泥棒娘と黒い霧

守 秀斗

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第32話:王宮に潜入

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…………


 私たちのパーティーは、狐顔の獣人を先頭に洞窟を進んでいった。
 意外にもモンスターに襲われることなく、最奥の場所にたどり着いた。

「あれが目的の宝物だね」

 狐顔の獣人が指さす。

 台座に目的のクリスタルの宝石が置いてある。
 私がそれを取った途端、床が崩れ始めた。
 全員が急いで逃げる。

 下に落ちそうになった瞬間、「危ない!」と狐顔の獣人が私を突き飛ばす。その代わり、獣人が奈落の底に落ちて行った。
 私は思わず叫んだ。

「ノエル!」


…………
 

「マリー、起きて。朝だよ」

 朝になって、ノエルに揺り動かされて目が覚めたマリーはなんだか嫌な夢を見たなあと思った。
 また自作の小説の登場人物が出てきたけど、縁起でもない夢だった。

「さて、王宮に行くけど、どうなることやらだね」

 マリーとしても本当に皇太子様に会えるのか不安だったが、こうなった以上、ノエルについていくしかないと思った。

 宿屋から出ると、今日も昨日と引き続き黒い霧がひどい。
 二人が宿屋を出て、警官などを警戒しながら王宮の方へ向かうと巨大な役所の建物の前で大勢の人たちが集まっている。けっこうな人数だ。

「あれ、なにやってんの」

 路上で寝っ転がっている浮浪者にノエルが聞いた。

「よくわからんけど、労働組合運動の連中が内務省に抗議活動をしてるみたいだ。朝からご苦労さんだね」

 先頭に立っている、白いひげを生やしたかなりの年齢らしいお爺さんが叫んでいる。

「アダム・オーガストや他の労働組合運動をしている者をすぐに釈放せよ! 運動を弾圧している内務大臣は辞職せよ!」

 集まった労働者らしき人たちが一斉に唱和している。

 浮浪者が教えてくれた。

「あの爺さん、有名な大学教授らしいよ」

「マリーの伯父さんの名前を叫んでたね。アダム伯父さんって、首都ではけっこう有名なのかなあ」

 ノエルが抗議活動を見て、マリーに聞いた。

「さあ、今までは新聞社の経営者としか思ってなかったからよくわからないわ」

 抗議活動の先頭に立って叫んでいる老人の顔を見て、マリーが気づいた。

「あ、私、あのお爺さんを見たことあるわ」
「本当?」
「うん、確か、ダートフォード・タイムズ社にも来たことがある。会議室であのお爺さんのズボンにお茶こぼしちゃったから、覚えてる」

「アダム伯父さんの後援者って、あの爺さんのことかなあ」
「そこまではわからないわ。ただ、かなり親しげだったけど」
「情報屋から聞いたけど、内務省前での大規模な抗議活動をする計画は実際あったようだよ。アダム伯父さんも計画に参加していたみたい。だから、二十年前の事件と併せて、今回の事件に巻き込まれたんじゃないかなあ」

 二人が話していると、そこへ警官たちが大勢やって来た。
 ノエルとマリーは、一瞬焦ったが、二人を全く無視して内務省の方へ向かって走っていく。
 どうやら、抗議活動を取り締まる気らしい。
 
 自分たちを無視して走っていく警官たちの後姿を見てノエルが言った。

「マリー、これはいい機会だよ。警官たちが抗議活動の取り締まりに駆り出されたってことは、王宮の周りの警備が手薄になるってことじゃない」

 二人は、古い地図を見て、王宮の今は使われていない下水道にこっそりと近づく。
 王宮の外壁にある灰置き場のすぐ近くに昔の下水道があった。
 大きさは小さいが、排水口は閉じられていない。

 ノエルが、中を覗くと通り抜けできそうな感じだ。

「新しいのを設置して、古い下水道はそのままにしちゃったみたいだね」

 周りには警官などは見当たらない。
 
 二人はこっそりと下水道に入った。
 もう使われていないが、少し床面が湿っている。

「昨日、雨が降ったからかしら、少し濡れているわ」
「けど、雨水がゴミとか排出してくれたから、かえって入りやすいかも」

 ブレンダから借りた携帯ランプを使って照らし、ノエルとマリーは中を進んでいく。
 途中でほぼ直角に曲がる場所があった。
 ブレンダが言ってた通り、天井にフタがある。

 ノエルが地図を携帯ランプで照らして見る。

「どうも王様たちが住んでいる建物の端っこ辺りみたいだよ。ここから出よう」

 ノエルとマリーが天井のフタを開けて外に出ると、壮麗な建物が目の前にある。
 その建物を見て、ノエルが感心したように言う。

「すごい立派な建物だ。きれいだなあ。ここに王様や皇太子さんたち王室の方々が住んでるのかなあ」

 マリーが周りを見回すが綺麗な芝生が続いていて、かなり広い場所だ。人の気配はない。

 二人は服についたゴミを払う。
 ノエルがポケットから香水を取り出した。
 
「香水なんて持ってたの」
「うん、下水道の隠れ家から逃げるとき適当にポケットに突っ込んだ中に入ってた。ゴミ臭かったら、皇太子さんに失礼じゃん。もう全部使ってしまおう」

 お互いに全身に香水をふりかける。

 二人がそんなことをしていると、突然、上から声をかけられた。

「お嬢さん方、ここで何をされているんですか」

 見上げると私服の若い男性が立っていた。
 後ろには護衛らしき人物がいる。

「こ、皇太子様だわ」

 目の前に皇太子が地上より一段高いテラスに立っている。本当に会えるとは思わなかったマリーは思わず体が震えた。

「お二人とも大変申し訳ありませんが、ここは一般の方は立ち入り禁止なんですよ」

 テラスの手すりから少し身を乗り出し、ノエルとマリーに話しかけながらも皇太子はニコニコと微笑んでいる。

「皇太子さん、じゃなくて皇太子殿下、この前の爆弾事件についてお伝えしたいことがあるんです。首相の甥で新聞記者のブラッドリー・デイヴィスさんが持っていた情報です」

 ノエルが皇太子に近づいて話しかけた。

「新聞記者のブラッドリーさんの情報?」

 急に皇太子は真剣な顔になって、周囲を見渡す。

「ランドルフ、この人たちを小会議室へ。人に見つからないうちに」

 ランドルフと呼ばれたがっしりした男に二人は案内されて、小さい部屋に通された。

「殿下、なにかあったんですか」

 誰かが皇太子に聞いている。

「あー、いや、特に変わったことはないよ。かわいい猫が入ってきてね。けど、どっかに行ってしまったよ」
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