惡魔の序章

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とざされたやしき

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 私は、ゆっくりと目を開けた。ぼんやりとする意識の中、辺りを見回すと、そこは見知らぬ部屋だった。アンティーク調の内装で整えられた部屋に、高価そうなアンティークの調度品に囲まれている。

 私は、瞬時に意識が覚醒すると、勢い良くベッドから起き上がった。

 ーー此処、何処ッッッ!!?

 ーーそうだ。私、ピクニックの帰りにいつきと別れた後、かすかと二人で手を繋いで歩いていたら、黒い車から出て来た二人の男性に、無理矢理、車の中に押し込められたんだ!

「ーーかすかっ! 起きてっ」

 隣のシングルベッドに眠るかすかをゆさゆさと揺すぶって起こした。かすかは、「……ん」と言って、ぼんやりと目を開ける。何処か気怠そうでぼーっとして天井を見上げていた。

「ーースプレーを浴びているから、もう少し意識が覚醒するまで時間が掛かるかもね」

「ーーッッッ!!?」

 私は驚愕して、振り返る。心臓が止まるかと思った。椅子に腰掛けて本を読む、使用人の女性がいた。年齢は二十代は越えている容姿で髪は短かった。無表情かつ、無機質な瞳に私を映して、事務的に言葉を続けた。

「さいとう達に、車へ押し込められる際に、酷く暴れて大変だったそうよ。貴方は、直ぐ意識を失ってくれたから楽だったそうだけど」

「……」

「さいとう達もこんなガキ一人に手間取るなんて、みっともないわね」

「あの……貴方は?」

「ーー私? 私は、ひるこよ。よろしくね」

「わ、私は……よく、です」

「……知っているわ」

 ひること名乗る目の前の使用人に警戒心が取れなかった。さいとうという名を言われて、誰だか、分からなかったが。恐らく、この使用人の仲間なのだろうと思う。

 私を他所に、ひるこという使用人は、淡々と用件を伝えて来た。そうして、立ち上がるとひるこはさっさと部屋から出て行こうとする、

「ーー食事は運んでおいたから、適当に食べて。かすかの方は、まだ意識が戻るまで時間が掛かるだろうから、明日の朝にまた様子を見に来るわ」

「ま……待って!」

「ーー何?」

「私達は、どうして、此処に連れて来られたんですかっ!?」

「主人の命よ」

「ーーえ?」

「用件はそれだけ。また明日、此処に来るわ。ーーそれじゃあね」

 私は再度、ひるこを呼び止めたが、ひるこは呼び止められても立ち止まらずに部屋を退室してしまった。扉の開閉音と共に室内は静寂に包まれる。

 ーーどういう事? 主人って何ッッッ!!?

 私はひるこの発言の意味が分からなかった。途方に暮れた私は、ベッドから下りると窓の外を見た。だが、扉も窓も鍵が掛けられていて、開かない。高さを見て、此処にいる場所は二階だという事に気付いた。そして、此処は大きな屋敷の中だという事に気付く。屋敷は森の中に囲まれていて、隔絶された空間にひっそりと建っていた。

 かすかの頭を撫でると、かすかは「ん……」と言って、また規則正しい寝息を立てて静かに眠っている。かすかが生きている事に私はほっと安堵した。私とかすかは此処に連れて来られて来たが、拘束はされていなかった。監禁はされているが。

 使用人のひるこは、「ーー明日の朝にまたこの部屋に訪れる」と言っていた。つまり、明日、ひるこの言っていた事が正しければ、ひるこの言う、主人に会えるのではないだろうか? と予想する。

 テーブルに置かれた食事には手をつけられなかった。薬品か何かが混入されている線を考えたからである。

   ♡

 翌日の朝。長くて短いような夜を眠らずに明かすと、その人はやって来た。ーー使用人のひるこを連れて。

「ーーおはよう。ちゃんと眠れたかな?」

「……っ」

 朝の挨拶を歌うように言う、目の前の眼鏡を掛けた黒髪の青年は人畜無害そうに微笑む。その柔和な笑みと、今の状況がマッチしていなくて、私は一層、それが不気味に感じられた。

「……ごめんね? 本当は、かすかだけの予定だったんだけれど。さいとうの手違いで君も一緒に此処に連れて来ちゃったみたい」

 悪びれた様子もなく、淡々と語る青年を見て、私は何も言葉が返せなかった。かすかは今でもベッドの上で眠っているし、かすかの意識は朦朧としているようで。私は大人しく黙って、この男の話を聞く他なかった。

「あ、屋敷の中は、好きに出歩いていいから。ーーただし、外には出ない事。それだけは、約束して?」

「あのっ……」

「ん? 何だい?」

 ひるこが鍵束をチェストに置いて、青年の側に控え直すのを目で追いながら、震える声で私は青年へと問い掛ける。

「ーー貴方の名前は?」

「あ、僕の事? ごめんね。そう言えば、名乗らなかったかな? 僕は、ゆきって言うんだ。この屋敷の主人だよ。ーーよろしくね」

 ゆきと名乗る青年は、綺麗ににっこりと微笑む。私は目の前の男を警戒するが、今の状況をどうにもする事が出来なくて、途方に暮れる。そして、この屋敷に招かれた事で、私とかすかは二度と元の家に帰る事が許されない事実を、後々、身を持って知る事となる。ーーだけど、この時の私は、まだこの男の気性を、恐ろしさを知る由もなかった。本当に、裏側の奥底まで。
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