●鬼巌島●

喧騒の花婿

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第二噺『取ってはならぬ』

四【良いおじいさん?】

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 慌ただしい足音が近づいて、伽羅が笑顔を見せながら走り寄ってきた。


「ごめんね、待った?」


「今きたばかりだよ。走らなくていい。折角の髪が乱れてしまう」


 苦笑した春日童子は、夜光花を伽羅の簪代わりに、髪へと差してやり、風で乱れた髪を撫でて直してやった。


「よし」


「夜光花? 頭に差すのなんて初めて。灯火としか見ていなかったから」


「きれいだろう。うちの女性陣は良くやるよ。灯りにもなるし飾りにもなるから。こんなことやるの、うちだけなのかな」


 困惑したように眉を潜めると、伽羅は春日童子を見上げてから並んで歩き始めた。


 伽羅は歩きながら思い出したように仕事依頼の内容を話し出した。


「仕事の詳細を話すわね。今夜の人間は、『良いおじいさん』らしいの。私たちが宴会をしている場に顔を出すそうよ。彼は、右の頬に大きな瘤を付けてやってくる。そして、私達の宴会に混ざり踊り始めるはずだと神様はおっしゃっているの」


「鬼と宴会をしたがるなんて、酔狂なじいさんだ」


 伽羅は春日童子を睨むと、先を続けた。


「私達は、またそのおじいさんが明日きてくれるように右の瘤を取ってしまうの。それが今日の仕事」


「なるほど。取った瘤は、明日返してやるのか」


「そういうこと。そうすれば、明日も楽しい踊りが見られるからと、神様のお達しよ」


「ボクたち鬼は、踊りや宴会が大好きだからな。それにしても、人間にもそういうのが好きな物好きもいるんだな」


「娯楽は心ある者にとって拠り所になることもあるのよ。それはきっと、種族など関係のない、万物に与えられた感情なのかもしれないわね」


 伽羅がしんみりした表情で呟くと、春日童子は驚いて彼女を見た。斬新な考え方をすると思ったのだ。


「鬼と人間は相容れないものだと思っていたけれど、ボクの考えを覆す発言をしてくれるな」


「やだ、軽い気持ちで言っただけだから深く取らないでよ」


 慌てて首を振り、伽羅が動揺したように言った。


「それより見て。宴会用のお酒を持ってきたの。神界の須佐之男地区にある湖から湧き出る幻のお酒よ」


「おお、これは、その希少価値から今では殆どお目にかかれない『水竜殺し』じゃないか」


 春日童子は目を輝かせる。


「どうしたんだ、こんな貴重なもの」


「仕事の前報酬。最高でしょ?」


「ボク水竜殺し飲むの初めてだ、楽しみ」


 木の下で宴会を始めたが、神が飲む酒と言われているだけあって、どちらかというと強く辛い部類に入るのだろうが、その中にもまろやかな甘味が混ざって、春日童子は感嘆の声を上げた。これ程の美酒を飲むのは生まれて初めてだった。


「美味い」


 器を揺らして絶賛をする。隣に座る伽羅も満足そうに頷いた。


「美味しいね。もっと食べ物持ってくれば良かった」


 春日童子は思い出したように袋から包みを取り出した。


「姉が料理を作ったよ。一緒に食べよう」


「さすが、気が利くね」


 しばらく酒と料理に舌鼓を打っていた二匹だったが、静かに飲んでいても人間が気付かないかもしれないと思い、踊ることにした。


「ボク笛を吹くから伽羅は踊れよ」


「私、踊りは下手なんだよね」


「何言ってるんだ。例え下手でもボクなんかが踊るより、目の保養になるじゃないか」


 春日童子は笑うと、立ち上がって伽羅の手を掴み強引に立たせた。


「ほら、仕事と割り切れ、お姫様」


「わかった」


 伽羅は頬を僅かに染めると、一呼吸置いてから舞った。


 さらりと長い髪が靡き淑やかに踊るその様は、人間が見たらさぞかし感嘆の息を洩らすだろうと春日童子は満足そうに頷いた。


 そのうち、木の影からこちらを覗いている白髪の男性が見えた。頭上を見たが角がない。考えてみたらここは煉獄門をくぐった人の島なのだから、我々鬼の方がここでは珍しいかもしれない。


「私も混ぜてくれ」


 軽やかな足取りでこちらにやってきた白髪の人間は、楽しそうな面持ちで伽羅に混ざり踊り始めた。


 伽羅は踊りを止めようとしたが、春日童子は彼女に向かって片目を瞑り、笛の音を止めなかったためそのまま踊り続けることにした。


「やあやあ、これは踊りの上手な人間もいたものだなあ」


 大仰に芝居がかった口調で春日童子が驚くと、伽羅は吹き出しそうになりながら合わせるように頷いた。


「人間のおじいさん、私と一緒に踊りましょう」


 伽羅が誘うと、人間と一緒に手を繋いで踊り始めた。春日童子は先ほどまでゆっくりした調べの曲を吹いていたが、彼らが踊りやすいよう少し速めの曲へと切り替えた。


 しばらく踊り続けていたがやがて疲れてきたので、座って宴会の続きをすることにした。


 じっくりと人間を観察してみると、確かに右の頬に大きな瘤を付けている。


 人間の翁にしては随分肌が白い。翁が注いでくれた酒を持つ手は、爪が綺麗に手入れされていて、歪んでいる自分の爪と比較し春日童子は少しがっかりした。


「じいさん、随分綺麗な手をしているんだな。真っ直ぐ伸びた爪など、鬼ヶ島ではあまり見たことがないよ」


 じっくりと見つめると、翁は笑いながら手を突き出した。


「いやいや。お前さんの綺麗な髪には及ばないよ。絹のように綺麗な青髪じゃないか。これは人間の櫛屋に高く売れそうだ。それに鬼にしては随分優しい顔をしているのだな」


 鬼としては致命傷なんだけどね、と喉まで出掛かった言葉を春日童子は飲み込んだ。


「確かに鬼ヶ島で優しい顔立ちの男はなかなか見ないわね。春日童子と天邪鬼先生くらいかな」


 伽羅が勝ち誇ったように言うと、翁は何かを納得したように何度か頷いた。恐らく酔っていて何もわかっていないだろうと思ったが、天邪鬼先生と同等に扱われて、春日童子は少し嬉しくなった。


「しかし本当に綺麗な髪だな。少しばかり私にくれないかね」


 翁は春日童子の髪を撫で感心していた。春日童子はその手を振り払うと、首を振った。


「こんなくすんだ青い髪なんて、人間に需要はあるのかい。鬼族の中では最低の部類に属する髪なんだよ」


「いいや、人間の世界では最高のものだ。兄ちゃんの顔立ちも髪も素晴らしい。その髪が嫌なら全て剃ってしまえば良いじゃないか」


 巧妙な話術に、春日童子は少々驚いていた。人間は口が良く回るようだ。


「ボクはこの歪で曲がった角が大嫌いなんです。鬼としての象徴である角が歪んでいるんですから。この角を少しでも隠す髪がなくなってしまえば、ボクはもう島を歩けない」


 伽羅が心配そうに春日童子を見ていたが、春日童子は構わずに翁を凝視しながら言った。翁は納得したように頷いて笑顔を見せた。


「覚えておきなさい。君の容姿は、人間世界では絶賛される。鬼の世界に嫌気が差したら、私のところへおいで。私が君を上手く使ってあげよう」


 自分のことを必要とされることなど今までなかったため、例え人間に言われた言葉でも嬉しかった。



「春日童子、変なこと考えちゃ駄目だよ」


 伽羅は警戒するように春日童子の腕を掴み、翁を睨み付けていた。


*続く*
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