真事の怪談 ~冥法 最多角百念珠~

松岡真事

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第陸念珠

#057『ヤメロ』

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 卯月うづきさんが 女子校に通っていた90年代後半頃の話だという。

 ある日の夕方。5歳も年の離れた小学五年生の妹が、「オバケを見た」と泣きながら家に帰ってきた。


「お姉ちゃん、怖かった、怖かったよぅ!」


 当時 校内のバスケットボールチームに所属していた妹さんは、帰宅部の卯月さんよりも遅く帰ってくる場合が多かった。この時も、おそらく18時を少し回ったくらいの帰宅だったと思われる。


「な、何、何。どうしたの?オバケ?」

「そう、オジサン!オジサンのオバケ!!」


 いつもは生意気な妹が ボロボロと涙を流しながら抱きついてきたので、卯月さんは完全に面食らってしまったのだそうだ。


(オイオイオイ・・・ 何なのよぅ・・・・・・)

 しどろもどろになる卯月さん。
 それに対し、妹さんが半狂乱になって言うことには。


 ついさっき。いつもの帰宅路を 友達と別れて一人で歩いていたところ
 両サイドを 昔ながらの土塀どべいに挟まれたひと気のない道の片隅に、一人の男性がうずくまり こちらをジッと見つめている姿に気付いた。
 髪を短く刈り込んだ、やぶにらみの目の中年男性。
 それが、青いレインコートを着ている。
 ――季節はちょうど六月梅雨つゆ時分じぶんだったので 別にレインコートを着ていても不思議ではないが、何故か妹さんはひどくそれが気にかかってしまった。

「やい、姉ちゃんよォ」

 その男性は、立ち上がり うわずったような声で話しかけてきた。
 片方の目の上あたりに 古傷みたいなあざが見えたので、妹さんは思わず縮み上がった。



「・・・で?その男は、何て言ったの?」

「覚えてないよぅ! でも、頭が痛いとか、私のスカートがどうかとか、わけわかんないことまくし立てられてスッゴイ怖かったから、走って帰って来ちゃったの!」

「あんたさぁ、それ、オバケじゃないじゃん。ただの変態オジサンじゃん」

「え? あっ・・・・・・」


 卯月さんのツッコミに、妹さんは不意にキョトンとしたような表情になった。
 何でそんなオジサンをオバケって言っちゃったんだろう?というような。まさに狐につままれたような感じだったという。


「ま、それはそれで大変だよね。お母さんに相談しよ」

 速攻で110番をしても良かったのだが いちおう家族に話しておこう、と。卯月さんは妹さんをなだめつつ、台所で家事をしていたお母さんに「かくかくしかじか、妹がヘンなオジサンに会ったらしいんだけど 通報していい?」と、相談を持ちかけてみた。

 お母さんは、作業の手を止めて卯月さんの顔を凝視してきた。

「土塀の通り? もしかして、山口さん家の辺りじゃないだろね?!」

 妹に尋ねると「たぶんその辺り」と答えたので、お母さんは「やっぱり・・・」と溜息を吐いた。


「そりゃ、カジキさんだよ・・・ この辺りでは有名な人だったんだ。当時でも珍しいくらいのね」

「当時?」

「そう、もう亡くなられてる人」

「え、え、え?!」



 ――カジキさんは、1970年代の頭くらいの頃まで卯月さんの家の近所に住んでいた『豪傑ごうけつ』だった。竹を割ったような性格の快男児だったらしい。

 カジキというのは いわゆる仇名。みんなが彼をそう呼んでいた。由来も説明して貰ったと思うが、今では忘れてしまったと卯月さんは言う。

「懐かしいわぁ、カジキさん。頼りになる人だったわよ。なりすぎるくらいに、ね」

 ケンカっ早いが義理人情に厚く、手先も器用。更に友人知人の為なら国家権力や反社会勢力とも闘った。腕っ節も、そうとう強かったのであろう。

 基本、日雇い仕事をしながら その日暮らしを送る天涯孤独の人。家族は戦時中に空襲か何かで全員亡くなっており、本人も昭和の男としては珍しく、独身生活を貫いていた。貧しい生活ではあったが、周囲の人望が厚かった為か 不自由は無かったようである。

 しかし。そんな頼れる熱血漢も、晩年は哀れな限りだったという。

荒事あらごとばっかりされてたからねぇ。雨の日なんかには古傷が痛んでたみたい。特に、若い頃に負った頭の傷なんかは相当ひどかったらしくて・・・ かなり辛そうだったわ」

 そのせいだろうか。

 カジキさんはやがて 雨の続く時期になると おかしな行動を見せるようになった。
 雨合羽あまがっぱ羽織はおって雨の降りしきる町中を闊歩かっぽし、あらぬ言葉を喚き散らすのである。

 その際は、決まって両目が ひどい斜視しゃしになっていたので 「ああ、今日もカジキさんは不調なのだな」と誰もが一目でわかったという。

 時折、蹲って頭を抱えている姿も目撃された。「どうしたのか?」とおそるおそる近所の人が尋ねると、その時だけは正気に戻るのか「頭の中が痛い」などと答えたそうだ。

 もしかしたら古傷のせいでなく、脳に何らかの病気を患っていたのかも知れない。


「お、お母さん。それで?」

「それでオシマイ。ある雨の日、ザーザー降りの雨の中を行き倒れているのが発見されたの。もう亡くなっていたらしいわ」

「そこが、山口さん家の近くの通り?」

「そ。 お母さんが 小学生の時のことだったねぇ。あれはショックだった――」


 なるほど、それは不幸な人も居たものだ。卯月さんも、その点は納得した。
 しかし、20年以上の月日を経た平成の世に その人が幽霊となって現れ、妹を驚かした・・・ということになると 「そんなバカな」である。

 特徴の幾つかの類似と出現場所のせいで、お母さんは今回の変態オジサンをカジキさんの幽霊だと早合点はやがてんしているらしいが・・・ やはり生身なまみの変質者だと考え、110番をした方が良いのではなかろうか。もしかすると今後、同じような被害にう女性が出てしまうかも知れない。


「お母さん、でもさ、やっぱりさ・・・」


 卯月さんは、 一言もの申そうと口を開いた。
 ――そのときだった。


「そうか・・・ お母さん、ソレだよ、絶対ソレだよ!!」


 妹さんが いきなり大声をあげた。
 「幽霊だ、そうだ幽霊に違いない」と、自らに言い聞かせるように繰り返す。


「だってあのオジサン、煙みたいにドロンと消えたもん!」


 ――はぁ??

 ちょっと待て。卯月さんは心の中でツッコミを入れる。
 さっきと言ってることが微妙に違ってないか?
 確か彼女は、「オジサンがおかしい言葉を連呼するので走って逃げてきた」と言った筈だ。それくらい、ちゃんと覚えている。

 指摘してやると、妹さんは「違うの!」と言う。
 何が「違う」のか更に訊くと、「思い出したんだ」と声高こわだかに主張。


「何故か わかんないけど、今まで忘れてたの・・・・・・ そう。あのオジサン、私に一方的に何かヘンなことを喚き立てて、私がビビってたらドロンて消えたの!幽霊だから!!」


 ・・・・・・何じゃそら、と思った。
 例えるならば、〝ジャンケンで後出しをされた時みたいな感じ〟だったという。


「はいはい、わかりましたよ! もう幽霊でいいですよ。バカみたい!!」


 白けてしまった卯月さんは、そのまま自分の部屋に引き上げた。
 あの子もお母さんも ちょっとオカシイんじゃない?! イライラを紛らわせたくて大音量で音楽を聴いていると、ややあって お母さんが「ちょっといい?」と入ってきた。

「あなたの気持ちもわかるわ。妹を本当に心配してるから、あんなに怒ったのよね」

「・・・・・・・・・・・・」

「でもねぇ。お母さん、どうしても例のおかしなオジサンのこと、カジキさんの幽霊だとしか思えないの・・・・・・ あの子には、明日から帰り道を変えるように言っておいたから。あなたも、もう心配しないで? ね?」

「・・・・・・・・・・・・」


 勝手にしてくれ、と 心底から思ったという。


  ❖   ❖   ❖   ❖


 ――さて。
 卯月さんの記憶に誤りがなければ、それはもう 翌日のことだったらしい。


「・・・・・・ウッ、ウッ・・・ うぇぇん、お姉ちゃん、お姉ちゃん・・・・・・!」


 彼女は、思わず言葉を無くした。
 その日。帰宅した妹さんは、前日とまったく同じように―― バタバタと足音も高く卯月さんの所へと走り寄り、大粒の涙を流しながら抱きついてきたのである。

 梅雨空つゆぞら俄雨にわかあめを降らせていた頃の出来事だったが、その雨に濡れて妹さんはビショビショだった。
 傘を何処かで落としたらしい。それほど我を忘れていたのだろう。

「ちょ、ちょっと。あんた、どうしたの? まさか・・・」

「出た、また出た!いやらしい顔で、スカート引っ張られて・・・ ウウウウ・・・!」

 帰り道は変えた筈でしょ、と問い詰めると、「そのつもりだったけど、気がつくと いつもの帰り道を歩いていた」「呪いだ、呪いにかけられたんだ」などと、泣きじゃくりながら異様なことを口走る。

「スカートを引っ張られた!引っ張られたんだ! もうこのスカート履けない!捨てる!!」


 わけがわからなくなった。


 百歩、いや千歩譲って幽霊が出たとして。カジキさんって、みんなから信頼される昭和の快男児ではなかったのか?それが化けて出て 小学生女児のスカートを引っ張る??

 話が見えなさすぎて、気持ち悪くなる。


「・・・・・・わかった、わかった。110番しよ。やっぱあの道、おかしなヤツが出るんだよ。お姉ちゃんが警察に電話してあげるから。もう泣き止みな? ね?」

 パニック状態の妹さんをなだめようと、そんなことを切り出した。
 が、それを聞いた妹さんは むしろ更に取り乱したようになって目をカッ開き、

「ダメ! やめて! ヤメロっっっ!!」

 固定電話の方へ向かおうとした卯月さんに、掴みかかってきた。
 こちらを睨み付ける形相が、ふつうではない。

「相手は幽霊だ! 電話なんかしちゃ祟られる! お姉ちゃん、やめろ、やめろ!!」


 そこで、騒ぎを聞き付けたお母さんが血相を変えて駆け寄ってきた。

 「どうしたの、二人とも?!」と強い口調で尋ねられたので、事の次第を説明する卯月さん。
 と。お母さんは全てを聞き終えるや 卯月さんに向かって一言、


「ヤメロ」


 ・・・・・・え?


「カジキさんは幽霊よ? 警察に電話なんかしてもムダ。 やめなさい」


 ――妹とまったく一緒のことを言う母親の姿に、卯月さんは薄ら寒いものを感じた。
 顔色をうかがうように、上目がちにお母さんの表情を見る。
 完全に目がわっている。


(ふ、二人ともヘンだよ・・・ 小学生の女の子に悪戯をしようとした変質者が居るんだよ?! 早く110番して、捕まえて貰わないとでしょ!)


 ・・・・・・卯月さんの、その正義の主張は 残念なことに 発せられることはなかった。
 何故なら


〝ヤメロォ〟


「え?」


〝ヤメロォ、 ヤメロォ、 ヤメロォ、 ヤメロォォォ・・・!!〟


 妹さんが、聞いたことのない声音こわねで そう連呼れんこし始めたのだ。

 まるで、外国人がムリヤリ日本語で「止めろ」と発音したかのような

 おかしなイントネーション、一種、滑稽こっけいとも言えるような調子外れの発音で

 妹さんは、姉である卯月さんを制止する言葉を―― 必死に紡ぎ続けていた。


 涙と鼻水でグシャグシャになった顔の、
 カッ開いた両目が ひどい斜視になっており――


〝ヤメロォ、 ヤメロォ、 ヤメロォ、 ヤメロォォォ・・・・・・〟



 卯月さんの記憶は そこで途切れている。


  ❖   ❖   ❖   ❖


 ・・・・・・その日のその後に何があったのか まったく憶えていないと卯月さんは語る。

 だが、以後二度と 妹は〝カジキさん〟に遭遇した話を口にしなかった。

 だから、その後はもう 出会わなかったのだろう

 そう信じたい、と卯月さんは強く思っている。


 お母さんも、同じだった。
 いつもと同じ、おっとりした優しいお母さんに戻っていた。

 しかし。卯月さんが二十歳はたちくらいの時、一度お母さんに「カジキさんのこと、覚えてる?」と訊いてみたことがある。


 するとお母さんは、何も言わずに10秒くらい、笑顔のまま固まってしまった。


 絶対もう 誰にも このことは訊くまい。
 卯月さんは心に決めた。



 何時のことだったか、やはり梅雨の時期に 妹が〝カジキさん〟を目撃した土塀の通りを、卯月さんは一人で散策さんさくしてみたことがある。
 そのとき、青い何かが蹲っているのを見つけて ギョッとしてしまった。

 だが、近づいてよくよく確認してみると
 それは、固まって手鞠咲てまりざきをした紫陽花あじさい花々はなばなであった。

 妹は、これをレインコートを着た人間だと見誤みあやまったんじゃないかなぁと ぼんやり考えはしたものの

 それだけでは説明できないことが多すぎるので 以降、思い悩むこと自体を止めてしまった。



 いまだに この一件に関しては 何も確かなことがわからないというが、

 やけに〝カジキさん〟をかばうように通報を拒む母親と妹の姿を思い出すたび

 卯月さんの心には、何とも形容しがたい嫌悪感が沸き立ってくるという。
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