もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

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7章 こぼれ落ちた運命は再び拾えるか?

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次の日から、わたしの本格的な仕事が始まった。

サリーさんの言ったように、別棟はメイドが少ないので、いろいろなことをしなければならなかった。
それでも、わたしはデイヴィス侯爵家で、ルーク様の物をきれいにする仕事ができるのを、とても嬉しく思っていた。

例えば、この階段の手すりひとつにしても、きれいにしておけば、ルーク様が気持ちよく過ごせるお手伝いになるかもしれないし、この窓を磨けば、外を見るルーク様の心が和むかもしれない。

だから、わたしは一生懸命取り組んだ。

ルーク様のお休みの日は、もしかしたら、ちょっと部屋から顔を出したルーク様に、お会いできるかもしれないとワクワクしながら屋敷を掃除したけど、本当にルーク様は部屋に篭りっきりで、全く姿を現さなかった。
ちょっとがっかり。

それでも、お姿が見えなくても、お洗濯するルーク様のシャツが、毎日ちゃんと討伐隊でお仕事していることを教えてくれるし、食べた食器の後片付けをすれば、ちゃんと食事を取ってくれているのもわかる。

ルーク様の痕跡があるだけでも、わたしは幸せだった。


少し、涼しい風が吹き込むようになったある日。
屋敷のお掃除を終えたわたしは、休憩時間にお庭に出てみた。
庭は、植物が枯れていたりはしないものの、本館と比べて何やら物寂しげだった。
いつだったか、ルーク様と水の中に入って遊んだ噴水も、水の底に枯れ葉が落ちていたり、手入れが行き届いていないのを見つけた。

一介のメイドに、庭に花を咲かせることはできないけど、枯れ葉のお掃除はできる! と、言うか、綺麗にするのはわたしのお仕事のはず!

わたしは早速、サリーさんに言ってお庭の掃除をする権利を勝ち取ったのだった。


別に、庭師さんはサボっていたわけではない。
サリーさんに聞いた話だと、幼い頃はルーク様も庭に出て花を愛でることもあった。
でも、今は花を愛でるどころか、庭に出ることもないので、自然と花の数が少なくなっていったそうだ。
「誰にも見られないで咲く花は可哀想だろ?」
庭師さんは寂しそうにそう言った。

その日から、庭の掃き掃除は、わたしの担当となった。




*****************





演習場に居たルークは、訓練の途中で軍服を切ってしまった。
その日は、王宮に呼ばれていて、綻びた軍服では国王の前に出られないため、デイヴィス家別棟に取りに戻って来たのだった。

「くっそ、義兄上め。今日は王宮に行くからオレの気分が乗らないの知ってた癖に、真剣で思いっきり突っ込んで来やがって」
ルークは独りごちるとため息をついた。

今日は月に一度のの日だ。
したくもなかった婚約の相手と会わなければならない日だった。

第二王女と婚約したからには、月に一度はご機嫌伺いに来るように、国王から厳命されている。
王太子からも黒い笑顔で「妹を頼むよ」と言われてしまえば、侯爵家嫡男風情では逆らうこともできない。
いくら魔物を討伐する特別な立場だとしても、それが終わればただの一貴族に過ぎないからだ。

「まあ、オレは死んだっていいんだけど……」
それでも、光の術者の加護をもらわずに討伐に行き、オレが魔物に喰われたらこの国がどうなるかわからない。
義兄上や義姉上も死んでしまうかもしれない。
そう思うと、投げやりにはできなくて、気に入らない婚約者の相手も、嫌々せねばならないのだった。

別棟の門から歩いて別棟の建物に向かって行く途中、庭でぴょこぴょこと動くものが目に入った。
それは人のようで、屈んでいるようでよくわからないが、我が家のお仕着せを着ているようだ。

そういえば、新しい侍女が入ったとフランクが言っていたな。
この庭を掃除しようなんて思うのは、うちの使用人にはいないだろうから、きっとその新人だろう。

その侍女が木の影に入ると、ふと幻が見えた。

今は花をつけていないはずの木々から、白い花びらがはらはらと舞い降りて、太い木の影からジーナが顔を出す。
『ルーク様、こっちですよ。わたしはここに居ますよ』
笑顔で手招きをするジーナ。

オレは幾度となく見ているジーナの幻から目を逸らした。

いないじゃないか、ジーナ。
そこに走って行ったって、いつだって君は消えてしまうじゃないか。

オレはジーナに背を向けて、自分の部屋へと向かって行った。
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