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第二章 設定外が多すぎて
25.龍虎の対決
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ノルデンフェルト神殿訪問は、予定どおりに進められた。
ハータイネン、セムダールで見せたという寵力は、既にかなりの噂になっていたから遠い地方からはるばる見物に来ている民もあって、ノルデンフェルトでだけ秘密裡にとはできなかったようだ。
そうなれば式の盛大さにおいて、ハータイネンやセムダールに引けを取るわけにはゆかない。
聖殿には特別予算が回されて、皇帝臨御の式と決まった。
「リーヴを我が番と知らしめるに絶好の機会だ。
本来なら、そう言いたいところだが」
忌々し気にこぼしたラスムスは、聖殿儀式のために正装している。
さすがの男主人公、その姿は様式美の極致だ。悪役令嬢ポジションのリヴシェでさえ、思わず見惚れてしまう。
同じ馬車に乗り込むのを避けようといろいろ言い訳してみたが、瞬殺ですべて却下。不本意ながら、現在リヴシェは皇帝の馬車の中にいる。
ノルデンフェルト到着時と違うのは、リヴシェの隣にラーシュがいることだった。
「聖女様には、儀式の次第について事前の打ち合わせがございます」
涼しい顔をして平然と言い放ち、渋るラスムスに綺麗な微笑を返した。
「陛下にはお耳障りでございましょう。
聖女様と私は、別の馬車に移った方がよろしいのではと」
打ち合わせなんて、嘘八百も良いとこだ。きっちり分単位で刻まれたスケジュール表を、あらかじめ渡されている。
けど正直なところ、ありがたい。
これ以上、番だのなんだのと言われたくなかった。
超激アマの表情と声であれを言われ続けたら、前世を含めこの方面に免疫のないリヴシェには明らかなキャパオーバーだ。
「番犬が」
ラスムスが吐き捨てる。
「おそれいります。迷い犬よりマシかと」
にっこり微笑むラーシュ。
龍虎の対決だ。
正直なところ、ラスムスの熱烈なアプローチには戸惑っている。というか、むしろ困っている。
番の意味するところが、もしリヴシェが思っているとおりだとしたら、さらに困る。
ラスムスに断罪処刑されるはずのリヴシェを、幸せにするのが最大のミッションなのだ。
断罪処刑に関わる人々には、可能な限り距離をおきたい。豊かではないが平和なヴィシェフラドで、ぬくぬくと穏やかに暮らしたい。
嫌なことを強要されず、憎悪や嫌悪、マイナスの感情をぶつけてくる人とは関わらずにいられたら、それこそが幸せだろう。
そこに愛だの恋だの、そんな面倒な感情は持ち込まないでほしい。
振り回されペースを乱されて、疲れる。あんな面倒な感情はない。
結婚ともなれば相手の思いもあることなので、リヴシェの勝手ばかりは通らないだろう。長く一緒に暮らすのだ。愛はあった方が良いのだとは、なんとなくわかる。
穏やかな優しい愛、思いやりのある愛ならば。
けれど番となると話が違う。
もしリヴシェの思うとおりの意味であれば、その愛の深さ強さは執着ともいえるほどだとか。一生愛だの恋だのに振り回され縛られるではないか。
そんな強い感情をうけとめる自信など、今のリヴシェにはない。
冷え冷えと静まり返った車内に、じきに氷が張ろうかという頃。
馬車は聖殿前に着いた。
既に雲霞のごとき群衆が、今や遅しとリヴシェの到着を待ちかねていた。
「これより聖女様のお力を賜る」
式次第どおりに進んだ儀式のクライマックスは、癒しの寵力だった。
ノルデンフェルトの神官長が、厳かな朗々とした声で宣言する。
「癒しのお力を賜るのは、軍病院からつれ来た騎士5名。
いずれも見てのとおり重傷者だ。
ここに彼らの診断書がある」
革ひもでまとめられた巻物を開いて、5人の神官が群衆の前に出た。
ゆっくりと見せて回る。
5人の騎士は先月セムダールとの国境近くで、山賊と発表された者と戦った。そして負傷したのだという。
身元不明の敵だから山賊と呼ぶしかなかったのだろうが、十中八九セムダールの間諜である。
特殊訓練を受けた彼らは、毒や火器、多種の魔法を自在に使いこなす。相当腕のたつ騎士でも、まともにぶつかれば危ない。命があっただけマシだった。
「火傷ですね」
ドラゴンの業火にでも焼かれたのか。最初の騎士の身体には、赤黒いひきつれがあちこちに生々しく残っている。
リヴシェは騎士の右頬に手をあてた。
無傷の左側があるだけに、右側の引きつれが余計に酷く痛々しい。
元はかなり整った容貌であるのに。
(すっかり元に戻りますように)
ぱぁっと白い輝きが騎士の身体を包む。
短く幾度か瞬いて、雪のようにひらひらと小粒の光が舞い落ちた。
騎士の右頬から、ぼろりとかさぶたが剝げる。
腕、脚、首、肩からも。
かさぶたの剥げた後、薄い桃色の肌に触れた騎士は、言葉を失くしている。
「う……そだろ」
隣で見ていた騎士が、先に反応した。
「綺麗に治ってるぜ」
遅れて群衆がどよめいた。
ぐわんと空気が揺れるほどの歓声が上がる。
皇帝の御前を憚ってただひたすら静粛に見物していた群衆が、今は興奮に我を忘れていた。
「ほんものだ」
「ほんものだったよ」
5人すべてに治療を施した後、ハータイネンやセムダール同様にリヴシェは民の治療を申し出た。
それを聞いた群衆の熱は、さらにヒートアップする。
我も我もと口々に叫び、聖衣をまとった神官に受け付けてほしいと集まった。
どうせやるなら徹底的に。
しっかり寵力を見せつけて、聖殿への喜捨を増やしたい。
俗なことだが仕方ない。本音はそうだ。
そこまではハータイネン、セムダールでも同じ。けれど今回だけはもう1つ目的がある。
治療にあたる間は聖殿にこもることができる。
民のための治療なら、ラスムスもさすがにやめろとは言わないだろう。
一挙両得だ。
「ノルデンフェルトの方々にも、喜んでいただけたようですね。
なによりです」
聖殿神官長の傍に控えたラーシュは、この上もなく美しい微笑で神殿関係者をねぎらった。
「治療希望者のリストを作成していただけますか」
途切れることはないだろう治療希望者に、わずか3日しかない滞在期間などすぐに過ぎてしまうはず。
それなのにラーシュは、嫌な顔ひとつしない。
「聖女様のご意向です。
できるだけ多くの方が、女神の恩寵を賜れますようにと。
皆さんにはご面倒をかけてしまいますが、よろしくお願いしますね」
このお気遣い、腰の低さ。
さすがに聖女様のご婚約者だ。
神官たちは皆々感激し、後々まで事細かに噂したと。
後日それを聞かされたリヴシェは、ラーシュの判断は適切だと認めながらも、へとへとに疲れた3日を思い乾いた笑いを浮かべた。
そしてラスムスから逃げ切った自分を褒めてやる。
けれど逃げ切るべきではなかった。
せめて後数日滞在していればと、後悔は後からやってくる。
東の帝国から使者が発ったと。
限りなく凶報に近いと予感する知らせが、帰国途上のリヴシェに届いた。
ハータイネン、セムダールで見せたという寵力は、既にかなりの噂になっていたから遠い地方からはるばる見物に来ている民もあって、ノルデンフェルトでだけ秘密裡にとはできなかったようだ。
そうなれば式の盛大さにおいて、ハータイネンやセムダールに引けを取るわけにはゆかない。
聖殿には特別予算が回されて、皇帝臨御の式と決まった。
「リーヴを我が番と知らしめるに絶好の機会だ。
本来なら、そう言いたいところだが」
忌々し気にこぼしたラスムスは、聖殿儀式のために正装している。
さすがの男主人公、その姿は様式美の極致だ。悪役令嬢ポジションのリヴシェでさえ、思わず見惚れてしまう。
同じ馬車に乗り込むのを避けようといろいろ言い訳してみたが、瞬殺ですべて却下。不本意ながら、現在リヴシェは皇帝の馬車の中にいる。
ノルデンフェルト到着時と違うのは、リヴシェの隣にラーシュがいることだった。
「聖女様には、儀式の次第について事前の打ち合わせがございます」
涼しい顔をして平然と言い放ち、渋るラスムスに綺麗な微笑を返した。
「陛下にはお耳障りでございましょう。
聖女様と私は、別の馬車に移った方がよろしいのではと」
打ち合わせなんて、嘘八百も良いとこだ。きっちり分単位で刻まれたスケジュール表を、あらかじめ渡されている。
けど正直なところ、ありがたい。
これ以上、番だのなんだのと言われたくなかった。
超激アマの表情と声であれを言われ続けたら、前世を含めこの方面に免疫のないリヴシェには明らかなキャパオーバーだ。
「番犬が」
ラスムスが吐き捨てる。
「おそれいります。迷い犬よりマシかと」
にっこり微笑むラーシュ。
龍虎の対決だ。
正直なところ、ラスムスの熱烈なアプローチには戸惑っている。というか、むしろ困っている。
番の意味するところが、もしリヴシェが思っているとおりだとしたら、さらに困る。
ラスムスに断罪処刑されるはずのリヴシェを、幸せにするのが最大のミッションなのだ。
断罪処刑に関わる人々には、可能な限り距離をおきたい。豊かではないが平和なヴィシェフラドで、ぬくぬくと穏やかに暮らしたい。
嫌なことを強要されず、憎悪や嫌悪、マイナスの感情をぶつけてくる人とは関わらずにいられたら、それこそが幸せだろう。
そこに愛だの恋だの、そんな面倒な感情は持ち込まないでほしい。
振り回されペースを乱されて、疲れる。あんな面倒な感情はない。
結婚ともなれば相手の思いもあることなので、リヴシェの勝手ばかりは通らないだろう。長く一緒に暮らすのだ。愛はあった方が良いのだとは、なんとなくわかる。
穏やかな優しい愛、思いやりのある愛ならば。
けれど番となると話が違う。
もしリヴシェの思うとおりの意味であれば、その愛の深さ強さは執着ともいえるほどだとか。一生愛だの恋だのに振り回され縛られるではないか。
そんな強い感情をうけとめる自信など、今のリヴシェにはない。
冷え冷えと静まり返った車内に、じきに氷が張ろうかという頃。
馬車は聖殿前に着いた。
既に雲霞のごとき群衆が、今や遅しとリヴシェの到着を待ちかねていた。
「これより聖女様のお力を賜る」
式次第どおりに進んだ儀式のクライマックスは、癒しの寵力だった。
ノルデンフェルトの神官長が、厳かな朗々とした声で宣言する。
「癒しのお力を賜るのは、軍病院からつれ来た騎士5名。
いずれも見てのとおり重傷者だ。
ここに彼らの診断書がある」
革ひもでまとめられた巻物を開いて、5人の神官が群衆の前に出た。
ゆっくりと見せて回る。
5人の騎士は先月セムダールとの国境近くで、山賊と発表された者と戦った。そして負傷したのだという。
身元不明の敵だから山賊と呼ぶしかなかったのだろうが、十中八九セムダールの間諜である。
特殊訓練を受けた彼らは、毒や火器、多種の魔法を自在に使いこなす。相当腕のたつ騎士でも、まともにぶつかれば危ない。命があっただけマシだった。
「火傷ですね」
ドラゴンの業火にでも焼かれたのか。最初の騎士の身体には、赤黒いひきつれがあちこちに生々しく残っている。
リヴシェは騎士の右頬に手をあてた。
無傷の左側があるだけに、右側の引きつれが余計に酷く痛々しい。
元はかなり整った容貌であるのに。
(すっかり元に戻りますように)
ぱぁっと白い輝きが騎士の身体を包む。
短く幾度か瞬いて、雪のようにひらひらと小粒の光が舞い落ちた。
騎士の右頬から、ぼろりとかさぶたが剝げる。
腕、脚、首、肩からも。
かさぶたの剥げた後、薄い桃色の肌に触れた騎士は、言葉を失くしている。
「う……そだろ」
隣で見ていた騎士が、先に反応した。
「綺麗に治ってるぜ」
遅れて群衆がどよめいた。
ぐわんと空気が揺れるほどの歓声が上がる。
皇帝の御前を憚ってただひたすら静粛に見物していた群衆が、今は興奮に我を忘れていた。
「ほんものだ」
「ほんものだったよ」
5人すべてに治療を施した後、ハータイネンやセムダール同様にリヴシェは民の治療を申し出た。
それを聞いた群衆の熱は、さらにヒートアップする。
我も我もと口々に叫び、聖衣をまとった神官に受け付けてほしいと集まった。
どうせやるなら徹底的に。
しっかり寵力を見せつけて、聖殿への喜捨を増やしたい。
俗なことだが仕方ない。本音はそうだ。
そこまではハータイネン、セムダールでも同じ。けれど今回だけはもう1つ目的がある。
治療にあたる間は聖殿にこもることができる。
民のための治療なら、ラスムスもさすがにやめろとは言わないだろう。
一挙両得だ。
「ノルデンフェルトの方々にも、喜んでいただけたようですね。
なによりです」
聖殿神官長の傍に控えたラーシュは、この上もなく美しい微笑で神殿関係者をねぎらった。
「治療希望者のリストを作成していただけますか」
途切れることはないだろう治療希望者に、わずか3日しかない滞在期間などすぐに過ぎてしまうはず。
それなのにラーシュは、嫌な顔ひとつしない。
「聖女様のご意向です。
できるだけ多くの方が、女神の恩寵を賜れますようにと。
皆さんにはご面倒をかけてしまいますが、よろしくお願いしますね」
このお気遣い、腰の低さ。
さすがに聖女様のご婚約者だ。
神官たちは皆々感激し、後々まで事細かに噂したと。
後日それを聞かされたリヴシェは、ラーシュの判断は適切だと認めながらも、へとへとに疲れた3日を思い乾いた笑いを浮かべた。
そしてラスムスから逃げ切った自分を褒めてやる。
けれど逃げ切るべきではなかった。
せめて後数日滞在していればと、後悔は後からやってくる。
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