その傘をはずして

みたらし

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第一章

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 月曜日の夜。進学先のパンフレットに目を通していると、枕元に投げ捨てていた携帯電話が振動した。画面を見ると伊織からメールが来ていた。

【今日はあまり一緒にいれなかったね。文化祭の打ち合わせが忙しくって(汗)そういえば、今日はインターンシップの場所が決まったわね。私はもみじ幼稚園です。歩はどこになったの?】

 僕の高校では、三年の夏休みにインターンシップを行うしきたりがあった。参画企業は、幼稚園や食堂、印刷会社に地方銀行など、主に地域に密着した企業ばかりだ。

 僕はJAに行くことが決まっていた。何故JAかというと、叔父がそこで働いているからという理由と、単に家の一番近くのバス停から二十分ほどで着くという交通の利便性がよかったからである。

 僕は絵文字も句読点も使わない冷徹な文字で、ただ二文字JAとだけ返した。

【あらそう。ところで話は変わるんだけど、まずはこの画像を見てくれないかな】

 彼女は社交辞令で僕のインターンシップ先を聞いたらしく、あからさまに興味がなさそうだった。僕は彼女の指示通り添付されていた画像を見た。

 画像の名前には「茄子のはさみ揚げ」と表記されており、白い器に盛りつけられた天ぷらのようなものの上から、エノキやネギの混ざったあんが掛けられている。

【まさかこれ、君が作ったの?】

【そんなわけないでしょう。私にこんな技量があったら、おばあちゃんは心配しないわよ。これは夕ご飯を食べていた時に、バラエティ番組で紹介されたものなの。その写真をインターネットから拾ってきたのよ】

 確かに、自分のことを不器用だと豪語する彼女が、こんな凝った料理ができるとは思えない。彼女は皿を洗えないどころか、洗った皿を上手に陳列することすら満足にできないのだ。

 伊織がこの写真を送ってきた意図を考えていると、見計らったかのように彼女から着信があった。そして開口一番、彼女はとんでもない要望を投げつけてきた。

『今週の土曜日、歩がこの料理を作ってよ』

『何で僕が?』

『歩は料理が上手だからこの料理作れるよって、おばあちゃんに言っちゃたんだもん』

『どうしてそんな嘘を……』

『話の流れで仕方なかったのよ。でも前に、料理が趣味だって言っていたわよね?』

 料理のことを話したのは彼女と初めて喫茶店に入った時だ。確かにあの時彼女は、僕に料理ができるかと聞いてきた。でもその時言ったはずだ。

『簡単なものしか作れないって言ったじゃないか』

『茄子のはさみ揚げも簡単でしょう?』

『だったら君が作ればいいじゃないか』

『あなたが料理した方が、おばあちゃんもよくできた恋人だと感心するでしょう。それに私、本当に料理が苦手で……。前に味噌汁を作った時も鍋をひっくり返して、もう台所には立たなくていいって言われたし……』

 いつも過剰なほどに自信家の彼女が、自分の不得意分野をこうまで自覚しているのならよっぽどひどいのだろう。煮えたぎった油に水を注いで火災になるなんてことも、彼女ならあり得るような気がした。
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