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「それにしてもこれは一体どこの果実なんだろう……」

 味わいつつもじろじろと観察する。
 知らないものは、なるだけ知っておきたい。
 目の前の果実に興味深々なエラの背後から、大きな影が伸びる。

「嫌です。あげません」
「……まだ何も言ってねぇけど」

 食べかけの果実を皿に置き、後ろに振り返る。

「何の用ですか? それと、さっきの輩はどうしたんですか?」
「お前に伝えることがあってな。んで、おっさんはあんな感じだ」

 ブランは納得のいかなそうな顔をして、後方へ首をやる。
 そこには二人が熱心に話し合いをしていた。時々聞こえてくる話し声によると、どうやら先程の料理の改良案を聞いているらしい。

「あの女店主に止められた。危害を与えてこようとした奴に対してよくもあんな……まぁ別にいいけどよ」
「ああ……なるほど、そういうことですか」

 カグヤの事を知っているエラは、妙に納得したように頷きながら遠い目で見つめる。  
 
「それはそれとして……だ。まだ飯は食ってねぇのか?」
「あのおじさんのおかげでまだ注文もしてないですけど」
「そうかそうか、んでこの後何か用事あるか?」

 何か嫌な予感がした。

「そうですね。用事がつまってて……」
「どんな?」
「仕事道具のメンテナンス。消耗品の買い足し。その他色々です」
「ま、それくらいなら後でもやれるな。ちょっとだけ面貸つらかしてもらうぜ」

 ブランは怪しい笑みを浮かべ、エラの腰を両手で掴み軽々しく持ち上げる。

「ちょっと、何するんですか!」
「こうした方が持ち運びやすいだろ?」

 抵抗するエラをものともせずそのまま肩に担ぎ上げる。
 こうなってしまったら何をしても無駄だと悟ったエラは大きく溜め息を吐いた。

「端から見たら人攫ひとさらいにしか思えませんよ」
こころよく俺に着いてくるんなら下ろしてやるよ」
「こんな横暴なやり方されたらそのつもりも無くなりますが」
「ははっ、その調子なら大丈夫そうだ」

 一体何が目的なのだろうか。エラはブランの大きな背中を見下ろしながら思考を張り巡らせる。
 そんな中、腹を満たすことに夢中になっていたボロがようやく異変に気づいた。

「あ~いくらでも食べれるなぁ……ってエラ!? どうしたの!?」
「いまさら……?」

 エラは自身の相棒《バディ》の能天気さに呆れた顔をする。
 
「えへへ、あまりにも美味しくてつい……じゃなくて、エラをどこに連れていくつもりなの!」

 ボロは喉を鳴らし威嚇いかくする。しかしブランは全く意に介さず、むしろボロの方へと近づいていく。

「へぇ、これが噂の……」

 ブランは顎に手を添えて、興味津々といった様子で目の前に座っている竜を見定める。
 幼いとは言えども竜は竜だ。
 それでも全く怯まずに、むしろ距離を詰めてくるブランの胆力たんりょくにボロは弱気になってしまう。

「な、なんだよう……」
「へぇ。まだ子供なのにこの強靭つよそうな体躯からだ。それに流暢りゅうちょうな人語を介する知能もあると。ま、顔付きはアホ丸出しだが、こりゃ便利な相棒だな」
「な、なんか褒められてるのかバカにされてるか分かんないんだけど!」

 ブランは戸惑うボロを見て、クククっと悪戯そうに笑う。 

「俺にしてはべた褒めだけどな。だが……やっぱり問題は|灰被りちゃん、お前だな」

 エラはぴくりと眉を動かす。

「問題……? 一体何のことですか?」
「それは後々説明してやるよ。さ、行こうか」

 顔を見てなくとも不服そうにしているのが分かるのか、ブランはにやりと笑う。  

「だからどこに……って、え、そんなまさか……」  

 エラははっと目を見開き、口を手で押さえた。
 ーーそうだ。一つだけ思い当たる節がある。

「察しが良いな」
「ですが、あなたは三ツ星なはずです。どうしてあの局長がわざわざ……」
「ん? ああ、そりゃ偶然おっさんから聞いただけ。んで俺がその役を買って出ただけだ。まだ駆け出しの奴がいきなり三ツ星の先輩に教えてもらえるなんて中々無いぜ? 良かったな」
「なるほど……そういうことでしたか」

 本来であれば、自身よりも一つ上の階級である二ツ星の配達屋の付き人になる予定だったはずだ。それが更に上の階級である者に教えを乞うことができるのは五ツ星を目指すエラにとってはありがたい話である。
 しかし、それがよりによって苦手意識を持っている相手になると、エラの心境は複雑だった。

「……分かりました。今から局長の所へ行きましょう。なのでせめて下ろしてください」
「お、素直なのは良いことだな」

 ブランはエラの要望を聞き入れ、ひょいと軽々しくその場に下ろす。
 このまま担がれながら連行されなくて良かった。それはあまりにも恥ずかしすぎる。
 
「ボロ、ここで待ってて」
「大丈夫なの?」

 ボロは心配そうな顔をする。

「うん。手続きしたらすぐに戻ってくるから」

 エラはそう言ってゴソゴソとポーチの中を漁り、ハンスから貰った金を渡す。

「これで食べたいもの食べてて」

 すると心機一転、心底嬉しそうに「本当!?」と目と口を大きく開ける。
 あまりの単純さエラは呆れた目をしつつ、後方へ振り返った。

「では行きましょうか」
「喋れるだけで知能はあんまりみてぇだな」

 机の上に乗っているメニュー表を手に取り、キラキラとした目で眺めるボロ。冷めた目で見られていることなど気づく訳もなく、あれやこれやと悩んでいる内に、二人は足早に郵便局へ向かっていってしまった。
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