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才媛酒宴編
58.竜と錬金術師
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「かれこれ三時間待ったんだけど…」
一向に来る気配が無い。
「お腹すいたぁ…」
「もうお昼ご飯の時間です…」
『ペコペコ~』
「しょうがない。私たちだけで行こうか」
私も早く帰りたいし、ルウリちゃんには悪いけどサクッと片付けちゃおう。
遅刻する方が悪いってことで、私たちは鋼鉄の扉をくぐりイーストマインへと足を踏み入れた。
「もっと薄暗くて埃っぽいもんだと思ってたけど、案外そんなことないんだな」
魔石ランプで照らされた内部は明るく、魔導具によって空気の循環がされているようで息苦しさは感じない。
「お姉ちゃん!魔物!」
「ゴブリンです!」
坑道には魔物が湧く。
厳重な扉が入口に設置されていたのはそのためだ。
魔物っていっても手強いわけじゃなく、マリアとジャンヌの敵じゃない。
「うりゃあ!」
「やあ!」
炎の牙と水の刃が魔物を一掃する。
「マリアもジャンヌも強いね!カッコいい!」
「エヘヘ」
「エッヘンです」
トトに褒められて上機嫌な二人。
その後も何度か魔物に遭遇したけど、二人やリルムが片っ端から倒していった。
頼もしすぎて何にもやることがない。
もうね、遠足。
「遅くなったけど、そろそろご飯にしよっか」
開けた場所で腰掛けてお弁当を広げる。
白ひげ亭の厨房を借りてサンドイッチを拵えてきた。
カットしたバゲットに切り込みを入れてバターを塗り、ハンバーグにトマト、レタス、それにチーズとピクルスを挟んだスペシャルなサンドイッチだ。
口直しにサイコロ状に切った野菜とベーコンのスープ。
街で売ってた保温性の高い水筒に入れてきた。
デザートにはミルクのムースにジャムを添えて。
「みんな手を合わせて。いただきます」
「いただきまーす!」
「あーむ!」
「んーやっぱり花婿さんの作るご飯はおいしい!」
そりゃよかった。
「はいリルム」
『もぐもぐ。おいしー』
「あーマリア、リルムに野菜あげてる」
「しー!しー!」
「こら。野菜も食べないと大きくなれないぞ」
まったく好き嫌いしおって。
私もキノコ嫌いだから強く言えないけどさ。
「むー…食べれないわけじゃないもん。生の野菜が嫌いなだけで、スープとかシチューは食べられるもん」
「生の方が栄養があるんだよ」
「私は生の方が好きです。生がダメなんてマリアはまだ子どもだね」
「ふーんだ。ジャンヌだって辛いの苦手なくせに。お姉ちゃんも生の方が好きなの?生がいいの?」
「特別そんなこともないけど、あんま生がいいとか外で連呼しちゃダメだよ」
シンプルにムラムラするから。
ほんと、鋼の理性に感謝しろよ。
「んー……じゃあお姉ちゃんがあーんってしてくれたら一口食べる…」
「はいはい。甘えんぼなんだから。あーん」
「あー……んっ……。むぐむぐ…うぅ…」
「ニシシ、ちゃんと食べられて偉いね。よしよし」
はー妹って可愛い。
「いいなぁマリア。お姉ちゃん、私もあーんってしてほしいです」
「ジャンヌは生で野菜食べられるでしょ?」
「うー…。じゃ、じゃあもう野菜食べません!悪い子になります!」
「なんでじゃ。わかったよ、ほら。あーん」
「あーん。エヘヘ、おいしいです」
はーーーー妹ってほんと可愛い!
「花婿さん花婿さん、なんだか楽しそうだから私にもあーんってして!」
『リルムもリルムもー。ねーねーリー』
「花婿さんってばー!」
あーなんていうか…
ハーレムって最ッ高~♡
お昼休憩から更に三十分ほど進むと、ようやくお目当ての洞窟に到着した。
「キレー!」
「わぁー!」
辺り一面の銀色と水色が混ざった鉱石が輝く幻想的な光景に、私は思わずのため息をついた。
「これが天然のミスリル鉱脈か…」
鉱物が長い年月をかけて魔力を吸収したものが、ミスリルやアダマンタイトみたいな希少鉱石だって話だったっけな。
こうして直に触れてみると、大地の大らかで豊かな魔力を感じる。
洞窟の奥から、ゴリゴリと地面を掘る音が聴こえた。
硬いミスリルをギラリと光る牙で噛み砕く大きなトカゲが一匹。
あれがストーンイーターか。
歪曲した二本の角。金属の鱗の鎧に、地面を掘るのに発達したゴツい爪。尻尾の先はハンマーみたいになってる。
トカゲというよりは、全身を武装した恐竜みたいだ。
「あっちも私たちに気付いたな」
食事を邪魔されたストーンイーターは、赤い目を血走らせグルルルと唸った。
「私とマリアが前衛。ジャンヌとトトは支援をお願い。やりすぎるとみんな生き埋めになっちゃうし、ミスリルが全部粉々になっちゃうからそこは注意ね」
「わかった!」
「はい!」
「いつでもいけるよ!」
「オッケー」
剣を肩に担いで、私は口の端を上げた。
「ストーンイーター討伐戦、開始だ」
なーんて大仰に宣言したもの、硬く重く巨大なだけの魔物なんてまったく相手じゃない。
「拘束!」
「水球!」
魔法で突進を止め、水の塊頭を覆ってで呼吸を封じる。
これだけでも魔物にしてみればたまったものじゃないだろう。
ストーンイーターは苦し紛れに尻尾を振り、ハンマーをマリアに叩きつけようとした。
「陽炎!」
マリアの姿が揺らめき消える。
【電光石火】と【神速】を瞬間的に発動させ、緩急を持たせたマリア独自の歩法。
昨日の私との手合わせで思いついたらしいそれは、目の前にいながら相手を幻惑させる。
ストーンイーターは完全に、懐のマリアを見失っていた。
「余計なものは斬らない、余計なものは斬らない…!救世一刀流!」
私…やることねえなぁ。
「三日月の鎌!」
「深海の激流!」
「燐!」
見せ場、無し!
ストーンイーターは何とも呆気なく沈黙した。
いやー、ハッハッハ。強すぎるだろ君たち。
え?これで依頼達成?
んーまあ、早く終わったからいい…のかな。
『リルムなんにもしてないー』
「出番無しだったね」
『つまんないー』
と、リルムは私の頭に飛び乗った。
もうちょっとこう、危ない!とかってみんなを庇う展開とかも…ねえ?
ま、いっか。
「おつかれみんな。じゃあ死体を回収して…」
ゾワッ
「!」
「みんな、危ない!」
活動を停止したはずのストーンイーターが前脚を振り下ろす。
展開された緋色の【星天の盾】が弾き返したけど…
「は…?なんで…?」
ストーンイーターは巨体を持ち上げ私たちを見下ろした。
完全に仕留めたように見えたけど、傷が浅かったか?
「倒しきれてないなら、今度こそ倒してやる」
すると、ストーンイーターの背中が裂けた。
鉄の鱗を砕き、中から青銀の体表が輝いた。
脱皮?いや、変異か?ミスリルを食べて進化したってことか。
ミスリルドラゴン。
竜へと変態したトカゲは、翼を広げ咆哮で空間を震動させた。
「まさかドラゴンを相手にするとはね…全然予想してなかった」
「花婿さん、これはちょっと危ないよ!」
トトが震えてる。
精霊だからミスリルドラゴンの荒々しくけたたましい魔力を直に感じてるんだろう。
「大丈夫。聖域」
防御力上昇と魔法抵抗、常時回復を施した結界を広げ剣を構える。
「何があってもみんなは守るし、ドラゴンなんかに遅れを取る私じゃないから」
ミスリルドラゴンは翼をはためかせ、鋭く尖ったミスリルの槍を降らせた。
「リルム!」
『暴食王の晩餐』
私たちの前に飛び出たリルムが大きな口を開けてミスリルの雨を吸い込む。
「マリア、ジャンヌ!」
「行くよジャンヌ!」
「うん!」
「「双牙絶爪!!」」
炎と激流がせめぎ合いながらミスリルドラゴンを猛襲する。
さすがミスリル、魔法耐性が高い。
けれど二人の魔法はその強度と硬度を上回り、ミスリルドラゴンを壁際まで吹き飛ばした。
「二人ともすごい!」
「進化したばっかでまだ完全じゃないんだろ。一気に決めるよ、トト!」
「抵抗力低下!」
もう少し進化が早かったら、私たちを苦戦させられたかもな。
まあ、だとしてもこっちのが強いけどね。
魔物相手に弱肉強食を説く無意味さに内心可笑しさを覚えつつ。
私の剣はミスリルドラゴンの胸部を深く斬り裂いた。
「っし、これで今度こそ…っ!」
ググ…
「生命力ハンパねえなぁ、おい」
もう事切れる寸前のはずなのに、ミスリルドラゴンは持ち上げた前脚で私を潰そうとしてきた。
なら首を刎ねる…って剣を振りかぶった瞬間。
パンッ
乾いた音と共にドラゴンの眉間に穴が開き、巨体は完全に息の根を止めた。
「えー全然トカゲじゃないし。てかドラゴン?初めて見たー!わーキラキラしてんのヤッバめっちゃ映える!」
振り返ると、その女の子はゴツい拳銃から硝煙を立ち昇らせていた。
ピンクのグラデーションカラーの髪。鳶色の目。ゴリッゴリに空いたピアス。
そして際どく開いた胸元に、私の目は釘付けになった。
「百合の楽園の人たちだよね。ゴメンめっちゃ寝坊したー。間に合った?やーギリアウトかなー。ほんっとゴメンなさい。あっ、あたしルウリ。天才錬金術師でーす。よろー」
そう、屈託のない笑顔で横ピースを決めた。
かっわい。
「ひゅードラゴンとか初めて見た。ヤバいんだけどー」
ルウリちゃんは倒れたミスリルドラゴンを見て、興味津々な様子で目をキラキラさせた。
「おーちゃんと身体を構成する成分がミスリルだ。血もミスリル成分なのアガるわ」
「あの…」
「ん?」
遅刻のことはさておき、腿のホルダーにしまった銃のこととか、ルウリちゃん個人のこととか聞きたかったんだけど。
マリアたちが揃ってルウリちゃんに駆け寄った。
「魔法使いのお姉ちゃんだ!」
「魔法使い?」
「はい!壊れたおもちゃの鳥さんを、すぐに直しちゃったんです!」
「あのときの子どもたちかー。前にも言ったけど、あたしは魔法使いじゃないの。錬金術師」
「錬金術師?」
「そっ。錬金術師」
と、ルウリちゃんは手のひらを合わせた。
「物を作ったり直したり、元素とか原子配列が…って、子どもにはちょっと難しいかもね」
「私マリア!」
「ジャンヌです!」
「私はトト!よろしくね!」
「よろ。んで、そっちの赤髪の人がリコリスさんでいい?」
「あ、うん。リコリスでいいよ」
「じゃ、あたしのこともルウリで。それにしてもすごいね。これだけの人数でドラゴンを倒しちゃうなんて。さっすがミルちぃが騒いでたことはあるって感じ」
ミルちぃ?あ、ミルクちゃんのことか。
「ルウリの話も聞いてるよ。すごい発明家だって。ミルクちゃんがカメラを自慢してた」
「でしょ?あたし天才だから」
腰に手当ててドヤってるのも可愛いなぁ。
なんていうか、垢抜けた可愛さ?
この世界では珍しいタイプ。
「会って話したいなーって思ってたんだけど、なんかタイミングズレちゃって」
「それはマジでゴメン。時間にルーズってめっちゃ言われる。あたしのダメなとこだー」
「いいよ気にしてないから。それよりさ、よかったら一緒にご飯でもどう?」
「えー行く行く♡可愛い子とご飯とか至福~♡とりま戻らん?ギルドに報告とかあるっしょ」
「そうだね」
【アイテムボックス】にしまって、と。
「おー【空間魔法】持ち!かっこいー!」
「エッヘッヘ。それじゃ帰ろうか。空間移動」
褒められてちょっと上機嫌になりつつ、ルウリを連れて地上へと戻った。
はい一瞬。
一度行ったところしか行けないのって異世界転生…っていうか【空間魔法】あるあるだよね。
「うっわワープ出来んのいいなー。めっちゃ便利~」
「最近使えるようになったんだ」
ギルドに入ると、シャーリーが手を前で重ねてお出迎えしてくれた。
「お帰りなさいませ、リコリスさん」
「おう」
私たちが無事で戻ってくると予見していたようで、特別身を案じられることはなかった。
それからギルドマスターのユウェナさんがやって来て、私たちを執務室に通した。
「この度は急な依頼を受けていただき、まことにありがとうございます」
「いえいえ。冒険者としての義務ですから」
なんて、心にもないことを言ってみる。
「恐縮です。それでストーンイーターの方は…」
「倒すのは倒したんですけど、なんか進化しちゃって」
【アイテムボックス】からドラゴンの頭だけ覗かせる。
「ミスリルドラゴンになっちゃったんですよ。あ、一応ストーンイーターの抜け殻も回収してきましたから」
ユウェナさんは見るも明らかに絶句していた。
「ドドッ、ドドドド、ドラゴン?!!!しょしょ、少々お待ちをを!!すっ、すぐに王城へ連絡しなくては!!」
「なんでそんなに慌ててるの?」
「リコリスさん、またとんでもないことをしましたね」
「ほぇ?」
なんかめっちゃバタバタして、馬車で迎えが来たと思ったら、王城まで連れてこられたんだが。
謁見の間にて。
私たち百合の楽園の他、ガリアス王にシルヴィア王妃、ミルクちゃん、ルウリ。それに臣下に兵士たちと、ギルドマスターのユウェナさんは、ミスリルドラゴンの亡き骸を前にした。
「よもやドラゴンが現れるとはな。リコリス、それに百合の楽園よ。此度の件、大義であった」
焦ったー。
ドラゴンは倒しちゃいけません、死罪です、とか言われるんだと思ってドキドキした。
「まだ進化したばかりの幼竜であったのが救いだな。そうでなければ軍を動かしても足りなかったやもしれん」
「そうなの?」
って、隣のシャーリーとヒソヒソ話。
「ドラゴンというのは、全ての魔物の頂点に数えられる種族ですから」
「魔物の頂点?」
「リコリスさんたちが倒したこのドラゴンは、まだ幼竜。それも地竜などの亜竜、下位の竜種に数えられるものでしょう。中位竜種となるとワイバーンなどの飛竜。人間や他種族のように知恵と知識を持ち人語を介す個体も見られます。上位種ともなればほぼ神格も同然で、存在そのものが災害です。例えるなら、テルナさんと同格のようなものでしょうか」
師匠と同じレベルか。
……そう言われるとあんまりなイメージしちゃうが?
「ドラゴンっていうのはねー、半分精霊みたいな魔力の塊でもあるからね。だから他の生物にとっては、生態系を狂わせたり、魔力の流れを澱ませちゃう天災みたいなものなんだよ。このドラゴンみたいに自我が定まってないと魔力も荒れ狂ってて、私みたいな精霊にはすーっごく怖いものなんだぁ」
「通常ドラゴンは固有の種族ですが、今回のように竜の因子を持つ魔物が、年月を経たり力を得たりして進化するケースも少なからずあります。それ故に発見が遅れれば未曾有の危機が齎されるのですけれど」
「倒せてラッキーだったってことか」
このドラゴンもタイミングが悪かったな。
「リコリスよ、この亡き骸だがこちらで引き取らせてもらいたいのだが」
「いいですよ。べつに使い道も無いですから。ちゃんと払うものさえ払ってもらえれば」
「うむ」
「ガリアっち、魔石はあたしがもらうからね。そこんとこよろです。あ、やっぱ素材もちょっとちょうだい」
「わかっておる」
王様をどんな呼び方してんのこの人。
「さっそく報酬の話をせねばな。大臣、即金で白金貨を20枚用意してやれ」
「白金貨20枚?!」
ってことは…2億円?!
「ドラゴンってそんな高いの?」
「希少性は元より、このドラゴンは身体の全てがミスリルだからな。これでも少ないくらいだろう。足りない分は…そうだな、爵位と屋敷付きの土地でもあればいいか」
要らんがすぎる…
お金いっぱいでテンション上がったけど、急に萎えた…
「いや…私もう伯爵だし…。それにアイナモアナ公国でも名誉子爵で…」
「ならばディガーディアーでも名誉子爵で構うまい。屋敷は適当なところを見繕うとして、竜殺しの称号と勲章も授けねばな」
「取り付く島もない…。ん?竜殺し?」
「ドラゴンを倒した者に送られる栄誉ある称号ですの」
おお…なんだなんだ、ちょっとカッコいいじゃないか…
厨二心がゾクゾクしちゃうぞ。
「今回討伐に参加した者たち全てに竜殺しの称号を与えることにする。皆、異論は無いな?」
「ちょい待ち。あたしは寝坊して不参加だからいいや」
「たしかに遅刻だったけど、フィニッシャーは実質ルウリでしょ?」
「あんなのタイミング良かっただけだって。あ、もう話終わったよね?ご飯行こーご飯。あたし今日外で食べてくるから」
「あっ、ちょっ」
「はー?どういうことですの?!なんであなたがリコリス様たちと?!わたくしもご一緒してあげてもよろしいんですけど?!!」
あまりにも。
あまりにもバタバタすぎる。
だけど私は、私の腕に絡めてくるルウリの腕を払うことが出来なかった。
なーんかシンパシーを感じるんだよなぁ、この子。
…………私並みの女好きか?
「ドラゴンを倒して」
「叙爵されて」
「ディガーディアーのお、お姫様と…国が抱える錬金術師をお持ち帰り…」
「どういう人生じゃ」
私が訊きたいわ。
てかお持ち帰りはしとらん。
「何故おれの店に王女殿下たちが」
それはゴメン白ひげ亭の亭主ドルムスさん。
とりあえずおいしいご飯出してください。
「初対面同士もいるから、改めて自己紹介でもしよっか。リコリス=ラプラスハート。18歳だよ」
「アルティ=クローバーです。歳は同じく18です」
「ドロシーよ」
「マリアだよ!歳は10歳!」
「ジャンヌです!私も10歳です!」
「テルナ=ローグ=ブラッドメアリーじゃ」
「シャーリーとお呼びください」
「エッ、エヴァ=ベリーディース…でぃっ…噛んだ…」
「ミルクティナ=ソーディアス=ディガーディアー!万剣の王級鍛治師ですわ!」
「錬金術師のルウリです。よろ」
錬金術師って聞いて、アルティと師匠がなんだか怪訝な顔をした。
「錬金術師ですか…」
「ん?どしたアルティ?」
「いえ…」
「ふむ、ルウリとやら。気を悪くしないでほしいのじゃが、妾らのように魔法に精通した人間ほど、錬金術師の存在というのは、そのじゃな…」
「あー胡散臭いよね」
ルウリは自虐して笑った。
「うむ…。古代より錬金術というのは、机上の空論を綴った眉唾物というイメージでな。魔力を原理にするのは魔法と同じなのじゃが」
「錬金術は、魔法で実現が不可能な領域の分野とでも言いますか…」
「実現不可能な領域?」
「ええと、ようは石ころを黄金に変えたり、人間を不老不死にしたり…倫理から外れた学問というか」
「端的に空想の産物。詐欺師の常套句に使われるくらいのものなのじゃ」
「ギャッハハ、ウッケる。まーあたしも錬金術師って名乗るときミルちぃたちに止められたしね。でも、一番しっくり来てると思ったんだ~。魔法が発達した世界で科学者ってのも変だしさ」
ん?科学…者…?
「ねえルウリ、科学者って――――」
「そら!お待ちどう!白ひげ亭特製、子豚のローストだ!」
「うっはーヤッバうまそーすぎ!はやくはやく!食べよ食べよー♡」
「あ、うん…」
とりあえず食べるか。
「いただきます」
「いただきまーす♡バクバク、んふー♡皮パリで肉しっとり♡超おいしー♡」
「うん、めっちゃうまい!これ好きだ私!」
「この甘めのソースが合うんだよね~」
「わかるこれうまいよね~」
和気あいあいと食べる私たちを見て、ドロシーが言う。
「やっぱりなんだか似てるわね、あんたたち」
「あ、わ、わかります…。私もそう思ってました…」
「雰囲気というか言葉遣いというか。もしかして生き別れの姉妹だったり?」
んなわけあるか。
産まれたときから自意識芽生えてんだこっちは。
「ルウリさん、産まれは?ドワーフではないようですが」
「んーとね、めっちゃ遠いとこ」
「遠いところ?」
「海の向こうとか?」
「まあ、そんな感じ?」
なんか言い澱んでる?
詮索されるのは好きじゃなさそうだ。
「まあいいじゃん。それよりこれ本当においしいよね。あ、ドルムスさん。あれそろそろ出来ました?」
「おう。ちょうど炊けたぞ」
「スンスン…この匂い…」
「米を使ったのは初めてだが、こんなもんであってるか?」
土鍋で炊かれたピカピカのご飯。
フワリと香る蒸気が立ち昇るなり、ルウリはガタッと椅子を倒して立ち上がった。
「マジ…?ヤバ…白ご飯!」
一緒に運ばれてきた玉子を見て、更にテンションが上がる。
「玉子!醤油!TKGはヤバいんだけど!」
「てぃ、てぃーけーじー?」
「こっち来てこれが食べられるとは思ってなかった!めっちゃ嬉しい!」
こっち来て…って…
それにご飯でこんだけ感動してるのは…まさか、まさか…
「ル、ルウリ…あっと…」
「ん?」
「ニ、ニーナとアレキサンダー…どこに行った?」
「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
「へ?」
「へ?」
「「どぅええええええええええええ?!!!!!」」
嘘だろ?!
ある?!そんなことある?!
「え、待って嘘マジ?!」
「いや逆に待って?!え?!ガチで言ってる?!」
みんなは私たちが何故はしゃいでいるか、こんなにも狼狽えているか知る由もないだろう。
私たち自身まだ理解が追いついてないんだから仕方ない。
だけど…だけど…
「あたし…ルウリ=クラウチ!ううん…倉内月海璃!日本人!」
「わ、私も!私も日本人!」
「~~~~!!姫ぇ~!!」
「ひ、姫って、おおぅ?!」
そんなことってあるんだねって。
私とルウリはみんながぽかんとしてる中、折れそうなくらい激しくハグを交わした。
一向に来る気配が無い。
「お腹すいたぁ…」
「もうお昼ご飯の時間です…」
『ペコペコ~』
「しょうがない。私たちだけで行こうか」
私も早く帰りたいし、ルウリちゃんには悪いけどサクッと片付けちゃおう。
遅刻する方が悪いってことで、私たちは鋼鉄の扉をくぐりイーストマインへと足を踏み入れた。
「もっと薄暗くて埃っぽいもんだと思ってたけど、案外そんなことないんだな」
魔石ランプで照らされた内部は明るく、魔導具によって空気の循環がされているようで息苦しさは感じない。
「お姉ちゃん!魔物!」
「ゴブリンです!」
坑道には魔物が湧く。
厳重な扉が入口に設置されていたのはそのためだ。
魔物っていっても手強いわけじゃなく、マリアとジャンヌの敵じゃない。
「うりゃあ!」
「やあ!」
炎の牙と水の刃が魔物を一掃する。
「マリアもジャンヌも強いね!カッコいい!」
「エヘヘ」
「エッヘンです」
トトに褒められて上機嫌な二人。
その後も何度か魔物に遭遇したけど、二人やリルムが片っ端から倒していった。
頼もしすぎて何にもやることがない。
もうね、遠足。
「遅くなったけど、そろそろご飯にしよっか」
開けた場所で腰掛けてお弁当を広げる。
白ひげ亭の厨房を借りてサンドイッチを拵えてきた。
カットしたバゲットに切り込みを入れてバターを塗り、ハンバーグにトマト、レタス、それにチーズとピクルスを挟んだスペシャルなサンドイッチだ。
口直しにサイコロ状に切った野菜とベーコンのスープ。
街で売ってた保温性の高い水筒に入れてきた。
デザートにはミルクのムースにジャムを添えて。
「みんな手を合わせて。いただきます」
「いただきまーす!」
「あーむ!」
「んーやっぱり花婿さんの作るご飯はおいしい!」
そりゃよかった。
「はいリルム」
『もぐもぐ。おいしー』
「あーマリア、リルムに野菜あげてる」
「しー!しー!」
「こら。野菜も食べないと大きくなれないぞ」
まったく好き嫌いしおって。
私もキノコ嫌いだから強く言えないけどさ。
「むー…食べれないわけじゃないもん。生の野菜が嫌いなだけで、スープとかシチューは食べられるもん」
「生の方が栄養があるんだよ」
「私は生の方が好きです。生がダメなんてマリアはまだ子どもだね」
「ふーんだ。ジャンヌだって辛いの苦手なくせに。お姉ちゃんも生の方が好きなの?生がいいの?」
「特別そんなこともないけど、あんま生がいいとか外で連呼しちゃダメだよ」
シンプルにムラムラするから。
ほんと、鋼の理性に感謝しろよ。
「んー……じゃあお姉ちゃんがあーんってしてくれたら一口食べる…」
「はいはい。甘えんぼなんだから。あーん」
「あー……んっ……。むぐむぐ…うぅ…」
「ニシシ、ちゃんと食べられて偉いね。よしよし」
はー妹って可愛い。
「いいなぁマリア。お姉ちゃん、私もあーんってしてほしいです」
「ジャンヌは生で野菜食べられるでしょ?」
「うー…。じゃ、じゃあもう野菜食べません!悪い子になります!」
「なんでじゃ。わかったよ、ほら。あーん」
「あーん。エヘヘ、おいしいです」
はーーーー妹ってほんと可愛い!
「花婿さん花婿さん、なんだか楽しそうだから私にもあーんってして!」
『リルムもリルムもー。ねーねーリー』
「花婿さんってばー!」
あーなんていうか…
ハーレムって最ッ高~♡
お昼休憩から更に三十分ほど進むと、ようやくお目当ての洞窟に到着した。
「キレー!」
「わぁー!」
辺り一面の銀色と水色が混ざった鉱石が輝く幻想的な光景に、私は思わずのため息をついた。
「これが天然のミスリル鉱脈か…」
鉱物が長い年月をかけて魔力を吸収したものが、ミスリルやアダマンタイトみたいな希少鉱石だって話だったっけな。
こうして直に触れてみると、大地の大らかで豊かな魔力を感じる。
洞窟の奥から、ゴリゴリと地面を掘る音が聴こえた。
硬いミスリルをギラリと光る牙で噛み砕く大きなトカゲが一匹。
あれがストーンイーターか。
歪曲した二本の角。金属の鱗の鎧に、地面を掘るのに発達したゴツい爪。尻尾の先はハンマーみたいになってる。
トカゲというよりは、全身を武装した恐竜みたいだ。
「あっちも私たちに気付いたな」
食事を邪魔されたストーンイーターは、赤い目を血走らせグルルルと唸った。
「私とマリアが前衛。ジャンヌとトトは支援をお願い。やりすぎるとみんな生き埋めになっちゃうし、ミスリルが全部粉々になっちゃうからそこは注意ね」
「わかった!」
「はい!」
「いつでもいけるよ!」
「オッケー」
剣を肩に担いで、私は口の端を上げた。
「ストーンイーター討伐戦、開始だ」
なーんて大仰に宣言したもの、硬く重く巨大なだけの魔物なんてまったく相手じゃない。
「拘束!」
「水球!」
魔法で突進を止め、水の塊頭を覆ってで呼吸を封じる。
これだけでも魔物にしてみればたまったものじゃないだろう。
ストーンイーターは苦し紛れに尻尾を振り、ハンマーをマリアに叩きつけようとした。
「陽炎!」
マリアの姿が揺らめき消える。
【電光石火】と【神速】を瞬間的に発動させ、緩急を持たせたマリア独自の歩法。
昨日の私との手合わせで思いついたらしいそれは、目の前にいながら相手を幻惑させる。
ストーンイーターは完全に、懐のマリアを見失っていた。
「余計なものは斬らない、余計なものは斬らない…!救世一刀流!」
私…やることねえなぁ。
「三日月の鎌!」
「深海の激流!」
「燐!」
見せ場、無し!
ストーンイーターは何とも呆気なく沈黙した。
いやー、ハッハッハ。強すぎるだろ君たち。
え?これで依頼達成?
んーまあ、早く終わったからいい…のかな。
『リルムなんにもしてないー』
「出番無しだったね」
『つまんないー』
と、リルムは私の頭に飛び乗った。
もうちょっとこう、危ない!とかってみんなを庇う展開とかも…ねえ?
ま、いっか。
「おつかれみんな。じゃあ死体を回収して…」
ゾワッ
「!」
「みんな、危ない!」
活動を停止したはずのストーンイーターが前脚を振り下ろす。
展開された緋色の【星天の盾】が弾き返したけど…
「は…?なんで…?」
ストーンイーターは巨体を持ち上げ私たちを見下ろした。
完全に仕留めたように見えたけど、傷が浅かったか?
「倒しきれてないなら、今度こそ倒してやる」
すると、ストーンイーターの背中が裂けた。
鉄の鱗を砕き、中から青銀の体表が輝いた。
脱皮?いや、変異か?ミスリルを食べて進化したってことか。
ミスリルドラゴン。
竜へと変態したトカゲは、翼を広げ咆哮で空間を震動させた。
「まさかドラゴンを相手にするとはね…全然予想してなかった」
「花婿さん、これはちょっと危ないよ!」
トトが震えてる。
精霊だからミスリルドラゴンの荒々しくけたたましい魔力を直に感じてるんだろう。
「大丈夫。聖域」
防御力上昇と魔法抵抗、常時回復を施した結界を広げ剣を構える。
「何があってもみんなは守るし、ドラゴンなんかに遅れを取る私じゃないから」
ミスリルドラゴンは翼をはためかせ、鋭く尖ったミスリルの槍を降らせた。
「リルム!」
『暴食王の晩餐』
私たちの前に飛び出たリルムが大きな口を開けてミスリルの雨を吸い込む。
「マリア、ジャンヌ!」
「行くよジャンヌ!」
「うん!」
「「双牙絶爪!!」」
炎と激流がせめぎ合いながらミスリルドラゴンを猛襲する。
さすがミスリル、魔法耐性が高い。
けれど二人の魔法はその強度と硬度を上回り、ミスリルドラゴンを壁際まで吹き飛ばした。
「二人ともすごい!」
「進化したばっかでまだ完全じゃないんだろ。一気に決めるよ、トト!」
「抵抗力低下!」
もう少し進化が早かったら、私たちを苦戦させられたかもな。
まあ、だとしてもこっちのが強いけどね。
魔物相手に弱肉強食を説く無意味さに内心可笑しさを覚えつつ。
私の剣はミスリルドラゴンの胸部を深く斬り裂いた。
「っし、これで今度こそ…っ!」
ググ…
「生命力ハンパねえなぁ、おい」
もう事切れる寸前のはずなのに、ミスリルドラゴンは持ち上げた前脚で私を潰そうとしてきた。
なら首を刎ねる…って剣を振りかぶった瞬間。
パンッ
乾いた音と共にドラゴンの眉間に穴が開き、巨体は完全に息の根を止めた。
「えー全然トカゲじゃないし。てかドラゴン?初めて見たー!わーキラキラしてんのヤッバめっちゃ映える!」
振り返ると、その女の子はゴツい拳銃から硝煙を立ち昇らせていた。
ピンクのグラデーションカラーの髪。鳶色の目。ゴリッゴリに空いたピアス。
そして際どく開いた胸元に、私の目は釘付けになった。
「百合の楽園の人たちだよね。ゴメンめっちゃ寝坊したー。間に合った?やーギリアウトかなー。ほんっとゴメンなさい。あっ、あたしルウリ。天才錬金術師でーす。よろー」
そう、屈託のない笑顔で横ピースを決めた。
かっわい。
「ひゅードラゴンとか初めて見た。ヤバいんだけどー」
ルウリちゃんは倒れたミスリルドラゴンを見て、興味津々な様子で目をキラキラさせた。
「おーちゃんと身体を構成する成分がミスリルだ。血もミスリル成分なのアガるわ」
「あの…」
「ん?」
遅刻のことはさておき、腿のホルダーにしまった銃のこととか、ルウリちゃん個人のこととか聞きたかったんだけど。
マリアたちが揃ってルウリちゃんに駆け寄った。
「魔法使いのお姉ちゃんだ!」
「魔法使い?」
「はい!壊れたおもちゃの鳥さんを、すぐに直しちゃったんです!」
「あのときの子どもたちかー。前にも言ったけど、あたしは魔法使いじゃないの。錬金術師」
「錬金術師?」
「そっ。錬金術師」
と、ルウリちゃんは手のひらを合わせた。
「物を作ったり直したり、元素とか原子配列が…って、子どもにはちょっと難しいかもね」
「私マリア!」
「ジャンヌです!」
「私はトト!よろしくね!」
「よろ。んで、そっちの赤髪の人がリコリスさんでいい?」
「あ、うん。リコリスでいいよ」
「じゃ、あたしのこともルウリで。それにしてもすごいね。これだけの人数でドラゴンを倒しちゃうなんて。さっすがミルちぃが騒いでたことはあるって感じ」
ミルちぃ?あ、ミルクちゃんのことか。
「ルウリの話も聞いてるよ。すごい発明家だって。ミルクちゃんがカメラを自慢してた」
「でしょ?あたし天才だから」
腰に手当ててドヤってるのも可愛いなぁ。
なんていうか、垢抜けた可愛さ?
この世界では珍しいタイプ。
「会って話したいなーって思ってたんだけど、なんかタイミングズレちゃって」
「それはマジでゴメン。時間にルーズってめっちゃ言われる。あたしのダメなとこだー」
「いいよ気にしてないから。それよりさ、よかったら一緒にご飯でもどう?」
「えー行く行く♡可愛い子とご飯とか至福~♡とりま戻らん?ギルドに報告とかあるっしょ」
「そうだね」
【アイテムボックス】にしまって、と。
「おー【空間魔法】持ち!かっこいー!」
「エッヘッヘ。それじゃ帰ろうか。空間移動」
褒められてちょっと上機嫌になりつつ、ルウリを連れて地上へと戻った。
はい一瞬。
一度行ったところしか行けないのって異世界転生…っていうか【空間魔法】あるあるだよね。
「うっわワープ出来んのいいなー。めっちゃ便利~」
「最近使えるようになったんだ」
ギルドに入ると、シャーリーが手を前で重ねてお出迎えしてくれた。
「お帰りなさいませ、リコリスさん」
「おう」
私たちが無事で戻ってくると予見していたようで、特別身を案じられることはなかった。
それからギルドマスターのユウェナさんがやって来て、私たちを執務室に通した。
「この度は急な依頼を受けていただき、まことにありがとうございます」
「いえいえ。冒険者としての義務ですから」
なんて、心にもないことを言ってみる。
「恐縮です。それでストーンイーターの方は…」
「倒すのは倒したんですけど、なんか進化しちゃって」
【アイテムボックス】からドラゴンの頭だけ覗かせる。
「ミスリルドラゴンになっちゃったんですよ。あ、一応ストーンイーターの抜け殻も回収してきましたから」
ユウェナさんは見るも明らかに絶句していた。
「ドドッ、ドドドド、ドラゴン?!!!しょしょ、少々お待ちをを!!すっ、すぐに王城へ連絡しなくては!!」
「なんでそんなに慌ててるの?」
「リコリスさん、またとんでもないことをしましたね」
「ほぇ?」
なんかめっちゃバタバタして、馬車で迎えが来たと思ったら、王城まで連れてこられたんだが。
謁見の間にて。
私たち百合の楽園の他、ガリアス王にシルヴィア王妃、ミルクちゃん、ルウリ。それに臣下に兵士たちと、ギルドマスターのユウェナさんは、ミスリルドラゴンの亡き骸を前にした。
「よもやドラゴンが現れるとはな。リコリス、それに百合の楽園よ。此度の件、大義であった」
焦ったー。
ドラゴンは倒しちゃいけません、死罪です、とか言われるんだと思ってドキドキした。
「まだ進化したばかりの幼竜であったのが救いだな。そうでなければ軍を動かしても足りなかったやもしれん」
「そうなの?」
って、隣のシャーリーとヒソヒソ話。
「ドラゴンというのは、全ての魔物の頂点に数えられる種族ですから」
「魔物の頂点?」
「リコリスさんたちが倒したこのドラゴンは、まだ幼竜。それも地竜などの亜竜、下位の竜種に数えられるものでしょう。中位竜種となるとワイバーンなどの飛竜。人間や他種族のように知恵と知識を持ち人語を介す個体も見られます。上位種ともなればほぼ神格も同然で、存在そのものが災害です。例えるなら、テルナさんと同格のようなものでしょうか」
師匠と同じレベルか。
……そう言われるとあんまりなイメージしちゃうが?
「ドラゴンっていうのはねー、半分精霊みたいな魔力の塊でもあるからね。だから他の生物にとっては、生態系を狂わせたり、魔力の流れを澱ませちゃう天災みたいなものなんだよ。このドラゴンみたいに自我が定まってないと魔力も荒れ狂ってて、私みたいな精霊にはすーっごく怖いものなんだぁ」
「通常ドラゴンは固有の種族ですが、今回のように竜の因子を持つ魔物が、年月を経たり力を得たりして進化するケースも少なからずあります。それ故に発見が遅れれば未曾有の危機が齎されるのですけれど」
「倒せてラッキーだったってことか」
このドラゴンもタイミングが悪かったな。
「リコリスよ、この亡き骸だがこちらで引き取らせてもらいたいのだが」
「いいですよ。べつに使い道も無いですから。ちゃんと払うものさえ払ってもらえれば」
「うむ」
「ガリアっち、魔石はあたしがもらうからね。そこんとこよろです。あ、やっぱ素材もちょっとちょうだい」
「わかっておる」
王様をどんな呼び方してんのこの人。
「さっそく報酬の話をせねばな。大臣、即金で白金貨を20枚用意してやれ」
「白金貨20枚?!」
ってことは…2億円?!
「ドラゴンってそんな高いの?」
「希少性は元より、このドラゴンは身体の全てがミスリルだからな。これでも少ないくらいだろう。足りない分は…そうだな、爵位と屋敷付きの土地でもあればいいか」
要らんがすぎる…
お金いっぱいでテンション上がったけど、急に萎えた…
「いや…私もう伯爵だし…。それにアイナモアナ公国でも名誉子爵で…」
「ならばディガーディアーでも名誉子爵で構うまい。屋敷は適当なところを見繕うとして、竜殺しの称号と勲章も授けねばな」
「取り付く島もない…。ん?竜殺し?」
「ドラゴンを倒した者に送られる栄誉ある称号ですの」
おお…なんだなんだ、ちょっとカッコいいじゃないか…
厨二心がゾクゾクしちゃうぞ。
「今回討伐に参加した者たち全てに竜殺しの称号を与えることにする。皆、異論は無いな?」
「ちょい待ち。あたしは寝坊して不参加だからいいや」
「たしかに遅刻だったけど、フィニッシャーは実質ルウリでしょ?」
「あんなのタイミング良かっただけだって。あ、もう話終わったよね?ご飯行こーご飯。あたし今日外で食べてくるから」
「あっ、ちょっ」
「はー?どういうことですの?!なんであなたがリコリス様たちと?!わたくしもご一緒してあげてもよろしいんですけど?!!」
あまりにも。
あまりにもバタバタすぎる。
だけど私は、私の腕に絡めてくるルウリの腕を払うことが出来なかった。
なーんかシンパシーを感じるんだよなぁ、この子。
…………私並みの女好きか?
「ドラゴンを倒して」
「叙爵されて」
「ディガーディアーのお、お姫様と…国が抱える錬金術師をお持ち帰り…」
「どういう人生じゃ」
私が訊きたいわ。
てかお持ち帰りはしとらん。
「何故おれの店に王女殿下たちが」
それはゴメン白ひげ亭の亭主ドルムスさん。
とりあえずおいしいご飯出してください。
「初対面同士もいるから、改めて自己紹介でもしよっか。リコリス=ラプラスハート。18歳だよ」
「アルティ=クローバーです。歳は同じく18です」
「ドロシーよ」
「マリアだよ!歳は10歳!」
「ジャンヌです!私も10歳です!」
「テルナ=ローグ=ブラッドメアリーじゃ」
「シャーリーとお呼びください」
「エッ、エヴァ=ベリーディース…でぃっ…噛んだ…」
「ミルクティナ=ソーディアス=ディガーディアー!万剣の王級鍛治師ですわ!」
「錬金術師のルウリです。よろ」
錬金術師って聞いて、アルティと師匠がなんだか怪訝な顔をした。
「錬金術師ですか…」
「ん?どしたアルティ?」
「いえ…」
「ふむ、ルウリとやら。気を悪くしないでほしいのじゃが、妾らのように魔法に精通した人間ほど、錬金術師の存在というのは、そのじゃな…」
「あー胡散臭いよね」
ルウリは自虐して笑った。
「うむ…。古代より錬金術というのは、机上の空論を綴った眉唾物というイメージでな。魔力を原理にするのは魔法と同じなのじゃが」
「錬金術は、魔法で実現が不可能な領域の分野とでも言いますか…」
「実現不可能な領域?」
「ええと、ようは石ころを黄金に変えたり、人間を不老不死にしたり…倫理から外れた学問というか」
「端的に空想の産物。詐欺師の常套句に使われるくらいのものなのじゃ」
「ギャッハハ、ウッケる。まーあたしも錬金術師って名乗るときミルちぃたちに止められたしね。でも、一番しっくり来てると思ったんだ~。魔法が発達した世界で科学者ってのも変だしさ」
ん?科学…者…?
「ねえルウリ、科学者って――――」
「そら!お待ちどう!白ひげ亭特製、子豚のローストだ!」
「うっはーヤッバうまそーすぎ!はやくはやく!食べよ食べよー♡」
「あ、うん…」
とりあえず食べるか。
「いただきます」
「いただきまーす♡バクバク、んふー♡皮パリで肉しっとり♡超おいしー♡」
「うん、めっちゃうまい!これ好きだ私!」
「この甘めのソースが合うんだよね~」
「わかるこれうまいよね~」
和気あいあいと食べる私たちを見て、ドロシーが言う。
「やっぱりなんだか似てるわね、あんたたち」
「あ、わ、わかります…。私もそう思ってました…」
「雰囲気というか言葉遣いというか。もしかして生き別れの姉妹だったり?」
んなわけあるか。
産まれたときから自意識芽生えてんだこっちは。
「ルウリさん、産まれは?ドワーフではないようですが」
「んーとね、めっちゃ遠いとこ」
「遠いところ?」
「海の向こうとか?」
「まあ、そんな感じ?」
なんか言い澱んでる?
詮索されるのは好きじゃなさそうだ。
「まあいいじゃん。それよりこれ本当においしいよね。あ、ドルムスさん。あれそろそろ出来ました?」
「おう。ちょうど炊けたぞ」
「スンスン…この匂い…」
「米を使ったのは初めてだが、こんなもんであってるか?」
土鍋で炊かれたピカピカのご飯。
フワリと香る蒸気が立ち昇るなり、ルウリはガタッと椅子を倒して立ち上がった。
「マジ…?ヤバ…白ご飯!」
一緒に運ばれてきた玉子を見て、更にテンションが上がる。
「玉子!醤油!TKGはヤバいんだけど!」
「てぃ、てぃーけーじー?」
「こっち来てこれが食べられるとは思ってなかった!めっちゃ嬉しい!」
こっち来て…って…
それにご飯でこんだけ感動してるのは…まさか、まさか…
「ル、ルウリ…あっと…」
「ん?」
「ニ、ニーナとアレキサンダー…どこに行った?」
「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
「へ?」
「へ?」
「「どぅええええええええええええ?!!!!!」」
嘘だろ?!
ある?!そんなことある?!
「え、待って嘘マジ?!」
「いや逆に待って?!え?!ガチで言ってる?!」
みんなは私たちが何故はしゃいでいるか、こんなにも狼狽えているか知る由もないだろう。
私たち自身まだ理解が追いついてないんだから仕方ない。
だけど…だけど…
「あたし…ルウリ=クラウチ!ううん…倉内月海璃!日本人!」
「わ、私も!私も日本人!」
「~~~~!!姫ぇ~!!」
「ひ、姫って、おおぅ?!」
そんなことってあるんだねって。
私とルウリはみんながぽかんとしてる中、折れそうなくらい激しくハグを交わした。
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