リタイア賢者の猫ファーストな余生

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第六十話 遅れてきた男

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 カズキ達が住むランスリード王国の港町、リーザから遠く離れた海域で、青い髪を地肌が見えそうな程刈り込み、頭にはねじりハチマキをした男――ランスリード王国の第二王子であるアーネストは、今日もご機嫌な様子で漁に勤しんでいた。

「よし、この網で最後だな。そろそろ生け簀も一杯になるし、ちっと早いが一旦港に帰ろう。かーちゃんとの約束もあるし、次は行った事のない海域に行ってみるか? 俺の『真・アーネスト号』の能力なら、世界の裏側からでも、一ヵ月あれば戻ってこられるからな」

 で網を引き上げながら、今後の計画を考えるアーネスト。

「ん?」

 異変に気付いたのはその時だった。
 大漁のエビやカニ(底引き網漁だった)に混じって、立派な剣を持った若い男が一緒に揚がってきたのである。

「こんな所に仏さんか。おかから大分離れてるし、交易船か何かが沈没でもしたか? 身許が分かるような物を持っていれば、遺族に届けてやってもいいが・・・・・・」

 そう言いながら遺体を引き揚げてみると、体はまだ温かかった。

「うん? ひょっとして、まだ生きてるのか? 脈は・・・弱いがある。水を吐かせれば、息を吹き返しそうだな」

 アーネストは冷静に溺死体(仮)の様子を確認し、下顎を持ち上げて気道を確保してから、魔法で風を送り込んだ。
 別に人工呼吸をするのが嫌だったわけではない。古代魔法を覚えた時に、何故かそういう魔法が含まれていたのだ。カズキが魔法を開発する時に、調子に乗って色々と創った魔法の内の一つである。

「ゴホッ」

 溺死体(仮)が咳込む。どうやら上手くいったようだと安心したアーネストは、苦しそうに呻きながら水を吐いている男を放置して、中断していた網の引き揚げ作業に戻った。流石は漁師バカである。



「いやー、ほんに助かりますた。ありがとうごぜえます」

 水を吐いた後、暫くぐったりしていた男が、助けられた事に今更気付いたのか、アーネストに礼を言った。

「お、おう、落ち着いたか。なーに気にするな。これも何かの縁だろうよ」

 助けた後に放置して、挙句に今の今まで忘れ去っていた男に礼を言われたアーネストは、幾分気まずく思いながらも、表面上は平静を装って返答した。

「それよりも、おかから遠く離れたこんな場所で、どうして溺死体の真似事なんかしてたんだ?」

 如何に気になったとはいえ、聞き方というものがあるでしょうに、とソフィアがいればたしなめたのだろうが、生憎この場にはいない。

「いやー、小っ恥ずかしい話なんだけども、おらが住んでる島から、ランスリードっちゅう国に行こうと船を漕いでたのさ。そんだら、いきなり起こったでっけえ嵐に巻き込まれて船がぶっ壊れてよぉ。そっから泳いで陸まで行こうとしてる内に眠くなって、気付いたらあんさんに助けられとったっちゅう訳だす。・・・・・・いつもならんだけども」

 妙な訛りのある男の言葉を要約すると、無謀にも手漕ぎボートで大海原を横断中、嵐に遭遇して、遭難したという事らしかった。

「おいおい、手漕ぎボートでランスリードに行こうとしたのか? 何処から出港したのか知らねえが、随分と無茶したもんだな」

 自分の事を高い棚に上げて、アーネストが呆れた声を出した。
 漁師になろうと決意した時の彼は、金がなかったので漁船代わりに自作の筏を使っていたのである。それを強引に魔法で動かして大海原へ繰り出していたのだから、アーネストに男の事を言う資格はない。――本人はすっかり忘却しているが。

「まあそういう馬鹿は嫌いじゃないけどな。よし! そういう事なら、俺がランスリードまで連れてってやるよ」
「ホントだべか!? 正直な所、何処にランスリードがあるのかわかんねかったから、すげえ助かるだ。・・・・・・もう、経っちまったし」

 とんでもない事を暴露する男。普通、旅立つ前に確認するのではないだろうか。

「おいおい、出港する前に、誰かに聞かなかったのか?」

 再び呆れた声を出すアーネスト。これに関しては、彼が全面的に正しい。

「だども、島の連中は、誰もランスリードの場所を知らねくて・・・・・・。それでも一刻も早くランスリードに行かねえと、し・・・・・・」
「島か。・・・・・・あんたの住んでる島の近場じゃあ、どんな魚が獲れるんだ? この船を作ってくれた母ちゃん達に、珍しい魚を届けてやれるかもしれねぇ」

 男がさっきから意味深な言葉を呟いているのだが、アーネストは全く気にしていなかった。彼にはそんな事よりも大事な事があるからだ。まあ漁なのだが。

「あんたの母ちゃんは、こんな立派な船を作れんのけ?ほえー、世界は広いんだなぁ~」

 感心しながらも、アーネストの問いに答える男。それを聞いたアーネストの顔には、渋い表情が浮かんでいた。

「リーザの沿岸で獲れる魚と全く一緒じゃねぇか。あの付近の島って事は・・・・・・」

 どうやら、アーネストには心当たりがあるらしい。その心当たりによると、夜になればその島からリーザの灯台の明かりが見える程の近さである。
 彼は信じられない気持ちで、男にそれを確認した。

「ああ、その明かりはリーザっていう街の灯台だべ? 島に偶に立ち寄る、漁師さんから聞いた事があるだ」

 アーネストの推測、正解。
 どうやら男は、リーザがランスリードという国に属する街だと知らないらしい。
 その事を教えてやると、男は酷く驚いた顔をした。島を出る時は、リーザに背を向けて出港していたのだから、当然の話である。

「なんで漁師のおっちゃん達は、誰も教えてくれねかったんだ。おらの二年の苦労は一体・・・・・・」

 落ち込む男だったが、漁師が悪い訳ではない。リーザ付近の島に住んでいる住民に、わざわざランスリードから来た、などと言うはずがないのだから。

「まあ元気だせよ。何はともあれ、ランスリードの場所がわかったんだから。さっきも言ったが、俺がリーザに届けてやる。大事な用があるんだろ? 金が必要なら、漁を手伝ってくれれば、給料も払うぜ?」

 見かねたアーネストが慰めると、男はすぐに立ち直った。

「んだな! それじゃあよろしくお願ぇすます! あ、おらの名前は田吾作。タゴサク・っちゅう名前だ。タゴサクって呼んでけれ」
「アーネストだ! よろしくな、タゴサク!」

 こうして、ランスリードの王族と、勇者の末裔は出会った。『真・アーネスト号』で、半月以上掛かる距離のある大海原で。
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