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本編8 向き合う二人 その2

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 キリちゃんはスタスタと早歩きで拠点内部を歩いてゆく。
 ある場所に向かって。
 それはかつてスタンピードさんと共に出撃した出入口であり、てっちゃんの厩舎きゅうしゃがある所だ。

「キリちゃん・・・」

「なに?」

「ごめん・・・なんでもない。」

「無駄なことしないで頂戴。」

 あたしは聞けなかった・・・。かつてのキリちゃんと共有しているのか?と。記憶と・・・その想いも。
 だが怖くて聞けなかった。もし「違う」と言われたら・・・そう思うと怖くて聞けなかったのだ。


 キリちゃんはてっちゃんの厩舎に行き、てっちゃんを出入口の広間に連れてくる。
 しかしそこには・・・

「おいおい。どこへ行くんだ?新入りさんよぉ。」
 
 広間に2メートル半はあろうか、筋肉質の大柄な体躯の男が大勢の部下を連れて立っていた。
 その中にはスタンピードさんも居る。

「な、なんで・・・」
 どうして、あたしたちが出ていくことがばれてるの!?

「昨日のチンピラ共、全員殺っとくべきだったかしら・・・」
 キリちゃんが恐ろしいことを平気で言う。

「足抜けは認めてねぇぜ?お嬢ちゃん。」
 大柄の男は高圧的に見つめながら話してくる。

「あなたの許可が要るのかしら?”私の”許可だけで充分でしょ?」 
 対してキリちゃんは挑発するかのように言い放った。 

「生意気な新人だな。スタンピード、お前の部下だろ?お前がけじめ付けろ。」

「悪いが、遠慮するぜ?ジャガーノート。俺はまだ死にたくないんでね。」
 そう言って、目を瞑り、腕を組んだまま、動こうとしないスタンピードさん。

「ずいぶん腑抜けたこと言うじゃねえか?ああ!?俺の命令が聞けねぇってのか?」

「お前は知らないからな。そうだな・・・命令無視してお前と戦った方がマシなぐらいだぜ?」
 鼻で笑うようにスタンピードさんはそう言い放った。

「なんだと。」
 ジャガーノートと呼ばれた男がスタンピードさんの話を聞いて真顔になり、キリちゃんを見据える。

「面白い。俺が直々に相手してやる。」
 そう言ってジャガーノートさんは部下に合図する。すると部下が二人がかりでジャガーノートさんの得物であろう巨大なスレッジハンマーを運んできた。その巨大なハンマーを右手だけで軽々と持ち上げ構える。

「カルディア。ハルバードを。」
 キリちゃんが右手を手のひらを広げてピンと横に伸ばす。
 あたしはハルバードを右手の手のひらに渡した。
 キリちゃんがハルバードをグッと握りしめると、血管が浮き出て、目が紅く染まっていく。その長い白髪まで逆立つかの様だった。

「潰してやるぜ!新人ーーーー!!」
 ジャガーノートさんが地面を蹴って突っ込んでくる。

「てっちゃん、カルディア。下がっててね。」
 そう言ってハルバードを構え、ジャガーノートさんを迎える。

 ジャガーノートさんのスレッジハンマーを正面からハルバードで受け止めるキリちゃん。
 『ギリギリッ』と互いの力比べが行われ、激しい戦闘が行われるのかと、そう思った矢先。
 ジャガーノートさんが飛びのく。その額には冷汗が流れている。
 あれほど凄まじい突撃を受けたのにキリちゃんは1ミリも後ろに下がっていなかった。

「流石、ここで首長務めているだけあるな、ジャガーノート。もう、分かっただろ?」
 スタンピードさんが腕を組んだまま、そう語りかける。

「うるせぇ!認められるか!そんな事!!!」
 ジャガーノートさんがもう一度キリちゃんに突撃し激しく連打を繰り出す。
 しかし、キリちゃんには当たらない。躱され、受け流され、受け止められる。
 その連続攻撃はどんどん速くなっているのに・・・・だ。

「なんなんだ!なんなんだ!?こいつはああああ!!!!」
 
 瞬間、キリちゃんの目が一際紅く、鋭く光ったような気がした。
 すぐさまジャガーノートさんは飛びのき距離を取り、右腕を左手で押さえる。
 別段、斬られた様子もない。

「あら?感が良いのね。流石ここでトップをしてるだけあるってことかしら?」

「なんなんだ・・・お前は・・・ありえない・・・どんどん強くなっていっている。俺が力を出せば出すほど、お前も同様に力を増している。おかしい・・・異常だ!こんな奴見たことねぇ!!!」
 いつの間にかジャガーノートさんの瞳に恐怖が宿り始めている。

「当然よ。あなた程度に負けていたら私の宿願は話にならないもの。」

「お前の・・・目的はなんだ!?」
 じっとりと冷汗をかきながら聞くジャガーノート。

「私の目的はね・・・・」

「神殺しよ!」
 キリちゃんは不気味な笑みを浮かべ、そう言い放った。

 シンと辺りが静まる。
 沈黙を破ったのはジャガーノートさんだった。

「は・・・はは・・・はははははは!!!神殺しか!そりゃ勝てねえわけだ。」
 ジャガーノートさんは疲れた顔で笑った。
「・・・行けよ。」

「あら?良いのかしら?」

「これからデカい戦しようと思ってるんだ。こんなとこで腕斬り飛ばされる訳にはいかねえよ。」

「そう?次向かって来たら”ダルマ”にしてやろうと思ってたのに。」
 怖いことをニッコリと笑顔でサラッと言うキリちゃん。

「おっかねえ新人だな。誰だよ”キリングドーター”って言った奴。そのまんまじゃねぇか!やめだ!やめ!早く行け。」
 そう言ってジャガーノートさんは道を開ける。



 あたし達はてっちゃんに乗って堂々と出入口に向かう。
 大勢の取り巻きは左右に別れて立ち、誰も止めるものはいない。

「待ちな!」
 振り返ると呼び止めたのはスタンピードさんだった。

「これ持って行きな。」
 箱と麻袋を渡してくる。麻袋の方はずっしり重く、中を覗くと携帯食料や水、金属が入っていた。

「お前らそんな軽装で出るなんて、いくら強くても餓死すんだろーがよ。」
 そう言ってケラケラ笑う。

「すみません・・・急いで出てきたもので・・・そうですよね。何うっかりしてるんだろ、あたし。」
 あたしは恥ずかしくなって笑って誤魔化した。

「へっ・・・それくらいの方がお前さん達らしいけどな。金属は希少なものだから物々交換に使え。ぼったくられるなよ。」

「あの・・・こちらの軽い箱は?」
 麻袋の中身は実用的な物だったが、軽い箱はなんだろう?

「開けてみな。」
 ニヤニヤとしながらそう言うスタンピードさん。
 あたしが箱を開けるとそこには・・・

「キリちゃん!キリちゃん!これ。」
 あたしはキリちゃんに箱の中身を見せる。
 キリちゃんは中を覗いて一瞬目を輝かせた後、穏やかに微笑み、
「ありがとう、おじさん。」
 スタンピードさんにお礼を言った。

「だから、お兄さんだって・・・。はぁ・・・もういいや。」
 もう諦めたようでスタンピードさんはポリポリと頭を掻いた後、少し寂しそうな顔で
「元気でな、お前ら。キリングドーター、嬢ちゃんをあんま困らせるなよ。」
 そう別れを告げた。

 キリちゃんは小さく頷き、てっちゃんの身体を軽く蹴り、歩みを進め、拠点を出ていく。
 あたしは後ろを振り向き、見送ってくれるスタンピードさんに手を振った。
 その姿が小さく、見えなくなるまで、手を振り続けた。




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「行ったか・・・」
 ジャガーノートが隣に立ち話しかけてくる。

「ああ・・・・」
 俺は小さく振っていた手を下ろした。

「てめぇ・・・あんなに強いならそう言えよ。死ぬとこだったろうが!!」
 不満をぶちまけるジャガーノート。

「言って信じたのか?」

 そう言うと言い返せないのか、
「ケッ!・・・生意気な奴だぜ。」
 と、小さく悪態をついた。

「でも、流石だな、ジャガーノート。この大所帯で首長するだけあるわ。見直したぜ。”上手く負けた”じゃねぇか。」

「嫌味かよ・・・。苦労してんだぞ?簡単に負けたら、ここにいる連中は俺を舐め出し、言うこと聞かなくなるに決まってる。足抜け側にもそれ相応の通過儀礼してもらわねえと示しがつかねぇ。それにその実力も無い奴はどうせ外に出ても生きていけねぇしな。」

「あいつは合格か?」
 俺は笑みを浮かべ分かりきったことを聞く。

「本当に嫌味な野郎だな。合格どころか首長が交代するところだったよ。しかし惜しいぜ。あれほどの力があれば今度の決戦は楽勝だったろうによ。」

「そうか?そんな便利なもんでもねぇよ。あれはきっと。」

「なにか重大なデメリットでもあんのか?」

「まぁ、少しなら知っている。マナー違反だから言わないけどな。」

「こんな世界でマナーもくそも無いだろ?ま、そうか。なら次やるときは俺様の勝ちだな。あのすまし顔をヒイヒイ言わせてやるぜ。」
 ジャガーノートは自身の拳を合わせ、やる気を見せながら、不敵な笑みを浮かべる。
 そんなジャガーノートを俺は笑い飛ばした。

「何が可笑しいんだ?スタンピード。」
 俺に笑われジャガーノートはムッとする。

「可笑しいに決まっている。ジャガーノート。お前さん、再びアイツの前に立てんのか?立てたら、お前さんは本物の”戦士”だよ。俺が逆の立場なら無理だよ・・・きっと無理だ。ブルっちまって泣いて蹲っちまう。」

 その言葉を聞き、ジャガーノートは何も言わなかった・・・
 二人してアイツらが消えた方角を見つめる。
 もう、会うことは無いだろう、怪物の去った後を・・・
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