君と地獄におちたい《番外編》

埴輪

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慰問

煮詰めたジャムより甘く

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 心臓が早鐘を打つ。
 かの英雄の副官として幾度も墓場すれすれの死線を潜り抜けて来たという自負がある。
 眉を顰めるような薄汚い任務や凄惨な戦場を何度も経験してきたはずだ。
 死神よりも死神らしい上官に殺されかけたという記憶もまだ新しく、それに耐えるだけの精神力があり、人並み以上に冷静で、どんな逆境にも対応できる自信と自負がライナスにはあった。

 目の前の光景を見るまでは。

「……静かにしろ」

 何をしているんだと、青褪めた表情で口を開きかけたライナスは結局何も発することができず、暴れ馬のように跳ねまわる己の心臓の音と扉の向こうから徐々に熱を帯びていく甘い吐息を口を塞がられたまま聞くことしかできなかった。
 ライナスの口を塞ぐのは元同僚であり、現在は何故か侍女の真似事をしているリリーだ。
 リリーの手袋越しでも分かる硬い掌は容赦なくライナスの口を封じていた。
 ギリギリで鼻呼吸ができるようになっているが、それでも苦しいものは苦しい。
 何よりもライナスと同じく扉の隙間から中の様子を凝視しているリリーの手の力はどんどん強さを増してきている。
 林檎どころか胡桃を素手で砕くことができるリリーの怪力は細く尖り気味のライナスの顎を変形させることも容易い。
 痛みと呼吸が上手くできない苦しみに呻くライナスを気遣う素振りをまったく見せず、リリーは両目を見開いて瞬き一つせずに扉の隙間の向こうの光景に見入っていた。
 かつて猟犬と称されたリリーの犬並の視覚と聴覚、嗅覚は今も健在である。
 彼女の鍛えられた五感は扉の奥の秘め事に全精力を注いでいた。

 秘め事というには大胆すぎる見世物であったが。






 エアハルトの硬い軍服越しの胸板の厚さ、強靭さに触れるたびにロゼの心はときめいてしまう。
 力強くて長い腕に強く抱きしめられると頭の中がぽうっと火照てしまうのだ。

「ロゼ……」

 いつも冷静で淡々としたエアハルトの声が今は擦れ、熱が籠っている。
 そんな風に名前を呼ばれると、ロゼはまるで雲の上にいるような、あまり好きではないふわふわしたマショマロの上にいるような不安定な気持ちになることをエアハルトは知っているのだろうか。
 エアハルトが熱の籠った声でロゼの名を呼ぶ。
 それだけでロゼの心臓が飛び跳ねてしまうことを。

 戸惑い、焦り、そして仄かに期待してしまう自分を恥じながらロゼは首を横に振る。
 もしもここが人目を気にしなくてもいい屋敷の敷地内だったのなら、ロゼは例えそこが青空の下や薄暗い廊下であろうとも夫であるエアハルトが求めるなら羞恥に耐えて股を開いただろう。
 夫に順従であり、何よりもその夫を心底愛しているからこそだ。
 十日もの間エアハルトに禁欲をさせてしまった負い目ももちろんあるが、何よりも当のエアハルトの手で淫らに開発されたロゼの身体も本音をいえば辛かったのだ。
 ロゼは夫の居ぬ間に自慰をする暇もなければ、そういう知識にも疎かった。
 親しい侍女達に相談することもできず、ロゼもまた何か物足りないような日々を我慢してきたのだ。
 エアハルトの不埒な誘惑に自然と吐息が甘くなるのは当然である。

 だが、それでもロゼは抵抗した。
 厳かな式典の日にこんな昼間に夫の仕事場で事に及ぶなんてことは真面目で良識を弁えるロゼにとっては十分すぎるほどいけないことなのだ。
 理性とエアハルトからの誘惑の狭間でロゼは必死に抵抗しようとした。

「……駄目」
「何が駄目なんだ?」

 無意識に呟いたロゼの弱弱しい声色に、エアハルトの薄い唇が歪む。
 酷く意地悪な声がロゼの耳に届くと同時に、腰を撫でていたエアハルトの手が動き出す。
 エアハルトの手は明確な意思を以ってロゼの下肢へと伸びていく。

「あっ……っん、い、いけません……! これ以上は、だめ……っ」
「……これ以上、何が駄目なんだ……?」

 震えるロゼの項にエアハルトが歯を立てる。
 眼下に見えるロゼの項や鎖骨、どんどん色っぽくなる谷間。
 その白い肌と黒の衣装のコントラストが眩しい。
 エアハルトの手が動くたび、そして項に舌を這わせると共にロゼの肌がどんどん淡く色づくのが楽しくて仕方がない。
 逸る気持ちと暴発しそうな欲望をなんとか抑えて、エアハルトは意地の悪い笑みを浮かべたままロゼを可愛がるようにして甚振っていく。
 その退路を容赦なく塞いでいく姿は悪魔としか思えないほど禍々しい。

 ちゅっ、ちゅっと項から耳の裏を甘えるように口づけていくエアハルトに擽ったい気持ちが芽生える。
 それと同時に下肢の奥が切ないような疼くような感覚を覚え始めたのを、ロゼは必死に耐えた。
 エアハルトは手袋をしている上、ロゼの花園はショーツやスカートの生地で守られている。
 まだエアハルトはロゼのそこが濡れていることを知らないはずだと思いながらも、焦りが徐々にロゼから冷静さを奪う。
 今にも泣きそうな表情でエアハルトに許しを乞うロゼの姿は普段の冷静で落ち着いた貴婦人とはまるで違った。
 余裕のないロゼに、エアハルトの下半身は正直だ。
 追い詰められたロゼの姿はエアハルトの嗜虐的な一面を存分に刺激する。

「……腰が震えているな。怯えているのか?」
「っん…………ッ!」

 エアハルトの長い指がロゼのあそこを弄る。
 スカート部分に皺ができるほど、エアハルトの指はしつこくロゼの一番感じる部位を引っ掻くように、撫でるように我が物顔で苛めようとする。
 厚い布越しの愛撫が幾分か刺激を鈍くしてくれたが、その微妙な匙加減の快感は余計にロゼを堪らない気持ちにさせるのだ。

「……もっと、直接触れて欲しいのか?」

 エアハルトの低く、色っぽい擦れ声に全身が歓喜を上げる。
 エアハルトの言う通りだ。
 ロゼはもっと直接的にエアハルトに触られたいと本心では思っている。
 エアハルトの無骨で硬い手に胸を揉まれ、薄い唇で情熱的にキスされ、そしてその肉食獣のような分厚い舌で恥ずかしいところを弄られ、長い指で厭らしい音が立てるまで掻き混ぜられたかった。
 もちろん、その先の更なる深い繋がりをロゼは何よりも欲している。
 エアハルトがロゼを欲しがり、求めるように。
 ロゼも本当はエアハルトに激しく抱かれたいのだ。
 こんな場所でなければ、喜んで股を開いたのに。

 だが、誇り高く、必要以上に責任感の強い真面目なロゼはそれを許容することができない。
 万が一この場で淫らな行為をしたことが外部の者に知られたら、それはエアハルトの汚点になってしまう。
 公爵侯爵両家にも飛び火し、きっと社交界でとびきり愉快で破廉恥なスキャンダルとして面白可笑しく噂されるのだ。
 ロゼが慎みのない女だと責められるのは構わない。
 だが、愛する夫のエアハルトの名誉を損なわれるのは耐えられないのだ。

 ロゼがこの場で我慢し、行為を拒絶すればきっとエアハルトも分かってくれる。
 正直すぎる身体を持て余しながら、ロゼはなんとか口でエアハルトを説得しようと無駄な抵抗を続ける。



* *


 細腰を捉えられ、そのまま背後から強く抱きしめるエアハルトの硬い軍服越しの下半身の様子にロゼは青褪めながら頬を染めて、と面白いぐらいにその端整な顔の色を変えていく。
 屋敷以外でこんな風に堂々とエアハルトに求められたのは初めてであり、おまけにここには王族や付き合いの深い貴族達、エアハルトの部下達、そして公爵家と、大勢の人々がいるのだ。
 厳かな式典の最中で夫の執務室でこんな淫らなことをされて感じてしまう自分をロゼはとんでもなく賎しく、いやらしい女だと思った。
 だが、人とは業深いもので、その罪の意識という背徳感が堪らなくロゼの官能を刺激してしまう。
 十日ぶりに愛する夫に求められているという喜びもあった。
 ロゼが必死に喘ぎを洩らさないように絹の手袋の指の先を噛む。
 もう片方の手は震えながら机の淵を掴んでいた。
 押し付けられるように当てられるエアハルトの厚い胸板と腰。
 その熱に耐えるように健気に足に力を込めてロゼはなんとか立っているという状態だ。
 項にかかる後ろ毛にわざと息を吹きかけるエアハルトはそんなロゼのいじらしい抵抗を楽しんでいた。
 普段のロゼはとにかく貞節で、順従で、夫のエアハルトの為ならばどんな恥ずかしいことも淫らなことも喜んで受け入れる理想の妻だ。
 寝台のない部屋に連れ込んでも、ロゼは嫌な顔一つせずにエアハルトの為に自らスカートを捲り、ガーターベルトからショーツ、ストッキングを脱いで耐え性のない夫のために股を開く。
 そのどこまでも夫に忠実に淫らな行為を受け入れ、積極的に奉仕するロゼがこうして泣きそうになりながら弱弱しく抵抗している。
 本当はロゼもまた期待していることを、エアハルトはその犬のような鋭い嗅覚でとっくに察していた。
 だからこそ余計に懸命に快感に耐えようと意地を張るロゼが可愛くて憎らしくて堪らないのだ。

「だ、旦那様…… お許しください……ッ」

 今にも大粒の涙を零しそうなほどロゼの瞳は潤んでいる。
 閨のときにも羞恥と快感に耐えるために指を噛むという悪い癖がロゼにはあった。
 何度もそれを咎め、我慢せずに声をあげることをエアハルトは要求し、覚えがよく素直なロゼは必死にその癖を治そうとしていたが、どうやらこの十日間の悶えそうな禁欲の日々のせいですっかり忘れてしまったらしい。
 ロゼには珍しい失態だ。

「ロゼ…… 俺の前では素直になれと言っただろう?」
「んっ…… はぁっ、んぅッ」

 ぐりぐりと厄介な布越しからロゼの下肢の柔らかく、蜜を垂れ流しにしている部分を捏ねるようにして指で弄る。
 エアハルトの手の動きを封じようと太ももで必死にその不埒な軍人の手を挟もうとするロゼの耳に笑い声が響く。
 肉付きが良くなったロゼの太ももが快感に震えながらもいじらしくエアハルトの手を挟むのだ。
 その柔らかな弾力と温かさ。

「……わざと、俺を誘っているのか?」

 これではまったくの逆効果だと、エアハルトはどこまでも無防備で無垢なロゼが堪らなく愛しかった。

「俺の手を締め付け、股を擦り合わせて…… そんなに苛められたいのか? ロゼ」
「ち、ちがっ……」

 ロゼがエアハルトの揶揄いに慌てて反論しようと振り向こうとする。
 その瞬間を狙い、エアハルトは机の淵を掴んでいたロゼの手に自身の片手を覆い被せ、そのまま机に押し倒すように近づき、ほとんど逃げ場のないロゼに口づけた。

「んっ……!」

 口を開いて言葉を紡ぐ途中だった無防備な口内にエアハルトの獰猛な舌が侵入する。
 咄嗟に嬌声を我慢するために噛んでいた方の手でエアハルトの胸板を押しのけようとしたが、ロゼの順従な性格と力の無さのせいでその硬い軍服には皺ひとつもできなかった。
 眉を跳ね上げ、驚き目を見開く様子をじっくりとベール越しにエアハルトは視線で舐めるように凝視する。
 唇を合わせると間近にあるロゼの額を隠すベールが邪魔だと思えた。
 ぎゅっと、ロゼの抵抗を窘めるようにエアハルトが机の淵にしがみ付くロゼの手の甲の上から指を絡める。

 そのときだ。

 手袋越しに感じる左薬指の指輪の感触に、このときのエアハルトは指先から痺れるような感覚を覚えたのだ。
 今まで満足に口づけもできなかった苦しい日々を取り戻すように激しく情熱的な口づけをしようと舌を差し入れたのに、その夫婦の証でもある指輪の存在を認識した途端に、ロゼを優しく甘やかしてやりたいという欲求が生まれる。
 そして二人を隔てる薄い一枚のベールですら邪魔とばかりにロゼの帽子ごと取り払っていく。
 その動作はひどく器用で、そして驚くほど優しいものだ。
 ピンで髪に固定された帽子を手品師のように軽やかに外し、そっと机の上に置く。
 その合間も強弱をつけて深く、軽く、遊ぶように唇を合わせて来るエアハルトにロゼは戸惑うほかなかった。
 ロゼを戸惑わせるいけない夫はこのとき無性にロゼを骨の髄まで可愛がり、優しく慈しんで喜ばせてやりたいという感情に本能のまま突き動かされていた。
 そもそもロゼに優しくしたいのなら軍部の執務室という本人が嫌がる場所で事に及ばなければいいのにという正論はエアハルトには効かない。
 何故ならエアハルトは本能で知っているからだ。

 ロゼが本当は期待していることを。


 
* * *


 許して欲しい。
 これ以上意地悪をされると、ロゼはもうどうしようもなくなる。
 もっと触れて欲しい、強引に求めて欲しいという浅ましい欲望に気づかれたくないのに。

「はぁ…… ロゼ……っ」
「んっ、んん…… っぁ、旦那、様ッ……ぅあっ」

 力強く強引で、そして優しく甘やかすようなエアハルトの口づけにロゼは頭の天辺から足の爪先まで痺れるような感覚を抱いた。
 ちりちりと身を焦がすようなエアハルトの熱情に満ちた視線に全身を射抜かれ、全てを見透かされているような心地がする。
 いけない場所でいけないことをしている。
 蕩けそうな口づけに、上手く呼吸ができないせいか、ロゼの思考がどんどん鈍り、快楽に溶けていく。
 このまま流されてはいけないという思いとは裏腹に、撫でるように下肢を苛めてくるエアハルトの手を今度は拒む気力すら湧かない。
 エアハルトの舌がロゼの口の中をゆっくり味わうように舐めて絡めて、愛撫する。

くちゅ、ちゅ、ちゅぅっ

 卑猥な水音に反して、それは驚くほど優しい口づけだ。

「んっ、ぁ、だん、な、さま…… んんっ」
「ロゼ……」

 激しく情熱的で、息すら奪うような口づけに慣れてしまったロゼが逆に戸惑ってしまうほど、その口づけは愛情深いものだ。
 あまりにも優しく甘ったるい口づけに、ロゼはもう心臓が破裂し、その場で死んでしまいそうなほどの恥ずかしさと幸福を感じた。

(ずるい……)

 じんわりとロゼの目に涙が溜まる。

ちゅ、ちゅ、ちゅっ

 湿り気を帯びたリップ音がよりロゼを追い詰めていく。
 強張っていた身体から力が抜けていくのが悔しくて、恥ずかしい。
 そして泣きそうなほどにこのままエアハルトに強く抱きしめられたいと思ってしまう。
 エアハルトがずるいと、ロゼは心底思った。
 唇を吸い、甘噛みし、筋の通った鼻でロゼの頬や唇を悪戯に撫でるエアハルト。
 優しい口づけに、強く握られる左手の熱さ。
 そして、それに反するように意地悪く無理やり官能を引き出そうとする下肢への愛撫と尻に押し付けられるエアハルトの正直すぎる欲望。
 一体どちらが本当のエアハルトなのか分からなくなるほど、ロゼは翻弄されている。
 こんな風にロゼを苦悩させ、夢中にさせるエアハルトが狡いと思う。
 意志の弱い自身を恥じながら、どんどん濡れて熱くなる体はもう無視ができないほどエアハルトを求めていた。

「っぁ、あんっ……! ん、んっ、やっ…… だ、だんなさまの、っん、ぁ、いっ、い、じわる……っ」

 厭らしい粘液を立てて、名残惜し気に一度唇を解放したエアハルトにロゼはなんとも珍しい不満を口にする。
 閨で戯れに囁くような甘さがスパイスのように微量に含まれた、どこか幼稚な表情。
 そんなあどけなくも甘ったるく悔しそうに睨むロゼの表情はエアハルトが初めて見るものだ。
 久方ぶりに再会した公爵家の雰囲気がロゼにただの公爵家の娘だった頃の記憶を芽生えさせるのか、とにかくその表情はつい先ほどの王族や貴族達、エアハルトの部下達に見せる貴婦人の鑑ともいえる優雅な姿からは想像できないほど幼く無防備で、愛らしいものだ。
 どこか拗ねたような愛らしい表情。
 それなのに、その薔薇のように色づいた目元や赤くふっくらとした濡れた唇。
 水気を帯びた気だるげな睫毛に縁どられた黒水晶の瞳に灯る熱情に、甘く鼻にかかった吐息。
 ロゼの黒を基調にしたドレスは最初に見た清楚な印象を裏切り、今は途方もなく色っぽくエアハルトの目に映っている。
 だからこそ余計に、初めてともいえるロゼの幼げな表情の差が酷く、エアハルトを戸惑わせ、死ぬほど興奮させた。

「……俺のどこが、意地悪なんだ?」

 エアハルトが笑う。
 喉が大きく上下し、その笑い声はまるで腹を空かせた肉食獣のような唸り声の様にも聞こえるから不思議だ。
 普段はどこまでも冷ややかで無機質な瞳が、ロゼを写すときだけ煮えたぎった狂暴な熱を宿す。
 他人が見ればぞっとするほど深い欲望に満ちたエアハルトの視線。
 だがその視線はロゼにとってはただただ蕩けるように甘いものだ。
 甘酸っぱいラズベリーをとろとろになるまで煮込んだジャムのようだと、ロゼは思っている。
 エアハルトが焦がすような視線を向けるのはロゼのみだ。
 また、エアハルトのその目を見て甘いジャムのようだと思うのもロゼしかいない。



* * * *


ちゅっ

 拗ねたロゼを宥めるように軽く何度も口づけるエアハルト。
 なのに、尻に当てられる狂暴な欲望は変わらずに硬く熱い。

「お前の唇がずっと、恋しかった」

 耳朶を噛まれ、痺れるような睦言を囁かれる。
 力が抜け、崩れ落ちそうになる身体をエアハルトの右手が容赦なく責め立てる。
 布越しに割れ目を何度もなぞられ、敏感な芽をくりくりと押し潰される。
 卑猥な下肢への悪戯と顔中に注がれる優しい口づけ。
 ずっと繋がられたままの左手が熱くて、まるで二人の手が溶け合って一つになってしまったようだ。

「お前の肌の感触も汗の匂いも…… 恋しくて仕方がなかった」
「ぁ、あん、あ、はぁんっ…… んっんんっ、ぁんっ…… っ!」

 ぐちゅ、と下肢から聞こえる粘液の音にロゼは身もだえる。
 エアハルトの獣のような荒い息遣いが首筋にかかり、ぞくぞくするような感覚に背筋が震えた。

「何度、お前を無理矢理組み敷こうと思ったことか…… 俺をここまで我慢させれるのは、お前だけだぞ? ロゼ……」
「っ…… 旦那、さまぁ」

 傲慢で不遜な物言いとは裏腹に、エアハルトの目元は薄っすらと朱色に染められている。
 そして苦し気に寄せられた眉間の皺にロゼはきゅっと心臓とあられもない所が締め付けられるような切なさを覚えた。
 強引な指先とは裏腹に、エアハルトは興奮で首元まで赤く染めて真剣な眼差しをロゼに向ける。
 どろどろに溶けた眼差しを向けられたロゼは先ほどまで懸命に拒もうとしていた意思がどんどん溶かされている気がした。

「ロゼ…… 俺はもう、十分我慢しただろう?」

 あのエアハルトが眉を下げて、情けないとすら称されそうな表情を浮かべてロゼに懇願するように甘えている。
 鼻先をロゼの頬や首筋に擦りつけ、今にも鼻が濡れた犬のような鳴き声を上げそうな風情だ。

ぐちゅぐちゅっ、ぐぢゅぅ

「なぁ、ロゼ。お前の可愛い夫に…… この十日、ちゃんと『待て』をしたいじらしいに褒美をくれないのか? ……このままじゃ、腹が減って死にそうなんだ」

 なのに、ロゼを拘束する手はまったく緩まない。
 ロゼを陥落させようとその手は一層清々しいほど卑猥に股の奥で蠢ているのだ。

「あっ、あんんっ…… ず、ずるい、旦那さまっ…… んっ、んんっ、ああんっ」

 エアハルトは狡い。
 ロゼが心底エアハルトに甘く、結局最後には何でも言う通りにしてしまうことを知っている癖に。

「ロゼ、頼む…… 少しだけだ、少しだけお前をくれ…… この哀れな夫に、お前を味わせてくれ…… ここには俺とお前しかいないのだから」

 懇願しながらも獰猛に、そして酷く色っぽくエアハルトはうっとりとロゼの柔らかな尻に腰を擦りつける。
 発情期の犬のような仕草にロゼの理性は容易く溶かされていく。
 ロゼはエアハルトが好きで、大好きで、愛しくて、そして可愛くて仕方がなかったのだ。

 犬のように甘えて強請って来るエアハルトに、もうロゼはめろめろだった。



* * * * *


「…………」
「…………」 

 ここには俺とお前しかいないのだから。

 確かに執務室にはロゼとエアハルトの二人しかいない。
 だが、外と繋がる扉は今現在、中を覗くことができるほどの隙間が空いており、その隙間から息を殺し、目を凝らして覗き見している者がいることをあのエアハルトが知らないはずがない。
 いや、そもそも覗き見しているライナスとリリーはエアハルトの部下なのだ。
 そして扉脇に待機させたのもエアハルト本人だ。

「……初めから仕組まれていた、ということか」

 音にならないほど静かに呟くリリーの目は険しい。
 侍女長になんと説明すればいいのかという現実的な問題はこの際無視である。
 どうにか歯を食いしばり殺気を抑えている彼女の目には立派な軍服と格式高いマントに身を包んだエアハルトの大きな背中しか見えない。
 エアハルトの足の間には覆いかぶさっているロゼの細い足が見えている。
 リリーはエアハルトの軍靴の間からロゼの華奢なヒールの靴ががくがくと揺れる様を凝視し、そして耐えるように健気に嬌声を抑えようと必死なロゼの官能的な声を聞き洩らさないように全神経を集中していた。
 ロゼが本気で嫌がれば死を覚悟して突撃するところだが、屋敷での二人の甘すぎる性生活を間近で見ているせいか、悔しいことにロゼが心底嫌がっていないことをリリーは察してしまった。
 こうなっては無理矢理二人を引き離すこともできない。
 だが、十日もロゼという大好物をお預けにされていたエアハルトを知っている身としては、いつエアハルトが我慢できずに獣のようにか弱いロゼに襲いかかるか、十分に見極めなければならない。
 だがら、一瞬も、片時も目を離してはいけないのだ。
 リリーにはロゼを守る義務と使命がある。
 だがら、どんどん乱れていくロゼの色っぽく官能的な様子をじっくりと、舐めるように観察しなければならないのだ。
 全てはミュラー家の将来のためである。



* * * * * *


 リリーはいつの間にか静かになっているライナスのことを完全に忘れていた。
 鼻血を出さないように真剣な表情で鼻を抑える元同僚のリリーの手から解放されたライナスは顎の痛みなども忘れ、呆然としていた。
 音にならないほど、静かな呟きがライナスの白い唇から漏れる。
 リリーにだけ聞こえたその愕然とした声色に返事を返す者は残念ながらその場にはいなかった。

「閣下が…………」

 エアハルト・ミュラーはライナスにとっては報われなくとも側にいたいと思う人だ。
 エアハルトは誰よりも強く、逞しく、冷酷で残酷な、国の若き英雄だ。
 多くの若者達から畏怖され、崇拝されている鬼人。
 憧れとか、恋しいとか、そんな単純に表現するのが難しいぐらいに、ライナスは複雑で重い想いをエアハルトに抱いている。
 それはあまりにも希望のない恋を長く大事に隠しすぎたせいでもある。
 どこまでも一途に、複雑な想いを寄せるエアハルトがロゼというまだ幼く色っぽく美しい若妻に夢中だということをライナスは痛いほど知っていたはずだ。
 エアハルトに詳しすぎるライナスは残念ながら恋しい男の意外な一面を受け止めるだけの度量と余裕がなかった。
 それでも片思いをやめない彼は相当一途である。
 エアハルトがどんなに非道なことをしても、理不尽に嬲られたとしても、ライナスのしつこすぎる恋慕の情は消えない。
 エアハルトの存在そのものがライナスの存在意義だと半ば本気で思っているのだから。

 だが、何事にも許容範囲というものがある。

「閣下が…………………… おねだり、してる……?」

 衝撃的すぎるエアハルトの甘えた姿に、ライナスは頭が真っ白になった。

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