この男を天崎組で止められた奴は誰一人いない。



俺が若の補佐になったのも若の凄みの中、言葉を発することが(かろうじて)できるからという理由。



親父が頭を下げたくらいだ。



下っ端だと、恐らくこの状況で泡を吹かずにはいられないだろう。



キンっと音がする。



若を見るとタバコに火をつけ、煙を吐き出す姿。



感情を抑えるかのようにタバコを吸う。



何を思ったのかゆっくりとしゃがみこむ若。



そして・・・


「ぁあああああああああっ!」



あろうことか実山伊織の手に吸っていたタバコを押し付けた。



ジュゥっと肉の焼ける音がする。



「冬夜。鎖つけて海にでも沈めとけ。」



「はい・・・。」



まだ意識は保っているのか、パクパクと口を動かす実山伊織。



「知ってるか?溺死っていうのは必死に生きようともがきながら死んでいくんだ。極道の世界じゃ、オーソドックスな殺し方だ。」



足元に転がる実山伊織に1発、蹴りを入れる若。



「飛び降り、なんてのは地面に打ち付けられる直前は恐怖で意識がない。薬や首吊りってのも見世物にはなるがあまり用いられない。」


呻く実山伊織を気にもせずにまた1発、蹴りを入れる。



「極道の世界はな、お前らが生きてる生ぬるい世界とは違うんだ。」


とうとう意識を失ったのか声をあげなくなった実山伊織。



「苦しみを味わいながら死ぬといい。」



実山伊織を見下ろす若は心底楽しそうに笑っていた。







side湊都


「チッ。手が汚れた。冬夜、ナナを運べ。」



返り血で染まった自分の手を眺める。



まぁ、返り血を浴びたのは全身だからどちらにせよナナを運べない。



「よろしいんですか・・・?」



「あ゛?」 



部屋の端に横たわるスーツにくるまったナナ。



「・・・あぁ。ナナを汚したくない。仕方ないだろ、運べ。」



「承知しました。」



「必要以上に触れるんじゃねぇぞ。」










車に戻り、積んであったジャケットを羽織る。



同様に積んであった手袋もする。



血に染ることをした時の為に常時準備してあることに感謝だ。



「若、家で宜しいですか。」



「あぁ・・・。」



俺の膝に乗せたナナの髪を優しく撫でる。



未だ気を失っているナナ。



酷い傷は無いものの、継続的に痛めつけられたであろう傷。



早く手当てをしないと・・・。













sideナナ




「ん・・・。」



「目、覚めたか?」



「・・・みな、と?」



「あんまり声出すな。もう少しで手当て終わるから。」



見慣れた部屋。



痛む身体。



私は・・・何を・・・。



「・・・り。」




「ん?」



「伊織・・・実山伊織は・・・。」




「あいつはもういない。大丈夫だ。」




「いな、い・・・?」



「あぁ。いない。よく頑張ったな。」




湊都の言葉に流れる涙。



頬を伝う涙を湊都が親指で拭う。



「よし、終わった。移動するぞ。痛かったら言え。」



抱き上げられて、寝室まで運ばれる。



柔らかなベッドを背に、ゆっくりと降ろされる。



「あまり酷い傷は無いが・・・。数日間は安静にしてた方が良さそうだな。」



「・・・ごめんね。」



「何がだ?」



「湊都との約束、守れなくて・・・。」



「お前は守ったよ。守れなかったのは俺だ。」



「湊都、が・・・?」



「お前からの連絡に直ぐに気付けなかった。」



「でも、それは仕事だったから・・・。」



「いや、仕事とは言えどお前を守ると決めた以上、俺の落ち度だ。」



「湊都は悪くないよ・・・。私が・・・。」



俯く私に、ふっと笑う湊都。



湊都の大きな手が両頬を掴み、私の顔を上に向ける。



「じゃあ、今回はお互い様ってことにしよう。お互いに反省点があったってことで。」



「・・・うん。」



「いい子だ。」



そのまま右手を肩に、左手を顎に添わせる湊都。



そっと私を抱き寄せて優しく口づけをする。



リップ音を響かせ離れる唇。



「もっと・・・。」



「ダメだ。これ以上したら我慢できなくなる。」



名残惜しくも離れていく手。



「俺は今日ソファで寝る。ナナはゆっくり休め。」



「湊都。」



「ん?」



「ありがと・・・。」



「・・・あぁ。おやすみ。」



「おやすみ・・・。」
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