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ボロの超高速移動により、目的地の入り口までそう時間も経たずにたどり着いた。
簡易的な関所が設置されており、地上に降り立った後にすぐに向かう。
エラは予め鞄から取り出していた封筒に張り付けている切手を守人に見せる。
「配達物……ですか」
「そうです」
守人の青年は、まだ年端も行かぬ少女と手元にある切手を何度も見比べている。
「偽物の切手じゃないですよ。ほら、ここも見てください」
青年の反応に対しエラは不服そうにムッと口を曲げ、胸元に付けられた一ツ星配達屋の証である土色の星形記章を見せつける。青年は苦笑いを浮かべた。
「すみません、大丈夫ですね。ではお通りください」
エラは不満げに鼻を鳴らし鞄の中に封筒をしまう。
「ボロ、いこ」
そのやり取りを見ていたボロはいたずらっ子のように小さく笑う。
「やっぱ最初はみんなびっくりするね」
「本人からしたらたまったものじゃないよ。手続きに毎回時間かかるのめんどくさいもの」
「まあまあ、エラは何たって歴代最年少の配達屋なんだから仕方ないよ。他の人達はみんなエラより一回り上だからね」
「そうね。でも結局の所、皆に配達屋として認知され始めるのは三ツ星から。早く仕事をこなして五ツ星配達屋《マスターフェアリーズ》になれば顔パスで何処でも通れるようになるから、それまでの辛抱かな」
五ツ星配達屋。数多の配達屋達が目指す最高峰の称号だ。しかし、その道のりは果てしなく長いことを知っているエラは、ついため息をついてしまう。
検問所を抜けると、正面には細道と、その両脇には切り立った崖が立ち塞がっていた。まだ空は明るいのに、そこは薄暗い。崖の上に森林が生い茂っているせいで、下の道に光が届きにくくなっているようだ。
「ちょっと怖いね」
ボロはエラの腕にひしと身を寄せる。歩みを進めると、冷ややかな風が肌を撫でる。道の奥は入り口からだとあまりよく見えなかった。エラは鞄を漁り、手持ちサイズの筒を取り出して上下に何度か振る。筒の中に入っている石が衝撃によって光を放ち、周囲が照らされる。
「やっぱり便利だねぇ、光石筒《こうせきとう》」
「配達屋の必需品だからね。けどちょっと明るさがちょっと控えめかも。買い換え時かな」
「え、いきなり切れたりしないよね?」
「さぁ?」
「えぇ……」
エラは不穏な返事をして、怯えるボロと共に細道を進む。中はどうやら迷路になっているようで、いくつもの道に分かれていた。
適当に進んでいると、入り口に帰ってくることすら難しくなりそうである。
「次は……右ね」
エラは予め道順の情報を仕入れていたので、迷うこと無く足を止めずに進んでいく。
「ねぇ、空からじゃだめなの? 上から見下ろしたらすぐに分かると思うけど」
ボロは歩き疲れてしまったのか、少し辛そうな顔をして提案する。
「昨年同じ配達内容でここに訪れた先輩から聞いていたでしょ。もう忘れたの?」
エラは改めてボロに説明する。
シヴィル峡谷の森林は『上の世界』と呼ばれ、獰猛な性物が多種生息しており、並大抵の知識と装備では五体満足で生きて帰ることすら難しいという。基本的には、何かあっても救助を求めることが出来ない立ち入り禁止区域であり、許可が降りる者はほんの一握りしかいない。もちろんエラ達のような新人では侵入してしまったが最後、一瞬で食い殺されてしまうだろう。
そしてその森林の中でも弱肉強食が君臨しており、淘汰された生物がひっそりとエラ達のいる谷底で暮らしているのだという。とはいえ、人間にとってはこの谷に住む生物も、もちろん十二分に危険なため、峡谷の入り口に関所を構え、許可証を見せなければ入ることすらできない。
「つまり、上に飛んでいくってのは死ににいくみたいなもの?」
「うん。ボロは死にたい? それに、そもそも上にいく程道幅が狭くなってる。飛んでも自由が効かないよ」
「ひえ……うう、素直に歩くよぉ」
ボロは肩をガックリと落とし、とぼとぼと歩き始めた。
「今日の仕事はこれで終わりだから。封筒をさっと届けたらいつものお店でボロの好きな骨付きステーキ頼んでもいいよ」
「いいの!?」
ボロは瞳を爛々に輝かせる。
「うん、その代わり、ちゃんと今はがんばろうね」
「もちろんだよ、やった! 僕がんばるからっ」
喜びながらボロは跳ねるように細道を進む。エラはそんな彼を横目で見て、ふふっと笑う。
「全く、調子いいんだからーーーー。ボロ、ストップ」
エラは後ろに手を伸ばしボロを制止し、曲がり角で身を潜めゆっくりと顔を出す。
そこには、四足獣の生物が悠然と歩いていた。暗くてあまりよく見えないが、エラの何十倍もの体躯を持っており、低い声で喉を鳴らしている。硬質の体毛に覆われた尻尾は地面をずるずると引きずるほどに長い。それは時折動かしては止まる。まるで別に意思を持っているようだ。
「あれがここに棲んでる主だね」
「ひえ……」
エラは、怯えながら口を押さえるボロを落ち着かせるために背中を優しく撫でる。
「大きな音を立てないで。大丈夫。まだ気づかれてないから。とにかく、迂回しないと」
ボロはこくこくと頷いた。ゆっくりと後退する。追跡するのは危険というエラの判断だった。近づきすぎると自分達の匂いを嗅ぎ付けられるかも知れない。それにエラ達にはあれと戦う意味もないのだ。
目的は手紙を無事に届けること。無闇な危険は避けるべきだ。
遠ざかっていくごとに緊張が段々と紐解かれていく。重苦しかった空気が軽くなったような気がした。エラは小さく溜め息をついて、辿った道を逆走する。
「こうなった場合の別の経路も聞いておいて良かった」
エラはライトをボロに持たせ、そして鞄から紙の束を取り出し、一枚ずつ捲っていく。彼女の必須アイテムであるメモ帳である。ここには数多の情報が書き込まれており、シヴィル峡谷の案内図も記されている。
紙は既にボロボロになっており字がぼやけている部分もあった。しかし、このメモ帳こそ彼女の努力を積み重ねてきた証であり、歴代最年少にして一ツ星配達屋になることができた所以の一つであった。
手がピタリと止まる。字はぐちゃぐちゃに書かれていて、ボロには全く分からない。エラはぶつぶつと呟きながらボロの手を引いて進む。
「こっちから行けば安全だと思う」
「相変わらずそれ、読めないよねぇ」
ボロが覗き込んでくる。
「……私が読めればいいの」
静かに睨まれる。ボロは笑って誤魔化しながらエラの後ろを着いていった。
右、左、左。弧を描くような道を進み、また右へ。奥へと入っていくにつれ、道は更に暗闇に染まっていく。光源を持っていなければ、ここまで楽に進めなかっただろう。
正面を照らしながら進んでいると、僅かな光が奥から見えてくる。転ばないように焦らず歩く。
光が届く亀裂の間をくぐり抜けると、そこは広い空間だった。
「外……じゃないね」
ボロは辺りを見渡しながら言った。
周りは依然と絶壁に囲まれており、自然に出来た大きな空洞であることをエラは察した。天井もなく、吹き抜けのため太陽光を遮るものは無かった。
「うん……そして、あそこね」
広い空間の中央に視線を向ける。そこには木造の小屋がひっそりと建っていた。
エラは鞄を漁りつつ小屋に近付いていく。玄関の扉の前に立ち、呼び鈴が無いのでノックをする。ギシギシと鳴った。どうやら建て付けが悪いようだ。
「……いないのかな?」
ボロは首を傾げた。
返答が無い。エラはもう一度同じことを繰り返そうとする。
その瞬間、扉の下の隙間から一枚の紙が滑り出てくる。エラはそれを拾い、その内容を読む。
(手紙を置け。返事を書くまで待っていろ。大人しく、少し離れて待っていろ。分かったら返事をしてこの書き置きを返せ……ね)
随分と冷たい歓迎である。どうやら姿を見せるつもりもないようだ。エラはシヴィル渓谷と依頼主の情報を集めていた際に聞いていたこと思い出す。
――――あそこのおじいさんは偏屈で変な人なんだ。
顔も見せず、声も出さず、ぶっきらぼうな命令口調の書き置きをしていくだけ。でもまぁ、反抗する理由も無いから、言うこと聞いてさっさと仕事を終わらせるに限るかな。あんなところにいる人なんて、そのおじいさんしかいないだろうからね――――。
「その通りね」
エラはその書き置きを扉の向こう側にいる家主へ返して、言われるがまま小屋から少し離れ、ゴロゴロと転がっている大岩を椅子がわりにして腰を下ろした。
簡易的な関所が設置されており、地上に降り立った後にすぐに向かう。
エラは予め鞄から取り出していた封筒に張り付けている切手を守人に見せる。
「配達物……ですか」
「そうです」
守人の青年は、まだ年端も行かぬ少女と手元にある切手を何度も見比べている。
「偽物の切手じゃないですよ。ほら、ここも見てください」
青年の反応に対しエラは不服そうにムッと口を曲げ、胸元に付けられた一ツ星配達屋の証である土色の星形記章を見せつける。青年は苦笑いを浮かべた。
「すみません、大丈夫ですね。ではお通りください」
エラは不満げに鼻を鳴らし鞄の中に封筒をしまう。
「ボロ、いこ」
そのやり取りを見ていたボロはいたずらっ子のように小さく笑う。
「やっぱ最初はみんなびっくりするね」
「本人からしたらたまったものじゃないよ。手続きに毎回時間かかるのめんどくさいもの」
「まあまあ、エラは何たって歴代最年少の配達屋なんだから仕方ないよ。他の人達はみんなエラより一回り上だからね」
「そうね。でも結局の所、皆に配達屋として認知され始めるのは三ツ星から。早く仕事をこなして五ツ星配達屋《マスターフェアリーズ》になれば顔パスで何処でも通れるようになるから、それまでの辛抱かな」
五ツ星配達屋。数多の配達屋達が目指す最高峰の称号だ。しかし、その道のりは果てしなく長いことを知っているエラは、ついため息をついてしまう。
検問所を抜けると、正面には細道と、その両脇には切り立った崖が立ち塞がっていた。まだ空は明るいのに、そこは薄暗い。崖の上に森林が生い茂っているせいで、下の道に光が届きにくくなっているようだ。
「ちょっと怖いね」
ボロはエラの腕にひしと身を寄せる。歩みを進めると、冷ややかな風が肌を撫でる。道の奥は入り口からだとあまりよく見えなかった。エラは鞄を漁り、手持ちサイズの筒を取り出して上下に何度か振る。筒の中に入っている石が衝撃によって光を放ち、周囲が照らされる。
「やっぱり便利だねぇ、光石筒《こうせきとう》」
「配達屋の必需品だからね。けどちょっと明るさがちょっと控えめかも。買い換え時かな」
「え、いきなり切れたりしないよね?」
「さぁ?」
「えぇ……」
エラは不穏な返事をして、怯えるボロと共に細道を進む。中はどうやら迷路になっているようで、いくつもの道に分かれていた。
適当に進んでいると、入り口に帰ってくることすら難しくなりそうである。
「次は……右ね」
エラは予め道順の情報を仕入れていたので、迷うこと無く足を止めずに進んでいく。
「ねぇ、空からじゃだめなの? 上から見下ろしたらすぐに分かると思うけど」
ボロは歩き疲れてしまったのか、少し辛そうな顔をして提案する。
「昨年同じ配達内容でここに訪れた先輩から聞いていたでしょ。もう忘れたの?」
エラは改めてボロに説明する。
シヴィル峡谷の森林は『上の世界』と呼ばれ、獰猛な性物が多種生息しており、並大抵の知識と装備では五体満足で生きて帰ることすら難しいという。基本的には、何かあっても救助を求めることが出来ない立ち入り禁止区域であり、許可が降りる者はほんの一握りしかいない。もちろんエラ達のような新人では侵入してしまったが最後、一瞬で食い殺されてしまうだろう。
そしてその森林の中でも弱肉強食が君臨しており、淘汰された生物がひっそりとエラ達のいる谷底で暮らしているのだという。とはいえ、人間にとってはこの谷に住む生物も、もちろん十二分に危険なため、峡谷の入り口に関所を構え、許可証を見せなければ入ることすらできない。
「つまり、上に飛んでいくってのは死ににいくみたいなもの?」
「うん。ボロは死にたい? それに、そもそも上にいく程道幅が狭くなってる。飛んでも自由が効かないよ」
「ひえ……うう、素直に歩くよぉ」
ボロは肩をガックリと落とし、とぼとぼと歩き始めた。
「今日の仕事はこれで終わりだから。封筒をさっと届けたらいつものお店でボロの好きな骨付きステーキ頼んでもいいよ」
「いいの!?」
ボロは瞳を爛々に輝かせる。
「うん、その代わり、ちゃんと今はがんばろうね」
「もちろんだよ、やった! 僕がんばるからっ」
喜びながらボロは跳ねるように細道を進む。エラはそんな彼を横目で見て、ふふっと笑う。
「全く、調子いいんだからーーーー。ボロ、ストップ」
エラは後ろに手を伸ばしボロを制止し、曲がり角で身を潜めゆっくりと顔を出す。
そこには、四足獣の生物が悠然と歩いていた。暗くてあまりよく見えないが、エラの何十倍もの体躯を持っており、低い声で喉を鳴らしている。硬質の体毛に覆われた尻尾は地面をずるずると引きずるほどに長い。それは時折動かしては止まる。まるで別に意思を持っているようだ。
「あれがここに棲んでる主だね」
「ひえ……」
エラは、怯えながら口を押さえるボロを落ち着かせるために背中を優しく撫でる。
「大きな音を立てないで。大丈夫。まだ気づかれてないから。とにかく、迂回しないと」
ボロはこくこくと頷いた。ゆっくりと後退する。追跡するのは危険というエラの判断だった。近づきすぎると自分達の匂いを嗅ぎ付けられるかも知れない。それにエラ達にはあれと戦う意味もないのだ。
目的は手紙を無事に届けること。無闇な危険は避けるべきだ。
遠ざかっていくごとに緊張が段々と紐解かれていく。重苦しかった空気が軽くなったような気がした。エラは小さく溜め息をついて、辿った道を逆走する。
「こうなった場合の別の経路も聞いておいて良かった」
エラはライトをボロに持たせ、そして鞄から紙の束を取り出し、一枚ずつ捲っていく。彼女の必須アイテムであるメモ帳である。ここには数多の情報が書き込まれており、シヴィル峡谷の案内図も記されている。
紙は既にボロボロになっており字がぼやけている部分もあった。しかし、このメモ帳こそ彼女の努力を積み重ねてきた証であり、歴代最年少にして一ツ星配達屋になることができた所以の一つであった。
手がピタリと止まる。字はぐちゃぐちゃに書かれていて、ボロには全く分からない。エラはぶつぶつと呟きながらボロの手を引いて進む。
「こっちから行けば安全だと思う」
「相変わらずそれ、読めないよねぇ」
ボロが覗き込んでくる。
「……私が読めればいいの」
静かに睨まれる。ボロは笑って誤魔化しながらエラの後ろを着いていった。
右、左、左。弧を描くような道を進み、また右へ。奥へと入っていくにつれ、道は更に暗闇に染まっていく。光源を持っていなければ、ここまで楽に進めなかっただろう。
正面を照らしながら進んでいると、僅かな光が奥から見えてくる。転ばないように焦らず歩く。
光が届く亀裂の間をくぐり抜けると、そこは広い空間だった。
「外……じゃないね」
ボロは辺りを見渡しながら言った。
周りは依然と絶壁に囲まれており、自然に出来た大きな空洞であることをエラは察した。天井もなく、吹き抜けのため太陽光を遮るものは無かった。
「うん……そして、あそこね」
広い空間の中央に視線を向ける。そこには木造の小屋がひっそりと建っていた。
エラは鞄を漁りつつ小屋に近付いていく。玄関の扉の前に立ち、呼び鈴が無いのでノックをする。ギシギシと鳴った。どうやら建て付けが悪いようだ。
「……いないのかな?」
ボロは首を傾げた。
返答が無い。エラはもう一度同じことを繰り返そうとする。
その瞬間、扉の下の隙間から一枚の紙が滑り出てくる。エラはそれを拾い、その内容を読む。
(手紙を置け。返事を書くまで待っていろ。大人しく、少し離れて待っていろ。分かったら返事をしてこの書き置きを返せ……ね)
随分と冷たい歓迎である。どうやら姿を見せるつもりもないようだ。エラはシヴィル渓谷と依頼主の情報を集めていた際に聞いていたこと思い出す。
――――あそこのおじいさんは偏屈で変な人なんだ。
顔も見せず、声も出さず、ぶっきらぼうな命令口調の書き置きをしていくだけ。でもまぁ、反抗する理由も無いから、言うこと聞いてさっさと仕事を終わらせるに限るかな。あんなところにいる人なんて、そのおじいさんしかいないだろうからね――――。
「その通りね」
エラはその書き置きを扉の向こう側にいる家主へ返して、言われるがまま小屋から少し離れ、ゴロゴロと転がっている大岩を椅子がわりにして腰を下ろした。
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