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第六噺『蕎麦の根は何故赤い』
一【鬼の霍乱】
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「天邪鬼先生いますか?」
春日童子は教員室の戸を開けて中に向かって声をかけた。
何匹かの先生が一斉にこちらを振り返り、「ああ」と納得したように苦笑をする。
「春日童子さん、毎日きて頂いて申し訳ないのですが、天邪鬼先生は本日もお休みですよ」
烏天狗先生がそう教えてくれた。春日童子は目を丸くして思わず手に持った書類を強く掴んだ。
「随分長いな。何かあったんですかね」
課題の再々々提出のために、節分祭の後からずっと探しているのだが、節分祭から今まで学校を休んでいるようだ。
烏天狗先生は高鼻のお面をかけ直して教えてくれた。
「風邪だと連絡がありました。今年は特に寒いですから、あなたも注意して下さい」
「はあ」
課題の提出期限は大丈夫なのだろうか。そろそろ進級の季節が近いため、このままでは留年ということもあり得る。
どうしても課題だけは提出しておきたい。
「節分祭では大変な怪我をしたそうですが、身体はもう大丈夫ですか」
烏天狗先生がいつもの淡々とした声で小さく言う。春日童子は頷いた。
「その節はご心配をおかけしました。烏天狗先生は上空から鬼の様子を見守っていたんでしょう?」
お面のせいで顔も表情も見たことはなかったが、僅かに笑ったような気がした。
「ええ、もちろん。私の管轄は西の方でした。春日童子さんの姿は見ませんでしたが、どちらの方角へ行かれましたか?」
「北の方です」
毎年天狗が上空から見守っていることは知っていたが、管轄があるとは知らなかった。
「北の方角というと、焔夜叉さんや鈴鹿御前さんたちと同じ方向だったのですね」
何の他意もないだろうが、春日童子はぎくりと身体を硬直させてしまった。烏天狗先生は心配そうに春日童子を見上げてきた。
「鈴鹿御前さんには落胆させられました。まさか人間と共謀し、焔夜叉さんを陥れる罠を張っていたとは」
その意見には全面的に賛成だったが、実際に鈴鹿御前の心境を知ってしまうとあまり彼女を恨む気にもなれなかった。
それに自分は実際現場に立ち会い、スクナのおかげでかなり気持ちを発散出来た。
「でもさすが焔夜叉さんです。彼は裏切った鈴鹿御前の角をへし折り、戦利品として鬼ヶ島へと持って帰島したそうです。彼は我が鬼ヶ島の英雄ですよ」
「はあ」
天邪鬼先生もいないようだし、烏天狗先生の長い話からそろそろ開放してもらいたかったので、適当に相槌を打った。
職員室を見回しても生徒たちの間でも、節分祭が終わってからというもの、焔夜叉が人間と裏切り者の鈴鹿御前に報いたとの噂で持ちきりだった。
これで鬼ヶ島のみんなが人間に対して畏怖の念を抱かずに済んだかな、と春日童子は安堵した。
「ところで春日童子さん、あなたは節分祭で人間から邪気をもらってこられなかったそうですね。焔夜叉さんを見習って、鬼の能力を磨くよう精進したらどうですか」
「はあ」
「今年は焔夜叉さんも邪気をもらえなかったそうですが、鈴鹿御前の謀りをはねのけていたので、邪気どころではなかったでしょうし。それに比べて一体あなたは人界で何をしていたのです」
落ちこぼれの春日童子は、烏天狗先生からこのように誰かと比べられて説教を受けることがあった。
最近は目下焔夜叉と比べられている。
そんなことより天邪鬼先生と接触しなければ、と腕を組んで思案した。
天邪鬼先生は呉葉の担任だということなので、呉葉なら彼の連絡先を知っているかもしれない。
以前生徒から悪質な悪戯を受けた教師がいたことの戒めで、生徒たちには教師の連絡先を無闇に教えないようになっており、先生たちに聞いても教えてくれそうにないので、春日童子はお辞儀をして教員室を後にした。
「呉葉ちゃん」
彼女の教室まで行き、小さく手招きした春日童子を見て目を丸くした呉葉が、慌てたような調子でこちらにやってきた。
相変わらず友達がいないようで、一匹で机に座って空を眺めていた。
「なあに、春日くん。学校ではあまり話し掛けて欲しくなかったんじゃなかったの?」
「ちょっと、急用なんだ」
呉葉は首を傾げる。相変わらず烏の塗れ羽色のような黒髪で角を隠し、耳の近くには綺麗な薔薇色の髪飾りを付けている。
それに巻いている萌黄色の帯は、先日の誕生日の贈り物だと気付くと、春日童子は首を傾げた。
お洒落な呉葉にしては、毎日のように同じ装飾品をしている。
こうも頻繁に家族からの贈り物を着けているということは、かなり気に入ってくれたのだろうか。
ここ数日は毎日のようにこれらの装飾品を見る。
「天邪鬼先生? ええ、節分祭以降一日もきていないわよ」
「もしかして、清めの豆に当たりすぎてしまって、体調を崩しているのかな」
「まさか。あなたじゃあるまいし」
呉葉は明朗に容赦なく笑った。
天邪鬼先生は、些細なことで休むような先生ではないと呉葉は言った。
口は悪いが面倒見が良いので、慕う生徒は結構いるそうだ。
そういえば、呉葉の学級の生徒たちの元気が少しない気がする。
普段の担任がいないからだろうか。
「呉葉ちゃんは天邪鬼先生の住処は知っている? ボクの進級問題のために教えて欲しいのだけど」
「この時期は毎年そのようなことを言っているわね。まさか、押しかけるつもり?」
「さすがに呉葉ちゃんにも教えないか。天邪鬼先生、見た目通り一匹狼だからな」
教師が休んでいたから進級出来なかったなどという言い訳は出来ない。春日童子は考え込んだ。
天邪鬼先生をどうやって探そうか考えていたが、呉葉は少し間を置くと春日童子に向かって頷いた。
「以前聞いたことがあるから知っているわよ。一緒に行ってあげましょうか?」
「本当? さすが呉葉ちゃん。助かるよ」
こうして呉葉と約束を取り付けた春日童子は、いくらか安堵して自分の教室へと戻って行った。
*続く*
春日童子は教員室の戸を開けて中に向かって声をかけた。
何匹かの先生が一斉にこちらを振り返り、「ああ」と納得したように苦笑をする。
「春日童子さん、毎日きて頂いて申し訳ないのですが、天邪鬼先生は本日もお休みですよ」
烏天狗先生がそう教えてくれた。春日童子は目を丸くして思わず手に持った書類を強く掴んだ。
「随分長いな。何かあったんですかね」
課題の再々々提出のために、節分祭の後からずっと探しているのだが、節分祭から今まで学校を休んでいるようだ。
烏天狗先生は高鼻のお面をかけ直して教えてくれた。
「風邪だと連絡がありました。今年は特に寒いですから、あなたも注意して下さい」
「はあ」
課題の提出期限は大丈夫なのだろうか。そろそろ進級の季節が近いため、このままでは留年ということもあり得る。
どうしても課題だけは提出しておきたい。
「節分祭では大変な怪我をしたそうですが、身体はもう大丈夫ですか」
烏天狗先生がいつもの淡々とした声で小さく言う。春日童子は頷いた。
「その節はご心配をおかけしました。烏天狗先生は上空から鬼の様子を見守っていたんでしょう?」
お面のせいで顔も表情も見たことはなかったが、僅かに笑ったような気がした。
「ええ、もちろん。私の管轄は西の方でした。春日童子さんの姿は見ませんでしたが、どちらの方角へ行かれましたか?」
「北の方です」
毎年天狗が上空から見守っていることは知っていたが、管轄があるとは知らなかった。
「北の方角というと、焔夜叉さんや鈴鹿御前さんたちと同じ方向だったのですね」
何の他意もないだろうが、春日童子はぎくりと身体を硬直させてしまった。烏天狗先生は心配そうに春日童子を見上げてきた。
「鈴鹿御前さんには落胆させられました。まさか人間と共謀し、焔夜叉さんを陥れる罠を張っていたとは」
その意見には全面的に賛成だったが、実際に鈴鹿御前の心境を知ってしまうとあまり彼女を恨む気にもなれなかった。
それに自分は実際現場に立ち会い、スクナのおかげでかなり気持ちを発散出来た。
「でもさすが焔夜叉さんです。彼は裏切った鈴鹿御前の角をへし折り、戦利品として鬼ヶ島へと持って帰島したそうです。彼は我が鬼ヶ島の英雄ですよ」
「はあ」
天邪鬼先生もいないようだし、烏天狗先生の長い話からそろそろ開放してもらいたかったので、適当に相槌を打った。
職員室を見回しても生徒たちの間でも、節分祭が終わってからというもの、焔夜叉が人間と裏切り者の鈴鹿御前に報いたとの噂で持ちきりだった。
これで鬼ヶ島のみんなが人間に対して畏怖の念を抱かずに済んだかな、と春日童子は安堵した。
「ところで春日童子さん、あなたは節分祭で人間から邪気をもらってこられなかったそうですね。焔夜叉さんを見習って、鬼の能力を磨くよう精進したらどうですか」
「はあ」
「今年は焔夜叉さんも邪気をもらえなかったそうですが、鈴鹿御前の謀りをはねのけていたので、邪気どころではなかったでしょうし。それに比べて一体あなたは人界で何をしていたのです」
落ちこぼれの春日童子は、烏天狗先生からこのように誰かと比べられて説教を受けることがあった。
最近は目下焔夜叉と比べられている。
そんなことより天邪鬼先生と接触しなければ、と腕を組んで思案した。
天邪鬼先生は呉葉の担任だということなので、呉葉なら彼の連絡先を知っているかもしれない。
以前生徒から悪質な悪戯を受けた教師がいたことの戒めで、生徒たちには教師の連絡先を無闇に教えないようになっており、先生たちに聞いても教えてくれそうにないので、春日童子はお辞儀をして教員室を後にした。
「呉葉ちゃん」
彼女の教室まで行き、小さく手招きした春日童子を見て目を丸くした呉葉が、慌てたような調子でこちらにやってきた。
相変わらず友達がいないようで、一匹で机に座って空を眺めていた。
「なあに、春日くん。学校ではあまり話し掛けて欲しくなかったんじゃなかったの?」
「ちょっと、急用なんだ」
呉葉は首を傾げる。相変わらず烏の塗れ羽色のような黒髪で角を隠し、耳の近くには綺麗な薔薇色の髪飾りを付けている。
それに巻いている萌黄色の帯は、先日の誕生日の贈り物だと気付くと、春日童子は首を傾げた。
お洒落な呉葉にしては、毎日のように同じ装飾品をしている。
こうも頻繁に家族からの贈り物を着けているということは、かなり気に入ってくれたのだろうか。
ここ数日は毎日のようにこれらの装飾品を見る。
「天邪鬼先生? ええ、節分祭以降一日もきていないわよ」
「もしかして、清めの豆に当たりすぎてしまって、体調を崩しているのかな」
「まさか。あなたじゃあるまいし」
呉葉は明朗に容赦なく笑った。
天邪鬼先生は、些細なことで休むような先生ではないと呉葉は言った。
口は悪いが面倒見が良いので、慕う生徒は結構いるそうだ。
そういえば、呉葉の学級の生徒たちの元気が少しない気がする。
普段の担任がいないからだろうか。
「呉葉ちゃんは天邪鬼先生の住処は知っている? ボクの進級問題のために教えて欲しいのだけど」
「この時期は毎年そのようなことを言っているわね。まさか、押しかけるつもり?」
「さすがに呉葉ちゃんにも教えないか。天邪鬼先生、見た目通り一匹狼だからな」
教師が休んでいたから進級出来なかったなどという言い訳は出来ない。春日童子は考え込んだ。
天邪鬼先生をどうやって探そうか考えていたが、呉葉は少し間を置くと春日童子に向かって頷いた。
「以前聞いたことがあるから知っているわよ。一緒に行ってあげましょうか?」
「本当? さすが呉葉ちゃん。助かるよ」
こうして呉葉と約束を取り付けた春日童子は、いくらか安堵して自分の教室へと戻って行った。
*続く*
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