夢幻の花

喧騒の花婿

文字の大きさ
上 下
39 / 41
FILE5『ベートーヴェン・アレルギー』

2・特性

しおりを挟む
「ケガの具合は大丈夫ってお医者さんが言ってたから、安心して」


 仙石の声にほっとしたように息を吐いた女性は、司を見下ろす。


「もう、心配かけて……」


 呆れたような声と裏腹に安堵したような表情で司の頬をそっと愛おしそうに触る。


「ハルカちゃんは大丈夫だったの?」


「司と、ここにいる大谷くんが私を守ってくれたから。おばさんには大事な息子さんを危険な目に遭わせてしまって、申し訳ない……」


 仙石が深く頭を下げると、赤ちゃんを抱えなおしながら女性は優しそうに笑った。ふと目じりに司の面影を見る。


「大丈夫。司が自分から行動したということは、その行動に自信を持っていたからだから。あの子は未来に見通しが立たないと頭で考えたときは、まず行動しないの。そういう特性なのよ」


 泣いている赤ちゃんをあやしながら言う司のお母さんに、ぼくは少し違和感を覚えた。そういう特性、の部分が引っ掛かったのだ。敢えて性格ではなく、特性という言葉選びをした感じがした。


 眠かったらしく、赤ちゃんはお母さんの腕の中でうとうとし始めた。大きかった泣き声が、徐々に小さくなりやがて消えた。そのうち規則正しい小さな呼吸が聞こえてくる。可愛いな、と思った。


「大谷くん、だったかしら? あなたも司を守ってくれたって聞いたわ。ありがとう」


「あ、いえ! 司くんがすごい頑張って仙石さんを守ってました。おれは全然」


 突然話しかけられたぼくは驚いて少し声が掠れてしまった。お礼を言われ頬に熱が集まるのを感じる。


「司は、頭の中がアンバランスな子でね。楽典に載ってる作曲家、作詞家の生年月日や生い立ちを全て正確に暗記していたり、一曲の楽譜を全て正確に何も見ずに模写したと思ったら、二年生の足し算を平気で間違えたりするから、馬鹿にされることが昔から多いのよ」


 馬鹿にされるような感じはしなかったので、ぼくは驚いた。仙石は知っていたのか、特に驚いた様子もなく、頷いていた。


「乱暴な子に急に話しかけられたりしたら、どう対処して良いかわからなくて萎縮してしまうのね。大人は感情で動くことが少ないから、対等に話せるみたいなんだけど、幼い子や、感情をストレートにぶつけられるとダメでね、頭が混乱して固まってしまうみたい」


 確かに大人びた言葉を話し、独特の雰囲気を纏っているのはわかる。


マイペースな分人と群れないし、大多数の意見に流されることもない。ぼくはそんな司だから、気が合うというところはあるのだが。


「私この子……千奈津を産んでからノイローゼ気味で、司や他の兄弟にきつく当たってしまっていたの。そんな私を見て司が萎縮したり混乱したりすることが多くなって、だから今実家で療養しているのだけれど、いつもいる家族がふといなくなるということは、逆に心に負担をかけてしまっていたかもしれないわね」


 少し疲れた様子で笑う司のお母さんを見て、それぞれの家庭にはそれぞれの悩みがあるのだなとふと感じた。


「司、ピアノの発表会は大丈夫だろうか」


 心配そうに仙石が呟く。指は大丈夫だと思うが、頭の怪我と精神的なものも心配だ。


「大丈夫よハルカちゃん。あの子を信じてやって」


「……はい」


 足音が聞こえ、中川先生と担当医師が姿を現した。ぼくと仙石はその話題を止めた。司のお母さんと先生たちが挨拶を交わす。


「やあやあ、どうですか二人共。うんうん、元気そうだね何よりだ。さて、柏木くんは……」


 中川先生の視線を受けて、担当医師が口を開いた。


「内臓は特に何ともありません。腫れてはいませんでしたが、後日何か気になるようであれば受診して下さい。話を聞くと恐らく君の血に驚いて失神してしまい、そのはずみで頭を打ってしまったというところでしょう。頭の方は内出血もなく、軽い脳震盪でしょう。ただ頭を打ったので念のため今日は一日入院してもらうことになります」


「そうですかー、お世話かけます」


 中川先生がのんびりとお辞儀をする。医師が出て行くと、小さく息をはいてぼくたち二人を交互に見た。


「我が探偵倶楽部の面々が揃って病院送りとは。ちょっとやり過ぎです、三人共」


 少し怒ったような口調に、ぼくと仙石は肩を落としてしゅんとした。それを見た中川先生は、困ったような顔をして口を開いた。


「今日は帰って家でゆっくりして下さい。後のことはまだ何も考えないこと。まずは休息です。たくさんご飯を食べて、温かいお風呂に入って、ぐっすりと眠ること」


「はい」


 ぼくと仙石が同時に声を出した。中川先生はじっとぼくらの目を見つめると、やがてゆっくりした動作で頷き「よし」と呟いた。


「親御さんには連絡しておきました。もうすぐ迎えにくると思います」


「げっ」


 ぼくが声を出すと、中川先生は有無を言わさぬような極上の笑顔でこちらを見た。


「ん、何か?」


「いえ……何でもないです」


 その様子を見た仙石が今度は、クスッと口元を上げて笑っていた。


2.続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

通り道のお仕置き

おしり丸
青春
お尻真っ赤

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

スイミングスクールは学校じゃないので勃起してもセーフ

九拾七
青春
今から20年前、性に目覚めた少年の体験記。 行為はありません。

BUZZER OF YOUTH

Satoshi
青春
BUZZER OF YOUTH 略してBOY この物語はバスケットボール、主に高校~大学バスケを扱います。 主人公である北条 涼真は中学で名を馳せたプレイヤー。彼とその仲間とが高校に入学して高校バスケに青春を捧ぐ様を描いていきます。 実は、小説を書くのはこれが初めてで、そして最後になってしまうかもしれませんが 拙いながらも頑張って更新します。 最初は高校バスケを、欲をいえばやがて話の中心にいる彼らが大学、その先まで書けたらいいなと思っております。 長編になると思いますが、最後までお付き合いいただければこれに勝る喜びはありません。 コメントなどもお待ちしておりますが、あくまで自己満足で書いているものなので他の方などが不快になるようなコメントはご遠慮願います。 応援コメント、「こうした方が…」という要望は大歓迎です。 ※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などには、名前のモデルこそ(遊び心程度では)あれど関係はございません。

Lotus7&I

深町珠
青春
主人公:27歳。夜、楽器を演奏したり、車で走る事を生きがいにしている。 ホンダCR-Xに乗り、コーナーリングを無類の楽しみとしていた。後に ロータス・スーパー7レプリカを手に入れる。 しかし、偶然、事件に巻き込まれる。 死んだはずのロータス社創始者、チャプマンの姿を見かけたからだった。 横田:主人公の友人。オートバイが縁。ハーレー・ダビッドソンFX--1200に乗る。

その女子高生は痴漢されたい

冲田
青春
このお話はフィクションです。痴漢は絶対にダメです! 痴漢に嫌悪感がある方は読まない方がいいです。 あの子も、あの子まで痴漢に遭っているのに、私だけ狙われないなんて悔しい! その女子高生は、今日も痴漢に遭いたくて朝の満員電車に挑みます。

処理中です...