真事の怪談 ~冥法 最多角百念珠~

松岡真事

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第陸念珠

#056『月女カヨ子』

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 早苗さなえさんがスナックの雇われママをしていた頃だというから、2012年前後の話である。

 当時、早苗さんの取りまとめるスナックには 八代やしろという中年男性が足繁あししげく通っていた。

 八代氏は 色黒ガッチリ型の偉丈夫いじょうふで、職業は本人いわく〝ベテラン漁師〟。地元漁協の近くに自宅があるらしく、「誰より早く漁に出て 誰より早く大漁旗たいりょうばたを上げて陸に帰って来るんだ」と常々吹聴ふいちょうしていた。何というか、〝自分大好き〟タイプの男性だったという。

「まぁ、そういう人が悪いってんじゃありませんよ?むしろ向こうから積極的に話題を振って来られるから、だいぶ やりやすいの。こっちが聞き手に回って上手く話を継いでるだけで 楽しんで頂けますからねぇ」

 だが、この八代氏。独特の酔い方をすることで有名だった。
 誰でもアルコールが回れば怒りっぽくなったり剽軽ひょうきんに過ぎるようになったりと ある程度の豹変ひょうへんは するものであるが、

「八代さんはねぇ。酔いが回ったら、自分が体験した怖い話ばっかりしてくるんですよ」

 それは良い酒癖さけぐせである。

 一度会ってみたい、と私が言うと、「たぶん一回でお腹いっぱいになりますよ」「だって、いつも同じ話なんですもん」と 早苗さん。

「まぁねぇ、何度も何度も飽きずに繰り返すくらいだったから。 本当に〝見た〟んでしょうねぇ。あの人は・・・・・・」


  ❖   ❖   ❖   ❖


 早苗さんから聞いた八代氏の『体験談』は、以下の通りである。


 時期は2010年頃。その年の9月、十五夜の満月の夜のこと。

 その日、八代氏は自宅で大酒を食らった。

 〝月見酒〟と洒落しゃれ込んで ちょっと上等の日本酒を晩酌に飲んだのであるが、あまりに美味しすぎた為に一升瓶を半分以上空けてしまったのだという。


「ウーイ。今日はお月様の日だァ。お月様、見てくるぞォ~」


 文字通り、酔狂すいきょうな気分になったようだ。
 奥さんにそう言い残して、八代氏は家を出た。家族もかなり心配だったろうが、そんなことは当人にとって何処どこ吹く風だ。

 彼の自宅は、前述した通り 地元の漁協事務所の近所にあった。泥酔でいすい状態の八代氏は、何故か「ヨシ、事務所まで歩こう」と思い立ったらしい。もはやこの時点で理解に苦しむが、過ぎた酔っ払いというのはそういうものだろう。

 危うい歩調で目的地の事務所前まで辿り着き、漁船停留所ていりゅうじょの端っこから立ち小便をしながら 空を見上げた。

 直後、「ほえーっ!」と感動する。

 十五夜じゅうごやのまん丸お月様が 海面を明々あかあかと照らしながら、美しく夜空へ昇っている様が目に飛び込んできたのだ。

「こりゃ、何だオメー。十五夜ってのは伊達だてじゃねぇなァ」

 あー、酔ったついでに いいもの見た・・・ と大切なものをズボンにおさめ、早々に帰宅を試みる八代氏。その時は既に、かなり眠たくなっていた様である。


 と。

 彼は、自らの行く手に ボウッと立つ人影を見留めた。

 漁に行く前、また帰ってきた後などに 漁師仲間がよく利用する、自動販売機の奥手だ。

 シルエットからして、細身の女性のようだな、と思った。


(こんな夜中 こんな所に 女が一人で??)


 べろべろに酔っ払いながらも、「ちょっとおかしいな」と八代氏は感じた。
 わけありかも知れないから、声をかけるのはやめとこう。 それくらいのことを考える理性は残っていたらしい。

 女は突っ立ったままだ。
 身じろぎ 一つしない。

 気味悪きみわりィ、と思いながら横を通り過ぎ、すれ違う際に ちょっとだけ視線を女の方へ向けてみた。


  ――えっ?!


 一瞬だけだったが、ハッキリ見た。
 自動販売機の明かりで 半分だけ照らし出された女の顔。

 それは、まるで月面のクレーターのようにブツブツと 謎の発疹ほっしんに覆われていた。
 昔の映画で見た、『東海道四谷怪談とうかいどうよつやかいだん』の お岩さんを 何故か瞬時に想像する。
 そして、
 片方だけではあるが 異様に大きな目玉も浮かび上がった。
 それには白目の部分が無く、瞳自体が完全に真っ黒であった。


(ちょ、これ、もしかして、)


 ・・・・・・幽霊?!

 ポカーンとしながら通り過ぎ、
 十歩ほど歩いた辺りで、本格的に怖くなった。
 そこからは 猛ダッシュだった。
 息を切らせながら自宅に駆け込み、奥さんに向かって言い放つ。


「月みたいな顔の女が出たぞ!!」


 ――そうですか、さぞかし綺麗なお月様だったんですね・・・と 冷ややかな笑顔で返されたという。


  ❖   ❖   ❖   ❖


「いやー、あれは おっかなかったなー!」

 以上のような話をした後、いつも八代氏はしみじみ そう漏らしたという。

「このベテラン漁師の俺ですら、震えが止まらなかったもんな。普通のヤツだったら心臓が止まっててもおかしくないよ」


 ホントに八代さんはキモが座ってるのねぇ・・・と早苗さんがお世辞を言うと、「その通りよ!」と胸を張って大笑い、というのが毎度毎度のパターンであったらしい。 


「うーん、しかしありゃ、一体何のオバケなんだろうな? よぅママ、何かあの女について 心当たりとかねぇかい?」

「うーん、そうねぇ・・・ あ、もしかしたら〝月の精〟とかじゃありませんの?だって十五夜の月夜に出たんでしょ、その女の人。お顔も月にそっくりだっていうし」

「えーっ。 ハッハッハ!そりゃいいや! 月からの使者、〝妖怪・月女〟ってとこだな!」


 いつだったか そんなやり取りをして以降、彼が見た怪異は〝月女〟と呼ばれるようになった。
 正直 早苗さんは、「飲み過ぎて幻覚でも見たんでしょ」「月女なんて、出来過ぎだわ」と 内心では思っていたという。



 そんな、ある夜のこと。

 その日も八代氏は来店して、キープしていた焼酎をお湯割りで楽しみ、〝月女〟の話をして帰って行った。
 いつもながらの上機嫌じょうきげんだった。

 毎回毎回、よくも飽きもせずに あんな話を繰り返せるものだと早苗さんが呆れていると、


「なぁ、ママさん。 さっきのお兄さん、〇〇漁協の近くに住んでる人かい」


 カウンターの隅でビールをちびちび飲んでいた御老人ごろうじんが、不意に声を掛けてきた。
 一見客いちげんきゃくであったという。


「え?はい、そうですけど 何か?

「そうか。そんなら、今の話に出てきたのは〝カヨ子〟だなぁ」

「は?! あぁ、〝月女〟」

「へへへ、月女とは恐れ入った。 そんなんじゃないよ。ありゃ昔むかし、 思いあまって海に身投げした 可哀相な女なんだよ」

(えぇ・・・・・・?!)


 ――その御老人が語るところによると、八代氏が目撃した怪奇な女性の名前は〝カヨ子〟。

 昭和50年代中頃に、投身自殺をはかり 亡くなってしまった。

 自殺の原因は、夫。探してもいないくらいのロクデナシだったという。


「普通、あそこらで沈んだ人間は 海流とかで直ぐに海上へ上がってくるもんなんだがな。カヨ子の場合は、ウーン・・・ 何だったんだろうかな。一週間以上経って、やっと遺体が浮かんできたんだ。よりにもよって漁協事務所の近く、漁船の停留所の近くにさ。 だけどもなぁ・・・・・・」

 だけども。
 その水死体には、頭部が無かった。
 正確に言えば、頭部を中心として 身体の各所が、何カ所か欠損けっそんしていたのだった。

「あんまり海の中にいた時間が長かったからだな。魚とかからつつかれて、いろんな所が無くなった形の むごい姿で上がってきたもんだよ。腹の手術跡とかから『ああ、カヨ子だ』ってわかったんだけどな。念の為に死体を検分けんぶんさせた時の、旦那の言い分が今も忘れられねぇ」

 ――「こんな汚いカタマリは、俺の女房なんかじゃない」と言ったのだという。

「浮かばれねぇなぁって。漁師仲間みんなで溜息ついたもんさ。 あ、だから長い間〝浮かんで来なかった〟のかな? ハハハハハ・・・笑えねぇ」


 ・・・お客さんも漁師だったんですか?と早苗さんが訊ねると、御老人は大きく頷いた。

 とっくに引退して別の土地で暮らしていたが、仲の良い地元の友人が亡くなったので 久々に故郷へ帰って来て葬儀に参列した。その後、何となく一人で飲みたくなったので 行き当たりばったりに足の向いたスナックに入ってみて今に至る、という次第らしい。

「そうか。カヨ子はまだ迷ってるんか。頭はまだ 見つかっていないんかなぁ」

 そこで、早苗さんはハッと気付く。

 八代さんは何度も何度も、「月女の片方だけ見えた目玉は、やけに大きくて全体が黒目だった」と言っていたが――


「もしかして、海の中で白骨化しちゃってるから―― 八代さんが見たカヨ子さんの目は、髑髏にポッカリと空いた眼窩がんかの部分の穴 だったとか?!」

「かも、知れんわなぁ」


 そんな、まさか。
 八代さんの話以上に、出来過ぎた展開ではないか。
 しかし、 妙に薄ら寒い。説得力がある。
 怖さをまぎらわせたくて、早苗さんは「ホホホ・・・」と無理やり笑った。


「怖がらせちゃいけませんよ、お客さん。そしたら、そのカヨ子さんの顔に浮かんでいた 月の表面みたいなブツブツは何だっていうんですか?」

「ブツブツ? ああ、そうだなぁ」


  ――フジツボとかじゃねぇかなぁ。


 その一言で、いよいよ全身に鳥肌が立った。
 早苗さんは もう、仕事のことすら完全に忘却し ただただ、絶句してしまった。

 一方の御老人。いきなり恐怖に固まってしまった彼女を見て おそらく「しまった、言い過ぎた!」と後悔したのだろう。
 急いで精算を済ませた後 そそくさ店を後にして行ったという。


「その後は・・・ まぁ、仕事になりませんでしたねぇ・・・ ちょっとした暗がりから、カヨ子さんの亡霊が こっちを見つめてるような気ばかりして。 早めに店を閉めちゃいましたよ・・・・・・」


  ❖   ❖   ❖   ❖


 その御老人は、二度と再び 店に姿を現すことは無かった。

 一方、八代氏の方は相も変わらず。家庭持ちであるにも関わらず、一週間に2、3度くらいの割合で 早苗さんの店に顔を出していたという。

 むろん、酔いが回って来ると 必ず〝月女〟の話をやりだすのであるが、


「あのお爺ちゃんから聞いた話は 八代さんには打ち明けませんでしたよ。 何故かって?」


 決まってるじゃありませんか。 そう言って早苗さんはコロコロと笑い、

「例えべろべろに酔っていたとは言え。オバケの顔に付いていたブツブツをフジツボだと見抜けなかったなんて・・・ そんなこと話題に出したら、八代さんの〝ベテラン漁師〟のプライドを傷つけちゃいますからねぇ」

 ――カヨ子さんには悪いけど、ずっと〝月女〟になってて貰ったんです。

「私が、後任のママにバトンタッチするまで。ずっと ね!」

 そう言って早苗さんは 屈託なく、微笑んだ。


  ❖   ❖   ❖   ❖


 満月を見ると、今でも思い出すという。

 しかし、若い頃に感じていた 単純に「カヨ子さんが怖い」という感情は無いと 彼女は語る。


「カヨ子さんて、何か 私に似てたんだなぁ、って。 それだけですね、今は。 実は私も、一歩間違っていたら 〝月女〟になっていたかも知れない人間なんですよ――」


 ――早苗さんの身の上話も その後 聞かせて頂いたが
 えて、す。  
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