もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

文字の大きさ
上 下
67 / 255
7章 こぼれ落ちた運命は再び拾えるか?

6

しおりを挟む
夜、わたしはルーク様が食べた後の食器をサリーさんから預かった。
「ぼっちゃまはもうお休みになるそうだから、急いでお支度を整えたいの。ニーナ、悪いけど食器を本館の調理室に戻しておいてくれる?」
「はい。大丈夫です。サリーさん、早く行ってください。ルーク様が、早くお休みになれますように」
「悪いわね。ローゼリア様とお会いになった日は、大抵こうなのよ。じゃ、お願いね」

サリーさんは食器の乗ったワゴンをわたしに渡すと、走ってルーク様のお部屋に向かった。

ワゴンの上を見ると、いつもはほとんど食べられている食事が、ほぼ手付かずで下げられていた。

ローゼリア様とお会いになった日は、いつもこうなのか……。
やっぱり、関係は悪化したままなのだろう。

カラカラと、タイヤの音をさせてワゴンを押す。

食事も喉を通らないくらい、嫌な思いをしているんだろうなぁ。
でも、もうわたしには何もできない。
ローゼリア様との婚約を邪魔することもできないし、光の加護で御守りすることもできない。

せめて、ルーク様が心穏やかにお過ごしになられるよう、お屋敷を綺麗にしよう。
よし! 明日からお掃除、もっとがんばるぞ! おー!

ワゴンから手を離し、握り拳を頭上に上げる。
「……何やってんだ?」
ゼンが訝しげにわたしに声をかけた。

いけない。もう調理場まで来てたんだわ。
「な、なんでもない。はい、ルーク様の食器をお届けに来ました」

ワゴンごとゼンに渡すと、ゼンは皿の上の様子を見てため息をついた。
「今日ほまた随分と派手に残したな。もしかして、今日は王女とのお茶会の日だったか?」
「そうみたい。ねぇ、いつも王女と会った日はご飯食べないの?」

ゼンはワゴンを押しながら調理場に入り、シンクの前に立って残された食事を捨てながら答えた。
「そうだな。だいたい、月に一回くらいはこんな日が来るから、多分いつも食わないんだろうな」
水を出してお皿を洗っていく。

「オレたち平民にはわかんないけど、嫌だったら婚約なんかしなければいいのに」
ゼンの呟きを聞いて、わたしもそう思った。

嫌だったら、婚約なんかしなければいいのに。

でも、それは何も知らない平民であるわたし達の言葉だ。
貴族であったジーナは、ニーナよりも身分について知っていた。
ジーナでもあったわたしは、婚約なんてしなければいいのに、とは言えなかった。

せめて、何かお慰めできることがあればいいけれど……。

やっぱり、お庭にお花を咲かせてもらおうかな。

庭師さんは、誰も見ない庭には花が可哀想だと言っていたけど、もしかしたらルーク様が見てくれるようになるかも知れないし、もし、ルーク様が見てくれなくても、わたしがたくさんお花を見ることにすればいいよね。

お花を見て、ルーク様の心が少しでも穏やかになればいいな……。


次の日、ルーク様はお休みの日だったようで、サリーさんが朝、のんびりしていた。
サリーさんがのんびりできる日は、サリーさんがわたしの分の仕事ものんびり引き受けてくれるので、必然的にわたしの仕事も減る。
いつもなら、わたしものんびりスローペースで仕事をするのだけど、今日はいつもよりも早いくらいのペースで仕事をして、お庭のお掃除にかける時間を多く取ることにした。

最低限の手入れはされているから、お掃除はそんなに大変じゃない。
さっと掃き掃除をしてから、わたしは花壇に苗を植えることにした。
冬に咲くデイジーと春に咲く藍微塵あいみじんだ。
今朝、庭師さんのところに行って花を植えたいと話したら、庭に花を咲かせるのなら、自分がやると言われてしまったが、どうしても、わたしの手で咲かせたいと説得して、分けてもらった苗がこれなのだ。
どちらも小さくて可愛い花が咲くから、ルーク様が見てくれたら嬉しいし、わたしも可愛い花は大好き。

お仕着せの裾を少しまくって、花壇に腰を下ろして作業する。

庭師さんに聞いてきたように、丁寧に植えて、肥料もやってお水をやる。
ふう。
結構時間かかったなあ。
水場まで行き、手を洗う。
濡れちゃったついでに、次は噴水のお掃除をしようかな。
ゴミバサミとゴミ箱とタオルを持って、噴水の側まで来た。

キラキラと、水が太陽の光を浴びて光るところはあの頃と同じだが、周りの草木に活気がないせいか、あの頃より物悲しい感じがする。

でも……。
「お掃除がんばるぞ!」

わたしは腕をまくって、スカートの裾もまくった。
庭には誰も来ないから、少しくらい足が見えても大丈夫。
あの頃は貴族令嬢だったから、足を見せるのは良くないことだったけど、今は平民の侍女だ。
太ももくらいなら、見えたってどうってことない。

一応、もう秋で水が冷たいので、噴水には入らずにゴミバサミを伸ばして落ち葉などを拾ってみる。

うん。やっぱり、距離的に無理があるわ。
奥の方の落ち葉まで届かないので、わたしは諦めて靴を脱いで噴水に足を入れた。
おおー。冷たい。
でも、一生懸命働いて暑くなっていた体には気持ちいい。

わたしはちょっとだけ、水をバシャバシャさせてみた。
あの頃と同じように、水が光を弾いて、綺麗に光る。

わたしは久々の水遊びに夢中になって、思わずあの時と同じように、水をすくって頭上に投げた。

キラキラと水と光のシャワーが降り注ぐ。

綺麗なそれを、馬鹿みたいに口を開けて笑顔で見ていると、突然、大きな声が聞こえた。

「ジーナ!!」

振り返ると、大人の男の人がすぐ後ろに立っていた。

その人は、金色の髪に深い森のような緑色の瞳をした、とても綺麗な人だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

処理中です...