ギソコン~ワケあって偽装婚約した彼は、やり手のイケメン弁護士!?~

深海 なるる

文字の大きさ
15 / 46

14話 演技

しおりを挟む
 中学二年生になって半年ほどたった十月のある日、長崎で法律事務所を営んでいた祖父が体調を崩した。
 それで急遽きゅうきょ福岡の法律事務所で働いていた父が長崎の事務所を継ぐことになって、私達家族は長崎に戻ることになった。
 家族全員で戻りたいという父の意見を完全に無視してお姉ちゃんは大学の卒業が近いからと福岡に残った。
 卒論だってもう取り組んでいたし、デパートに勤めることもこの時にはもう決まっていたそうだから当然と言えば当然よね。
 おまけにお姉ちゃんは自分の意思をはっきり持っている強い人だから。
 そういうところ羨ましいと思う。
 でも、まだ中学生だった私は家族に着いて行くしか選択肢はない訳で……。
 冬馬先生と離れることになってしまった。
 この時は本当に辛かったな。
……だって、もう先生の事しか考えられないくらい好きになっていたから。
 学校のテストでいい点が取れた時に『千尋さん、良く頑張りましたね』って誉めて貰えるのが嬉しくて勉強してたようなもんなのだ。
 長崎に引っ越して、大野君や萌ちゃんのような新しい友人とも沢山出会えたけど冬馬先生ほど好きになった人はいない。
 ただ、離れ離れになったものの、先生は春休みや夏休みなど大学が長期休暇に入ると長崎の我が家に帰省してくるようになった。
 なんでも、先生の家は複雑で後妻さんとの折り合いが悪くて家には帰りづらいっていう話だった。
 両親は長男である冬馬先生に家業を継がせたくて、弁護士になることを反対していたそうだ。
 でも、どうしても弁護士になる夢をあきらめきれなかった先生は、昔から知り合いだった私の祖父を頼ったらしい。
 で、我が家に下宿中、先生は父の法律事務所でアルバイトをしたり私の家庭教師をして過ごしていた。
 でもさすがに法科大学院に進んだころからは司法試験に向けた勉強が忙しくなってきた様で私の家に来る日も次第に減っていった。
 その後、猛勉強のかいもあって先生はストレートで司法試験に合格し埼玉の司法研修所で司法修習中だったから、成人式のあの日はホントに久しぶりに先生に会ったんだよね。
……よく考えたら先生、あの日は埼玉からわざわざ何をしに来たんだろう?
 お姉ちゃんも珍しく帰って来ていたし。
 二人して示し合わせたように私の前に現れたっていうのはどういう意味があったんだろうか?
 


「それにしても、千尋。いきなり四宮先生と婚約だなんて一体どうなっているの?」
「へ?」
 母の問いにボーッと考え事をしながら食事を終えた私は戸惑う。
「えっと、それは……」
 ど、どう答えたらいいんだろう?
『偽装婚約です』とは絶対に言えないし。
 母が驚くのは無理もない事だ。 
 日曜日に赤ちゃん連れで駆け落ちから戻って来た娘が金曜日にはもう、かつての家庭教師で今は父親の部下である冬馬先生と婚約するって、あまりにも急展開すぎるもんね。
「えっと……それは……実はお父さんが、な」
 永田先生という婚約者候補と引き合わせようとしていたみたいと話そうとしたけど冬馬先生にさえぎられる。
「奥様、突然の事で驚かせてしまい申し訳ありません。私の方から本日、千尋さんに婚約を申し込んでご了承頂いたのです」
「四宮先生から?」
「ええ」
「先生はそれでいいの? 我が家にとってはありがたい話だけど、千尋と結婚するという事は蓮の事も引き受けるという事よ」
「ええ、分かっています。これからは私が千尋さんと蓮さんを支えます」
 トーマ先生……。
 私は先生の整った横顔を見つめる。
 
 例え今だけだとしても先生がそう言ってくれるのはホントに嬉しい。
 でも、私ね、先生に迷惑をかける気はないよ。
 先生の事が好き。
 だからこそ先生に迷惑をかけるようなことはしたくない。
 今回、永田先生と無理やり政略結婚させられるのを避けるために慌てて先生とこんな契約を交わしてしまったけど、自立できる位のお金がたまったら今度は家出みたいな方法じゃなくてきちんと独立するつもりでいる。
 私、一人でも立派に蓮を育ててみせるって誓ったんだもん。
 それに、あのお父さんの事だ。
 いつまでも騙せるもんじゃない。
 
 私がちゃんと自立出来たらこのギソコンは解消しよう。

 その為にも今はフォレストの引継ぎをきっちり終わらせて、先生の家のハウスキーパーをしっかりこなさないと!
 もうお父さんの思い通りにはさせない。
 私だって、この一年半で少しは強くなれたはずなんだから!

「千尋、おめでとう。良かったわね」
「う、うん……」
 母に婚約を祝福された私は生返事をかえす。
「あ、ありがとう」
「お茶を入れましょうね」
 母が二人分の食器をトレイにのせてキッチンに向かうと冬馬先生がスッと私の耳元で囁いた。
「千尋さん、私達は婚約したての間柄なんですからもっと嬉しそうな演技をして頂かないと困ります。奥様にこの婚約が偽装だとばれてもよろしいのですか?」
 う、嬉しそうな演技って……?
 どうやったらいいの?
 先生の甘いセリフも、熱い視線も全て祖父が興した事務所を守るための演技なんだよね?
 分かっているけどちょっぴり、悲しい。
 でも……確かに今、お母さんにこの婚約が偽装だとばれるわけにはいかない。
 とにかく、蓮と生きていけるだけのお金を貯めるまでは。
 その為には、たとえ辛くてもこの気持ちには蓋をしないと。
 いや、いっそ、ずっと好きだった人と偽装とはいえ婚約出来たというこの状況を逆にラッキーだと思って楽しむ位の心の余裕をもちたい。

 そうだよ、私はついている!
 大好きな冬馬先生に、嘘でもかわいいって言って貰えて、だ、抱きしめたりキスしてもらってしまったのだ。
 キ、キス……しちゃったんだよね。
 私達……。
 それも、何度も。
 う、うわぁぁああああ!
 お、思い出したら……ダメだぁぁぁぁああ!

 あ、あんな濃厚なキスをされたらトーマ先生の事、意識せずにはいられないよっ!

「まあ、どうしたの? チヒロ、顔が真っ赤よ」
 キッチンから戻った母が湯呑を渡してくれる。
「え? えっと……トーマ先生と婚約できたのが嬉しくて……」
 演技なんかじゃなく本気で赤くなっているのが恥ずかしすぎて冬馬先生の顔を見ることが出来なかった。
 それなのに、
「本当に千尋さんはかわいらしい方ですね」
 なんて言って先生は更に私の頬を赤くする。
「私もさっきの事で反省しました。どうやら千尋さんは私の事を良く理解されておられない様で……。これからは気持ちを正直にお伝えして、もっと私の事を知って頂きたいと思います」
「そう、それはいいことね」
「ええ」
 って、トーマ先生!?
 お母さんの前でこれ以上私の事を『かわいい』っていうのはやめてもらえませんか?
 も、もう充分ですから。
「それに今まで一人で頑張ってきた分、これからは沢山私に甘えて頂いて結構ですからね、千尋さん」
 って、もうムリだー!
 た・す・け・て・く・れー!

 こ、こんなに甘いセリフを吐く冬馬先生が、私の婚約者だなんて。
 おまけに、それはもう美しい顔がいつも以上に輝いて見えるほどご機嫌な笑顔だ。
 ク、クールないつものトーマ先生はどこに行ってしまったのー!!
……でも、今日の冬馬先生も嫌いじゃない、いや、むしろ好きだと思ってしまうんだからホント恋って盲目だよね……。
 はあ、先生、今日もかっこいい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...