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手紙
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しおりを挟む目覚めたメリッサは鎮痛薬を飲んでも今だ酷く痛む火傷の痕に苦しめられた。
鏡で自分の姿を確認していないが、ずっと神殿でメリッサの世話をしていた使用人達が怯え、哀れみながら顔の包帯を変える姿を見ればどの程度酷いかは想像できた。
眼球が潰され、声を出そうとすると酷く痛む。
片目で見る世界は不便であったが、ほとんど寝台から動けないメリッサには関係のないことだ。
変わったことと言えば、声の出ないメリッサが筆談で意思を伝えるようになったことだろう。
火傷した掌で握るのは苦痛だが、それでも慣れなければならず、包帯に巻いてもらってどうにか字を書くことができた。
メリッサは火傷の痕に日に何度か軟膏を塗らなければならない。
そして、それを塗るのは毎回必ずディエゴだった。
目覚めて最初にメリッサが喉の痛みに耐えてディエゴにしゃがれた声で訊いたのはカイルの安否だ。
喉が動くたびに、拷問のような痛みが襲い、苦しむメリッサを医者や使用人達が必死に安静にするよう説得する。
ディエゴがしばらくの間を置いて、静かにカイルが生きていると答えたとき、メリッサは安堵して、また意識を失った。
今思い返すと、随分と酷い言葉をディエゴに投げつけてしまったと思った。
だが、ディエゴはメリッサが目覚めてからずっと穏やかに、そして感情の読み取れない表情でメリッサを看病し、自ら人払いして積極的にメリッサの傷跡に軟膏を塗り続けた。
その無言の献身がメリッサを苦しめた。
どれぐらいの月日が経ったろうか。
メリッサの髪は伸びたが、火傷のせいで毎回短く刈られている。
そもそも一部は頭皮ごと爛れてしまった。
相当醜くなったであろうメリッサを生かし、厚く看護するディエゴが何を求めているのかメリッサには分からなかった。
多忙の合間にメリッサに軟膏を塗るディエゴにメリッサは筆談でもうこれ以上ディエゴの負担になりたくないと看護を止めるようお願いした。
ディエゴは決して自分からメリッサに声をかけず、何かメリッサが筆談で質問するときだけ淡々と答える。
「安心しろ。王妃が出産すれば、俺はもう二度とお前に会うつもりはない。お前への情けは、王妃が妊娠する間だけだ」
淡々と告げるには衝撃的すぎるディエゴの答えに、メリッサは特に慌てることもなく、その片目を見つめる。
今更ながら、メリッサはディエゴと同じ部分に火傷を負ったのだと、因果応報ともいえる結末に神の存在を感じた。
ディエゴの熱のない視線がメリッサに向けられる。
「……俺は、お前に執着しすぎた。ずっと、お前に囚われすぎて、本当に大切なものを見失っていたのだ」
淡々と、そして切なくディエゴは呟いたきり、喋ることはなかった。
王妃は順調にお腹を大きくし、そしてディエゴは仕事とメリッサへの義務のような面会以外は片時も王妃の側を離れないという。
王妃が出産したら自分はどうなるのか、メリッサは不思議とそれについては深刻に考えていなかった。
ただ、国の未来と、カイルのその後についてどう行動するべきか。
それだけを考えていたのだ。
今だ、カイルのことを聞いてもディエゴは生かし続けるだけだと答え、解放する気はないという。
カイルはメリッサのことを差し引いても前国王の血をひく危険な存在だ。
もしも解放するのなら男としての機能を失わせてからだと、歪んだ笑みをディエゴは見せた。
それについてメリッサは何も答えることができなかった。
ならば、王妃が出産した後、ディエゴはメリッサをどうする気なのかと尋ねると、カイルの話題とは逆に感情が抜け落ちたような無表情でディエゴは淡々と答える。
城の者に告げた通り、どうやらメリッサはどこかの辺境の屋敷に死ぬまで閉じ込められるらしい。
国を奪われた王女らしい待遇である。
殺さないのかと問うメリッサにディエゴは無言だった。
もう、ディエゴはメリッサのことで心を掻き回されたくないらしい。
ただ、王妃の愛に報い、そして生まれた子と共にこの国を発展させることだけを夢見ているそうだ。
王妃と子供の話をするときだけ、剣のあるディエゴの表情が和らぐ。
ディエゴは知らない。
王妃が苦しむディエゴを慰め、そして二人が愛を誓ったことを、あの時意識が無かったはずのメリッサが聞いていたことを。
それを口にする意味は無いため、メリッサは痛む胸を無視し、幸せそうなディエゴを無言で見つめた。
そして、王妃の腹がだいぶ大きくなった頃、再び神殿の使用人達が無言でいなくなるのを見て、メリッサはいつか来ると思っていた人物との対面に覚悟を決めた。
意外と大火傷を負いながら火を見ても恐怖しないメリッサは蝋燭の火が無数に灯された神殿に優雅な姿で入って来る、この国の王妃であろう女を迎えた。
顔は知らないが、ディエゴが話していた通り、眩しく輝く金髪と青い瞳の美女だ。
何よりも豪華なゆったりとした衣装に包まれたその腹は大きく膨らんでいる。
*
メリッサは一人でも立てるし歩けるようになっていたが、自分から王妃に礼をすることはなかった。
隣国の略奪者に礼をするほど、メリッサは落ちていない。
いつまで経っても王妃である自分に礼をしない、その不遜な姿に、王妃は少し気分を害したようだが。
護衛も侍女もつけていない無防備な様子に、メリッサは冷めた視線を向ける。
そんなメリッサの態度に諦めたのか、王妃は自分の方から寝台に近づいて来る。
そして、寝台に腰かけたまま無言で王妃を見上げるメリッサに微笑んだ。
罪人のように髪を短く刈られ、顔の半分が包帯で包まれたメリッサに怯えることなく、隣りに腰かけた。
ディエゴのあの傷跡を見ても拒まなかったというだけあり、王妃は見かけによらず随分と豪胆だと、メリッサは内心で笑った。
それぐらい豪胆でなければディエゴの妻は務まらないのかもしれない。
膨れたお腹を愛し気に撫で、王妃は楽しそうにメリッサに話しかける。
「もうすぐ、赤ちゃんが生まれるのよ。王子か、王女かはまだ分からないけれど。陛下は時間があるといつもお腹の中の子に声をかけるの。慣れないのかしら、とても不器用な声で」
メリッサはそうか、とばかりに軽く頷いた。
そして口で答える代わりに、側の机に置かれた紙に慣れた風に字を書いた。
それを王妃に見せる。
王妃はメリッサの行動を興味深く観察し、そして意外と敵意もなくメリッサが王妃の会話に付き合うことを悟り、満足気に微笑んだ。
『何故、ここに?』
「メリッサ王女に興味があったの。陛下の…… 私の夫の従妹で元婚約者で、それを破棄した王女様。美しいと評判だったから、一度お会いしてみたかったの」
メリッサは特に興味なさげに続いて書いた。
『陛下は承知か』
「いいえ。今はちょっと用事があって城を離れているわ。ここの使用人は私もよく知っているから」
ディエゴの承諾無しで来たということに一瞬眉を顰めながら、どうやら以前メリッサを罠に嵌めた女官の協力者はこの王妃で間違いないらしい。
悪意のまったく見えない、善意しかない目を見て、メリッサは酷く不思議な生き物を見ているような気がした。
妊娠し、今も愛しそうに腹を撫でてディエゴとの楽しい生活を語り、生まれて来る将来の子供について語る王妃はメリッサとは別の世界に生きているのだろう。
立場も精神もまったく噛みあわないのだ。
『何が目的?』
「そうね…… まずは貴女にちゃんとお会いしたかったこと。それと、言いたかったことがあったの」
『何?』
書くのもなかなか体力を使う。
短い返答が記された紙を見て、王妃は満面の笑みを浮かべる。
本当に、悪意も何もないその笑みがメリッサには信じられない。
「貴女にお礼が言いたかったの。貴女が、お馬鹿で愚かなおかげで、私は今の夫と出会えることができた。一度お見合いでお見掛けしたときから、ずっと私は夫に恋して愛して来たの。貴女が裏切り、傷ついた夫を支え、その復讐と傷跡も含めて全てを愛すると私は誓ったわ。貴女が、夫を裏切らなければ、この国の王妃にもなれなかった」
メリッサは無言を貫いていたが、その心情を現すかのように、筆を持つ手は震えている。
それを横目にして王妃は残酷に言葉を紡ぐ。
大事な夫であるディエゴを傷つけたメリッサに少しでも罰を与えたかった。
「……全部、貴女のおかげよ。メリッサ王女。生まれて来る赤ちゃん、この国の未来の継承者となるお腹の子も、きっと貴女に感謝するわ」
うっとりと微笑みながら腹を撫でる王妃の隣りで、メリッサは無言でその膨れた腹を眺めた。
そして僅かに動いた口が何を紡いだのか、王妃は最後まで知らなかった。
「だからね、恩人である貴女のために、何かしたいと思ったの」
酷く、慈悲深い笑みで王妃は微笑んだ。
ディエゴが陥落しただろう、穢れなど知らないような無垢なまでの笑みを浮かべて。
「貴女が何を望んでいるのか…… 分かっているつもりよ」
包帯越しにメリッサの火傷の跡を撫でる王妃に悪意は見当たらない。
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