泥棒娘と黒い霧

守 秀斗

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第33話:皇太子殿下に会う

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 部屋に入ると、皇太子はランドルフという護衛の者に命じた。

「誰も部屋に入れないように」

 その後、にこやかに笑いながら皇太子がノエルとマリーに言った。

「ここは簡単な打ち合わせをする小会議室です。お二人とも、ご遠慮なさらずにお座りください」

 皇太子に言われて、ちょっと戸惑いながらデカい机に座るノエルとマリー。
 ランドルフを指して、「この者は皇宮警察長官のランドルフです。信用できる者なので心配しなくていいですよ」と皇太子が紹介してくれた。

 皇太子は窓際に近づくと用心深くカーテンを閉める。

「今、お茶を入れますから、少しお待ちいただけますか」

 部屋の隅にある紅茶器具が置いてある机に向かう皇太子。
 マリーが慌てて言った。

「あ、そんな、皇太子様にお手をわずらわせては」
「まあまあ、そう気になさらずに」

 皇太子はにこやかに微笑んだ。

 小会議室と言ってもけっこう大きい。テーブルも大理石製で椅子も高級品。足元の絨毯もふかふかだ。

「皇太子さんに失礼だから、帽子とマフラーは取ったら。ここで捕まったらもうしょうがないよ」

 ノエルが小さい声でマリーに言った。
 確かに、皇太子様に会えたのに、事件について説明してそれでうまくいかなかったら、もう仕方がないと思ったマリーはノエルの言う通りにした。  

 皇太子自ら紅茶を入れてくれたのを目の前にして、少し緊張気味の二人。

「どうぞ、お召し上がりください。ところでお二人のお名前は」
「ノエル・アダムズと言います。こちらは、マリー・オーガストです」

 正面に座った皇太子が二人に尋ねた。

「さて、さきほどの新聞記者のブラッドリーさんの情報とはどういう内容なんでしょうか」

 ノエルがちょっと緊張気味に新聞記者のブラッドリー・デイヴィスから聞いた話を皇太子に伝える。

「ブラッドリーさんは、内務大臣の汚職の件を調べていたそうなんです。そしたら、二十年前の事件、王様に爆弾を投げられた事件ですが、どうも公安警察が関わっていたんじゃないかってことなんです。その事件に関係した公安警察の元職員が手記を書いて、ブラッドリーさんに渡したそうです。どうも労働組合運動を潰したいためにわざとやったんじゃないかと。で、今回のダートフォード市の病院で、皇太子殿下に爆弾が投げられた事件も公安警察の陰謀じゃないかって」

 ノエルの話を聞いて、皇太子は少し考えた後、話始めた。

「あの病院での爆弾事件の時、この犯人とされるバーソロミュー・ロバーツという人物を私は見たんです。ただし、彼はただ道の横に突っ立っているだけで、こちらに向かって笑いながら手を振っていたんですよ。その後、爆発音がして、後方を見たら、首相が大ケガをしている。新聞を見ると爆弾を投げたとありましたが、そんな素振りは全然見せなかった。どうも変だなあと思ってたんです。あの日は首相から、内容は後で教えるが大事な話がある、甥の新聞記者も連れて行くと、事前に連絡があったものですから」

 今度はマリーが皇太子に言った。

「あのー、私は犯人とされるバーソロミュー・ロバーツというお爺さんと公安警察のレイモンド警部がその日の昼頃に、ダートフォード市の図書館と教会の間の通りで会っていたのをはっきりと見たんです。バーソロミュー・ロバーツさんはこのレイモンド警部の指示で皇太子様の馬車に近づいたんじゃないでしょうか」
「うーん、それは重要な証拠ですね。もし裁判になったら、あなたは証言できますか」
「は、はい」

「ところで、二十年前の事件の手記とはどうなったんですか」
「公安警察に焼却されちゃったみたいです」
「そうですか。どちらにしろ、手記があっても創作と言われたらそれまでですね。それに二十年も前の事件ですから、もう時効でしょう。私の父もこの時ケガしたんです。軽いケガだったと公には発表したそうなんですが、実は結構重傷だったそうで、その後、後遺症に苦しめられて、今は病気になって寝たきりになってしまいました。そのことが陰謀によるものだとすると、私もあまりいい思いがしません。ただ、そのことに現内務大臣や公安警察が関わっていたことが発覚するとなると、へたをすれば国内が混乱状態になるかもしれないので、出来れば慎重に事を運びたいんですよ」
「けど、ブラッドリーさんの推測だと手記をかいた人物は警部たちに殺されたんじゃないかって言ってました」
「うーん、推測だけで証拠がないですからね」

 マリーはブレンダが言っていた汚職の話を思い出した。カバンから、ノエルが盗んだ例のベン・スコットが持っていた下水道工事の入札関係の書類を皇太子に見せた。

「これ、内務大臣が汚職に関係していた書類だと思うんです」

 皇太子が下水道の入札関係の書類を手に取って、しばらく考えた後、後ろで立ったままのランドルフ長官に聞いた。

「ランドルフ、この書類どう思う」
「これは予定価格調書の写しですね。国家的規模の工事の場合は大臣がサインして写しを取るんですよ」
「その写しはどうするんだ」
「通常は、本紙は入札会場、写しは大臣室の金庫に入れてそのまま十年間は保管するはずですね」

 皇太子はノエルとマリーの顔を見て言った。

「なぜ、あなたたちがこれを持っているんですか」

「えーと、ベン・スコットって建設会社の社長がダートフォード市にいて、そのカバンから抜き取って、じゃなくて落としていったんです」

 さすがに盗んだとは言えないのでノエルはごまかした。

 再び皇太子がランドルフに聞く。

「つまりベン・スコットという社長が持っていたってことは、不正行為かなあ」
「汚職ですね。事前に金額を知らせて、建設会社が集まって談合したんでしょう」
「しかし、入札の予定価格の金額なんて口頭かメモ程度で充分じゃないのか」
「いや、かなりの大規模工事なので、談合する際に金額の確実な証拠が必要になったと思われます」

 また皇太子が少し考えた後、マリーに向かって言った。

「マリーさん。これは汚職の証拠になりますね。まずは贈収賄事件の方からせめていったほうが無難でしょう。殺人となると穏やかじゃないが、とりあえず汚職の件で内務大臣をおさえることが出来るかもしれない」
「あたしたちがその書類を検察庁へ持って行けばいいですか」
「いや、残念ながら、お二人が行っても相手にしてくれないでしょう。しかし、私の話なら検事総長も聞いてくれるし、それと併せてマリーさんの証言で、そのレイモンド警部という公安警察官の行動も止められる。お二人とも私と一緒に検察庁へ来てくれませんか」

 それを聞いたランドルフが皇太子に言った。

「申し訳ありません、皇太子殿下。四日前の爆弾事件以来、王室の方々は安全確保のために、現在、王宮からは外出禁止となっております。皇宮警察と一般警察、公安警察が王宮の周りを固めています」
「でも、馬車の御者なら外に出ることは可能だよね」
「まあ、そうですが」
「じゃあ、私が御者になればいい。お二人を検察庁にお連れしましょう。ランドルフ、君も一緒に来てくれ」

 皇太子の発言にさすがにびっくりするランドルフ。

「いや、それはまずいんじゃないかと。検事総長を王宮に呼べばいいのではないでしょうか」
「公安警察が王宮の周りを警備しているそうじゃないか。なにか間違いがあるとまずい。首相まで殺そうとしたのだとすると、内務大臣は内心相当焦っていると思う」
「しかし、もし殿下に万が一のことがあったら」

「多分、大丈夫じゃないかな」

 そう言って、皇太子は笑った。
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