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第十九話 フローネの趣味

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「くっ」 

 カズキ・スワは逃げていた。
 彼の護衛対象である、ランスリードの第二王女フローネが、敵の卑劣な策略に陥りかけた所を、間一髪で救い出したのだ。
 だが、敵は執拗だった。逃げる二人を捕えようと、大量の追手を差し向けてきたのだ。

「姫、お逃げ下さい。私はここで、奴らの足止めをします」

 カズキは、フローネの息が上がっているのを見て、足を止めた。
 自分にはまだ余力がある。だが、フローネはそうはいかない。今のまま逃げているだけでは、早晩、追い付かれてしまうだろう。
 ならば、余力がある内に、自分がここに踏みとどまって時間を稼ぐ。
 そうすれば、異変を察知した彼の姉、『聖女』と呼ばれているエルザ・アルテミスと、親友であるラクト・フェリンが、フローネを保護してくれる筈だ。

「カズキさん。でも・・・」
「大丈夫です。姫は、私の実力を、よくご存知の筈でしょう?」
「はい。知っています。ですがそれは、貴方が万全の状態であったならの話です。でも今は、あの時に受けた呪いのせいで、魔法が使えないのではありませんか?」
「・・・気付いていましたか。上手く隠していたつもりだったのですが」
「確信したのは、最近の事です。他の者は気付いていないでしょう」
「流石ですね。やはり、姫の目は誤魔化せなかったか・・・」
「当然です。何年一緒にいたと思っているのですか?」
「そうですね。ですが、今はそうも言っていられない状況です。奴らが追い付いてくる前に、二人と合流して下さい。今の私でも、時間を稼ぐ事は出来ますから」
「ですが・・・」

 その時、カズキの視界の片隅に、武装した男の姿が映った。距離が離れているのが幸いして、まだこちらに気付いた様子は無い。
 だが、それも時間の問題だろう。その男は、段々とこちらに近づいてきているのだから。

「姫、今のうちに。私一人ならば、どうとでもなります。大丈夫、無理はしません。ナンシーが待っていますから」
「本当ですか?」
「はい。適当に時間を稼いだら、すぐに後を追います。ですから・・・」
「見つけたぞ!」

 とうとう追い付かれた。
 今のところ一人。だが、今の声を聞いて、他の敵も集まってくるだろう。

「ふっ」

 カズキは、一気に間合いを詰め、上段から剣を振り下ろす。

「おっと。へへ、そんなもんか?」

 しかし、敵は予想していたのか、その一撃を、自らの剣で易々と受け止めた。

「姫!お早く!」

 目論み通りに鍔迫り合いに持ち込んだカズキは、フローネに声を掛けた。

「でもっ!」
「いいから!」
「っ!」

 フローネは、自分がカズキの足手まといになっている事に気付いた。
 自分を気にしながらの戦いでは、カズキは実力を発揮しきれないのだと。

「カズキさん、ご武運を・・・」

 カズキが頷いたのを確認し、フローネは踵を返した。

「逃がすか!」

 男が声を上げるが、カズキはそれを許さなかった。

「悪いが、ここは通せない。お前には悪いが、派手に喚いて敵を呼び寄せる道具になってもらう」

 言うが早いか、カズキは力を抜いて、前のめりになった男の腹に膝蹴りを見舞った。

「ぐっ!」

 そこに追撃で、太ももに斬りつけた。

「ぎゃあああ!」

 男が悲鳴を上げる。
 すると、悲鳴を聞きつけた男の仲間が、遠くから続々と駆け付けて来るのが分かった。
 カズキは、男にとどめを刺すと、改めてフローネの去った方向を見た。

「姫様。ご無事で・・・」

 そして、殺到してくる追手へと、自ら斬り込んでいった。



「勝者!カズキ・スワ!」

 審判役の教官が、カズキの勝利を告げた。
 ランキング戦の16試合目が、たった今終了したのだ。
 予想外の結果に観客も盛り上がり、口々にカズキの健闘を讃える。

「やった!」
「すげえ。あの兄ちゃん、無傷で16連勝しやがった」
「大したもんだ。・・・だが、運が無かったな。次は、ランキング10位のエストだ。あの兄ちゃんが万全ならともかく、ここまでの戦いで疲労がピークに達している。見ろ、あの汗を」
「そうだな。だが、お陰で今回は儲かりそうだ。あの兄ちゃんには、感謝しないとな」
「お前、まさか」
「ああ。16連勝に賭けた。一目見て、あいつの強さは分かったからな。さっきお前さんが言った通り、万全の状態なら勝負は分からなかっただろう。だが、連戦している所に、あのエストだ。なら、結果は見えてるだろう?」
「くそー、俺も16連勝に賭ければよかったぜ」
「残念だったな。今回は、俺の一人勝ちだ」

 ラクトは、少し離れた所で今の会話を聞いていた。
 エルザに言われるがままに、全財産を賭けてしまった事を、今更のように後悔する。
 カズキの強さを理解したと思っていたラクトだが、今日の相手は、昨日の退学予備軍たちとは全く違ったのだ。
 この学院で真っ当に進級した彼らの実力は、ラクトから見ても段違いだった。
 1つ勝つ毎に、相手の実力が上がっていくのだ。しかも、最後の相手は、ランキング10位。
 武器戦闘に限って言えば、この学院では最強の内の一人なのだ。

「そんな、カズキが負けるかもしれないなんて・・・」

 ラクトはエルザの様子を窺った。エルザは、ラクトの視線に気づかず、フローネやジュリアンと話をしている。しかも、何やら盛り上がっている様子だ。

「フローネ、どんな感じ?」
「とりあえずは、こんな所でしょうか。後は、次の試合を見てから決めようかと・・・」
「どれ。もうここまで書いたのか。随分と速いな」
「はい。今回は当事者ですから」
「それもそうか。しかし、武器戦闘で魔法が使えない理由を、呪いにするのは、良いアイデアだな」
「ありがとうございます。丁度、邪神と戦ったばかりですので、こういうのも有りかな、と」

 三人は、フローネが手にしたノートを見て、あれこれと話しているようだった。
 ラクトは、カズキの心配もせずに盛り上がっているエルザの様子に若干の苛立ちを覚えて、鼻息荒くエルザに詰め寄った。

 「エルザ様!」
 「あら、ラクト君。一体どうしたの?」

 エルザは、興奮した様子のラクトに首を傾げた。

「エルザ様は、心配じゃないんですか!?カズキがあんなに苦しそうなのに!」
「なんの話?」
「あんなに汗をかいて、肩で息をしているじゃないですか!」
「・・・ジュリアン、分かる?」

 その時、ラクトは自分たちの周囲に魔法が掛かった事に気付いた。

「学院長?」
「申し訳ないが、この会話を他人に聞かれるのは困るのでな。(後でどんな目に遭うかわかったもんじゃない)」

 後半は小声で呟かれたので、ラクトには聞こえなかった。
 ジュリアンは、エルザの計画が破綻した時の災難を回避するために、魔法を使ったのだ。
 何故なら、エルザは声を潜めるという事を、全くする気がないからである。

「それで、ラクト君は、何を聞きたいんだったかしら」
「もしかしたら、ラクトさんは、勝手に名前を使われたことに怒ってらっしゃるのですか?」
「いや、それは違うだろう。彼は、全財産を賭けた事を後悔しているのではないか?」

 ジュリアンは、フローネの天然な発言をスルーして、ラクトの不安を言い当てた。
 もちろん、カズキの事を心から心配している事も分かってはいる。だが、エルザに言われるままに、全財産を賭けたのはラクト自身なのだ。自身の行動の結果を、エルザに当たるのは、あまり関心できる事ではない。

「それは・・・」

 果たして、ラクトは言葉に詰まった。ジュリアンに指摘されて、自分の言動を省みた結果、エルザに八つ当たりをしようとした事に気付いたからだ。

「申し訳ありませんでした、エルザ様」
「・・・?何の事か分からないけど、気にしてないから」
「ありがとうございます」

 謝罪された理由が分かっていないエルザは、鷹揚に頷く。

「学院長も、ありがとうございました」

 ラクトは、自分の未熟を指摘してくれたジュリアンにも礼を言う。

「私も少し意地悪な事を言ってしまったな。申し訳ない、ラクト君。君がカズキを案じてくれているのは分かっていたんだが」
「いえ、向こうでの会話が耳に入ってしまって。次の相手がランキング10位だと」
「そういう事か。カズキは上手く演技しているようだな」
「・・・・・・はい?」
「良く考えてみたまえ。昨日、30人を圧倒したカズキが、上級生が相手とは言え、あそこまで苦戦するのはおかしいと思わないか?」
「・・・でも、それは昨日の相手が弱すぎたからでは」
「それも無くはないが、今回は1対1だ。昨日も手を抜いていたが、今日はもっと手を抜いている」
「・・・なんのために?」
「私のためよ!」

 エルザが口を挟んだ。

「エルザ様のため?」
「そうよ!」

 エルザはそれだけ言って、ジュリアンを見た。自分で説明する気は欠片もない。
 ジュリアンは溜め息をついて、エルザの計画を説明し始める。
 そして、話を聞き終えたラクトは、ジュリアンが魔法を使った理由を理解した。

「ひどい・・・」

 聖女様は生臭かった。
 そして、思い知った。エルザには誰も逆らえないという事を。

「・・・皆さん、大変なんですね」
「心配するな。君も今日から仲間入りだ。カズキの友達だからな」
「嬉しそうですね・・・」
「そんな事は無いぞ」

 ジュリアンは目を逸らした。

「とは言え、そのおかげで君は大金を手にできる」
「・・・そうですけど。本当に勝てるんでしょうか。呼吸は演技だとしても、汗は本物に見えます」
「あれは魔法よ?」
「ははは、そんな馬鹿な」
「本当よ。あの子、本職は魔法使いだもの」

 突然明かされた衝撃の事実に、ラクトは固まった。
 そして、確認のためにフローネを見る。ジュリアンは信用できない。また弄ばれる可能性があるからだ。
 だが、フローネはこちらを見ていなかった。ノートを見て、何やら考え込んでいる。

「やはり、勝手に名前を使うのは良くないでしょうか。でも、大賢者カズキの物語に、架空の人物を登場させる訳にもいきませんし・・・。あら?」

 フローネが視線を感じて顔を上げると、ラクトがこちらを見て、口をパクパクさせていた。

「ラクトさん、お魚さんの真似ですか?とてもお上手です」

 そう言って、ぱちぱちと拍手をするフローネ。
 その音に我に返ったラクトは、慌ててフローネに詰め寄った。

「どういう事ですか!?」
「ごめんなさい・・・。やはり、勝手に名前を使った事に怒ってらっしゃったのですね」
「そうじゃなくて!」
「え?お許しいただけるのですか?ありがとうございます!」

 フローネはそう言って、ラクトの両手を握った。

「柔らかい・・・。じゃなくて!大賢者ってどういう事ですか!?」
「この本の事ですか?私の趣味で書いているのです。お城の皆さんに好評で、続きを書いて欲しいと頼まれました。ラクトさんも読んでみますか?今日あった事を物語にしたのです」

 そう言って、フローネはノートを手渡した。

「本?じゃあ、大賢者カズキというのは、創作なんですね。でも、なんでカズキを大賢者の役にしたんですか?」
「事実だからよ」

 ラクトの疑問に、エルザが答えた。

「・・・嘘ですよね?」
「嘘じゃないわ。さっきも言ったでしょ?あの子の本職は魔法使いだって」
「だって、大賢者は自分の世界に帰ったって」
「ああ、あれ?嘘」
「・・・なんで」
「ちょっと待って!」

 何かを言いかけたラクトを、エルザが遮った。

「最後の勝負が始まるわ!」

 見れば、カズキと向き合うようにして、一人の男が姿を現していた。
 両手剣を背負い、鉄製の胸当てを身に着けている長身の男。彼がエストなのだろう。

「カズキ、と言ったか。まずは褒めておこう。まさか、ここまでやるとは思っていなかった」

 そして、上から目線で、カズキの健闘を讃えた。
 次元ポストの強奪を目論んでいたとは思えない台詞である。

「いい感じね。敵側の最後に出て来て、ちょっと気乗りしないって雰囲気を、見事に醸し出しているわ」
「そうですね。私も少し考えていた展開なので、台詞をそのまま使えそうです」

 エルザとフローネは、エストの言葉を聞いて盛り上がっている。
 そして、エストは二人の期待に応える台詞を吐き出し始めた。

「だが、残念だったな。その有様では満足に戦えないだろう」

 その言葉を聞いたカズキは、俯いて肩を震わせていた(笑いを堪えるのに必死だったのだ)。
 エストは、その態度を悔しさに震えていると勘違いしたらしい。

「今回は諦めて、ここで棄権しろ。お前には才能がある。意地を張って怪我をしてもつまらないだろう?」

 カズキの震えが大きくなった。もう一押しされれば笑い声が漏れてしまうだろう。

「ラクト君。カズキが魔法を使うようだ。ほんの一瞬の事だから集中するように」
「は、はい!」

 突然言われた言葉に、ラクトは従った。ジュリアンの言葉に有無を言わせない威厳があったからだ。
 そして、その時は来た。

「お前の挑戦なら、いつでも受けてやる。次は、万全の状態で・・」

エストの言葉の途中で、カズキが魔法を使った気がした。

「・・かかってこい」
「・・・あれ?今、魔法を?」
「ああ、使った。気付いたか?」
「気のせいじゃなかったんですね。でも、どんな魔法を?」
「カズキを見てみなさい。爆笑しているのに声が聞こえないだろう?」

 カズキは、膝をついて涙目で地面を叩いていた。だが、笑い声は全く聞こえない。

「本当だ・・・。でも今詠唱を」
「していない。カズキは、古代魔法を使ったんだ。誰にも気づかれる事無く。どういう事か分かるかな?」

 ジュリアンに言われて、ラクトは考え込んだ。
 古代魔法を使った事も信じられないが、学院長の言いたい事は違う。

「そうか。魔法制御が桁外れなんだ・・・」
「そういう事だ。これで納得したかな?」
「はい・・・。でも、やってる事がしょぼいです」
「それはいつもの事だ。その内慣れるだろう」
「・・・そうですか」
「話は終わった?そろそろ始まるわよ」

 釈然としない様子のラクトであったが、エルザの言葉に注意をカズキに戻した。
 笑いの発作をどうにか抑えたカズキが、ようやく立ち上がった所である。

「カズキさん、苦しそうですね」
「あれだけ笑ったら、そりゃあ苦しいでしょうよ。でも、見ようによっては、追い詰められている感じが出てるわ。アリよ」
「二人共、楽しそうですね・・・」
「エルザは、フローネの書く物語の大ファンだからな。よく二人で盛り上がっている」
「今日あった事を物語にしたと言っていましたが・・・」

 ラクトはそう言って、フローネのノートに目を落とした。

「誇張が激しくないですか?特に、卑劣な策略とか。あれって、ただの不注意ですよね?」
「そう思うか?」
「それ以外の何物でも・・・まさか!」

 ラクトは、一瞬だが怖い事を考えてしまった。

「まさかですけど、あの流れが計算だったって事は無いですよね・・・?」
「・・・わからない。だが、今までにも似たような事があったのは確かだ」
「・・・嘘でしょ?」

 敬語を忘れる程、ラクトは動揺していた。

「本当だ。いずれの時も、敵対した相手以外には危害が及ばないタイミングだった。それも、私かクリス、カズキやエルザが傍にいる時に限ってだ」
「・・・限りなく、黒に近い気がするんですが」
「そこが微妙な所でな。普段のフローネを知っていれば、そんな事をしないと断言できるのだが、そういう時の体験は、必ず物語になっている。いずれも、ベストセラーだ」
「本になっていたんですか?知りませんでした」
「登場人物の名前は、書籍化する時に変えているからな。ローラン・フリードと言う名前に心当たりは?」
「あります。うちの店でも扱ってますから。うちの従業員は全員がファンですし」
「そういう訳だ。まあ、気付いている者もいるかもしれん。そのままの名前だしな」

 自分の好きな作家と、図らずも知り合ってしまったラクトであったが、これからの事を思うと喜んでばかりもいられない事に気付いた。

「もしかして、僕も巻き込まれてる?」

ラクトの呟きは、誰にも聞かれる事無く、試合終了と同時の歓声にかき消されてしまうのだった。

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