夢幻の花

喧騒の花婿

文字の大きさ
38 / 42
FILE5『ベートーヴェン・アレルギー』

1・司と仙石

しおりを挟む
「私は無鉄砲だと司に良く忠告されていたのに、また失敗をしてしまったな」


 ぽつりと話し始めたのは仙石だった。病院のベッドで眠っている司を見下ろしながら、仙石はため息をついた。


 痣だらけの顔ではあったが、それほど大した怪我ではなかったぼくは、すでに手当てをしてもらって仙石と同じように気絶をしている司を見下ろしていた。


 倒れたときに頭を打った司は気絶してしまっていたし、殴られた腹部の内部がどうなっているかもわからなかったから、中川先生が判断してすぐに救急車で運ばれて行った。


 付き添いで一緒に乗った中川先生は、今医師の話を聞きに行っている。ぼくと仙石も一応ということで救急車に乗り込み、診察を受けた。


「それより大谷くん、耳から大量の血が出ていたけれど大丈夫かい?」


「ああ。耳の中じゃなくて、耳たぶの丁度下あたりが切れただけだから」


 ぼくの怪我は見た目ほどすごいものではなかったようで、中川先生には怒られたが怪我の度合いに関しては安心された。


 ぼくよりも司の方が心配だった。殴られた腹部の具合もそうだが、倒れたときに頭を打っている。指は大丈夫そうだったが、運動会はともかく日曜日のピアノコンサートは行けるだろうか。


「司は……この通り優しいだろう。私はそれに甘えて小さい頃から好き放題してきた」


「うん?」


 仙石がぽつぽつと話すので、ぼくは彼女を椅子に座るよう促した。「ああ、ありがとう」と言って仙石は椅子に座った。ぼくもそれに便乗して椅子に腰かけた。


「私はこのような性格だし、友達なんていらないと思っているから、あまり周囲のことを気にせず行動するんだ。それが無鉄砲と良く指摘を受けていたけれど、細かい部分のフォローは必ず司がしてくれた。だからそれほど人と外れずに今まで過ごせた。幼稚園の……いや、生まれたときからきっとそうだったのだろうな」


 ぼくは仙石の方を向いた。彼女は手をクロスさせながらじっと司の方を見ていた。


「小学一年生の頃、私は学校でも問題児として有名な三年生の男子に絡まれたことがあった。その頃から背が高かったし、話し方も変だったし、まあ目を付けられやすい存在ではあったのだろうな」


 仙石はそう言うと赤縁の眼鏡をずり上げてぼくを見た。ぼくは聞いていることを示すように、ゆっくりと頷いた。


「私は長い髪が好きでね、当時良く腰の下まで伸ばしていた。君のクラスの山岡さんより、もっと長かったんじゃないかな」


「へえ、意外。想像がつかないや」


「そうかい? これでも私は髪が自慢なのだよ」


 言われてみて良く見たら、ショートカットにはしていたが、確かに仙石の髪は綺麗だった。黒髪に艶があり、まるで烏の濡れ羽色のように美しい。


「うん……良く見ると確かに綺麗だな」


 仙石の髪を見つめながら言うと、仙石は驚いたようにぼくを見て少し顔を赤らめた。綺麗なんて言ったからだろうか。そんな風に照れられるとぼくも何だかムズムズしてしまう。


「で、好きで伸ばしていた自慢の髪を、その三年生の男子に切られてしまったんだ。生意気だという理由でね」


「えっ……」


「私がいないことを不審に思った司が探しにきてくれて、丁度切られた後の現場を見られてしまった。私はそれまで多少なりとも長い髪に自信を持っていたため、短く切られたことがショックでね。大声で泣いてしまったのだよ。今思えば一生の不覚だな」


 仙石は頭をかきながら照れたように笑った。そんなことで恥ずべきことではないと思うけれど、仙石の感覚ではそうなのだろうと思った。


「男子はハサミを持ちながら切られた私の長い髪を持ち、まるで戦利品かのように頭上に掲げていた。司は滅多に泣かない私が泣いているのを見て、キレた」


 仙石はため息をつきながら言葉を切った。ぼくは眠っている司の顔を一瞥した。


「司は上級生のハサミを奪い取ろうと、走って向かった。私は驚いてその光景を見ているだけしか出来なかった。体格差は歴然としていて、上級生はハサミを司に取られないよう、振り回したんだ。その際、司の左耳の中にハサミが当たり、今の君のように血が流れてしまった。大谷くんは耳の側だが、司は耳の奥を切った」


「え……」


 ぼくは絶句してしまい、何を言ったら良いのか思い浮かばなかった。


「司は当時のことを思いだしたんじゃないかな。突然気絶したのは、大谷くんの耳の怪我を見てからだった」


「待って、治っているんだろ?」


「ああ、問題なく両耳聞こえるはずだ。けれど、幼い頃の記憶というのは、わりと恐怖心となって自分の心の核に植え付けられているものだよ。私も恐らく二度と髪を長く出来ないだろうね」


「仙石……」


 何でもない風に話してはいるが、当時の恐怖は計り知れないものがあっただろう。仙石は無理に乗り越えようとはせず、ただ流れのままにいることを選んだのかもしれない。それもまた一つの昇華の仕方だとぼくは思った。


 赤ん坊の泣き声が聞こえたと思った瞬間、病室に一歳くらいの赤ちゃんを抱えた女性が慌てた様子で入ってきた。


「おばさん」


 仙石が立ち上がりながら呟く。その様子を見た女性は「ハルカちゃん」と上ずった声を上げ、一直線に司の寝ているベッドを覗き込んだ。

1.続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...