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第二十話 新たな属性

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 ランキング戦が終了した。
 最後の勝負は、一瞬で片が付いた。
 開始と同時にエストに向かって突っ込んだカズキは、横なぎの一撃を、足がもつれた演技でかわして、脛を剣の平で思いきりぶっ叩いたのだ。それにより、エストは足の脛を骨折。戦闘不能になった。

「勝者!カズキ・スワ!」

 その声と同時に、カズキもその場にへたり込んだ。
 周囲で歓声が上がる。入学二日目で、ランキング10位に勝ったのだ。盛り上がりは尋常ではなかった。
 そこに、ラクトが複雑そうな顔で近づいてきた。

「カズキ・・・」
「よお、ラクト。儲かったか?」
「・・・うん。聞いたよ、カズキの事」
「ああ。知ってるけど?」
「なんで・・・って魔法を使ってたの?」
「暇だったからさ。お陰で、笑い死にする所だったぜ。ねーさんとフローネの期待通りな台詞を、ペラペラと垂れ流しやがるから」
「それでか。どうして笑っているのかと思ったよ」

 タイミング良く笑い出したのは、そういう理由があったのだ。

「カズキさん」

 そこに、フローネがやって来た。ノートを抱えてご機嫌な顔をしている。

「どうだ?いい話が出来そうか?」
「はい!期待していてくださいね」
「おう。後で読ませてもらうから」

 カズキはそう言って、立ち上がろうとした。だが、力が入らないのか、よろめいてしまう。

「カズキ!」

 ラクトが咄嗟に支えて、カズキに肩を貸した。
 本当は疲れていたのか、とラクトは思ったが、そこに近づいてくる人影があった。エストである。
 彼は、エルザの魔法で骨折を治療されて、すぐにカズキの所に来たのだった。

「カズキ・スワ。私の負けだ。今回は私の油断と不運が重なったが、運も実力の内と言う。言い訳はしない」

 カズキは、また俯いていた。エストの顔を見た瞬間に、笑いの発作が再び襲って来たからである。
 エストは、カズキが笑いを堪えている事に気付かず、更に追撃を掛けて来た。

「次は、私が君に挑戦する。もう油断はしない。お互いに万全の状態で戦おう」

 カズキは、声が出せなくなっていた。仕方がないので、震える手を差し出す。
 疲れで声も出ないのだと解釈したエストは、カズキの手を握って言った。

「ありがとう。次に戦う時まで、決して負けないでくれ。私も誰にも負けないと誓おう。では、さらばだ」

 言いたい放題言って、エストは去っていった。
 たまらないのは、カズキである。また地面に座り込むと、遠慮なく笑い始めた。

「ぎゃはははははははは!やべえ!死ぬ!笑い殺される!」

 そこに、エルザもやって来た。顔がにやけている。
 そして、真面目な顔を作って言った。

「カズキ・スワ。私の負けだ」
「ぎゃはははははははは!」
「次は、私が君に挑戦する」
「ぎゃはははははははは!やめて!ねーさん!」
「次に戦う時まで、決して負けないでくれ。私も誰にも負けないと誓おう。では、さらばだ」
「ひぃ、ひぃ。やめてってば!マジで死んじまう!ぎゃはははははははは!」
「うわー。容赦ないなぁ。エルザ様」
「全くだ」

 いつの間にか、ジュリアンもいて、気の毒そうにカズキを見ていた。

「エルザ、その辺にしておかないと、カズキが本当に死ぬぞ?」

 見れば、カズキはうつ伏せに倒れて、ピクピクと痙攣していた。

「あら?丁度いいわ。このまま担架で運びましょう。激戦の果てに力尽きた感が出てるし」

 エルザはそう言って、その場を立ち去った。

「流石に、悪いと思ったんでしょうか」
「甘いな、ラクト君。見てみなさい。換金に行っただけだ」

 二人が見ていると、エルザが振り返ってラクトを手招きした。

「ラクト君!早くしないと締め切られるわよ!」
「・・・行ってきなさい」
「・・・はい」

 ジュリアンは、ラクトを送り出すと、フローネを見た。彼女は、黙々とノートにペンを走らせている。
 先程のエストの発言を書き留めているのだろう。

「なあ」

 カズキが仰向けになりながら、声を掛けて来た。ようやく発作が収まったらしい。

「どうした?」
「帰っていいか?」
「もう少し待ってくれ。魔法の適正を調べなければならない」
「それ、必要か?俺って、全部適正があるんだろ?」
「ああ。だが、この学院にも水晶があるんだ。私が触れても新しい魔法は見つからなかったが、カズキならどうかと思ってな」
「そういうことか、分かったよ」

 そこに、エルザとラクトが戻ってきた。ラクトは、屋台に立て掛けてあった看板を抱えている。

「ごめん、カズキ。担架は全部使われててさ」

 ランキング戦に負けた連中を運ぶのに、全部使われているのだという。

「あれ?ねーさんが怪我を治したんじゃないのか?」
「治してないわよ?」
「なら、なんで最後の奴だけ」
「素晴らしい戦いを演じてくれた彼に、敬意を表して・・・」
「「嘘だな」」

 カズキとジュリアンの声がハモった。

「本当は、面白い台詞が聞けると思ったからだろ」
「ええ。彼は期待通りの働きをしてくれたわ。そうでしょ?フローネ」
「そうですね。とても参考になりました」

 ノートを閉じたフローネが、嬉しそうに頷く。
 ラクトは、その態度を見て、さっきフローネに感じた疑惑を、カズキに小声で聞いてみた。

「カズキはどう思う?」
「なにが?」
「フローネさんの事」
「さっきの話か。考えすぎだと思うぞ」
「なんで?」
「猫好きに、悪い奴はいないからだ」
「・・・はい?何で猫?」
「可愛いからだ」
「・・・そう」

 突然、意味不明な事を言い出したカズキに、ラクトは目を白黒させた。
 そして、救いを求めるように視線を彷徨わせていると、苦笑しているジュリアンと目が合った。

「ラクト君、ちょっと」

 手招きされたラクトは、カズキを気にしながらジュリアンに近寄った。

「カズキは放っておいていいんですか?」
「問題ない。見ろ」

 促されてそちらを見ると、フローネやエルザと、楽しそうに話しているカズキの姿があった。
 ノートを広げている所を見ると、物語の内容について話しているらしい。
 ラクトの事は、欠片も気にしていない様だった。

「ナンシーって、誰ですか?」

 三人の話の中に、頻繁にその名前が出て来る。
 フローネの物語にも登場した名前で、カズキが気にかけている描写があった。
 そして、昨日の事だ。カズキには運命の相手がいる。確かにそう言っていた筈だ。
 ならば・・・。

「もしかして、カズキの恋人ですか?」

 そうとしか考えられなかった。
 だが、ジュリアンはその言葉に答えずに、全く違う事を聞いてきた。

「君は、猫が好きか?」
「え?」
「重要な事なんだ。答えてくれ。君の今後に関わる」

 はぐらかすつもりか、そう思ってジュリアンを見たが、彼は真剣だった。
 疑問に思いながらも、ラクトは素直に答えた。

「好きですけど」
「嘘を付いていないな?神に誓えるか?」

 やけに念入りに確認するジュリアン。

「はい」
「そうか・・・」

 ラクトの答えに、ジュリアンは安堵の溜め息を吐いた。

「済まなかったな、疑うような事をして」
「別に良いんですけど。それがどうしたんですか?」
「私の母が、猫を好きなのは知っているか?」
「ええ、有名ですから。うちの店も贔屓にしてもらってます」
「そうだったな。その母が可愛がっている猫たちの中に、エリーという猫がいる」
「はあ」

 話が見えなかったが、とりあえずラクトは頷いた。

「そのエリーが産んだのがナンシーだ。そして、召喚されたばかりだったカズキも、出産に立ち会った」
「じゃあ、その時に?」
「ああ。産まれたばかりの仔猫に、文字が重なって見えたそうだ。その時からナンシーとカズキの関係が始まった」

 ラクトは、ジュリアンの言いたい事を理解した。

「つまり、カズキと付き合う時は、ナンシーを念頭に置けということですね?」
「そうだ。まあ、ナンシーだけではなく、猫全般にも言える事だが。猫好きなら問題ないだろう」
「分かりました」
「内緒話は終わった?」

 ラクトが頷くと同時に、エルザが声を掛けて来た。
 話に夢中になって、近づいてくる気配に気付けなかったらしい。
 ラクトは驚いて飛び上がったが、ジュリアンは動じていなかった。

「丁度、終わった所だ。そちらも準備ができようだな」

 見ると、カズキが看板に寝転んでいた。

「ええ。そういう訳だから、早く運んでくれる?」

 自分が運ぶという選択肢は、初めから無いらしい。
 分かっていた事なので、二人は黙って従った。

「あれ?なんか凄く軽い気がするんだけど」
「看板じゃ運び辛いだろ?」
「そうだけど。・・・カズキって、本当に大賢者だったんだね」
「恥ずかしいから、その名前で呼ぶのを止めてくれ。俺が言い出したんじゃねーのに」
「分かった。・・・ねえ、カズキにお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「弟子にしてくれない?」
「弟子?・・・剣の?」
「何でそうなるのさ。古代魔法に決まってるだろ」

 カズキのとぼけた反応に、ラクトは看板を落としそうになった。

「魔法かぁ。うん、無理!」

 カズキの即答に、ラクトは肩を落とした。

「そんなぁ、そこをなんとか!」
「無理な物は無理」

 泣きが入り始めたラクトを見かねて、ジュリアンが間に入る。

「カズキ、それでは説明になってないぞ」
「そうか?じゃあ、ジュリアンに任せた。弟子よ、励め」
「適当だな。まあ、間違ってもいないが」
「ん?カズキが師匠なの?逆じゃなくて?」
「ある意味そうだな。私は、カズキのお陰で使えるようになった。つい最近の事だ」
「学院長でもですか?」

 ラクトは、ジュリアンが古代魔法を復活させたと思っていた。
 天才と呼ばれた彼が、研究の末にそれを成し遂げたのだと。

「ああ。・・・これまでに、古代魔法の秘密を解き明かそうと、研究者たちは魔法書を探してきた。ここまではいいな?」
「はい」
「だが、それは勘違いだったんだ。魔法書は、既に発見されていたのだよ」
「本当ですか?それなら、騒ぎにならなかったのが不思議です。発見した人が、隠していたという事ですか?」
「違う。魔法使いなら、一度は必ず目にした事がある物だ。ただ、それは本では無かった」
「本じゃない?では、何が」
「その話は後にしよう」

 そう言って、ジュリアンが足を止めたのは、冒険者ギルドの前だった。

「さっきは、学生証を受け取る前に、ランキング戦に入ってしまったからな。まずは、学生証を受け取ってくれ」

ジュリアンの言葉に、カズキは立ち上がった。そして、次元ポストからライセンスを取り出し、受付に手渡す。

「学院長、これは、何かの間違いですか?」

 カズキのライセンスを見た受付の若い男が、驚いた顔をして、ジュリアンに言った。

「間違いではない。ギルド本部に問い合わせれば、確認できる」
「そうですか・・・」

 その後は何事もなく、手続きが終了した。

「これが学生証だ。無くしても再発行はしないから、そのつもりで」
「分かった」
「「分かりました」」
「では、こっちに来てくれ。規模の大きいギルドには、魔法適正を調べる水晶がある。ここにあるのも、その一つだ。使う時は、職員に声を掛けるように」

 ジュリアンはそう言って、ギルド内部にある扉を開けた。
 中央に台座があり、その上に水晶が置いてある。
 ジュリアンは台座に近づくと、そこにある水晶に触れた。

「あれ?」
「どうした?」

 声を上げたカズキに、ジュリアンが答えた。

「なんで光らねーの?」
「ああ。これは城にある物と違って、光るタイプじゃないんだ。触れると、属性が浮かび上がる」
「へー」
「学院長は、全てに適正があるんですね。いいなぁ」

 水晶を見たラクトが言った。

「ん?ラクトは違うのか?」
「うん。僕は三つかな。風と地と空間。空間は良くわかってないから、実質二つ。だから使える魔法が少ないんだよね」

 ラクトは言いながら、ジュリアンに代わって水晶に触れた。

「どれどれ。お?光が生えてるみたいだぞ?」
「ホント!?やったー!」

 ラクトが飛び上がって喜んだ。

「良かったな。光は使い勝手がいい。身体能力強化とか」
「え?そんな魔法があるの?」
「無いんだっけ?」
「今の魔法には無いな」

 カズキの疑問に、ジュリアンが答える。
 そして、ラクトを見た。

「さて、ラクト君。属性が追加された以外に、何か変わった事は無かったかな?」
「え?特になにも・・・」
「そうか。実は、これが魔法書なのだが」

 突然明かされた事実に、ラクトは固まった。

「・・・嘘ですよね?」
「事実だ。これに触れると、古代魔法を覚える事が出来る」
「そんなぁ。何で駄目だったんですか?やっぱり、全部の適正がないといけないとか?」
「いや、もっと単純だ。魔力が足りていない。適正の問題ならば、私はもっと昔に覚えていた筈だ」
「学院長レベルの魔力って、想像もつかないんですけど」
「ん?ラクトの50倍って所じゃねえの?」
「分かるの!?」

 驚くラクトに、カズキはあっさりと頷いた。

「ああ。ジュリアンも分かるよな?」
「まあな。古代魔法を覚えた影響だと思うが、以前より魔力に敏感になったらしい」

 説明の足りないカズキの代わりに、ジュリアンがラクトに解説した。

「そんな事まで出来るんですね。じゃあ、カズキは入学式で会った時から、僕が魔法使いだって知ってたんだ?」
「そういう事になるな」
「おかしいと思ったんだよ。杖も持ってなかったのに」
(ニヤリ)
「うわー、その顔ムカつく」
「悪かったって。さて、次はフローネの番だな」
「私ですか?わかりました」

 カズキに促されて、フローネが水晶に触れた。

「水と光。エルザと一緒だな。聖職者は、この組み合わせが多い。だが何故だ?神聖魔法使いは、属性魔法を使えない筈だが」
「回復魔法の属性が、その二つだからじゃねーの?」
「・・・何だと?」
「光=肉体、水=血だ。古代魔法での回復は、その二つの属性の組み合わせだろ?」
「・・・ちょっと待て」
「どうした?」
「カズキは、回復魔法も使えるのか?」
「使えるけど、ねーさんやフローネ程の効果はないぞ?ねーさんの魔法を見て、再現出来ないかと思ったんだけさ、結局、信仰心の問題だっていうのが分かった位だな」

 ジュリアンは思った。「またか」と。  

「なあカズキ」
「ん?」
「お前は、回復魔法を、そう言ったんだよな?」
「ああ、それが?」
「今まで、回復魔法は、聖職者しか使えなかったんだ」
「だろうなぁ。同じ効果でも、魔力の消費が100倍位違うからな。発動も出来なかったんだろ?」
「私が言いたかったのは、そんな魔法は存在しないという事なんだが。・・・研究する意味もないという事が良くわかった」
「そうなのか?まあ、手間が省けて良かったって事で」

 ジュリアンの葛藤を気にもせず、至って気楽な言葉を発したカズキは、フローネに代わって水晶に手を置いた。

「新しい魔法は無しか。これで終わりなら、風呂に入りたいんだけど。寮に風呂は無かったよな?こっちにあるのか?」
「無い。ここは、広いだけの荒野だからな。風呂に入りたければ、か、街に出るかしてくれ」
「マジで?偶には違う場所もいいかと思ったんだけど」

 そう言って水晶から手を放すと、フローネが声を上げた。

「カズキさん」
「どうした?」
「もう一度、水晶に触れてくれませんか?」
「いいけど」

 そう言って、再び水晶に触れると、フローネが頷いて言った。

「やっぱりです」
「なんか面白い事でもあったか?」
「はい。見て下さい」

 フローネが指さす所に、皆の注目が集まる。

「「「猫?」」」

 そこには、その一文字が浮かんでいた。
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