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老婆は語る。
普通、竜とは獰猛かつ神聖な種族であり、唯我独尊を貫く孤高な存在として言い伝えられてきた。地域によっては神の使いとして祀っている所もあるのだと言う。
それなのに目の前の竜はそれが嘘だと言わんばかりにかなり人懐っこく、雄々しい体付きこそしているが、先ほどから少女に睨まれてちんまりと縮こまっている。力関係では圧倒的に華奢で可憐な少女に勝っている筈なのに、どうやら彼女には頭が上がらないようである。その不思議な関係に思わず穏やかな笑いが込み上げてきてしまったのだ。
「あなたも入っても大丈夫よ。その大きさなら頑張れば入れると思うわ。二人とも上がってくださいな」
「やったぁ! ありがとう!」
竜は受け入れてくれた喜びで老婆に抱きつこうとしたが、それを少女が制止する。
「あなたは全身凶器なのを忘れないで」
「えへ、ごめんなさぁい」
「うふふ、いいのよ」
少女は老婆にもう一度謝った後、お邪魔します、と一言言ってから中に入る。後ろにいた竜も壊さないように器用に体を上手く使いながら入り口を通り抜ける。
「なんだかいい匂いがするね。安心するよ」
竜は鼻をひくつかせた後、うっとりとした表情を見せる。
「あまり人様の家の匂いを嗅がないの」
「いいのよ。そう言ってくれて嬉しいわ。この匂いはね、とある場所で咲いているお花のおかげなの」
老婆は先ほど執筆作業を行おうとした机に向かう。手作りのクッションを敷いた椅子に座ると、陶器の花瓶に挿れられた淡い紫色の花へ視線を向けた。
「うわぁ、ほんとだ、この花からするね」
竜は床を傷つけないようにゆっくりと机の元まで向かうと、鼻を近づかせ顔を緩ませた。少女も和んでいるように思えた。
老婆は花を一本抜き取り、少女の前に持ち出した。
「これはね、シヴィル峡谷で取れるものなのよ。名前は分からないけど、私の夫が半年に一度送ってきてくれるの。普通の草花よりもずうっと長持ちするの。不思議なお花なのよ。香りもずっと残っていてね……これは一年前のものだったかしらね」
軽く左右に振ると、ふわりと日だまりの香りがした。
「この香りで一年前ですか……凄いですね。そんな聞いたことありません」
流石に驚いたのか少女は大きく目を見開いていた。どうやら彼女は感情の起伏が小さいだけで、しっかり見ていれば心境の変化が分かるようだ。
竜と少女の反応に満足した老婆は花を花瓶へと戻した。
「さてと、こっちよ」
老婆は少女と竜を客間に案内する。小さな部屋で少し埃っぽい。客が訪れることが殆ど無いのと、足を痛めてからは掃除することが難しくなったからだ。それでもたまに掃除の請負人などに頼み、比較的綺麗にはしてもらっていた。
大きな木製の机に黒い革製の長椅子のみの簡素な客間だが、その机の中央にも先ほどの花が一輪置かれおり殺風景な部屋にわずかながら彩りを加えていた。
「ここで待っていてくれるかしら? お茶とお菓子を用意するわ」
「そこまでして貰わなくても……」
少女は遠慮がちにしていたが、老婆がじっと見つめると観念したのかちょこんと端に腰を下ろした。
「ありがとうございます」
「ふふ、かしこまらなくていいの。竜さんも」
「ボロでいいよっ」
床をぺしぺしと尻尾で叩く竜はずいと老婆の前へと押し寄せる。最初こそ驚いたが、今ではもうやんちゃな男の子にしか思えない。
「じゃあ、ボロさん、それと――」
「そうでした。すみません、名乗り忘れてしまいましたね。私はエランド=バートリーと申します。エラと呼んでください」
少女は荷物がパンパンに詰まった鞄のポケットから名刺を取り出した。中の荷物に圧迫されているのだろう、少しだけくたびれている。
老婆はその名刺を受け取り、顔に近づける。
「ありがとね。おや、つい最近一人前になったのね」
「はい、そうです」
その名刺には少女の顔写真と名前の他に、大きな文字で『一ツ星配達屋』と判子を押されている。
「でもね、僕たちならすぐに五ツ星になっちゃうよ。そしたらあっちこっち引っ張りだこになるから、格安で頼めてラッキーだよ!」
ボロは誇らしそうに胸を張る。
老婆は自信満々のボロに対してくすくすと笑う。
「ふふ、そうね。頼りにさせてもらうわ」
「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。さて、色々と用意してくるわね。あなたたちとゆっくりお話するのも楽しいけど、まだ配達してもらいたい手紙を書いていないの。ごめんなさいね。少し、待たせてしまうかも」
少女は小さく首を振る。
「大丈夫です。今日の仕事はこれで終わりですので。いくらでも待ちます」
「ありがたいわねぇ。とりあえずそこで待っててくださいな」
老婆は客間を後にしようとしたが、足を止めて振り返った。
「ああ、ごめんなさいね。私の名前も伝えていなかったわ。私はトルデよ」
「トルデおばあさんだね! これからよろしくね!」
「お願いします」
元気が有り余ったやんちゃな男の子に、やけに礼儀正しい女の子。まるで姉弟である。
トルデはそんなことを思いながら、穏やかな顔をして客間を後にした。
普通、竜とは獰猛かつ神聖な種族であり、唯我独尊を貫く孤高な存在として言い伝えられてきた。地域によっては神の使いとして祀っている所もあるのだと言う。
それなのに目の前の竜はそれが嘘だと言わんばかりにかなり人懐っこく、雄々しい体付きこそしているが、先ほどから少女に睨まれてちんまりと縮こまっている。力関係では圧倒的に華奢で可憐な少女に勝っている筈なのに、どうやら彼女には頭が上がらないようである。その不思議な関係に思わず穏やかな笑いが込み上げてきてしまったのだ。
「あなたも入っても大丈夫よ。その大きさなら頑張れば入れると思うわ。二人とも上がってくださいな」
「やったぁ! ありがとう!」
竜は受け入れてくれた喜びで老婆に抱きつこうとしたが、それを少女が制止する。
「あなたは全身凶器なのを忘れないで」
「えへ、ごめんなさぁい」
「うふふ、いいのよ」
少女は老婆にもう一度謝った後、お邪魔します、と一言言ってから中に入る。後ろにいた竜も壊さないように器用に体を上手く使いながら入り口を通り抜ける。
「なんだかいい匂いがするね。安心するよ」
竜は鼻をひくつかせた後、うっとりとした表情を見せる。
「あまり人様の家の匂いを嗅がないの」
「いいのよ。そう言ってくれて嬉しいわ。この匂いはね、とある場所で咲いているお花のおかげなの」
老婆は先ほど執筆作業を行おうとした机に向かう。手作りのクッションを敷いた椅子に座ると、陶器の花瓶に挿れられた淡い紫色の花へ視線を向けた。
「うわぁ、ほんとだ、この花からするね」
竜は床を傷つけないようにゆっくりと机の元まで向かうと、鼻を近づかせ顔を緩ませた。少女も和んでいるように思えた。
老婆は花を一本抜き取り、少女の前に持ち出した。
「これはね、シヴィル峡谷で取れるものなのよ。名前は分からないけど、私の夫が半年に一度送ってきてくれるの。普通の草花よりもずうっと長持ちするの。不思議なお花なのよ。香りもずっと残っていてね……これは一年前のものだったかしらね」
軽く左右に振ると、ふわりと日だまりの香りがした。
「この香りで一年前ですか……凄いですね。そんな聞いたことありません」
流石に驚いたのか少女は大きく目を見開いていた。どうやら彼女は感情の起伏が小さいだけで、しっかり見ていれば心境の変化が分かるようだ。
竜と少女の反応に満足した老婆は花を花瓶へと戻した。
「さてと、こっちよ」
老婆は少女と竜を客間に案内する。小さな部屋で少し埃っぽい。客が訪れることが殆ど無いのと、足を痛めてからは掃除することが難しくなったからだ。それでもたまに掃除の請負人などに頼み、比較的綺麗にはしてもらっていた。
大きな木製の机に黒い革製の長椅子のみの簡素な客間だが、その机の中央にも先ほどの花が一輪置かれおり殺風景な部屋にわずかながら彩りを加えていた。
「ここで待っていてくれるかしら? お茶とお菓子を用意するわ」
「そこまでして貰わなくても……」
少女は遠慮がちにしていたが、老婆がじっと見つめると観念したのかちょこんと端に腰を下ろした。
「ありがとうございます」
「ふふ、かしこまらなくていいの。竜さんも」
「ボロでいいよっ」
床をぺしぺしと尻尾で叩く竜はずいと老婆の前へと押し寄せる。最初こそ驚いたが、今ではもうやんちゃな男の子にしか思えない。
「じゃあ、ボロさん、それと――」
「そうでした。すみません、名乗り忘れてしまいましたね。私はエランド=バートリーと申します。エラと呼んでください」
少女は荷物がパンパンに詰まった鞄のポケットから名刺を取り出した。中の荷物に圧迫されているのだろう、少しだけくたびれている。
老婆はその名刺を受け取り、顔に近づける。
「ありがとね。おや、つい最近一人前になったのね」
「はい、そうです」
その名刺には少女の顔写真と名前の他に、大きな文字で『一ツ星配達屋』と判子を押されている。
「でもね、僕たちならすぐに五ツ星になっちゃうよ。そしたらあっちこっち引っ張りだこになるから、格安で頼めてラッキーだよ!」
ボロは誇らしそうに胸を張る。
老婆は自信満々のボロに対してくすくすと笑う。
「ふふ、そうね。頼りにさせてもらうわ」
「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。さて、色々と用意してくるわね。あなたたちとゆっくりお話するのも楽しいけど、まだ配達してもらいたい手紙を書いていないの。ごめんなさいね。少し、待たせてしまうかも」
少女は小さく首を振る。
「大丈夫です。今日の仕事はこれで終わりですので。いくらでも待ちます」
「ありがたいわねぇ。とりあえずそこで待っててくださいな」
老婆は客間を後にしようとしたが、足を止めて振り返った。
「ああ、ごめんなさいね。私の名前も伝えていなかったわ。私はトルデよ」
「トルデおばあさんだね! これからよろしくね!」
「お願いします」
元気が有り余ったやんちゃな男の子に、やけに礼儀正しい女の子。まるで姉弟である。
トルデはそんなことを思いながら、穏やかな顔をして客間を後にした。
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