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10章 影
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お母様は、リビングの三人掛け用のソファにもたれかかり、頭には小さな氷嚢を乗せていた。
「それで? そんな話をわたくしに信じろって言うの?」
お兄様が慌ててこれまでのことを説明するけど、お母様はなかなか信じてくれなかった。
それはそうだと思う。身も知らない娘が来て、いきなり14年前に亡くなったあなたの娘です。と言われても、例えお母様がどんなに優しくても信じることなどできないと思う。
お母様はジト目で、向かいの1人用ソファに座っているお兄様を、見つめている。
「信じてくれ、母上。ジーナとの仲を疑われるなんて、名誉毀損も甚だしい。オレは、お転婆よりも清楚で上品な令嬢が好みだ」
「お兄様、ひどいです! わたしだって、ドレスを着たら清楚で上品になります」
「は! おまえのどこが淑女だって言うんだ」
「は? どこから見ても淑女でしょう」
きーっっ、とわたしが悔しそうに歯ぎしりすると、お母様が大きなため息と共に、わたしに声をかけた。
「もう信じなければならないくらい、14年前と同じ兄妹喧嘩を見させられてるのはわかったわ。でも、まだ信じられないのよ。何か、わたくしを信じさせられるような話は覚えていないの?」
お母様にそう言われて、わたしは腕を組む。
うーん。
お母様が信じられるようなこと……。要は、ジーナでなければ知り得ないことをお母様に言えばいいのよね?
あ、そうだ!
「へそくりはまだお母様の寝室の本の中ですか?」
「ひっ!」
わたしが尋ねると、お母様は顔を青くして小さな悲鳴を上げた。
「な、なんでそれを……」
お母様が信じられないような表情でわたしを見ていると、お兄様がニヤニヤした顔でお母様を見ていた。
「へえ、母上、へそくりなんてしてたんだ」
「オリバー! お黙りなさい!」
わたしはお母様の方を見て、話を続ける。
「小さい頃、お母様のベッドで跳ねて遊んでいた時に、偶然本が棚から落ちてきて、中にお金が挟まっていたのでびっくりしてお母様に言うと、お母様はベッドで飛び跳ねたわたしを少し怒ったあとに、ウインクしてこう言いました。「これは、お母様が刺繍したハンカチを何枚かお店に卸してもらったお金だから、お父様のお金をもらったんじゃないのよ」って。お父様のお誕生日のプレゼントを買うときは、お父様からもらったお金ではなく、自分のお金で買いたいからって言ってました。今もまだ、お父様へのプレゼントは、お母様のお金で買っていらっしゃいますか?」
思い出していく。
暖かな家族。
貴族の子女がお金を稼ぐのは容易ではない。
お母様が刺繍したハンカチを売ったって、たいした金額にはならないだろう。
それでも、お母様はお父様のために、何かをしたかったと言っていた。
もちろん、お父様はそのことは知らない。
「ーーもう、認めるしかないわね」
お母様は手に持っていた氷嚢をテーブルに置いた。
「失ったと思った娘が還ってくるなんて」
お母様は器用に笑いながら泣き出した。
「ジーナ、おかえりなさい」
「……お母様」
わたしはそっと歩いてお母様の側に跪いた。
お母様の顔を見上げると、お母様は微笑んでわたしを見てくれる。
「ああ、信じられないわ。もう一度、ジーナにお母様と呼んでもらえる日がくるなんて」
お母様はわたしの腕を引き寄せ、わたしを抱きしめた。
「お母様!」
わたしの目からホロホロと涙が溢れ出すと、お母様の目からも涙がこぼれ落ちてきた。
「ごめんなさい、お母様。先に逝くなんて、親不孝をしてごめんなさい」
「ジーナ、わたしの口からはいいとは言えないけど、あなたはジーナとしての生を精一杯生きたわ。だから、きっとこんなとんでもない奇跡を起こせたのよ」
そうして、わたしたち母と娘は、目蓋が腫れ上がるくらい泣きながら笑った。
「それで? そんな話をわたくしに信じろって言うの?」
お兄様が慌ててこれまでのことを説明するけど、お母様はなかなか信じてくれなかった。
それはそうだと思う。身も知らない娘が来て、いきなり14年前に亡くなったあなたの娘です。と言われても、例えお母様がどんなに優しくても信じることなどできないと思う。
お母様はジト目で、向かいの1人用ソファに座っているお兄様を、見つめている。
「信じてくれ、母上。ジーナとの仲を疑われるなんて、名誉毀損も甚だしい。オレは、お転婆よりも清楚で上品な令嬢が好みだ」
「お兄様、ひどいです! わたしだって、ドレスを着たら清楚で上品になります」
「は! おまえのどこが淑女だって言うんだ」
「は? どこから見ても淑女でしょう」
きーっっ、とわたしが悔しそうに歯ぎしりすると、お母様が大きなため息と共に、わたしに声をかけた。
「もう信じなければならないくらい、14年前と同じ兄妹喧嘩を見させられてるのはわかったわ。でも、まだ信じられないのよ。何か、わたくしを信じさせられるような話は覚えていないの?」
お母様にそう言われて、わたしは腕を組む。
うーん。
お母様が信じられるようなこと……。要は、ジーナでなければ知り得ないことをお母様に言えばいいのよね?
あ、そうだ!
「へそくりはまだお母様の寝室の本の中ですか?」
「ひっ!」
わたしが尋ねると、お母様は顔を青くして小さな悲鳴を上げた。
「な、なんでそれを……」
お母様が信じられないような表情でわたしを見ていると、お兄様がニヤニヤした顔でお母様を見ていた。
「へえ、母上、へそくりなんてしてたんだ」
「オリバー! お黙りなさい!」
わたしはお母様の方を見て、話を続ける。
「小さい頃、お母様のベッドで跳ねて遊んでいた時に、偶然本が棚から落ちてきて、中にお金が挟まっていたのでびっくりしてお母様に言うと、お母様はベッドで飛び跳ねたわたしを少し怒ったあとに、ウインクしてこう言いました。「これは、お母様が刺繍したハンカチを何枚かお店に卸してもらったお金だから、お父様のお金をもらったんじゃないのよ」って。お父様のお誕生日のプレゼントを買うときは、お父様からもらったお金ではなく、自分のお金で買いたいからって言ってました。今もまだ、お父様へのプレゼントは、お母様のお金で買っていらっしゃいますか?」
思い出していく。
暖かな家族。
貴族の子女がお金を稼ぐのは容易ではない。
お母様が刺繍したハンカチを売ったって、たいした金額にはならないだろう。
それでも、お母様はお父様のために、何かをしたかったと言っていた。
もちろん、お父様はそのことは知らない。
「ーーもう、認めるしかないわね」
お母様は手に持っていた氷嚢をテーブルに置いた。
「失ったと思った娘が還ってくるなんて」
お母様は器用に笑いながら泣き出した。
「ジーナ、おかえりなさい」
「……お母様」
わたしはそっと歩いてお母様の側に跪いた。
お母様の顔を見上げると、お母様は微笑んでわたしを見てくれる。
「ああ、信じられないわ。もう一度、ジーナにお母様と呼んでもらえる日がくるなんて」
お母様はわたしの腕を引き寄せ、わたしを抱きしめた。
「お母様!」
わたしの目からホロホロと涙が溢れ出すと、お母様の目からも涙がこぼれ落ちてきた。
「ごめんなさい、お母様。先に逝くなんて、親不孝をしてごめんなさい」
「ジーナ、わたしの口からはいいとは言えないけど、あなたはジーナとしての生を精一杯生きたわ。だから、きっとこんなとんでもない奇跡を起こせたのよ」
そうして、わたしたち母と娘は、目蓋が腫れ上がるくらい泣きながら笑った。
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