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10章 影
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馬車に揺られてしばらく行くと、懐かしい前世の我が家が見えてきた。
「よお、おチビちゃん。さっきっから一言もしゃべらないで、どうしたんだよ」
わたしは馬車の中で2人きりになって、自然と緊張して無口になっていた。
そんなわたしをお兄様は、ニコニコとずっと見つめている。
「いえ、あの、ディヴイス家以外の貴族の家にお邪魔するのは初めてなので、緊張してしまって……」
と、言うか、前世の我が家に行くことに緊張してしまっている。
わたしの中では、ミラー子爵家は温かでとても優しい思い出の場所なのだ。
お父様やお母様はお元気だろうか。
お姉様は嫁いでいらっしゃるということだけど、お幸せに暮らしていらっしゃるだろうか。
今まで、考えないようにしてきたけれど、ジーナが死んでからのミラー家は、どんな風に暮らしてきたのだろうか。
願わくば、わたしがいなくても、明るく温かな家であって欲しいと思っていた。
そりゃ、まったく思い出されないのは寂しいけど、わたしのせいで悲しんでいて欲しくはなかった。
それから少しすると、馬車が止まる。
いつも、わたしたち一家が、馬車を乗り降りしていた場所だ。
お兄様は先に馬車を降りて、わたしに手を差し出す。
わたしは昔の習慣で、なにも考えずに手を取って馬車を降りた。
屋敷の前に立つと、記憶よりも古くなった懐かしい我が家がそこにあった。
目がうるうるとしそうだったけど、そこは我慢!
こんな、なんでもないところでいきなり泣き出したら、お兄様がお困りになるわ。
「さ、入れよ」
お兄様はドアを開けて、わたしを屋敷に招き入れた。
中に入ると、年を取った執事のクロスがお兄様を迎えに出てくる。
クロスは、ジーナが小さい時から我が家に仕えてくれている執事だ。
「ぼっちゃま、お帰りなさいませ」
何にも動じない優秀な執事は、表情を崩さずわたしを見た。
「こちらのご令嬢は……」
「ん、ルーク様のところの侍女だ。今日は打ち合わせがあって、我が家に呼んだ。今日は母上は?」
「自室で趣味の刺繍をしていらっしゃるようです」
「わかった。ひとまず、ダイニングにお茶の用意をしてもらえるか?」
お兄様の言葉に、クロスは首をひねる。
「ダイニング、でございますか? 応接ではなく?」
お兄様はニヤリと笑い、クロスに言った。
「ああ、ある意味、客ではないからな」
その後も首を傾げるクロスに、早くお茶の用意をするようにだけ言って、お兄様はわたしをダイニングへと連れて行った。
我が家のダイニングは、お父様の趣味で木目調の壁紙に暖かみのある楕円形の広いテーブルが置かれている。
あの頃と、何一つかわらない風景。
「ま、とりあえず座れよ」
お兄様がわたしをテーブルに促し、自分はダイニングの前を歩いていたメイドを捕まえて、お菓子を用意するように言っていた。
変なお兄様。
お菓子もクロスに言えばよかったのに。
わたしが座って待っていると、お兄様がやってきて、わたしの前の席に座る。
「んで、図書館から本を借りた成果は出たのかよ」
お兄様の問いに、わたしは素直に答える。
「本に載っていることなんて、学校で教えることの半分にもなりませんでした。やっぱり、それを使える人が教えてこそ、技術として身につくのでしょうね。残念ですけど……」
「そうか」
お兄様はわたしの言葉に相槌を打つが、あんまり残念そうではなかった。
お兄様、ちゃんと残念がってくださいよ!!
そのうちにメイドがお茶とお菓子を運んで来て、テーブルに置いて行った。
わたしは紅茶のカップを手に取って、一口お茶を飲む。
懐かしい、お母様が好きなアールグレイのいい香りがした。
「よお、おチビちゃん。さっきっから一言もしゃべらないで、どうしたんだよ」
わたしは馬車の中で2人きりになって、自然と緊張して無口になっていた。
そんなわたしをお兄様は、ニコニコとずっと見つめている。
「いえ、あの、ディヴイス家以外の貴族の家にお邪魔するのは初めてなので、緊張してしまって……」
と、言うか、前世の我が家に行くことに緊張してしまっている。
わたしの中では、ミラー子爵家は温かでとても優しい思い出の場所なのだ。
お父様やお母様はお元気だろうか。
お姉様は嫁いでいらっしゃるということだけど、お幸せに暮らしていらっしゃるだろうか。
今まで、考えないようにしてきたけれど、ジーナが死んでからのミラー家は、どんな風に暮らしてきたのだろうか。
願わくば、わたしがいなくても、明るく温かな家であって欲しいと思っていた。
そりゃ、まったく思い出されないのは寂しいけど、わたしのせいで悲しんでいて欲しくはなかった。
それから少しすると、馬車が止まる。
いつも、わたしたち一家が、馬車を乗り降りしていた場所だ。
お兄様は先に馬車を降りて、わたしに手を差し出す。
わたしは昔の習慣で、なにも考えずに手を取って馬車を降りた。
屋敷の前に立つと、記憶よりも古くなった懐かしい我が家がそこにあった。
目がうるうるとしそうだったけど、そこは我慢!
こんな、なんでもないところでいきなり泣き出したら、お兄様がお困りになるわ。
「さ、入れよ」
お兄様はドアを開けて、わたしを屋敷に招き入れた。
中に入ると、年を取った執事のクロスがお兄様を迎えに出てくる。
クロスは、ジーナが小さい時から我が家に仕えてくれている執事だ。
「ぼっちゃま、お帰りなさいませ」
何にも動じない優秀な執事は、表情を崩さずわたしを見た。
「こちらのご令嬢は……」
「ん、ルーク様のところの侍女だ。今日は打ち合わせがあって、我が家に呼んだ。今日は母上は?」
「自室で趣味の刺繍をしていらっしゃるようです」
「わかった。ひとまず、ダイニングにお茶の用意をしてもらえるか?」
お兄様の言葉に、クロスは首をひねる。
「ダイニング、でございますか? 応接ではなく?」
お兄様はニヤリと笑い、クロスに言った。
「ああ、ある意味、客ではないからな」
その後も首を傾げるクロスに、早くお茶の用意をするようにだけ言って、お兄様はわたしをダイニングへと連れて行った。
我が家のダイニングは、お父様の趣味で木目調の壁紙に暖かみのある楕円形の広いテーブルが置かれている。
あの頃と、何一つかわらない風景。
「ま、とりあえず座れよ」
お兄様がわたしをテーブルに促し、自分はダイニングの前を歩いていたメイドを捕まえて、お菓子を用意するように言っていた。
変なお兄様。
お菓子もクロスに言えばよかったのに。
わたしが座って待っていると、お兄様がやってきて、わたしの前の席に座る。
「んで、図書館から本を借りた成果は出たのかよ」
お兄様の問いに、わたしは素直に答える。
「本に載っていることなんて、学校で教えることの半分にもなりませんでした。やっぱり、それを使える人が教えてこそ、技術として身につくのでしょうね。残念ですけど……」
「そうか」
お兄様はわたしの言葉に相槌を打つが、あんまり残念そうではなかった。
お兄様、ちゃんと残念がってくださいよ!!
そのうちにメイドがお茶とお菓子を運んで来て、テーブルに置いて行った。
わたしは紅茶のカップを手に取って、一口お茶を飲む。
懐かしい、お母様が好きなアールグレイのいい香りがした。
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