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気高く咲く花のように ~モン トレゾー~ 9話
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帽子をかぶり眼鏡をかけた葵は、篠原の家を訪ねた。
チャイムを鳴らすと女性の声がした。
「すみません。篠原さんのお宅ですか?」
「いいえ、違いますよ」
「すみません。以前住んでた方のことわかりますか?」
「わかりません」
プツリと通話を切られてしまった。
試に暗証番号を打ち込んだがマンションに入れなかった。
葵は事務所に向かった。
舞台の翌日で、完全なオフ日だ。
社長に篠原の行方を聞きたかった。
「葵君、今日は休みじゃなかった?小池さんは休んでるよ」
「社長に会いたくて」
「社長、今、会議中だけど、終わるまで待つ?」
「待つ」
対応してくれた松田は、小池より年上の男性で、葵より二十歳年上の三好あかねという女優のマネージャーをしている。
「三好さんは、今日はお休み?」
「三好さんは彼氏と密会旅行中。これは内緒ね」
にこりと笑った葵に、松田はソファーを勧めてくれる。
「葵君の笑顔、久しぶりだな」
「この間まで、記憶喪失で声も出なかったから、みんなにも心配かけちゃったよね」
「そうだね。いっときは大騒ぎだったね。会見も開いたし、社長もてんやわんやで、かなりお疲れになっていたね」
「我が儘いっぱいしたし」
「小池が泣きついてきたよ。料理教室紹介してって」
葵は、また笑った。
「小池さんの料理食べたことあります?僕、あれ食べて吐いたんです」
「小池の料理は食べたことはないな。そんなに酷いのか?」
「匂いも味付けも滅茶苦茶で。肉を焼いただけで、どうしてあんなに酷い味付けになるのか不思議なくらい。松田さんも試しに作ってもらったらわかりますよ」
「そんな奇天烈な食事は食べたくはないな」
松田がクスクスと笑う。
事務員の三木がお茶を淹れてきてくれた。
冷たい麦茶だ。
「ありがとう、三木さん」
「葵君、事務所に来るの久しぶりだから、ゆっくりしていってね」
「あ、三木さん、うちのプロダクションの役者の名簿って見せてもらえないですか?」
「いいけど、どうするの?」
「探したい人がいるんです」
「ちょっと待ってね」
分厚いファイルを持ってきてくれる。
「誰を探しているんだい?」
松田が葵の横に座って、麦茶を飲んでいる。
「篠原さん。篠原純也さん」
「ああ、彼ね。うちの事務所に入る手続きまではしてるけど、まだ前のプロダクションともめてるのかな。今は行方不明なんだ」
「会員制ホテルで別れたんだ。それから連絡が取れなくなって」
「社長に連絡が入って、休暇が欲しいって、最優秀主演男優賞取るくらいの大物だから。他の事務所もあたっているのかもしれないけどね」
「篠原さんは、そんなことしない」
「葵君は、昔から篠原さん信者だからね」
「社長もそれ以上のことは知らないかな?」
「それは社長に聞かないとわからないけどね」
「うん」
念のためファイルを全部めくってみたが、篠原の情報はなにもなかった。
仕方なくファイルを持って三木の机に持って行った。
「後ろのロッカーに入れておいてくれる」
「はーい」
ロッカーを開けると、ファイルに入れられた篠原の写真が見えた。
「三木さん、これ見てもいい?」
「いいわよ」
ファイルを取り出すと、篠原の文字で履歴書が書かれていた。
職種を見ると、悠木葵さんの専属マネージャーと書かれていた。
(本気だったんだ)
篠原とまた仕事がしたい。
もう一度会えたら、そのことを伝えよう。
ファイルに履歴書を入れて、ロッカーの中に仕舞った。
「葵、来てたのか?」
事務所の中に入ってきた社長が声をかけてきた。
ぱっと振り向く。
「社長。聞きたいことがいろいろあって」
「その前に、褒めさせろ。いい舞台だったな。座長の仕事も完璧だった。なにより声を取り戻せてよかった」
「はい。ご心配かけました」
「記憶は戻ったのか?」
「はい。おそらく全部思い出したと思います」
「それは良かった」
「それで」
「篠原君のことを知りたいのか?」
「はい」
「ご飯でも食べながら話そうか?」
「はい」
「三木さん、社長室に鰻の特上を大至急二人分ね」
「すぐに手配します」
「葵、社長室においで」
「はい」
社長は自ら冷蔵庫を開けて、グラスに麦茶を淹れる。葵も急いで空になったグラスを持って行く。社長が葵の分もお茶を淹れてくれる。
「ありがとうございます」
「うちの稼ぎ頭だからね、葵は」
葵は首を左右に振る。
「まあ、ついておいで」
「赤い誘惑の評判がすごく良くてね。葵に女優の役も来てるんだよ」
「あれは、ピンチヒッターで仕方なく、引き受けた仕事なんです」
「赤い誘惑を見た客が、月のシンフォニーを観に行って、まったく別の役を演じる葵に興味を持ち始めているようなんだ。見せたら驚くほど仕事がいっぱい来てるけど、葵の好きなものだけ受ければいいよ」
「僕が選んでいいんですか?」
「やりたくない仕事までする必要はないよ。葵はまだ学生だし、今回みたいに倒れるまで仕事を詰めないように調節するのも大切な仕事だよ」
「今回は急だったから」
「そうだね、ゼネラルプロデュサーから話が来たときは、葵が飛躍するチャンスだとは思ったけど、舞台と重なって時間的余裕がなかったね」
「はい。睡眠時間二時間で、食事も朝、篠原さんが作ってくれたものしか食べらなくて。監督も時間的に押してるからか焦ってたみたいで、学校から戻ると、休憩なしで撮影に入っていたから」
「あの監督は、あの作品が葵の最後の仕事だと思ってもいいと言って撮影を強行していたらしい。もうあの監督の仕事は受けなくていいよ」
「そうだったんですか」
葵は吐息をついて、ソファーに凭れた。
ひたすら寒かった印象が強い撮影現場だった。
「確かに腕はいい。いい作品を作ったとは思うけどね」
それでもスタッフたちはみんな優しかったし、時間的余裕があれば、もっと楽しめたかもしれないし、いい経験だったことは確かだ。
「受けるかどうかは僕が決めろってことですね」
「そういうことだ」
社長はグラスの麦茶を一口飲んで、テーブルにグラスを置く。
「篠原君とはどういう関係か聞いてもいいかい?」
葵は凭れていた体を起こして、背筋を伸ばして座った。
「僕は恋人だと思っています」
「葵は篠原君のことを好きなんだね」
「反対されても、気持ちは変わりません」
社長は真っ直ぐ葵を見ている。
葵の心の奥まで見通すような、優しくて鋭い眼差しだ。
「篠原君が葵を好きでなくても?」
「僕のこと好きではないと言ったんですか?」
「いいや、念のための確認だ」
「僕は信じています」
「篠原君なら、まだあのホテルにいるよ」
社長は立ち上がると、机の引き出しを開けて封筒を持ってきた。
「これは、篠原君の調査書だ。探偵に探らせている」
葵は封筒を受け取ったが開ける勇気が持てない。
「監禁されているんですか?」
「監禁かもしれないが?結婚するとも噂が出ている」
「え?相手は誰ですか?」
「ホテルの支配人じゃないのか」
「そんな」
浴衣を着ていた美しい本物の女性だ。
勝ち目はひたすら低い。
戦おうと思っていた矢先に、爆弾が落ちてきた。
粉砕されて、封筒を抱いたまま葵は項垂れた。
「うなぎ特上届きました」
三木がノックして部屋の中に入ってくる。
テーブルの上にお重とお吸い物が置かれた。
美味しそうな香りが部屋の中に広がる。
「あれ、葵君。項垂れて社長に叱られたの?」
「私は叱ってはいないよ」
「今から帰るところだったんです」
立ち上がろうとした体を三木がとんと押すと、葵はまたソファーに腰を下ろしてしまった。
「ごゆっくり」
三木が部屋から出ていく。
「葵、鰻は食べなさい」
「食欲なくなった」
「戦うならしっかり食べて力を蓄えなさい」
「社長」
「まだ調査書も見てないだろう。今の篠原君を自分の目で確かめなさい」
「はい」
「葵が後悔しないように、暴れておいで。少々のことなら揉み消すから」
「いいんですか?」
「その代り殺傷事件は起こすなよ。庇いきれなくなるからな」
「気を付けます」
「ほら、まず食べなさい。作戦会議は食べ終わってからだ」
葵の顔がぱっと明るくなる。
「はい、いただきます」
蓋を開けると、ご飯が見えないほどのいっぱい鰻が載っていた。
あの女性が口出しできないような品のいいナイトドレスにストレートボブのウイックを身に着けて、葵は暗くなったホテルのロビーに侵入した。篠原を救出するためにすべて新しく購入したものだ。
社長御用達のブティックに社長と社長の奥様に連れて行ってもらって一緒に選んでもらった。
ドレスを彩る高価なネックレスや宝石は、社長の奥様から借りてきた。
メイクはいつもより念入りにして女性らしさをアピールした。高校生に見えるような簡単なメイクはしたくはなかった。
赤い誘惑でされていたメイクを思い出して、アイシャドーもマスカラも念入りにつけた。
口紅もいつもとは違う、もっと大人のカラーを選んだ。
完璧にお化粧をした目元はブランド物のサングラスをはめている。
テーマはセレブな若奥様だ。
堂々と優雅に歩いて、ロビーの柱に凭れて待ち合わせを装っている。
調査書の中の篠原は、所々に赤い痣を作っていた。
見えない手錠で繋がれているように、猫背で女性の後ろからついて歩いている。
何十枚の写真を見ても、一枚も笑顔はなかった。
屍のように表情はなく、すべてを諦めているように見えた。
変装をしなくても、誰も篠原純也だとわからないほど、やつれていた。
一時間待ったところで、自動扉が開いて、女性と篠原が入ってきた。
葵は足早に歩いて、二人の前でよろけて転んでみせた。
声はソプラノだ。
「あっ」
新しく購入したピンヒールは、女性とお揃いのものだ。調査書を見て、いつもそれを履いていることに気づいて、お店で同じものを探した。それをあらかじめ、折っておいた。
両手を開いて、アクセサリーが見えるように演出した。
右手に大きなダイヤの指輪。
左手にはマリッジリング。
指先はエレガントなネイル。
「大丈夫ですか?」
篠原は足を止めて、目の前に屈んでくれた。
「ピンヒールが折れてしまうなんで・・・」
女性は倒れた葵を一瞥すると、自分の靴を一瞬見た。
お揃いだと気付いたようだ。
「嫌だわ」と呟くと、先に歩いて行ってしまう。
『自分とお揃いの物を身に着けた人を見るのは不快だし、それが壊れてしまったら不吉に思うものよ』
『未婚なら警戒されるが、既婚なら警戒されづらいわ』と教えてくれたのは、社長の奥様だ。
「怪我はないですか?」
立ち上がろうとして、葵は床に崩れる。
「足を捻ってしまったみたいです」
先に行った女性が振り向いて篠原のことを見ている。
「すみません。手を貸していただけますか」
透き通るような綺麗な声で、篠原にお願いする。
女性にも聞こえているはずだ。
「ええ、いいですよ。ソファーまでお連れしましょう」
そっと腕を取り起こしてくれる。
「純也、そんなことしなくてもホテルの従業員がするわ」
「恵似子さんは、先に上がってください。お客様をソファーまでお連れするだけです。すぐに行きますから」
「奥様ご迷惑をおかけします」
「早く来なさいよ」
謙虚に女性に頭下げると、一言残して去って行った。
「わかっています」
恵似子という女性の後ろ姿に答えた後、篠原は優しく起こして、そっと体を支えてくれる。
葵は抱きつきたい衝動を必死に堪える。
恵似子の姿がエレベーターホールに隠れて、しばらく経ってから、葵は、篠原を見上げ、声をひそめた。
「純也、迎えに来た」
「葵?」
「気づかなかった?」
「声・・・」
「戻ったよ」
ソファーに座らされて、急いでバックから靴を取り出す。
「小池さん、頼む」
ドレスに取り付けられた小型マイクに呼びかける。
「おーらい」
素早く折れたヒールの靴を履き替えると、篠原の手を掴んでホテルの自動ドアの外に飛び出した。
待たせてあった小池の車が走ってくる。
「早く乗って」
押し込むように篠原を押し込んで、葵は篠原の横に座りドアを閉める。
「急いで」
「ほいさー」
小池はアクセル全開でホテルの前から走り去った。
「葵、どうしてこんな危険な事を」
葵はサングラスを外した。
「僕は取り戻しに来ただけだ。純也は迷惑だった?」
篠原は微かに首を左右に振った。
久しぶりに見る篠原は、痩せて腕や顔に痣が残っていた。
「やっぱり虐待されてたの?」
痛々しい痕の残る頬を掌で包む。
「僕が従わなかったからね」
「小池さん、警察に急いで」
「ほいさー」
「葵、大袈裟にしたくないんだ」
「僕は純也を手放したくないんだ。監禁と虐待のことちゃんと話してね」
「でも、僕が先に恵似子さんを利用したから」
どこか諦めたように、篠原は呟いた。
以前のような破棄はなくなっている。
別れてから一か月以上の間、篠原は何度もいろんなことを諦めて、何度も責められていたのだろう。
葵は篠原の手を強く握った。
俯いていた顔が、真っ直ぐ葵を見る。
「僕とその女と、どっちを選ぶの?」
「葵だよ」
「それならお願い。すべてを話して」
「わかった」
握り返してくれる力強さが、葵には嬉しかった。
葵と小池も警察で事情聴取を受けて、篠原の聴取が終わるのを待合室で待っていると、社長が駆けつけてくれた。
「社長」
「救出はうまくいったようだね。弁護士も連れてきたから」
社長の後ろに初老の男性が立っていた。
葵は丁寧に頭を下げた。
同時に警察に連れられた篠原が姿を現す。
「純也」
「篠原君」
「社長、ご迷惑おかけして申し訳ございません」
「戦う意思はあるね」
「はい」
「あとは弁護士の先生に間に入ってもらうから」
「よろしくお願いします」
篠原が丁寧に頭を下げた。
「怪我の撮影は終わりましたので、病院に行ってもらいます。監禁傷害窃盗事件になりますので、護衛がつきます」
「お願いします」
葵と社長が同時に頭を下げた。
病院で診察と検査をしてもらって、診察の結果を弁護士の先生と社長と一緒に聞いて、診断書は弁護士の先生が持って帰って行った。
細かい打ち合わせは、翌日、宿泊するホテルでする約束になった。
「葵の部屋は危険です。僕の荷物はすべて恵似子さんのもとにある。その中に葵の部屋の合鍵もある」
「小池さん、明日、僕の部屋の玄関の鍵を交換してもらって。今日中に暗証番号も変更しておいて」
「わかりました」
「犯人が捕まるまで、僕は篠原さんとホテルに泊まるから」
「了解です。葵君、これ」
「ありがとう。小池さん」
小池からキャリーケースを受け取ると、葵は篠原と行動を共にした。
ホテルに入っている紳士服店で、篠原の下着と洋服を数着買った。
「葵、すまない」
「僕はもっと高価な洋服をいっぱい買ってもらった。レディースだけどね」
篠原がやっと笑った。
「葵、念のためにレディースの服を買っておいてくれないか?僕の恋人が葵だと教えてないんだ。女装していた方が安全かもしれない」
「僕は正々堂々戦える」
「それでも、危険は最小限にしたいんだ。僕といるなら頼む」
「念のためどっちの洋服もいろんなウイックも持ってきてるんだ」
葵はキャリーケースを持ち上げる。
「純也のための変装ウイックも持ってきてる」
「葵」
「僕は本気で、純也を取り戻すつもりで来たんだ」
護衛の警察が先を急がせる。
ホテルのフロントで、葵はロイヤルスイートの部屋を取った。
今まで質素に暮らしてきた葵の初めて贅沢だ。
好きな人の為に使えるお金が、こんなに嬉しいものだと初めて知った。
二人の警察官が門番を務めるホテルの部屋に入って、葵はやっと篠原を抱きしめた。
抱き返してくる篠原の腕が、優しく体を包み込む。
篠原の体は、体中に痣があって、肋骨が骨折していた痕が見つかった。
監禁当初に受けた傷のようで、回復に向かっていると説明された。
「早く迎えに来られなくて、ごめん」
「舞台はどうだった?」
「純也が来てくれなかったから、寂しかった」
「すまない。毎日祈っていたよ」
篠原の体を休ませるために、葵は篠原の手を引いて部屋の奥に入って行き、夜景の見渡せる、ゆったりとしたソファーに座らせる。
手を繋いだまま、葵は篠原の隣に座った。
甘えるように、少しだけ体を篠原に凭れさせた。
「舞台が始まる前に、声も記憶も取り戻せたんだ。純也が言った通り二番の曲を歌って、銀河のレクイエムも歌った」
「そうか。聞きたかった」
「毎日、舞台の上から純也を探した。見つけられなくて、毎晩お弁当を抱えながら泣いてたよ」
前日のことなのに、もう思い出に変わっている。
「お弁当は食べてくれたんだね」
「ありがとう。お弁当やお昼寝用のお布団がなかったら、僕は純也を信じられなくて、また裏切られたと失望してたと思う」
「恵似子さんに出会う前に手配できたから」
「舞台が終わって、僕はまた純也と共演したくなった」
篠原は寂しそうに微笑んだ。
「僕はもう芸能界には戻れない」
「僕が戻す」
「どうやって?」
「仕事は選んでいいと社長に言われた。共演者も僕が選ぶ」
「葵」
「最高の演技がしたい。そのためには純也が必要なんだ。僕の為に戻って」
今までで最高に傲慢な言葉だ。
自分自身でも、こんな言葉が言えるとは思っていなかった。
それでも、すべてを諦めている顔の篠原に、もう一度、自信に満ちた笑顔を取り戻してほしいと願った。
「仕事がもらえるなら、努力はするよ。今までとは違う。純粋に芝居を楽しむために」
「今から楽しみだね」
「そうだな」
葵は体を伸ばして、篠原に教わったキスをした。
そっと体を離して、篠原を見つめる。
「してくれないの?」
「いいのか?」
「待ってるのに」
唇が触れて、レッスンのキスが返ってくる。そのまま抱きしめられて、もっと深くキスをされた。
戯れるように舌先が絡まる。
篠原の腕に掴まって、篠原が与えてくる新しいキスを受け取っていた。
呼吸できなかった昔とは違う。今では呼吸のタイミングもわかるようになってきた。
「今度は僕が、体、洗ってあげようか?」
「お風呂一緒に入ってくれるのか?」
「純也が恋しいんだ」
「葵、僕も同じだ」
ナイトドレスのスリットに篠原の手が忍び込んでくる。
そっと太腿に触れている。
「今日の葵は、すごく色っぽい」
「社長と社長の奥様の見立てなんだ。こんなに高いドレス初めて買った」
「葵が買ったのか?」
「装飾品は社長の奥様に貸してもらったんだけどね」
高価なイヤリングを外し、ゴージャスなネックレスや何カラットかわからない、大きなダイヤの指輪も外していく。
借り物なので丁寧にテーブルの上に並べていった。
通信機は警察で外して、小池に返した。
事務所の所有らしい。
休日だった小池に連絡を入れると、すぐに駆けつけてきてくれて社長たちと合流してくれた。
「リングは外さないのか?」
「これは僕が買ったんだ」
バックの中から小さな宝石箱を取り出す。
「受け取ってくれる?」
「それはいつか僕がしようと思っていた」
「でも、純也は諦めていた」
「葵にはすべてお見通しか」
「返事は?」
篠原は左の手をそっと差し出した。
「本当は全部の指に嵌めたいんだけど、今日は左の薬指をいただきます」
シンプルなプラチナの指輪が、篠原の薬指に嵌められた。
「何か書いてあったな?英語か?」
「モン トレゾー。フランス語で僕の宝物って意味」
篠原の表情が柔らかくなる。
「フランス語は大学の第二外国語の授業を取ってるから」
「お揃いなのか?」
葵は自分の左の手を篠原の手に重ねた。
「もちろん。純也は僕の憧れの人で初恋の人なんだ。初めて体を許した人で、心を奪っていった人だ。責任とって、僕と一緒にいて」
「葵が求める責任は、可愛らしい」
「純也がいなくなって、僕はずっと純也のことしか考えてなかった」
「僕もホテルで葵と別れてから、葵のことしか考えてなかった。どんな拷問も、泣き脅しにも、屈しなかったし。決して葵の素性は話さなかった。葵に連絡をした後、念のためにSNSのアカウントの削除をした。その後に、僕のスマホのデーターも調べられた。一枚も写真を撮らなかったことが幸いした。ラインも繋げてなかったし、電話番号の交換もしなかったから、スマホからは何も情報を掴むことはできなくて、怒った恵似子さんが、スマホの契約の解除をしてしまったんだ。家も家具も売りに出されて、貴重品も何から何まですべて恵似子さんが持って行ってしまった。今の僕は一文無しで、行くところもなくなった」
「また僕の部屋に一緒に住まない?」
「葵の勉強の邪魔になるよ」
「僕は純也のご飯が恋しい」
「ご飯だけ?」
「純也のすべてに決まってるだろう」
軽く拳をお腹に打ち付ける。篠原はその拳を受け止めてくれる。
「今住んでる家は事務所の借り上げマンションなんだ。中学の時から格安で借りてる。部屋が狭いなら引越しをしてもいい。僕は子役の頃から、ずっと貯金をしてきたから、それなりに溜まってるけど。物欲がないからお金を使ったことが、ほとんどないんだ。使ったのは高校と 大学の資金くらいかな。新しい家くらい買える資金もある」
「葵」
「今は僕に頼って」
「情けないな」
「純也の資産だって、いずれ戻ってくる」
「汚れた金だけどな」
「お金に綺麗とか汚いなんてことない」
「葵・・・」
「どんな手を使って主役を手に入れたとしても、演じられなかったら評価はされない。それが奇跡だと言うなら、どんなにたくさんの奇跡を起こしてきたの?最優秀主演男優賞は、そんなに簡単に取れない。賞を戴いたのは、純也の芝居が評価されたからだろう」
「そんなふうに言ってくれたのは、葵が初めてだ」
「また純也からの初めてをもらった」
クスクスと笑って、篠原の腕に腕を絡める。
「葵、せっかく素敵なドレスを着てるんだ。ダンスをしないか?」
「体、平気なの?」
「葵のようにすぐに食事を食べられなくなるような繊細な精神じゃないんだ。入院もしなくて済んだだろう」
篠原は立ち上がると、葵に手を差し出してきた。
手を重ねると、手を掴んでソファーから立ち上がらせてくれる。
篠原は綺麗に微笑んでいた。
家具のない広い場所までエスコートすると、腰を抱かれて密着する。
左手は繋いだままだ。
「チークダンスしたことある?」
「ないよ」
「僕の背中に手を置いて」
「こう?」
抱きしめるように手を置くと、篠原が微笑んだ。
「音楽に合わせて、ゆったりと頬を寄せ合いながらスッテプを踏むだけなんだけどね」
「音楽はないね」
「なくても、今夜は夜景がある」
密着した体が、ゆらゆら揺れる。
大きな窓から見える景色は、都会の灯りが瞬いている。
「上手だ」
「ありがとう」
頬にキスが落ちる。
「今日はいつも以上に綺麗だね」
「あの女性にバカにされたくなかったんだ」
「対抗しなくても、葵の方がずっと素敵だよ」
「だって、クレーンゲームしてた時、僕の着ている服が安っぽかったから純也が馬鹿にされただろう。それなら今回は、あの女性に負けない服とメイクをしたかったんだ。若さは絶対に負けないから」
篠原が声を上げて笑った。
「どこからどう見てもセレブのお嬢様だ」
「ちがうよ。今日のテーマはセレブな若奥様だよ」
「そうだね、左の薬指に指輪をしていた」
「ちゃんと見ていたんだね」
額と額が合わさる。
「愛してるよ、葵。助けに来てくれてありがとう」
「僕も愛してる。誰にもわたさないからね」
キスをしながらダンスを踊る。
ホテルの支配人は、逃亡しようとして二日後に空港で捕まった。
篠原の免許証やキャッシュカード、貴重品はすぐに戻ってきた。
車は売られてなくなっていたが、洋服はそのまま戻ってきた。
篠原は十代のころから枕営業を強いられていたことも弁護士に話した。
前事務所も巻き込んだ裁判になるらしい。
事態が落ち着くまで芸能活動はできないと社長に言われたが、同時に復帰もさせると約束してくれた。
それまでの間は、葵の付き人になることになった。
付き人という名の監視役だ。
すぐに食事を摂らなくなる葵の世話係らしい。
部屋の模様替えをして、葵の部屋にあったベッドがあった場所にウイックを片付けるための棚を置いた。その隣に、もともとあった鏡台を移動させ、勉強机の横にピアノを持ってきた。
空いた一部屋は篠原の部屋になった。
新しく買ったクイーンベッドは二人で使うものだ。篠原はそれしか買わなかった。
今まで使っていたベッドとたくさんの布団や来客用の椅子は、捨てるのも勿体なくてリサイクル店に持って行った。
「リビングを稽古場にしていてもいいの?」
「僕と葵では練習の仕方が違うから、このままでいいよ」
「純也の部屋、ベッドしかないよ?」
「きっと僕がいるのは、キッチンとダイニングだよ。葵の姿を見ていたいからね。もし仕事がもらえるようになっても、台本読むのはダイニングの机でことは足りる」
篠原が拘った家具は、大きなベッドだけだった。
ベッドの横にお洒落なスタンドを置いて、部屋の中を暖かい色に染める。
篠原は葵に支払いをさせなかった。
それが篠原のプライドなのだと思った。
新しく買った車も、駐車場にある。
コンパクトな外車だが、派手さはなく篠原によく似合うと思う。
「この部屋は葵専用に、遮音改築しているんだってな?」
「深夜でも歌ったり踊ったりできるように、社長がしてくれたんだ」
「そんな大層な部屋を手放すのは勿体ないだろう」
「まあ、確かに。僕のスタイルに合わせて造られているから」
「大声を出しても、隣に聞こえないのはいいことだ」
「そうだね」
葵の体を抱きしめて、篠原は新しいベッドに横になった。
「わぁ、広い」
「覚えてるか?葵、僕のダブルベッドから落ちたこと」
「あれは、わざと落ちたんだ」
強引なセックスで縛ろうとした篠原に対する葵の意地だった。
「純也、話を聞いてくれないから」
「だから、もう落ちないように、大きなものにしたんだ」
「純也が強引じゃなかったら、僕のベッドで、二人で眠ってもよかったんだよ」
篠原の手が葵の体を撫でる。
「このベッドは気にいらないのか?」
「すごく寝心地いいね」
「人生の半分は寝てるんだ。寝具はいいものを選んだ方がいい」
「僕はあんまり考えてなかった。前のベッドは、実家から持ってきたベッドだから、すごく小さなころから使ってたものだったんだ」
「思い出が詰まっていたのか?」
「買うのが面倒だっただけ」
篠原が声を上げて笑う。
「葵は芝居以外のことは、あまり興味がないようだな」
「大学は卒業したいと思ってるよ」
するりと腕の中で体の向きを変えて、篠原の胸に頬を寄せる。
まだ胸の上に体を預けるのに抵抗がある。
怪我が痛いんじゃないかと、全身でぶつかってはいけない。
「まだ二年生だから、とうぶん両立で忙しいかな」
「学校はいつからだ?」
「もうすぐ始まる」
「宿題はできてるのか?」
「まだ一つだけできてない」
「あと一つだけなら、このまま寝てもいいのか?」
「眠いの?」
「いいや。葵が嫌じゃなかったら、そろそろ抱かせてくれないか?」
「でも、まだ純也の怪我が治ってないよ」
「骨折をしたのは一か月も前だ。完治してる」
「お医者さんは完治とは言ってなかった。回復に向かってると言ってた」
「ピアノ一緒に運んだだろう?」
「電子ピアノだから、僕一人でも運べる」
「それじゃ、痛かったら止めるっていうのは?」
「完治するまで添い寝だけ」
「やっと葵を抱けると思ったのに」
「キスしてあげるから」
体を起こして、葵は篠原にキスをした。
「抱かれもいいと言ってくれないか?」
手を掴まれて股間に導かれた。
篠原は勃起していた。
「でも、怪我が・・・」
「無理やり抱きたくはないんだ」
体を起こした篠原に、ベッドの上に押さえつけられる。
獣じみた瞳が、じっと葵の目を覗き込んでいる。
「僕が口でしてあげる」
篠原は首を左右に振った。
「解放されて一週間だ。葵と離れて五十三日だ。ずっと葵を抱きたかった」
離れていた間、葵も篠原に抱かれたかった。
恋しくて毎日泣いていた。
「痛かったら止めるって約束して」
「約束する」
「純也の好きなように抱いていいよ」
貪るようなキスが落ちてきて、Tシャツが捲り上げられる。そのまま脱がされて、篠原は葵の体をじっと見つめて、掌で体の輪郭を確かめていく。
「葵、綺麗だ」
「純也も脱ぐ?」
手を伸ばして、篠原の上着のボタンを外していく。ボタンを外し終わると、篠原は自分で服を脱ぎ捨てた。
一週間前にはあった痣が、今はほとんど見えない。
篠原は葵のズボンを脱がしていく。脱がしやすいように腰をあげて少しだけ手伝う。一瞬のうちに全裸にされてしまった。
篠原の手が葵の大切な場所を撫でて、そのまま握る。
まだ眠っていた雄を起こされて、葵は我慢できず、篠原の手の中で吐精していた。
篠原と離れていた間、葵もずっとしてなかった。
禁欲時間は同じだ。
「早いな」
「ずっとしてなかったから」
篠原はクスッと笑った。
「足を開いて抱えてくれるか。久しぶりだから固くなってるだろう?」
「うん」
恥ずかしいけれど、欲しがられるのは嫌じゃない。
手で足を開くと、すっと片手で腰を持ち上げられた。
くるりと回りそうになった体を、篠原は片手で受け止め、交わる場所にキスをしてきた。
この瞬間が恥ずかしい。
舌先が蕾の周りを舐めながら、先端が蕾を突く。
「純也、恥ずかしい」
「恥ずかしいだけか?」
「うずうずする」
舌と一緒に指先が入ってくる。
葵の精液を塗りこみながら、指が増やされていく。
「純也、解さなくてもいいから、もう入れて」
「駄目だ」
「ああ、お願い」
指先が感じる場所に触れて、射精したばかりの欲望に熱が集まってくる。
堪えきれず、葵は足から手を離すと、自分の欲望に手を伸ばした。
「出ちゃう」
「出していい」
「一緒がいいんだ」
葵は自分の欲望を握って射精を堰き止めていた。
「純也、入れて」
すっと掌が太腿を撫でる。
ひくりと体が震える。
「入れていいんだな?」
「うん」
指が抜けて、その代わりに熱く熟れたものが徐々に入ってくる。
「あ、ああああっ」
呼吸を乱して顔を覆う、篠原は葵の手を握った。
「深呼吸忘れるな」
「うん」
ゆっくり深呼吸を始めた葵の様子を見ながら、ゆっくりと奥を拓いて行く。
「純也、純也・・・」
葵の手が強く篠原の手を握る。
目は閉じたままだ。
「痛いか、葵?」
「平気」
涙がポロリと流れていく。
少し腰を引いて、浅い場所で体を揺する。体の中で熱いものが広がると、葵はやっと目を開ける。
「葵の中は、とても狭いから久しぶりだと痛いかもしれないね」
葵は頷く。
「痛かった」
「ごめんな。優しくできなくて」
「純也は優しい」
「葵は本当に可愛い」
触れるだけのキスをすると、葵の欲望を握った。
「リラックスしてろよ」
「うん」
体が徐々に高められていく。
「ああ、純也、そんなにしないで」
身悶えるような快感が押し寄せてきたとき、篠原の手が離れていった。
「はあはあはあ・・・」
「葵、全部入った」
篠原は額に汗をかいていた。
「純也は痛くない?」
「葵の中が狭くて、締め付けられてるだけだよ」
「少し動くよ。痛かったら言って」
「うん」
奥を重点的に突いてきた。
掌が葵の太腿を撫でる。
「ああ、純也、すごく感じる」
葵の欲望は解放寸前だ。
「一緒にいくか?」
葵の奥をリズミカルに突くと、悲鳴が上がる。
葵の開放は近い。
最奥を勢いよく突いた後、葵の感じる場所をぐりぐりと押し付けると、葵は吐精した。
狭い内壁が細かく痙攣する。篠原は搾り取られるように射精していた。
「純也、僕のこと好き?」
「好きだよ」
ホッとしたような表情を見せる葵を抱きしめる。
「不安なのか?」
「僕は純也しか知らないけど、純也は他の人のことも知ってるから。比べられてたら泣いてしまうかもしれない」
「思い出すことはあるかもしれない。それでも一番愛してるのは葵だよ。枕営業してる時も、葵のことを考えながらしてたんだ。仕事がもらえたら、葵の隣に立てるって、その為に体を売ってちゃ恥しかないのに。共演するのが楽しみだったんだ」
「辛い過去、思い出させてごめん」
「葵が不安になったら、何度でも話すよ」
「うん」
篠原の背中に腕を回して、抱きしめた。
「まだするの?」
「やっと動けるくらいに柔らかくなってきたんだ。今やめてしまうのは勿体ないよ。それとも抱かれるのは、もう嫌?」
「無理はしないでね」
「無理をさせるのはたぶん僕だ」
篠原は葵を包み込むように抱きしめる。
葵は篠原を食んだまま、黙って抱きしめられている。
「今日は、もう出てって言わないんだな」
葵の頬が赤くなる。
「嬉しいんだ。一緒にいられて」
「もっと抱いてもいい?」
「うん」
食んでいた篠原の欲望が体の中から出ていく。
その刺激で、ふるっと体が震える。
その体を篠原は正面から抱きしめる。
「大丈夫?」
葵の顔は真っ赤になっていた。
「敏感になってるみたい」
「感じる?」
「恥ずかしいから聞かないで」
顔を覆った葵の背中をするりと撫でる。
「今度は膝と両手を付いてくれる」
葵は素直にそれに従う。
どんな姿をさせても、葵は美しい。
綺麗なお尻を撫でると、背後から一気に貫いた。
「あ、あああんっ」
貫かれた衝撃で、手は付いていられず枕を掴んで顔も埋めていた。
お尻だけ突き上げる姿勢は恥ずかしい。
篠原が言うように中が柔らかくなってきたのか、奥を突かれるタイミングが早くなっている。
「そこ、だめ」
敏感な場所を連続で突かれて体が捩る。
バランスを崩して膝が崩れると、足を抱えられて体が回転する。
篠原を食みながら、体を回されて、悲鳴を上げながら葵はイった。
「じゅんや、おかしくなる」
「もっと曝け出せ」
「純也、だめ」
太腿を撫でられ、舌が這って、声がすすり泣きに変わる。
体を捩ったままで、敏感な場所を激しく突かれて、葵はいつの間にか意識を手放していた。
帽子をかぶり眼鏡をかけた葵は、篠原の家を訪ねた。
チャイムを鳴らすと女性の声がした。
「すみません。篠原さんのお宅ですか?」
「いいえ、違いますよ」
「すみません。以前住んでた方のことわかりますか?」
「わかりません」
プツリと通話を切られてしまった。
試に暗証番号を打ち込んだがマンションに入れなかった。
葵は事務所に向かった。
舞台の翌日で、完全なオフ日だ。
社長に篠原の行方を聞きたかった。
「葵君、今日は休みじゃなかった?小池さんは休んでるよ」
「社長に会いたくて」
「社長、今、会議中だけど、終わるまで待つ?」
「待つ」
対応してくれた松田は、小池より年上の男性で、葵より二十歳年上の三好あかねという女優のマネージャーをしている。
「三好さんは、今日はお休み?」
「三好さんは彼氏と密会旅行中。これは内緒ね」
にこりと笑った葵に、松田はソファーを勧めてくれる。
「葵君の笑顔、久しぶりだな」
「この間まで、記憶喪失で声も出なかったから、みんなにも心配かけちゃったよね」
「そうだね。いっときは大騒ぎだったね。会見も開いたし、社長もてんやわんやで、かなりお疲れになっていたね」
「我が儘いっぱいしたし」
「小池が泣きついてきたよ。料理教室紹介してって」
葵は、また笑った。
「小池さんの料理食べたことあります?僕、あれ食べて吐いたんです」
「小池の料理は食べたことはないな。そんなに酷いのか?」
「匂いも味付けも滅茶苦茶で。肉を焼いただけで、どうしてあんなに酷い味付けになるのか不思議なくらい。松田さんも試しに作ってもらったらわかりますよ」
「そんな奇天烈な食事は食べたくはないな」
松田がクスクスと笑う。
事務員の三木がお茶を淹れてきてくれた。
冷たい麦茶だ。
「ありがとう、三木さん」
「葵君、事務所に来るの久しぶりだから、ゆっくりしていってね」
「あ、三木さん、うちのプロダクションの役者の名簿って見せてもらえないですか?」
「いいけど、どうするの?」
「探したい人がいるんです」
「ちょっと待ってね」
分厚いファイルを持ってきてくれる。
「誰を探しているんだい?」
松田が葵の横に座って、麦茶を飲んでいる。
「篠原さん。篠原純也さん」
「ああ、彼ね。うちの事務所に入る手続きまではしてるけど、まだ前のプロダクションともめてるのかな。今は行方不明なんだ」
「会員制ホテルで別れたんだ。それから連絡が取れなくなって」
「社長に連絡が入って、休暇が欲しいって、最優秀主演男優賞取るくらいの大物だから。他の事務所もあたっているのかもしれないけどね」
「篠原さんは、そんなことしない」
「葵君は、昔から篠原さん信者だからね」
「社長もそれ以上のことは知らないかな?」
「それは社長に聞かないとわからないけどね」
「うん」
念のためファイルを全部めくってみたが、篠原の情報はなにもなかった。
仕方なくファイルを持って三木の机に持って行った。
「後ろのロッカーに入れておいてくれる」
「はーい」
ロッカーを開けると、ファイルに入れられた篠原の写真が見えた。
「三木さん、これ見てもいい?」
「いいわよ」
ファイルを取り出すと、篠原の文字で履歴書が書かれていた。
職種を見ると、悠木葵さんの専属マネージャーと書かれていた。
(本気だったんだ)
篠原とまた仕事がしたい。
もう一度会えたら、そのことを伝えよう。
ファイルに履歴書を入れて、ロッカーの中に仕舞った。
「葵、来てたのか?」
事務所の中に入ってきた社長が声をかけてきた。
ぱっと振り向く。
「社長。聞きたいことがいろいろあって」
「その前に、褒めさせろ。いい舞台だったな。座長の仕事も完璧だった。なにより声を取り戻せてよかった」
「はい。ご心配かけました」
「記憶は戻ったのか?」
「はい。おそらく全部思い出したと思います」
「それは良かった」
「それで」
「篠原君のことを知りたいのか?」
「はい」
「ご飯でも食べながら話そうか?」
「はい」
「三木さん、社長室に鰻の特上を大至急二人分ね」
「すぐに手配します」
「葵、社長室においで」
「はい」
社長は自ら冷蔵庫を開けて、グラスに麦茶を淹れる。葵も急いで空になったグラスを持って行く。社長が葵の分もお茶を淹れてくれる。
「ありがとうございます」
「うちの稼ぎ頭だからね、葵は」
葵は首を左右に振る。
「まあ、ついておいで」
「赤い誘惑の評判がすごく良くてね。葵に女優の役も来てるんだよ」
「あれは、ピンチヒッターで仕方なく、引き受けた仕事なんです」
「赤い誘惑を見た客が、月のシンフォニーを観に行って、まったく別の役を演じる葵に興味を持ち始めているようなんだ。見せたら驚くほど仕事がいっぱい来てるけど、葵の好きなものだけ受ければいいよ」
「僕が選んでいいんですか?」
「やりたくない仕事までする必要はないよ。葵はまだ学生だし、今回みたいに倒れるまで仕事を詰めないように調節するのも大切な仕事だよ」
「今回は急だったから」
「そうだね、ゼネラルプロデュサーから話が来たときは、葵が飛躍するチャンスだとは思ったけど、舞台と重なって時間的余裕がなかったね」
「はい。睡眠時間二時間で、食事も朝、篠原さんが作ってくれたものしか食べらなくて。監督も時間的に押してるからか焦ってたみたいで、学校から戻ると、休憩なしで撮影に入っていたから」
「あの監督は、あの作品が葵の最後の仕事だと思ってもいいと言って撮影を強行していたらしい。もうあの監督の仕事は受けなくていいよ」
「そうだったんですか」
葵は吐息をついて、ソファーに凭れた。
ひたすら寒かった印象が強い撮影現場だった。
「確かに腕はいい。いい作品を作ったとは思うけどね」
それでもスタッフたちはみんな優しかったし、時間的余裕があれば、もっと楽しめたかもしれないし、いい経験だったことは確かだ。
「受けるかどうかは僕が決めろってことですね」
「そういうことだ」
社長はグラスの麦茶を一口飲んで、テーブルにグラスを置く。
「篠原君とはどういう関係か聞いてもいいかい?」
葵は凭れていた体を起こして、背筋を伸ばして座った。
「僕は恋人だと思っています」
「葵は篠原君のことを好きなんだね」
「反対されても、気持ちは変わりません」
社長は真っ直ぐ葵を見ている。
葵の心の奥まで見通すような、優しくて鋭い眼差しだ。
「篠原君が葵を好きでなくても?」
「僕のこと好きではないと言ったんですか?」
「いいや、念のための確認だ」
「僕は信じています」
「篠原君なら、まだあのホテルにいるよ」
社長は立ち上がると、机の引き出しを開けて封筒を持ってきた。
「これは、篠原君の調査書だ。探偵に探らせている」
葵は封筒を受け取ったが開ける勇気が持てない。
「監禁されているんですか?」
「監禁かもしれないが?結婚するとも噂が出ている」
「え?相手は誰ですか?」
「ホテルの支配人じゃないのか」
「そんな」
浴衣を着ていた美しい本物の女性だ。
勝ち目はひたすら低い。
戦おうと思っていた矢先に、爆弾が落ちてきた。
粉砕されて、封筒を抱いたまま葵は項垂れた。
「うなぎ特上届きました」
三木がノックして部屋の中に入ってくる。
テーブルの上にお重とお吸い物が置かれた。
美味しそうな香りが部屋の中に広がる。
「あれ、葵君。項垂れて社長に叱られたの?」
「私は叱ってはいないよ」
「今から帰るところだったんです」
立ち上がろうとした体を三木がとんと押すと、葵はまたソファーに腰を下ろしてしまった。
「ごゆっくり」
三木が部屋から出ていく。
「葵、鰻は食べなさい」
「食欲なくなった」
「戦うならしっかり食べて力を蓄えなさい」
「社長」
「まだ調査書も見てないだろう。今の篠原君を自分の目で確かめなさい」
「はい」
「葵が後悔しないように、暴れておいで。少々のことなら揉み消すから」
「いいんですか?」
「その代り殺傷事件は起こすなよ。庇いきれなくなるからな」
「気を付けます」
「ほら、まず食べなさい。作戦会議は食べ終わってからだ」
葵の顔がぱっと明るくなる。
「はい、いただきます」
蓋を開けると、ご飯が見えないほどのいっぱい鰻が載っていた。
あの女性が口出しできないような品のいいナイトドレスにストレートボブのウイックを身に着けて、葵は暗くなったホテルのロビーに侵入した。篠原を救出するためにすべて新しく購入したものだ。
社長御用達のブティックに社長と社長の奥様に連れて行ってもらって一緒に選んでもらった。
ドレスを彩る高価なネックレスや宝石は、社長の奥様から借りてきた。
メイクはいつもより念入りにして女性らしさをアピールした。高校生に見えるような簡単なメイクはしたくはなかった。
赤い誘惑でされていたメイクを思い出して、アイシャドーもマスカラも念入りにつけた。
口紅もいつもとは違う、もっと大人のカラーを選んだ。
完璧にお化粧をした目元はブランド物のサングラスをはめている。
テーマはセレブな若奥様だ。
堂々と優雅に歩いて、ロビーの柱に凭れて待ち合わせを装っている。
調査書の中の篠原は、所々に赤い痣を作っていた。
見えない手錠で繋がれているように、猫背で女性の後ろからついて歩いている。
何十枚の写真を見ても、一枚も笑顔はなかった。
屍のように表情はなく、すべてを諦めているように見えた。
変装をしなくても、誰も篠原純也だとわからないほど、やつれていた。
一時間待ったところで、自動扉が開いて、女性と篠原が入ってきた。
葵は足早に歩いて、二人の前でよろけて転んでみせた。
声はソプラノだ。
「あっ」
新しく購入したピンヒールは、女性とお揃いのものだ。調査書を見て、いつもそれを履いていることに気づいて、お店で同じものを探した。それをあらかじめ、折っておいた。
両手を開いて、アクセサリーが見えるように演出した。
右手に大きなダイヤの指輪。
左手にはマリッジリング。
指先はエレガントなネイル。
「大丈夫ですか?」
篠原は足を止めて、目の前に屈んでくれた。
「ピンヒールが折れてしまうなんで・・・」
女性は倒れた葵を一瞥すると、自分の靴を一瞬見た。
お揃いだと気付いたようだ。
「嫌だわ」と呟くと、先に歩いて行ってしまう。
『自分とお揃いの物を身に着けた人を見るのは不快だし、それが壊れてしまったら不吉に思うものよ』
『未婚なら警戒されるが、既婚なら警戒されづらいわ』と教えてくれたのは、社長の奥様だ。
「怪我はないですか?」
立ち上がろうとして、葵は床に崩れる。
「足を捻ってしまったみたいです」
先に行った女性が振り向いて篠原のことを見ている。
「すみません。手を貸していただけますか」
透き通るような綺麗な声で、篠原にお願いする。
女性にも聞こえているはずだ。
「ええ、いいですよ。ソファーまでお連れしましょう」
そっと腕を取り起こしてくれる。
「純也、そんなことしなくてもホテルの従業員がするわ」
「恵似子さんは、先に上がってください。お客様をソファーまでお連れするだけです。すぐに行きますから」
「奥様ご迷惑をおかけします」
「早く来なさいよ」
謙虚に女性に頭下げると、一言残して去って行った。
「わかっています」
恵似子という女性の後ろ姿に答えた後、篠原は優しく起こして、そっと体を支えてくれる。
葵は抱きつきたい衝動を必死に堪える。
恵似子の姿がエレベーターホールに隠れて、しばらく経ってから、葵は、篠原を見上げ、声をひそめた。
「純也、迎えに来た」
「葵?」
「気づかなかった?」
「声・・・」
「戻ったよ」
ソファーに座らされて、急いでバックから靴を取り出す。
「小池さん、頼む」
ドレスに取り付けられた小型マイクに呼びかける。
「おーらい」
素早く折れたヒールの靴を履き替えると、篠原の手を掴んでホテルの自動ドアの外に飛び出した。
待たせてあった小池の車が走ってくる。
「早く乗って」
押し込むように篠原を押し込んで、葵は篠原の横に座りドアを閉める。
「急いで」
「ほいさー」
小池はアクセル全開でホテルの前から走り去った。
「葵、どうしてこんな危険な事を」
葵はサングラスを外した。
「僕は取り戻しに来ただけだ。純也は迷惑だった?」
篠原は微かに首を左右に振った。
久しぶりに見る篠原は、痩せて腕や顔に痣が残っていた。
「やっぱり虐待されてたの?」
痛々しい痕の残る頬を掌で包む。
「僕が従わなかったからね」
「小池さん、警察に急いで」
「ほいさー」
「葵、大袈裟にしたくないんだ」
「僕は純也を手放したくないんだ。監禁と虐待のことちゃんと話してね」
「でも、僕が先に恵似子さんを利用したから」
どこか諦めたように、篠原は呟いた。
以前のような破棄はなくなっている。
別れてから一か月以上の間、篠原は何度もいろんなことを諦めて、何度も責められていたのだろう。
葵は篠原の手を強く握った。
俯いていた顔が、真っ直ぐ葵を見る。
「僕とその女と、どっちを選ぶの?」
「葵だよ」
「それならお願い。すべてを話して」
「わかった」
握り返してくれる力強さが、葵には嬉しかった。
葵と小池も警察で事情聴取を受けて、篠原の聴取が終わるのを待合室で待っていると、社長が駆けつけてくれた。
「社長」
「救出はうまくいったようだね。弁護士も連れてきたから」
社長の後ろに初老の男性が立っていた。
葵は丁寧に頭を下げた。
同時に警察に連れられた篠原が姿を現す。
「純也」
「篠原君」
「社長、ご迷惑おかけして申し訳ございません」
「戦う意思はあるね」
「はい」
「あとは弁護士の先生に間に入ってもらうから」
「よろしくお願いします」
篠原が丁寧に頭を下げた。
「怪我の撮影は終わりましたので、病院に行ってもらいます。監禁傷害窃盗事件になりますので、護衛がつきます」
「お願いします」
葵と社長が同時に頭を下げた。
病院で診察と検査をしてもらって、診察の結果を弁護士の先生と社長と一緒に聞いて、診断書は弁護士の先生が持って帰って行った。
細かい打ち合わせは、翌日、宿泊するホテルでする約束になった。
「葵の部屋は危険です。僕の荷物はすべて恵似子さんのもとにある。その中に葵の部屋の合鍵もある」
「小池さん、明日、僕の部屋の玄関の鍵を交換してもらって。今日中に暗証番号も変更しておいて」
「わかりました」
「犯人が捕まるまで、僕は篠原さんとホテルに泊まるから」
「了解です。葵君、これ」
「ありがとう。小池さん」
小池からキャリーケースを受け取ると、葵は篠原と行動を共にした。
ホテルに入っている紳士服店で、篠原の下着と洋服を数着買った。
「葵、すまない」
「僕はもっと高価な洋服をいっぱい買ってもらった。レディースだけどね」
篠原がやっと笑った。
「葵、念のためにレディースの服を買っておいてくれないか?僕の恋人が葵だと教えてないんだ。女装していた方が安全かもしれない」
「僕は正々堂々戦える」
「それでも、危険は最小限にしたいんだ。僕といるなら頼む」
「念のためどっちの洋服もいろんなウイックも持ってきてるんだ」
葵はキャリーケースを持ち上げる。
「純也のための変装ウイックも持ってきてる」
「葵」
「僕は本気で、純也を取り戻すつもりで来たんだ」
護衛の警察が先を急がせる。
ホテルのフロントで、葵はロイヤルスイートの部屋を取った。
今まで質素に暮らしてきた葵の初めて贅沢だ。
好きな人の為に使えるお金が、こんなに嬉しいものだと初めて知った。
二人の警察官が門番を務めるホテルの部屋に入って、葵はやっと篠原を抱きしめた。
抱き返してくる篠原の腕が、優しく体を包み込む。
篠原の体は、体中に痣があって、肋骨が骨折していた痕が見つかった。
監禁当初に受けた傷のようで、回復に向かっていると説明された。
「早く迎えに来られなくて、ごめん」
「舞台はどうだった?」
「純也が来てくれなかったから、寂しかった」
「すまない。毎日祈っていたよ」
篠原の体を休ませるために、葵は篠原の手を引いて部屋の奥に入って行き、夜景の見渡せる、ゆったりとしたソファーに座らせる。
手を繋いだまま、葵は篠原の隣に座った。
甘えるように、少しだけ体を篠原に凭れさせた。
「舞台が始まる前に、声も記憶も取り戻せたんだ。純也が言った通り二番の曲を歌って、銀河のレクイエムも歌った」
「そうか。聞きたかった」
「毎日、舞台の上から純也を探した。見つけられなくて、毎晩お弁当を抱えながら泣いてたよ」
前日のことなのに、もう思い出に変わっている。
「お弁当は食べてくれたんだね」
「ありがとう。お弁当やお昼寝用のお布団がなかったら、僕は純也を信じられなくて、また裏切られたと失望してたと思う」
「恵似子さんに出会う前に手配できたから」
「舞台が終わって、僕はまた純也と共演したくなった」
篠原は寂しそうに微笑んだ。
「僕はもう芸能界には戻れない」
「僕が戻す」
「どうやって?」
「仕事は選んでいいと社長に言われた。共演者も僕が選ぶ」
「葵」
「最高の演技がしたい。そのためには純也が必要なんだ。僕の為に戻って」
今までで最高に傲慢な言葉だ。
自分自身でも、こんな言葉が言えるとは思っていなかった。
それでも、すべてを諦めている顔の篠原に、もう一度、自信に満ちた笑顔を取り戻してほしいと願った。
「仕事がもらえるなら、努力はするよ。今までとは違う。純粋に芝居を楽しむために」
「今から楽しみだね」
「そうだな」
葵は体を伸ばして、篠原に教わったキスをした。
そっと体を離して、篠原を見つめる。
「してくれないの?」
「いいのか?」
「待ってるのに」
唇が触れて、レッスンのキスが返ってくる。そのまま抱きしめられて、もっと深くキスをされた。
戯れるように舌先が絡まる。
篠原の腕に掴まって、篠原が与えてくる新しいキスを受け取っていた。
呼吸できなかった昔とは違う。今では呼吸のタイミングもわかるようになってきた。
「今度は僕が、体、洗ってあげようか?」
「お風呂一緒に入ってくれるのか?」
「純也が恋しいんだ」
「葵、僕も同じだ」
ナイトドレスのスリットに篠原の手が忍び込んでくる。
そっと太腿に触れている。
「今日の葵は、すごく色っぽい」
「社長と社長の奥様の見立てなんだ。こんなに高いドレス初めて買った」
「葵が買ったのか?」
「装飾品は社長の奥様に貸してもらったんだけどね」
高価なイヤリングを外し、ゴージャスなネックレスや何カラットかわからない、大きなダイヤの指輪も外していく。
借り物なので丁寧にテーブルの上に並べていった。
通信機は警察で外して、小池に返した。
事務所の所有らしい。
休日だった小池に連絡を入れると、すぐに駆けつけてきてくれて社長たちと合流してくれた。
「リングは外さないのか?」
「これは僕が買ったんだ」
バックの中から小さな宝石箱を取り出す。
「受け取ってくれる?」
「それはいつか僕がしようと思っていた」
「でも、純也は諦めていた」
「葵にはすべてお見通しか」
「返事は?」
篠原は左の手をそっと差し出した。
「本当は全部の指に嵌めたいんだけど、今日は左の薬指をいただきます」
シンプルなプラチナの指輪が、篠原の薬指に嵌められた。
「何か書いてあったな?英語か?」
「モン トレゾー。フランス語で僕の宝物って意味」
篠原の表情が柔らかくなる。
「フランス語は大学の第二外国語の授業を取ってるから」
「お揃いなのか?」
葵は自分の左の手を篠原の手に重ねた。
「もちろん。純也は僕の憧れの人で初恋の人なんだ。初めて体を許した人で、心を奪っていった人だ。責任とって、僕と一緒にいて」
「葵が求める責任は、可愛らしい」
「純也がいなくなって、僕はずっと純也のことしか考えてなかった」
「僕もホテルで葵と別れてから、葵のことしか考えてなかった。どんな拷問も、泣き脅しにも、屈しなかったし。決して葵の素性は話さなかった。葵に連絡をした後、念のためにSNSのアカウントの削除をした。その後に、僕のスマホのデーターも調べられた。一枚も写真を撮らなかったことが幸いした。ラインも繋げてなかったし、電話番号の交換もしなかったから、スマホからは何も情報を掴むことはできなくて、怒った恵似子さんが、スマホの契約の解除をしてしまったんだ。家も家具も売りに出されて、貴重品も何から何まですべて恵似子さんが持って行ってしまった。今の僕は一文無しで、行くところもなくなった」
「また僕の部屋に一緒に住まない?」
「葵の勉強の邪魔になるよ」
「僕は純也のご飯が恋しい」
「ご飯だけ?」
「純也のすべてに決まってるだろう」
軽く拳をお腹に打ち付ける。篠原はその拳を受け止めてくれる。
「今住んでる家は事務所の借り上げマンションなんだ。中学の時から格安で借りてる。部屋が狭いなら引越しをしてもいい。僕は子役の頃から、ずっと貯金をしてきたから、それなりに溜まってるけど。物欲がないからお金を使ったことが、ほとんどないんだ。使ったのは高校と 大学の資金くらいかな。新しい家くらい買える資金もある」
「葵」
「今は僕に頼って」
「情けないな」
「純也の資産だって、いずれ戻ってくる」
「汚れた金だけどな」
「お金に綺麗とか汚いなんてことない」
「葵・・・」
「どんな手を使って主役を手に入れたとしても、演じられなかったら評価はされない。それが奇跡だと言うなら、どんなにたくさんの奇跡を起こしてきたの?最優秀主演男優賞は、そんなに簡単に取れない。賞を戴いたのは、純也の芝居が評価されたからだろう」
「そんなふうに言ってくれたのは、葵が初めてだ」
「また純也からの初めてをもらった」
クスクスと笑って、篠原の腕に腕を絡める。
「葵、せっかく素敵なドレスを着てるんだ。ダンスをしないか?」
「体、平気なの?」
「葵のようにすぐに食事を食べられなくなるような繊細な精神じゃないんだ。入院もしなくて済んだだろう」
篠原は立ち上がると、葵に手を差し出してきた。
手を重ねると、手を掴んでソファーから立ち上がらせてくれる。
篠原は綺麗に微笑んでいた。
家具のない広い場所までエスコートすると、腰を抱かれて密着する。
左手は繋いだままだ。
「チークダンスしたことある?」
「ないよ」
「僕の背中に手を置いて」
「こう?」
抱きしめるように手を置くと、篠原が微笑んだ。
「音楽に合わせて、ゆったりと頬を寄せ合いながらスッテプを踏むだけなんだけどね」
「音楽はないね」
「なくても、今夜は夜景がある」
密着した体が、ゆらゆら揺れる。
大きな窓から見える景色は、都会の灯りが瞬いている。
「上手だ」
「ありがとう」
頬にキスが落ちる。
「今日はいつも以上に綺麗だね」
「あの女性にバカにされたくなかったんだ」
「対抗しなくても、葵の方がずっと素敵だよ」
「だって、クレーンゲームしてた時、僕の着ている服が安っぽかったから純也が馬鹿にされただろう。それなら今回は、あの女性に負けない服とメイクをしたかったんだ。若さは絶対に負けないから」
篠原が声を上げて笑った。
「どこからどう見てもセレブのお嬢様だ」
「ちがうよ。今日のテーマはセレブな若奥様だよ」
「そうだね、左の薬指に指輪をしていた」
「ちゃんと見ていたんだね」
額と額が合わさる。
「愛してるよ、葵。助けに来てくれてありがとう」
「僕も愛してる。誰にもわたさないからね」
キスをしながらダンスを踊る。
ホテルの支配人は、逃亡しようとして二日後に空港で捕まった。
篠原の免許証やキャッシュカード、貴重品はすぐに戻ってきた。
車は売られてなくなっていたが、洋服はそのまま戻ってきた。
篠原は十代のころから枕営業を強いられていたことも弁護士に話した。
前事務所も巻き込んだ裁判になるらしい。
事態が落ち着くまで芸能活動はできないと社長に言われたが、同時に復帰もさせると約束してくれた。
それまでの間は、葵の付き人になることになった。
付き人という名の監視役だ。
すぐに食事を摂らなくなる葵の世話係らしい。
部屋の模様替えをして、葵の部屋にあったベッドがあった場所にウイックを片付けるための棚を置いた。その隣に、もともとあった鏡台を移動させ、勉強机の横にピアノを持ってきた。
空いた一部屋は篠原の部屋になった。
新しく買ったクイーンベッドは二人で使うものだ。篠原はそれしか買わなかった。
今まで使っていたベッドとたくさんの布団や来客用の椅子は、捨てるのも勿体なくてリサイクル店に持って行った。
「リビングを稽古場にしていてもいいの?」
「僕と葵では練習の仕方が違うから、このままでいいよ」
「純也の部屋、ベッドしかないよ?」
「きっと僕がいるのは、キッチンとダイニングだよ。葵の姿を見ていたいからね。もし仕事がもらえるようになっても、台本読むのはダイニングの机でことは足りる」
篠原が拘った家具は、大きなベッドだけだった。
ベッドの横にお洒落なスタンドを置いて、部屋の中を暖かい色に染める。
篠原は葵に支払いをさせなかった。
それが篠原のプライドなのだと思った。
新しく買った車も、駐車場にある。
コンパクトな外車だが、派手さはなく篠原によく似合うと思う。
「この部屋は葵専用に、遮音改築しているんだってな?」
「深夜でも歌ったり踊ったりできるように、社長がしてくれたんだ」
「そんな大層な部屋を手放すのは勿体ないだろう」
「まあ、確かに。僕のスタイルに合わせて造られているから」
「大声を出しても、隣に聞こえないのはいいことだ」
「そうだね」
葵の体を抱きしめて、篠原は新しいベッドに横になった。
「わぁ、広い」
「覚えてるか?葵、僕のダブルベッドから落ちたこと」
「あれは、わざと落ちたんだ」
強引なセックスで縛ろうとした篠原に対する葵の意地だった。
「純也、話を聞いてくれないから」
「だから、もう落ちないように、大きなものにしたんだ」
「純也が強引じゃなかったら、僕のベッドで、二人で眠ってもよかったんだよ」
篠原の手が葵の体を撫でる。
「このベッドは気にいらないのか?」
「すごく寝心地いいね」
「人生の半分は寝てるんだ。寝具はいいものを選んだ方がいい」
「僕はあんまり考えてなかった。前のベッドは、実家から持ってきたベッドだから、すごく小さなころから使ってたものだったんだ」
「思い出が詰まっていたのか?」
「買うのが面倒だっただけ」
篠原が声を上げて笑う。
「葵は芝居以外のことは、あまり興味がないようだな」
「大学は卒業したいと思ってるよ」
するりと腕の中で体の向きを変えて、篠原の胸に頬を寄せる。
まだ胸の上に体を預けるのに抵抗がある。
怪我が痛いんじゃないかと、全身でぶつかってはいけない。
「まだ二年生だから、とうぶん両立で忙しいかな」
「学校はいつからだ?」
「もうすぐ始まる」
「宿題はできてるのか?」
「まだ一つだけできてない」
「あと一つだけなら、このまま寝てもいいのか?」
「眠いの?」
「いいや。葵が嫌じゃなかったら、そろそろ抱かせてくれないか?」
「でも、まだ純也の怪我が治ってないよ」
「骨折をしたのは一か月も前だ。完治してる」
「お医者さんは完治とは言ってなかった。回復に向かってると言ってた」
「ピアノ一緒に運んだだろう?」
「電子ピアノだから、僕一人でも運べる」
「それじゃ、痛かったら止めるっていうのは?」
「完治するまで添い寝だけ」
「やっと葵を抱けると思ったのに」
「キスしてあげるから」
体を起こして、葵は篠原にキスをした。
「抱かれもいいと言ってくれないか?」
手を掴まれて股間に導かれた。
篠原は勃起していた。
「でも、怪我が・・・」
「無理やり抱きたくはないんだ」
体を起こした篠原に、ベッドの上に押さえつけられる。
獣じみた瞳が、じっと葵の目を覗き込んでいる。
「僕が口でしてあげる」
篠原は首を左右に振った。
「解放されて一週間だ。葵と離れて五十三日だ。ずっと葵を抱きたかった」
離れていた間、葵も篠原に抱かれたかった。
恋しくて毎日泣いていた。
「痛かったら止めるって約束して」
「約束する」
「純也の好きなように抱いていいよ」
貪るようなキスが落ちてきて、Tシャツが捲り上げられる。そのまま脱がされて、篠原は葵の体をじっと見つめて、掌で体の輪郭を確かめていく。
「葵、綺麗だ」
「純也も脱ぐ?」
手を伸ばして、篠原の上着のボタンを外していく。ボタンを外し終わると、篠原は自分で服を脱ぎ捨てた。
一週間前にはあった痣が、今はほとんど見えない。
篠原は葵のズボンを脱がしていく。脱がしやすいように腰をあげて少しだけ手伝う。一瞬のうちに全裸にされてしまった。
篠原の手が葵の大切な場所を撫でて、そのまま握る。
まだ眠っていた雄を起こされて、葵は我慢できず、篠原の手の中で吐精していた。
篠原と離れていた間、葵もずっとしてなかった。
禁欲時間は同じだ。
「早いな」
「ずっとしてなかったから」
篠原はクスッと笑った。
「足を開いて抱えてくれるか。久しぶりだから固くなってるだろう?」
「うん」
恥ずかしいけれど、欲しがられるのは嫌じゃない。
手で足を開くと、すっと片手で腰を持ち上げられた。
くるりと回りそうになった体を、篠原は片手で受け止め、交わる場所にキスをしてきた。
この瞬間が恥ずかしい。
舌先が蕾の周りを舐めながら、先端が蕾を突く。
「純也、恥ずかしい」
「恥ずかしいだけか?」
「うずうずする」
舌と一緒に指先が入ってくる。
葵の精液を塗りこみながら、指が増やされていく。
「純也、解さなくてもいいから、もう入れて」
「駄目だ」
「ああ、お願い」
指先が感じる場所に触れて、射精したばかりの欲望に熱が集まってくる。
堪えきれず、葵は足から手を離すと、自分の欲望に手を伸ばした。
「出ちゃう」
「出していい」
「一緒がいいんだ」
葵は自分の欲望を握って射精を堰き止めていた。
「純也、入れて」
すっと掌が太腿を撫でる。
ひくりと体が震える。
「入れていいんだな?」
「うん」
指が抜けて、その代わりに熱く熟れたものが徐々に入ってくる。
「あ、ああああっ」
呼吸を乱して顔を覆う、篠原は葵の手を握った。
「深呼吸忘れるな」
「うん」
ゆっくり深呼吸を始めた葵の様子を見ながら、ゆっくりと奥を拓いて行く。
「純也、純也・・・」
葵の手が強く篠原の手を握る。
目は閉じたままだ。
「痛いか、葵?」
「平気」
涙がポロリと流れていく。
少し腰を引いて、浅い場所で体を揺する。体の中で熱いものが広がると、葵はやっと目を開ける。
「葵の中は、とても狭いから久しぶりだと痛いかもしれないね」
葵は頷く。
「痛かった」
「ごめんな。優しくできなくて」
「純也は優しい」
「葵は本当に可愛い」
触れるだけのキスをすると、葵の欲望を握った。
「リラックスしてろよ」
「うん」
体が徐々に高められていく。
「ああ、純也、そんなにしないで」
身悶えるような快感が押し寄せてきたとき、篠原の手が離れていった。
「はあはあはあ・・・」
「葵、全部入った」
篠原は額に汗をかいていた。
「純也は痛くない?」
「葵の中が狭くて、締め付けられてるだけだよ」
「少し動くよ。痛かったら言って」
「うん」
奥を重点的に突いてきた。
掌が葵の太腿を撫でる。
「ああ、純也、すごく感じる」
葵の欲望は解放寸前だ。
「一緒にいくか?」
葵の奥をリズミカルに突くと、悲鳴が上がる。
葵の開放は近い。
最奥を勢いよく突いた後、葵の感じる場所をぐりぐりと押し付けると、葵は吐精した。
狭い内壁が細かく痙攣する。篠原は搾り取られるように射精していた。
「純也、僕のこと好き?」
「好きだよ」
ホッとしたような表情を見せる葵を抱きしめる。
「不安なのか?」
「僕は純也しか知らないけど、純也は他の人のことも知ってるから。比べられてたら泣いてしまうかもしれない」
「思い出すことはあるかもしれない。それでも一番愛してるのは葵だよ。枕営業してる時も、葵のことを考えながらしてたんだ。仕事がもらえたら、葵の隣に立てるって、その為に体を売ってちゃ恥しかないのに。共演するのが楽しみだったんだ」
「辛い過去、思い出させてごめん」
「葵が不安になったら、何度でも話すよ」
「うん」
篠原の背中に腕を回して、抱きしめた。
「まだするの?」
「やっと動けるくらいに柔らかくなってきたんだ。今やめてしまうのは勿体ないよ。それとも抱かれるのは、もう嫌?」
「無理はしないでね」
「無理をさせるのはたぶん僕だ」
篠原は葵を包み込むように抱きしめる。
葵は篠原を食んだまま、黙って抱きしめられている。
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「嬉しいんだ。一緒にいられて」
「もっと抱いてもいい?」
「うん」
食んでいた篠原の欲望が体の中から出ていく。
その刺激で、ふるっと体が震える。
その体を篠原は正面から抱きしめる。
「大丈夫?」
葵の顔は真っ赤になっていた。
「敏感になってるみたい」
「感じる?」
「恥ずかしいから聞かないで」
顔を覆った葵の背中をするりと撫でる。
「今度は膝と両手を付いてくれる」
葵は素直にそれに従う。
どんな姿をさせても、葵は美しい。
綺麗なお尻を撫でると、背後から一気に貫いた。
「あ、あああんっ」
貫かれた衝撃で、手は付いていられず枕を掴んで顔も埋めていた。
お尻だけ突き上げる姿勢は恥ずかしい。
篠原が言うように中が柔らかくなってきたのか、奥を突かれるタイミングが早くなっている。
「そこ、だめ」
敏感な場所を連続で突かれて体が捩る。
バランスを崩して膝が崩れると、足を抱えられて体が回転する。
篠原を食みながら、体を回されて、悲鳴を上げながら葵はイった。
「じゅんや、おかしくなる」
「もっと曝け出せ」
「純也、だめ」
太腿を撫でられ、舌が這って、声がすすり泣きに変わる。
体を捩ったままで、敏感な場所を激しく突かれて、葵はいつの間にか意識を手放していた。
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