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最終噺『鬼狩り』
二【人間と鬼の追及】
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桜吹雪が舞い終わると、地面を桜色で彩った。
春日童子は頬杖を付きながら外をぼんやりと眺め見る。烏天狗先生の授業は相変わらず淡々と始まり、淡々と進んだ。
今日も烏天狗先生は授業を抜け出し、自習にさせていた。恐らく人間を神隠ししに行っているためなのだろうと何となく悟る。
抜け出して戻ってきた烏天狗先生の長い鼻の頭に、桜の花びらが一枚付いていたのを見ると春日童子の心に波風が立つ思いがした。
頬杖を付いて烏天狗先生を観察していたが、やがて授業終了の鐘が鳴ったので、生徒たちは教室から出て行く。
春日童子にはあと一つ、しなければならないことが残っていた。
最後まで頬杖を付いて座っていた春日童子は、教壇にいる烏天狗先生に向かって声をかけた。すでに生徒の数はまばらだった。
「烏天狗先生、少しお話しませんか」
あまり成績が良くなく、勉強も好きそうでない春日童子からの言葉に、烏天狗先生は驚いたような声を上げた。
「勉学のお話ですか? それならば大歓迎ですよ」
春日童子はその言葉を聞いて満面の笑顔を見せ立ち上がった。手に大量の巻き物を抱えて烏天狗先生の近くに寄る。
春日童子が立ち上がり教壇へ向かう様子を見ていた焔夜叉は、眉を潜めて静かにその様子を見守ることに決めた。
「残念だけど勉学の話じゃないです」
口元を綻ばせて言った春日童子は、そのまま烏天狗先生に近寄り、お面の長い鼻から桜の花びらを取った。
烏天狗先生は少々身動ぎをして近寄ってきた春日童子を見上げた。
「この資料は、姉が調べたものです。天狗族にまつわることが詳細に書かれてあります」
呉葉が調べていたのは天狗族に関することだった。
天狗が人間を神隠しに遭わせ、天狗の使いとして働かせていることを詳細に調べていた。
資料を渡すと、烏天狗先生はまるで取り合わないように笑った。
「こんなものを信じたのですか? 私たち天狗は神の使い。人間を攫って眷族にしているなど、全くのでたらめですよ」
「先生はたまに授業中抜け出しますね。人間を攫いに行っているんじゃないですか?」
先程の桜の花びらを烏天狗先生の鼻先に持って行き、手を離す。一枚の花びらははらりはらりと舞い降り、地面に落ちた。
烏天狗先生はお面の中で笑う。
「まさか。我々天狗族は、鬼の監視役です。鬼族のみなさんが、神様から請けた仕事をきちんと成し遂げるか、見極めるのが仕事なのです」
他の生徒に聞こえぬよう、烏天狗先生は小声になった。春日童子は呉葉の巻き物を強く握る。
「天狗族って、男しか生まれないらしいですね。じゃあ、子孫繁栄するために、どうしているんですか?」
「……それは、神様が、我々の相手をして下さり……」
「傲慢な神が、わざわざ格下の相手と交わるかな。攫うのは、女性の人間のみみたいですね。神に請わなくたって、手っ取り早い方法があるでしょう。ボクが天狗なら、穢れた鬼なんかよりも、少しでも神に近い存在である人間の子を成したいと、考えるだろうな」
春日童子は何も言わない烏天狗先生を余所に、呉葉の巻き物を開いた。
「それから、これを見て下さい。天邪鬼先生に関しての資料です」
天邪鬼先生が亡くなった後、呉葉はその件について調べていたようだ。呉葉の部屋の整理をしていたら、天狗に関する膨大な資料が見つかった。
春日童子はその資料に目を通してみた。主に天狗が神に隠れて不正をしていることに関して調べていた資料が目立った。
「天邪鬼先生が、神からの仕事をなかなか達成しないことを不審に思ったあなたは、彼が瓜子姫という人間と交流していることを知った。そこで、瓜子姫の両親を天狗の眷属に仕立て上げ、彼らを洗脳すると共に天邪鬼先生の命を絶つよう命令した。違います?」
真剣に烏天狗先生を見据える春日童子に対して、烏天狗先生は何も取り合わず、ただ笑うと首を振った。
「証拠はありますか?」
「この資料が何よりの証拠じゃないか」
資料を彼の手前に叩きつけるように置くと、烏天狗先生は首を振った。
「たかが一人の人間が調べた資料など、証拠にはなりません。あなたのお姉さんが嘘を書いている可能性もあるでしょう」
烏天狗先生が声を荒げて言った。彼も興奮しているようだった。春日童子は睨み付けるようにして好戦的に笑う。
「何でボクの姉が人間だと、知っているんです?」
はっと息を呑んだ烏天狗先生は春日童子を見据えた。興奮すると本音が零れてしまう可能性が高いことを見越して、春日童子はわざと挑発的な態度を取ったのだと悟る。
「忘れるはずがないと思っていたんだ。あなたが唯一、神隠しに失敗した人間ですからね。姉がこの学校に入学したときは驚いたんじゃないの? まさか鬼の子として鬼ヶ島で育っているとは思わなかっただろうから」
「何が言いたいのですか、春日童子さん?」
「……人間に命令をして天邪鬼先生を殺させたの、あんたなんだろ」
教室内は静寂な雰囲気に包まれた。すでにこの場には春日童子と烏天狗先生、それから後方に静かに佇んでいる焔夜叉の二匹と一羽しかいなかった。
「それが事実でも、何も出来ないでしょう? 我々天狗を罰することが出来るのは神様だけなのですから」
春日童子は「はは」と下を向いて滑稽そうに笑った。
「密告してやるよ。自分たちの眷属が不正を働いているかもしれないという不安を覚えた時点で、神は天狗を手放しで信頼出来なくなるだろうからね」
明らかにお面の下の表情はうろたえているであろうということがわかった。烏天狗先生は春日童子を見上げると、首を振り続けた。信じられないといった感じだろうか。
「はったりを。あなたのような歪で小さな角や、くすんだ髪の小物の鬼など、神様がお会いになって下さるはずがありませんよ」
「言ってくれるね」
肩を竦めた春日童子に、烏天狗先生は明らかに動揺したようにそわそわとし始めた。これで確定だな、と春日童子は心の中で確信する。
「ボクが天狗の所業を神に密告したら、この世界はどうなるんだろうね」
春日童子は烏天狗先生を一瞥すると、そのまま教室を後にした。出る瞬間、焔夜叉と目が合ったが、春日童子は無視して外へと飛び出した。
*続く*
春日童子は頬杖を付きながら外をぼんやりと眺め見る。烏天狗先生の授業は相変わらず淡々と始まり、淡々と進んだ。
今日も烏天狗先生は授業を抜け出し、自習にさせていた。恐らく人間を神隠ししに行っているためなのだろうと何となく悟る。
抜け出して戻ってきた烏天狗先生の長い鼻の頭に、桜の花びらが一枚付いていたのを見ると春日童子の心に波風が立つ思いがした。
頬杖を付いて烏天狗先生を観察していたが、やがて授業終了の鐘が鳴ったので、生徒たちは教室から出て行く。
春日童子にはあと一つ、しなければならないことが残っていた。
最後まで頬杖を付いて座っていた春日童子は、教壇にいる烏天狗先生に向かって声をかけた。すでに生徒の数はまばらだった。
「烏天狗先生、少しお話しませんか」
あまり成績が良くなく、勉強も好きそうでない春日童子からの言葉に、烏天狗先生は驚いたような声を上げた。
「勉学のお話ですか? それならば大歓迎ですよ」
春日童子はその言葉を聞いて満面の笑顔を見せ立ち上がった。手に大量の巻き物を抱えて烏天狗先生の近くに寄る。
春日童子が立ち上がり教壇へ向かう様子を見ていた焔夜叉は、眉を潜めて静かにその様子を見守ることに決めた。
「残念だけど勉学の話じゃないです」
口元を綻ばせて言った春日童子は、そのまま烏天狗先生に近寄り、お面の長い鼻から桜の花びらを取った。
烏天狗先生は少々身動ぎをして近寄ってきた春日童子を見上げた。
「この資料は、姉が調べたものです。天狗族にまつわることが詳細に書かれてあります」
呉葉が調べていたのは天狗族に関することだった。
天狗が人間を神隠しに遭わせ、天狗の使いとして働かせていることを詳細に調べていた。
資料を渡すと、烏天狗先生はまるで取り合わないように笑った。
「こんなものを信じたのですか? 私たち天狗は神の使い。人間を攫って眷族にしているなど、全くのでたらめですよ」
「先生はたまに授業中抜け出しますね。人間を攫いに行っているんじゃないですか?」
先程の桜の花びらを烏天狗先生の鼻先に持って行き、手を離す。一枚の花びらははらりはらりと舞い降り、地面に落ちた。
烏天狗先生はお面の中で笑う。
「まさか。我々天狗族は、鬼の監視役です。鬼族のみなさんが、神様から請けた仕事をきちんと成し遂げるか、見極めるのが仕事なのです」
他の生徒に聞こえぬよう、烏天狗先生は小声になった。春日童子は呉葉の巻き物を強く握る。
「天狗族って、男しか生まれないらしいですね。じゃあ、子孫繁栄するために、どうしているんですか?」
「……それは、神様が、我々の相手をして下さり……」
「傲慢な神が、わざわざ格下の相手と交わるかな。攫うのは、女性の人間のみみたいですね。神に請わなくたって、手っ取り早い方法があるでしょう。ボクが天狗なら、穢れた鬼なんかよりも、少しでも神に近い存在である人間の子を成したいと、考えるだろうな」
春日童子は何も言わない烏天狗先生を余所に、呉葉の巻き物を開いた。
「それから、これを見て下さい。天邪鬼先生に関しての資料です」
天邪鬼先生が亡くなった後、呉葉はその件について調べていたようだ。呉葉の部屋の整理をしていたら、天狗に関する膨大な資料が見つかった。
春日童子はその資料に目を通してみた。主に天狗が神に隠れて不正をしていることに関して調べていた資料が目立った。
「天邪鬼先生が、神からの仕事をなかなか達成しないことを不審に思ったあなたは、彼が瓜子姫という人間と交流していることを知った。そこで、瓜子姫の両親を天狗の眷属に仕立て上げ、彼らを洗脳すると共に天邪鬼先生の命を絶つよう命令した。違います?」
真剣に烏天狗先生を見据える春日童子に対して、烏天狗先生は何も取り合わず、ただ笑うと首を振った。
「証拠はありますか?」
「この資料が何よりの証拠じゃないか」
資料を彼の手前に叩きつけるように置くと、烏天狗先生は首を振った。
「たかが一人の人間が調べた資料など、証拠にはなりません。あなたのお姉さんが嘘を書いている可能性もあるでしょう」
烏天狗先生が声を荒げて言った。彼も興奮しているようだった。春日童子は睨み付けるようにして好戦的に笑う。
「何でボクの姉が人間だと、知っているんです?」
はっと息を呑んだ烏天狗先生は春日童子を見据えた。興奮すると本音が零れてしまう可能性が高いことを見越して、春日童子はわざと挑発的な態度を取ったのだと悟る。
「忘れるはずがないと思っていたんだ。あなたが唯一、神隠しに失敗した人間ですからね。姉がこの学校に入学したときは驚いたんじゃないの? まさか鬼の子として鬼ヶ島で育っているとは思わなかっただろうから」
「何が言いたいのですか、春日童子さん?」
「……人間に命令をして天邪鬼先生を殺させたの、あんたなんだろ」
教室内は静寂な雰囲気に包まれた。すでにこの場には春日童子と烏天狗先生、それから後方に静かに佇んでいる焔夜叉の二匹と一羽しかいなかった。
「それが事実でも、何も出来ないでしょう? 我々天狗を罰することが出来るのは神様だけなのですから」
春日童子は「はは」と下を向いて滑稽そうに笑った。
「密告してやるよ。自分たちの眷属が不正を働いているかもしれないという不安を覚えた時点で、神は天狗を手放しで信頼出来なくなるだろうからね」
明らかにお面の下の表情はうろたえているであろうということがわかった。烏天狗先生は春日童子を見上げると、首を振り続けた。信じられないといった感じだろうか。
「はったりを。あなたのような歪で小さな角や、くすんだ髪の小物の鬼など、神様がお会いになって下さるはずがありませんよ」
「言ってくれるね」
肩を竦めた春日童子に、烏天狗先生は明らかに動揺したようにそわそわとし始めた。これで確定だな、と春日童子は心の中で確信する。
「ボクが天狗の所業を神に密告したら、この世界はどうなるんだろうね」
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