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才媛酒宴編
59.異世界で飯テロってテンプレだよね
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「ウヘヘヘヘ♡まさか同郷と会うなんて夢にも思ってなかった」
「こっちのセリフすぎるんだが~。姫に会えたの運命~♡きゅん~♡ガチでめっちゃドキドキしてる~♡」
「私もルウリに会えたの運命だと思ってるよ♡」
「えーどのくらいー?」
「クロウ○ードが家の地下室に眠ってたくらい、かな」
「運命~~~~♡ケ○ちゃんになっちゃう~♡」
「よーしルウリのハート封印解除しちゃうぞっつって~♡」
いやー話が弾む弾む。
もう完全に酒盛りが始まった。
「そ、れ、で?」
「お、おお…いつにも増して冷ややかな目だなアルティ…コキュってんのか…?いやコキュろうとしてんのか…?」
「はぁ…。別の世界で一度命を落とし、神によってこの世界に新たな命を与えられた転生者…。そんな大事なことを今まで隠していたなんて」
「べつに隠してたわけじゃ…。言っても信じないだろ?」
「そうですか。てっきり話すのを忘れていたとか、話すのがめんどうだったとか、そういう理由だと思いました」
「ギ、ギクー!バ、バカお前ソンナワケナイダロー!」
「後で殴りますね」
優しくして…
「わたくしも初耳ですわ。ルウリが別の世界の人間だったなんて」
「言ってなかったしね。あたしは姫と違って転生っていうか召喚だけど」
「召喚?神様に呼ばれたってこと?」
「そそ。あたし向こうでトラックに轢かれてグチャグチャになって死んだのね。そしたらそれを可哀想って思ったマキナが、元通りに身体を直してこっちの世界に召喚してくれたの」
「マキナ?」
「もしやデウス・エクス・マキナのことか?たしか機械神じゃったな。ゼウスやリベルタスとはまた異なる神」
どれどれ?たしかに【機械神の加護】を受けてるな。
「それが十年くらい前だったかな。あちこち回ってたどり着いたのがこのディガーディアー。そこからはいろんな発明をして、それがガリアっちの目に止まって今に至る~みたいな」
「数ある発明は、元の世界の知識を引用したものだったということですね」
「大体は魔石を組み込んで回路を起動させるだけだから、じつは引用も何もないんだけどね。あとはちょちょっと原子配列をいじったりもしてるかなー。その辺はあたしの【錬金術】が超活躍してる」
いや、カメラにしても冷蔵庫にしても、仕組みを知ってなきゃ回路どころか再現も…
私はリベルタスに知識を与えられてるから一通りのことはわかるけど、それも【錬金術】のおかげなのかな。
「ルウリって何歳のときに死んだの?」
「18だったかな。てかリアルで永遠の18歳w。マキナに身体直してもらったとき、不老の手術みたいなの受けてるからもう歳取らないんだよね。だから種族的には人間ってか自動人形?もうちょい機械寄りだったら機械人形だったな」
「お人形さん?」
「でも人間みたいです」
「うん!とっても可愛い!」
「シシシ、サンキュ♡まー血も流れてるし痛みも感じるし、心臓が魔石なこと以外は普通に人間と変わらないんだよね」
「そう言えば…あなた昔からちっとも変わっていませんの。それはそういうことでしたのね」
普通気付かん?
「んで、姫はいつ死んだの?」
「20歳の誕生日の前に通り魔に刺されてさー。そんで転生して今18だから実質アラフォー。いぇいいぇい」
「ウケる~wでも可愛いからアラフォーでもあり~♡ねえねえ姫~、今日はあたしも泊まっていっていいよね?懐かしの日本の話しよ~♡」
「おーいいねー。今日は寝かさないぜ♡」
「キャー姫イケメンヤバ~♡」
ウヘヘヘ♡
酒が進むわ♡
「それでは、わたくしは城に戻りますわね」
「おー気を付けてねミルちぃ」
「ありがとねミルクちゃん」
「こちらこそ楽しいひとときを。コホン。ま、また機会があればいつでも誘ってくださっても結構でしてよ!明日なんかいいのではないでしょうか!」
「ッハハ、ミルちぃ相変わらずかぁいいなぁ~」
結構飲んだか、ルウリはすでに私の肩に腕を置かないと立ってられないくらいになってる。
「城までお送り致しましょう、殿下」
「あら紳士ですのね。お願いしますわシャーリー様」
「頼んだよシャーリー」
マリアたちも寝ちゃったし、大人はこれから第二陣…と洒落込もうとしたんだけど。
「はーひっさしぶりに楽しかった~。また元の世界の話が出来るなんて、思ってなかっ、た…むにゃむにゃ…」
相当飲んでたし、ルウリはさっさと酔い潰れて寝てしまった。
思ってなかった、か。
それは私も同じだよ。
ついついはしゃいで、いつもより飲む量も多かった。
ルウリをベッドへ寝かせると、部屋の扉がノックされた。
「どした?」
寝巻き姿のアルティが、ムスっとした顔で部屋に入ってきて、眠るルウリを一瞥してから私のベッドに腰を下ろした。
無言ながら隣に座れって圧がすごい。
座ったら座ったで、ほっぺをつねられた。
「いひゃいんれすけほ…」
「痛くないでしょう。スキルを使ってるんですから。……知りませんでした。リコが違う世界の人間だったなんて」
「言ってないもん…いて」
指が離れたと思ったら軽いパンチが飛んできた。
「私にだけは…教えてくれてもよかったんじゃないですか?」
「……言ったところで、ってのがあったんだよ」
話したところでスマホが使えるわけじゃない。
元の世界に帰れるわけでも、元の両親に会えるわけでもない。
「話しちゃったら、余計に元の世界を求めちゃうだろ?」
「…帰れるなら、元の世界に帰りたいと思いますか?」
「やり残したことはいっぱいあった。未練が無いわけじゃない。でも、その分こっちの世界で頑張ろう…幸せになろうって決めたからね。今はみんなの方が大事だよ」
私が異世界人だったってのがよっぽどショックだったらしくて、アルティは膝に視線を落として黙ってしまった。
ったく…と私は頭を掻いて、アルティをベッドに押し倒した。
「きゃっ!」
「嫉妬しまくりだな」
「…だって、嫌だから。私の知らないリコがいるのも、私が知らないことでリコが他の子と仲良くするのも…」
「可愛い」
「またそうやって…。誤魔化されたりしないんですから…むぐ」
「っは…。信じられねーんなら、わからせてやってもいいんだぞ」
股の間に足を入れて、澄んだ瞳を覗き込む。
顔を真っ赤にしてから、アルティはキュッと口を結んだ。
「聴かせて…くれますか?元の世界のこと…。リコの、本当の名前…」
「いいよ。私の名前は――――」
――――――――
「ん…」
寝落ちしてた…今何時?
外暗い…そっか今日はお泊まり…
チュ…クチ…
何の音…
「んっ、ああ…リコ、やぁ…」
お、おおう…?!
「ダメ、ダメぇ…恥ずかしすぎて死んじゃう…」
「こんなにしといて何言ってんだ」
「だって…ルウリが、横に…」
「あんまり声出すと起きちゃうぞ」
ガッツリ起きてますけど?!
何してんの?!ナニしてんの?!!
「ていうか、お前は見られた方が興奮するだろ。外とか好きだもんな」
「バカ…!それはリコが…!むぐ…」
「二人っきりでシてるときはリコちゃんだろ」
「…ッ」
「呼んでくんないならやめちゃうよ」
「やっ!やだぁ…もっと、もっとシてリコちゃん…ああっ!」
「アルティめっちゃ可愛い」
あああ…え、え?おー…おおおー?!
そんなとこ…あーあー!
そこも舐め、ひゃあぁぁぁ!
お、大人ぁぁぁ!
翌朝。
「ぽへぇ…」
「どうたルウリ?寝不足?」
「ふえっ?!べ、べつに絶好調だけど?!あー朝ご飯うまー!」
「そ、そうか…?」
めっっっちゃ濡れた…姫、最&高すぎかぁ…
あたしノンケなはずなんだけどなぁ…
――――――――
朝ご飯を食べ終わった頃、私たちを城の兵士が迎えに来た。
なんでもガリアス王が呼んでるんだとか。
仕方ないので、私はアルティとドロシー、それに一緒になってついてきたルウリと共に城へ向かった。
「おお来たか。じつは、ドラゴン討伐の記念に何か催しでも開こうかと思ってな」
「催し?お祭りみたいなことですか?」
「パレードでもやろうってことなら断りますけど」
「祀り上げられるのはなぁ…いや待てよ?ドチャクソモテ要素が詰まった私が街を練り歩けば…キャーステキ抱いての酒池肉林フルコースかやったーーーー!!」
「姫ってもしかしてバカよりのアホ?」
どストレートに悪口。
「バカでスケベでクズよ」
思いやりって辞書で引いてこい。
「まあ、つまりだ。討伐の記念という名目で飲んで騒ぎたいということだ。我らドワーフは、飲むのも好きだが騒ぐのも好きだからな」
「はぁ。で、なんで私たちは呼ばれたんですか?」
「うむ。聞くところによるとリコリスよ、お前は王都で人気の食堂のオーナーだというではないか。それもヴィルストロメリアが贔屓にするほどの名店で、今までに無かった斬新な料理が売りだと。何と言ったか?たしか、かれえ、とか」
「カレー?!!姫、姫!!それあたしも!!あたしも食べたいぃ!!あたしカレー超好き~!!」
「おおお揺らすな揺らすなぁぁぁ。わ、わかった後で作るから…」
「っしゃー!あたし甘口!大盛りで!あ、福神漬けある?」
そりゃ食べたいよね。
おいしいの作ったろ。
「ゴホン、そこでだ。百合の楽園を招待し、ディガーディアーを挙げての料理大会を開こうと思う」
「料理大会?」
「深く捉えなくてもよい。先も言ったが、飲んで騒げる口実が欲しいだけだ。我がお前の料理を食してみたいというのもあるがな。ガッハッハ!」
正直なことで。
けど料理大会か…なんかおもしろそう。
「その大会は、優勝したら何かあるのかしら」
「ふむ、そうだな。賞金と国家料理人の称号といったところか」
「ま、そっちの方はいいじゃん。お祭りってことだし、せっかくなら楽しもうぜ」
「しかし料理一つにもドワーフは腕自慢が多い。生半可な料理では唸らせることは出来んぞ」
「ニッシッシ、おもしろい」
異世界の味、抗えるもんなら抗ってみるがいいわ。
全員まとめて私の味の虜にしてやるぜハッハッハ。
と、意気込んでみたものの。
何を作ろうかな?
「姫!はやくカレー!カーレーエー!!」
「あーもううるさし!待たれよ今作ってくるから!」
作ったよ☆
「うまーーーー!!!」
ドヤッ。
というわけで、ガリアス王の図らいで料理大会が開催されることになった。
開催は三日後。
出す料理に制限は無い。というのも、ドワーフは何にでもお酒を合わせるためだ。
料理大会のお触れを出したことで、街はすでにお祭り騒ぎ。
腕に自慢のある人たちは、我こそが~と今から意気込んでいる。
「さてさて、何を作ろうかな」
「私お姉ちゃんのカレー好き!」
「私はハンバーグが好きです!」
「ウッヘッヘ、可愛い妹たちめ。よーし今日の夜はハンバーグカレーにしちゃうぞ」
「「やったー!!」」
「やったー!!」
「いやなんでルウリもついて来てんの」
今ガリアス王から賜った屋敷ってのに向かってるとこなんだけど。
「暇なんだもん。しゃーなしじゃない?」
「あなた一応王宮お抱えの錬金術師なんでしょう?」
「大丈夫大丈夫。あたしただの居候だから」
ピースじゃないが?
「えっと、たぶんこの辺…。これか…?」
二階建てで居住スペースがある普通の木造住宅じゃん。
一階なんて工房だし。
「ごく一般的なドワーフ建築じゃの」
「た、高台で見晴らしはいい、ですね…」
「屋敷なんてもらっても持て余すだけだし、別荘にはちょうどいいんじゃない?」
「それもそっか」
見れば庭付きだし中もそれなりにキレイだし。
こぢんまりして可愛らしいじゃないか。
けどこの人数で使うと手狭なのは間違いないので。
「空間拡張」
【空間魔法】で居住スペースだけ広くしたよ☆
「しれっと高度な魔法使いこなすのうそなた」
「ニシシ。お、厨房広い!しかも冷蔵庫と冷凍庫付き!おー魔導コンロにでっかいオーブン!こういうの欲しかったんだよねえ♡」
ガリアス王の粋な計らいか。
お昼ご飯は気合い入れちゃおっかなー。
「よし、みんな何食べたい?」
「お寿司!」
「率先するじゃん。さっきカレー食ったろ。けど、お寿司か…ありだな」
「リコ、お寿司とは?」
「そういえば作ったことなかったか。切った魚を握った米の上に載せて食べる料理なんだけど…じつはそろそろ米が無くなりそうなんだよな。夜にカレー作る分で使い切って、あとはパステリッツ商会から送られてくるのを待つつもりだったんだよ」
「うえぇ?!!」
うえぇ、じゃねえんだわ。
私の持ってた米、際限無く消費しておいて。
「それに酢も作んないといけないから、やっぱり米も必要だし」
「うぅ~。ソッコーで水田作ろう…」
残念だけどお寿司はまたの機会だ。
今回はピザでも…
「あれ?」
「どうかしたかアルティ?」
「そこに瓶なんてありましたか?」
「瓶?」
ぽつんと置かれた瓶の中から、ひょっこりと頭が飛び出てきた。
「わあっ?!」
「どうもどうも~。いらさいいらさいいらさいませ~。出張鶴瓶屋の元気印~。日の本一の看板娘、アグリちゃんで~す」
「あ、ドラゴンポートで会った…」
ヒノカミノ国の食材と調味料を売ってた変わった女の人。
「やあやあ久しぶりだね~赤い子~。毎日えんじょいしてるかね~?」
「は、はい」
「何よりなんだぜ~」
「えっと、アグリちゃん?さん?は、なんでここに?」
「アグリちゃんと呼び給えよ~。フッフッフ、鶴瓶屋はどこにでも出張するのだ~」
「はあ…でもちょうどよかった。米と酢…っていうか、また一通り売ってほしいんですけど」
「まいどあり~」
スポンと頭を引っ込めると、瓶の中から米と酢、その他海産物や調味料が飛び出てきた。
「お代はここね~。あ~」
口に代金を入れるとアグリちゃんはゴクンと大きな音を立てた。
ほんとどういう仕組みなんだろ。
「いっぱい買ってくれてありがと~。これはお礼なんだぜ~」
「柿に梨に栗…うっわ秋刀魚!」
「初物だよ~。今後ともご贔屓に~。またね~」
アグリちゃんは瓶の中から手を振って、それから瓶ごと消えた。
相変わらず不思議な。
「なんだったんですかあの人」
「前にドラゴンポートでちょっとね。けど、タイミングよく米と酢が手に入ったからお寿司作れるぞ」
「おっ寿っ司♡おっ寿っ司♡姫~、あたししめ鯖食べたいなぁ♡」
「チョイスが渋いな…。食べてばっかりじゃなく働けー」
みんなが買い出しや家の掃除をしてる間に、私はいざお寿司の下拵えだ。
「まずはシャリから」
「お呼びですか?」
「シャーリーじゃねえ。シャリ。酢飯のことだよ。けど、その器用さは欲しいな。手伝ってくれる?」
「かしこまりました。では準備を」
「なんで割烹着…そんでまた似合うな…」
「お褒めに預かり光栄です。リコリスさんのも用意がありますよ」
着たよ。ていうか着させられたよ。
「では改めて」
硬めに炊いたご飯に、酢と砂糖を混ぜた寿司酢を合わせる。
「これを扇ぐんだけど、扇子は無いから【風魔法】でゆっくりと冷ます」
「何故わざわざ?」
「人肌になるまで冷ますと、酢飯の風味を感じやすくなる。らしい」
次にネタ。魚はディガーディアーで養殖されたものを使う。
浄化の必要が無いくらい、新鮮で安全。かつ高品質なもの。
上に載せるのは王道のマグロ。赤身はしっとりと、トロは脂が乗っててこれだけでおいしそう。軍艦用に中落ちもこそぎ落としておく。
鯛は皮目を残して、湯霜にし軽く包丁を入れる。
肉厚プリップリのサーモンに、いくらは醤油に漬けして柚子の皮を振ってと。
イカもタコには隠し包丁を入れて歯切れよく。
おっと、ルウリリクエストのしめ鯖も忘れちゃいけない。
玉子は魚のすり身を混ぜてふんわりと焼き上げた。
あとは細巻き用のきゅうりと梅干しを叩いたもの。
「定番はこんなところか。シャーリー、私がやって見せるから真似してね。シャリをふんわり一掴み、軽く形を整えたら、ネタを載せて握る。こんだけ」
「なるほど、こうですね」
シュ、シュン、って手が消えた。
さすがの器用さよ。
後はいっぱい握るだけ、と。
スキル【寿司職人】を習得しました。
…スキルって幅広いんだな。
はい、完成。
「へいらっしゃい!リコリス寿司だよ!がってんでい!」
「なんですかその妙な言語は」
「まずは形から入るのが粋ってもんよてやんでいべらんめえ!」
「これが寿司?へえ、キラキラしてまるで宝石みたいね」
「おいしそうだねドロシー!」
「本当ならわさび…ツンとしてからい薬味を挟んで食べるんだけど、子どもにはキツいかなって全部さび抜きにしてあるから、試してみたい人は、醤油に溶いて使ってね」
「もう飽きてるじゃないですか」
「ひっさしぶりのお寿司…♡ではでは、いっただっきまーす♡はーむっ♡」
「私も…あむ。んー♡」
「ん、んんんんん♡最高すぎかぁ~♡」
素人寿司だけど結構好感触。
何より何より。
「ネタとシャリのバランスが完ぺきで、一つの芸術ですね。おいしいですリコ」
「う、うん…すっごくおいしい…」
「サーモンの溺れるような脂に、イカとタコの官能的な舌触りがたまりません」
「いくらってサーモンの卵?醤油漬けにしてあるのね。プチプチとした食感が楽しいわ」
「はふ…しめ鯖の無敵感ヤバ…♡」
「この細くて可愛いお寿司もとってもおいしい!」
「昔ヒノカミノ国で食したのを思い出すのう。こいつにはキリッと冷やした清酒が合うのじゃ。プハ、格別なのじゃあ」
「わさびってこの緑色の?食べてみよーっと」
「マリア、ちょっとだけにしておくんだよ」
「ちょんちょん、ぱく。~っ、からーい!鼻がスースーして爆発したみたいだけど…これ好きかも!」
大人だなぁマリア。
「ジャンヌも食べてごらんよ!唐辛子とかマスタードとかとは全然違うから!」
「う、うん…えいっ!~~~~!お、お姉ちゃ~ん!」
「よしよし。玉子さん食べな。甘めにしてあるから」
それにしてもさすがお寿司。
この病みつき具合。
さすが、好きな食べ物何?で、焼き肉かお寿司で二分されるだけのことはある。
そんなの…これ食べれば解決じゃない?ってことで。
「そろそろメインディッシュ行くか。はーいドン!ウニ載せ肉寿司~♡」
「キャーーーー姫ステキすぎー♡抱いてー♡」
【炎魔法】で軽く炙った肉は口に入れた瞬間とろけて消える。
後には風味だけが残り、ウニの潤沢な旨味と溶け合い私たちを昇天させた。
「これはもう…大衆向けの食事ではありませんね…」
「王宮でもこれだけの美食は味わえまいて…」
「幸せ…」
全員もれなく雌の顔してる。
異世界飯テロ大成功です。
「ねえ、これなら料理大会なんてぶっちぎりで優勝なんじゃない?」
「それは無理」
キッパリ。
「何故ですか?」
「私とかルウリみたいな異世界出身が審査するんならそうだろうけど、実際食べるのってガリアス王とかドワーフの人たちだから」
いくらこの寿司がおいしくても、味を濃くするにも限度がある。
めいっぱい醤油をつければそれで済む話だとしても、これでも料理には自信とプライドがある私だ。
寿司本来の味を損なうようなやり方は好ましくない。
じゃあ何を作ろうって話なんだけど、いざ考えると難しいねえ。
「うーん」
「リコリス様ーーーー!!」
ドドドド…と猛牛の如きダッシュでミルクちゃんが突撃してきた。
「オーッホッホ!偶然近くに寄ったので挨拶と新居祝いに来て差し上げましたわぁ!まあなんてみすぼらしい家ですの!犬小屋かと思いましたわぁ!あ、これ花束と、刃を潰したナイフですの。家の玄関口に飾ると魔除けになりますのよ」
「隠しきれないいい子感」
「あら、お食事中でしたのね」
「私が作ったんだ。お寿司っていう…」
「リコ!リス!様の!手料理!!はぁ~~~~」
「よ、よかったら食べていく?いっぱいあるから」
「食べていってあげてもよろしくてよ!オーッホッホあらおいしそうあーんぶっへぇぇぇ!!口の中が爆発しましたわ~!!」
「ウヒヒヒ♡」
「ルウリ食べ物で遊ぶなー!」
お昼ご飯一つにもバタバタと。
なんていうか、私たちらしいね。どうにもさ。
しっかし、いざ料理を作ろうって思い立つと決まらないもんだ。
こと料理の分野においても私が天才という事実は揺るがなくて、なんなら焼き肉をそのままポンと出しても優勝する自信はある。
けど、どうせならみんながアッと驚くようなものを作りたい。
あわよくばディガーディアーにレシピを普及させて、定期収入の一部にしたい。
「そして願わくば美食の伝道師としてキャーキャー言われたい」
「本当、あなたは欲望に際限がありませんね…」
「それが私の原動力みたいなとこあるから」
けど、何を作ってもいいってのが逆にネックだよなぁ。
ジャンルで固定してくれれば、これだ!って絞れるのに。
いっそスイーツでも作って奇をてらってみるか?
てか開催まで三日って早すぎる。
「いつものように異世界の料理でいいのでは?」
「向こうの料理の幅が広すぎて悩んでんの。んーアルティ、ちなみに今何食べたい?」
「お昼を食べたばかりで思いつくわけないでしょう。もぐ」
「ならそのドーナツ運ぶ手止めろ」
ほんとうちは大食漢揃いだよ。
大食いといえば、昔…
昔?
「そうだ!アレだ!アレ作ろう!!」
「アレ?」
「天啓!僥倖!見てろよアルティ!ディガーディアーに食の奇跡を起こしてやるぜ!こうしちゃいられない!」
「ちょ、ちょっとリコ?」
「ルウリのとこ行ってくる!!」
ついに!ついに作っちゃうぞ!
王道異世界飯!
うおおおおおおおって、なんやかんやあって当日!
「さあ、いよいよこのときがやってきました!国王陛下主催!ディガーディアー料理大会!実況はマイクを握らせればディガーディアーに右に出る者無し!カーヴィーが務めさせていただきます!伝わるでしょうかこの熱気!腕に覚えのある猛者たちが、今か今かと火花を散らしております!」
お祭り当日。
国は熱気と酒気に満ちていた。
大会の様子は、拡声器と映像の発信機、受信機を用いて国中に放送されている。
さすがルウリの魔導具だ。
にしても司会のお姉さん可愛いなぁ。
「それではまず、ガリアス国王陛下より挨拶を賜りたく存じます!」
「うむ!集いし料理人よ!己が力を存分に振るえ!我が舌を唸らせてみせよ!」
オオオオオオ!と広場は沸いた。
みんなノリ良っ。お祭り好きしかいない。
「料理の審査員は、ガリアス国王陛下並びにシルヴィア王妃殿下!万剣の王級鍛治師ことミルクティナ王女殿下!宮廷料理人総料理長ボルグバック氏!そして飛び入り参加の小さな精霊トト氏が務めてくださいます!」
「みんなー!おいしいの食べさせてねー!」
オオオオオオ!!
いや、なんでそっち側にいるの?
「その辺フラフラ飛んでたら王様に、暇そうだな審査員やらないか?って誘われたのよ。心配しなくても身内びいきはしないわよ。あの子、味には正直だから」
ならいっか。
いい、のか?
「審査員には各10点の持ち点が与えられます!料理人の皆さんは満点を目指して頑張ってください!尚、本日はディガーディアーが誇る腕利きの料理人の中でも、赤髪食堂、百獣屋、喫茶マム、白ひげ亭の美食四皇店が一堂に会しており期待が高まります!」
へえ、ドルムスさんとこって美食四皇店なんだ。
たしかにおいしいもんなぁ。
美食四皇店て何?
「そしてなんと!この料理大会を開くに至ったドラゴン討伐の立役者!百合の楽園が新星の如く参戦だぁー!!」
ウオオオオオオオオ!!
「リーダーのリコリスさん、一言意気込みを!」
「私の料理に惚れさせてやんよ」
「くーっ決まったー!不肖私カーヴィー、すでにリコリスさんの魅力に酔ってしまっております!」
腕を高く掲げて歓声に答える。
応援席ではみんなが手を振ってくれていて、準備も万端で負ける気なんて微塵も無いけれど。
私には、とある懸念事項が一つ…そうたった一つだけある。
「それでは大変長らくお待たせいたしました!ディガーディアー料理大会!始め!!」
それは…
「頑張りましょうね、リコ」
「ハ、ハハ…そだね…」
産業廃棄系料理下手女子《アルティ》がお手伝いとして参加していることである。
冷や汗すっごい…何これ私の上だけ雨降ってんの?
なんで…なんでこんなことに…
「こっちのセリフすぎるんだが~。姫に会えたの運命~♡きゅん~♡ガチでめっちゃドキドキしてる~♡」
「私もルウリに会えたの運命だと思ってるよ♡」
「えーどのくらいー?」
「クロウ○ードが家の地下室に眠ってたくらい、かな」
「運命~~~~♡ケ○ちゃんになっちゃう~♡」
「よーしルウリのハート封印解除しちゃうぞっつって~♡」
いやー話が弾む弾む。
もう完全に酒盛りが始まった。
「そ、れ、で?」
「お、おお…いつにも増して冷ややかな目だなアルティ…コキュってんのか…?いやコキュろうとしてんのか…?」
「はぁ…。別の世界で一度命を落とし、神によってこの世界に新たな命を与えられた転生者…。そんな大事なことを今まで隠していたなんて」
「べつに隠してたわけじゃ…。言っても信じないだろ?」
「そうですか。てっきり話すのを忘れていたとか、話すのがめんどうだったとか、そういう理由だと思いました」
「ギ、ギクー!バ、バカお前ソンナワケナイダロー!」
「後で殴りますね」
優しくして…
「わたくしも初耳ですわ。ルウリが別の世界の人間だったなんて」
「言ってなかったしね。あたしは姫と違って転生っていうか召喚だけど」
「召喚?神様に呼ばれたってこと?」
「そそ。あたし向こうでトラックに轢かれてグチャグチャになって死んだのね。そしたらそれを可哀想って思ったマキナが、元通りに身体を直してこっちの世界に召喚してくれたの」
「マキナ?」
「もしやデウス・エクス・マキナのことか?たしか機械神じゃったな。ゼウスやリベルタスとはまた異なる神」
どれどれ?たしかに【機械神の加護】を受けてるな。
「それが十年くらい前だったかな。あちこち回ってたどり着いたのがこのディガーディアー。そこからはいろんな発明をして、それがガリアっちの目に止まって今に至る~みたいな」
「数ある発明は、元の世界の知識を引用したものだったということですね」
「大体は魔石を組み込んで回路を起動させるだけだから、じつは引用も何もないんだけどね。あとはちょちょっと原子配列をいじったりもしてるかなー。その辺はあたしの【錬金術】が超活躍してる」
いや、カメラにしても冷蔵庫にしても、仕組みを知ってなきゃ回路どころか再現も…
私はリベルタスに知識を与えられてるから一通りのことはわかるけど、それも【錬金術】のおかげなのかな。
「ルウリって何歳のときに死んだの?」
「18だったかな。てかリアルで永遠の18歳w。マキナに身体直してもらったとき、不老の手術みたいなの受けてるからもう歳取らないんだよね。だから種族的には人間ってか自動人形?もうちょい機械寄りだったら機械人形だったな」
「お人形さん?」
「でも人間みたいです」
「うん!とっても可愛い!」
「シシシ、サンキュ♡まー血も流れてるし痛みも感じるし、心臓が魔石なこと以外は普通に人間と変わらないんだよね」
「そう言えば…あなた昔からちっとも変わっていませんの。それはそういうことでしたのね」
普通気付かん?
「んで、姫はいつ死んだの?」
「20歳の誕生日の前に通り魔に刺されてさー。そんで転生して今18だから実質アラフォー。いぇいいぇい」
「ウケる~wでも可愛いからアラフォーでもあり~♡ねえねえ姫~、今日はあたしも泊まっていっていいよね?懐かしの日本の話しよ~♡」
「おーいいねー。今日は寝かさないぜ♡」
「キャー姫イケメンヤバ~♡」
ウヘヘヘ♡
酒が進むわ♡
「それでは、わたくしは城に戻りますわね」
「おー気を付けてねミルちぃ」
「ありがとねミルクちゃん」
「こちらこそ楽しいひとときを。コホン。ま、また機会があればいつでも誘ってくださっても結構でしてよ!明日なんかいいのではないでしょうか!」
「ッハハ、ミルちぃ相変わらずかぁいいなぁ~」
結構飲んだか、ルウリはすでに私の肩に腕を置かないと立ってられないくらいになってる。
「城までお送り致しましょう、殿下」
「あら紳士ですのね。お願いしますわシャーリー様」
「頼んだよシャーリー」
マリアたちも寝ちゃったし、大人はこれから第二陣…と洒落込もうとしたんだけど。
「はーひっさしぶりに楽しかった~。また元の世界の話が出来るなんて、思ってなかっ、た…むにゃむにゃ…」
相当飲んでたし、ルウリはさっさと酔い潰れて寝てしまった。
思ってなかった、か。
それは私も同じだよ。
ついついはしゃいで、いつもより飲む量も多かった。
ルウリをベッドへ寝かせると、部屋の扉がノックされた。
「どした?」
寝巻き姿のアルティが、ムスっとした顔で部屋に入ってきて、眠るルウリを一瞥してから私のベッドに腰を下ろした。
無言ながら隣に座れって圧がすごい。
座ったら座ったで、ほっぺをつねられた。
「いひゃいんれすけほ…」
「痛くないでしょう。スキルを使ってるんですから。……知りませんでした。リコが違う世界の人間だったなんて」
「言ってないもん…いて」
指が離れたと思ったら軽いパンチが飛んできた。
「私にだけは…教えてくれてもよかったんじゃないですか?」
「……言ったところで、ってのがあったんだよ」
話したところでスマホが使えるわけじゃない。
元の世界に帰れるわけでも、元の両親に会えるわけでもない。
「話しちゃったら、余計に元の世界を求めちゃうだろ?」
「…帰れるなら、元の世界に帰りたいと思いますか?」
「やり残したことはいっぱいあった。未練が無いわけじゃない。でも、その分こっちの世界で頑張ろう…幸せになろうって決めたからね。今はみんなの方が大事だよ」
私が異世界人だったってのがよっぽどショックだったらしくて、アルティは膝に視線を落として黙ってしまった。
ったく…と私は頭を掻いて、アルティをベッドに押し倒した。
「きゃっ!」
「嫉妬しまくりだな」
「…だって、嫌だから。私の知らないリコがいるのも、私が知らないことでリコが他の子と仲良くするのも…」
「可愛い」
「またそうやって…。誤魔化されたりしないんですから…むぐ」
「っは…。信じられねーんなら、わからせてやってもいいんだぞ」
股の間に足を入れて、澄んだ瞳を覗き込む。
顔を真っ赤にしてから、アルティはキュッと口を結んだ。
「聴かせて…くれますか?元の世界のこと…。リコの、本当の名前…」
「いいよ。私の名前は――――」
――――――――
「ん…」
寝落ちしてた…今何時?
外暗い…そっか今日はお泊まり…
チュ…クチ…
何の音…
「んっ、ああ…リコ、やぁ…」
お、おおう…?!
「ダメ、ダメぇ…恥ずかしすぎて死んじゃう…」
「こんなにしといて何言ってんだ」
「だって…ルウリが、横に…」
「あんまり声出すと起きちゃうぞ」
ガッツリ起きてますけど?!
何してんの?!ナニしてんの?!!
「ていうか、お前は見られた方が興奮するだろ。外とか好きだもんな」
「バカ…!それはリコが…!むぐ…」
「二人っきりでシてるときはリコちゃんだろ」
「…ッ」
「呼んでくんないならやめちゃうよ」
「やっ!やだぁ…もっと、もっとシてリコちゃん…ああっ!」
「アルティめっちゃ可愛い」
あああ…え、え?おー…おおおー?!
そんなとこ…あーあー!
そこも舐め、ひゃあぁぁぁ!
お、大人ぁぁぁ!
翌朝。
「ぽへぇ…」
「どうたルウリ?寝不足?」
「ふえっ?!べ、べつに絶好調だけど?!あー朝ご飯うまー!」
「そ、そうか…?」
めっっっちゃ濡れた…姫、最&高すぎかぁ…
あたしノンケなはずなんだけどなぁ…
――――――――
朝ご飯を食べ終わった頃、私たちを城の兵士が迎えに来た。
なんでもガリアス王が呼んでるんだとか。
仕方ないので、私はアルティとドロシー、それに一緒になってついてきたルウリと共に城へ向かった。
「おお来たか。じつは、ドラゴン討伐の記念に何か催しでも開こうかと思ってな」
「催し?お祭りみたいなことですか?」
「パレードでもやろうってことなら断りますけど」
「祀り上げられるのはなぁ…いや待てよ?ドチャクソモテ要素が詰まった私が街を練り歩けば…キャーステキ抱いての酒池肉林フルコースかやったーーーー!!」
「姫ってもしかしてバカよりのアホ?」
どストレートに悪口。
「バカでスケベでクズよ」
思いやりって辞書で引いてこい。
「まあ、つまりだ。討伐の記念という名目で飲んで騒ぎたいということだ。我らドワーフは、飲むのも好きだが騒ぐのも好きだからな」
「はぁ。で、なんで私たちは呼ばれたんですか?」
「うむ。聞くところによるとリコリスよ、お前は王都で人気の食堂のオーナーだというではないか。それもヴィルストロメリアが贔屓にするほどの名店で、今までに無かった斬新な料理が売りだと。何と言ったか?たしか、かれえ、とか」
「カレー?!!姫、姫!!それあたしも!!あたしも食べたいぃ!!あたしカレー超好き~!!」
「おおお揺らすな揺らすなぁぁぁ。わ、わかった後で作るから…」
「っしゃー!あたし甘口!大盛りで!あ、福神漬けある?」
そりゃ食べたいよね。
おいしいの作ったろ。
「ゴホン、そこでだ。百合の楽園を招待し、ディガーディアーを挙げての料理大会を開こうと思う」
「料理大会?」
「深く捉えなくてもよい。先も言ったが、飲んで騒げる口実が欲しいだけだ。我がお前の料理を食してみたいというのもあるがな。ガッハッハ!」
正直なことで。
けど料理大会か…なんかおもしろそう。
「その大会は、優勝したら何かあるのかしら」
「ふむ、そうだな。賞金と国家料理人の称号といったところか」
「ま、そっちの方はいいじゃん。お祭りってことだし、せっかくなら楽しもうぜ」
「しかし料理一つにもドワーフは腕自慢が多い。生半可な料理では唸らせることは出来んぞ」
「ニッシッシ、おもしろい」
異世界の味、抗えるもんなら抗ってみるがいいわ。
全員まとめて私の味の虜にしてやるぜハッハッハ。
と、意気込んでみたものの。
何を作ろうかな?
「姫!はやくカレー!カーレーエー!!」
「あーもううるさし!待たれよ今作ってくるから!」
作ったよ☆
「うまーーーー!!!」
ドヤッ。
というわけで、ガリアス王の図らいで料理大会が開催されることになった。
開催は三日後。
出す料理に制限は無い。というのも、ドワーフは何にでもお酒を合わせるためだ。
料理大会のお触れを出したことで、街はすでにお祭り騒ぎ。
腕に自慢のある人たちは、我こそが~と今から意気込んでいる。
「さてさて、何を作ろうかな」
「私お姉ちゃんのカレー好き!」
「私はハンバーグが好きです!」
「ウッヘッヘ、可愛い妹たちめ。よーし今日の夜はハンバーグカレーにしちゃうぞ」
「「やったー!!」」
「やったー!!」
「いやなんでルウリもついて来てんの」
今ガリアス王から賜った屋敷ってのに向かってるとこなんだけど。
「暇なんだもん。しゃーなしじゃない?」
「あなた一応王宮お抱えの錬金術師なんでしょう?」
「大丈夫大丈夫。あたしただの居候だから」
ピースじゃないが?
「えっと、たぶんこの辺…。これか…?」
二階建てで居住スペースがある普通の木造住宅じゃん。
一階なんて工房だし。
「ごく一般的なドワーフ建築じゃの」
「た、高台で見晴らしはいい、ですね…」
「屋敷なんてもらっても持て余すだけだし、別荘にはちょうどいいんじゃない?」
「それもそっか」
見れば庭付きだし中もそれなりにキレイだし。
こぢんまりして可愛らしいじゃないか。
けどこの人数で使うと手狭なのは間違いないので。
「空間拡張」
【空間魔法】で居住スペースだけ広くしたよ☆
「しれっと高度な魔法使いこなすのうそなた」
「ニシシ。お、厨房広い!しかも冷蔵庫と冷凍庫付き!おー魔導コンロにでっかいオーブン!こういうの欲しかったんだよねえ♡」
ガリアス王の粋な計らいか。
お昼ご飯は気合い入れちゃおっかなー。
「よし、みんな何食べたい?」
「お寿司!」
「率先するじゃん。さっきカレー食ったろ。けど、お寿司か…ありだな」
「リコ、お寿司とは?」
「そういえば作ったことなかったか。切った魚を握った米の上に載せて食べる料理なんだけど…じつはそろそろ米が無くなりそうなんだよな。夜にカレー作る分で使い切って、あとはパステリッツ商会から送られてくるのを待つつもりだったんだよ」
「うえぇ?!!」
うえぇ、じゃねえんだわ。
私の持ってた米、際限無く消費しておいて。
「それに酢も作んないといけないから、やっぱり米も必要だし」
「うぅ~。ソッコーで水田作ろう…」
残念だけどお寿司はまたの機会だ。
今回はピザでも…
「あれ?」
「どうかしたかアルティ?」
「そこに瓶なんてありましたか?」
「瓶?」
ぽつんと置かれた瓶の中から、ひょっこりと頭が飛び出てきた。
「わあっ?!」
「どうもどうも~。いらさいいらさいいらさいませ~。出張鶴瓶屋の元気印~。日の本一の看板娘、アグリちゃんで~す」
「あ、ドラゴンポートで会った…」
ヒノカミノ国の食材と調味料を売ってた変わった女の人。
「やあやあ久しぶりだね~赤い子~。毎日えんじょいしてるかね~?」
「は、はい」
「何よりなんだぜ~」
「えっと、アグリちゃん?さん?は、なんでここに?」
「アグリちゃんと呼び給えよ~。フッフッフ、鶴瓶屋はどこにでも出張するのだ~」
「はあ…でもちょうどよかった。米と酢…っていうか、また一通り売ってほしいんですけど」
「まいどあり~」
スポンと頭を引っ込めると、瓶の中から米と酢、その他海産物や調味料が飛び出てきた。
「お代はここね~。あ~」
口に代金を入れるとアグリちゃんはゴクンと大きな音を立てた。
ほんとどういう仕組みなんだろ。
「いっぱい買ってくれてありがと~。これはお礼なんだぜ~」
「柿に梨に栗…うっわ秋刀魚!」
「初物だよ~。今後ともご贔屓に~。またね~」
アグリちゃんは瓶の中から手を振って、それから瓶ごと消えた。
相変わらず不思議な。
「なんだったんですかあの人」
「前にドラゴンポートでちょっとね。けど、タイミングよく米と酢が手に入ったからお寿司作れるぞ」
「おっ寿っ司♡おっ寿っ司♡姫~、あたししめ鯖食べたいなぁ♡」
「チョイスが渋いな…。食べてばっかりじゃなく働けー」
みんなが買い出しや家の掃除をしてる間に、私はいざお寿司の下拵えだ。
「まずはシャリから」
「お呼びですか?」
「シャーリーじゃねえ。シャリ。酢飯のことだよ。けど、その器用さは欲しいな。手伝ってくれる?」
「かしこまりました。では準備を」
「なんで割烹着…そんでまた似合うな…」
「お褒めに預かり光栄です。リコリスさんのも用意がありますよ」
着たよ。ていうか着させられたよ。
「では改めて」
硬めに炊いたご飯に、酢と砂糖を混ぜた寿司酢を合わせる。
「これを扇ぐんだけど、扇子は無いから【風魔法】でゆっくりと冷ます」
「何故わざわざ?」
「人肌になるまで冷ますと、酢飯の風味を感じやすくなる。らしい」
次にネタ。魚はディガーディアーで養殖されたものを使う。
浄化の必要が無いくらい、新鮮で安全。かつ高品質なもの。
上に載せるのは王道のマグロ。赤身はしっとりと、トロは脂が乗っててこれだけでおいしそう。軍艦用に中落ちもこそぎ落としておく。
鯛は皮目を残して、湯霜にし軽く包丁を入れる。
肉厚プリップリのサーモンに、いくらは醤油に漬けして柚子の皮を振ってと。
イカもタコには隠し包丁を入れて歯切れよく。
おっと、ルウリリクエストのしめ鯖も忘れちゃいけない。
玉子は魚のすり身を混ぜてふんわりと焼き上げた。
あとは細巻き用のきゅうりと梅干しを叩いたもの。
「定番はこんなところか。シャーリー、私がやって見せるから真似してね。シャリをふんわり一掴み、軽く形を整えたら、ネタを載せて握る。こんだけ」
「なるほど、こうですね」
シュ、シュン、って手が消えた。
さすがの器用さよ。
後はいっぱい握るだけ、と。
スキル【寿司職人】を習得しました。
…スキルって幅広いんだな。
はい、完成。
「へいらっしゃい!リコリス寿司だよ!がってんでい!」
「なんですかその妙な言語は」
「まずは形から入るのが粋ってもんよてやんでいべらんめえ!」
「これが寿司?へえ、キラキラしてまるで宝石みたいね」
「おいしそうだねドロシー!」
「本当ならわさび…ツンとしてからい薬味を挟んで食べるんだけど、子どもにはキツいかなって全部さび抜きにしてあるから、試してみたい人は、醤油に溶いて使ってね」
「もう飽きてるじゃないですか」
「ひっさしぶりのお寿司…♡ではでは、いっただっきまーす♡はーむっ♡」
「私も…あむ。んー♡」
「ん、んんんんん♡最高すぎかぁ~♡」
素人寿司だけど結構好感触。
何より何より。
「ネタとシャリのバランスが完ぺきで、一つの芸術ですね。おいしいですリコ」
「う、うん…すっごくおいしい…」
「サーモンの溺れるような脂に、イカとタコの官能的な舌触りがたまりません」
「いくらってサーモンの卵?醤油漬けにしてあるのね。プチプチとした食感が楽しいわ」
「はふ…しめ鯖の無敵感ヤバ…♡」
「この細くて可愛いお寿司もとってもおいしい!」
「昔ヒノカミノ国で食したのを思い出すのう。こいつにはキリッと冷やした清酒が合うのじゃ。プハ、格別なのじゃあ」
「わさびってこの緑色の?食べてみよーっと」
「マリア、ちょっとだけにしておくんだよ」
「ちょんちょん、ぱく。~っ、からーい!鼻がスースーして爆発したみたいだけど…これ好きかも!」
大人だなぁマリア。
「ジャンヌも食べてごらんよ!唐辛子とかマスタードとかとは全然違うから!」
「う、うん…えいっ!~~~~!お、お姉ちゃ~ん!」
「よしよし。玉子さん食べな。甘めにしてあるから」
それにしてもさすがお寿司。
この病みつき具合。
さすが、好きな食べ物何?で、焼き肉かお寿司で二分されるだけのことはある。
そんなの…これ食べれば解決じゃない?ってことで。
「そろそろメインディッシュ行くか。はーいドン!ウニ載せ肉寿司~♡」
「キャーーーー姫ステキすぎー♡抱いてー♡」
【炎魔法】で軽く炙った肉は口に入れた瞬間とろけて消える。
後には風味だけが残り、ウニの潤沢な旨味と溶け合い私たちを昇天させた。
「これはもう…大衆向けの食事ではありませんね…」
「王宮でもこれだけの美食は味わえまいて…」
「幸せ…」
全員もれなく雌の顔してる。
異世界飯テロ大成功です。
「ねえ、これなら料理大会なんてぶっちぎりで優勝なんじゃない?」
「それは無理」
キッパリ。
「何故ですか?」
「私とかルウリみたいな異世界出身が審査するんならそうだろうけど、実際食べるのってガリアス王とかドワーフの人たちだから」
いくらこの寿司がおいしくても、味を濃くするにも限度がある。
めいっぱい醤油をつければそれで済む話だとしても、これでも料理には自信とプライドがある私だ。
寿司本来の味を損なうようなやり方は好ましくない。
じゃあ何を作ろうって話なんだけど、いざ考えると難しいねえ。
「うーん」
「リコリス様ーーーー!!」
ドドドド…と猛牛の如きダッシュでミルクちゃんが突撃してきた。
「オーッホッホ!偶然近くに寄ったので挨拶と新居祝いに来て差し上げましたわぁ!まあなんてみすぼらしい家ですの!犬小屋かと思いましたわぁ!あ、これ花束と、刃を潰したナイフですの。家の玄関口に飾ると魔除けになりますのよ」
「隠しきれないいい子感」
「あら、お食事中でしたのね」
「私が作ったんだ。お寿司っていう…」
「リコ!リス!様の!手料理!!はぁ~~~~」
「よ、よかったら食べていく?いっぱいあるから」
「食べていってあげてもよろしくてよ!オーッホッホあらおいしそうあーんぶっへぇぇぇ!!口の中が爆発しましたわ~!!」
「ウヒヒヒ♡」
「ルウリ食べ物で遊ぶなー!」
お昼ご飯一つにもバタバタと。
なんていうか、私たちらしいね。どうにもさ。
しっかし、いざ料理を作ろうって思い立つと決まらないもんだ。
こと料理の分野においても私が天才という事実は揺るがなくて、なんなら焼き肉をそのままポンと出しても優勝する自信はある。
けど、どうせならみんながアッと驚くようなものを作りたい。
あわよくばディガーディアーにレシピを普及させて、定期収入の一部にしたい。
「そして願わくば美食の伝道師としてキャーキャー言われたい」
「本当、あなたは欲望に際限がありませんね…」
「それが私の原動力みたいなとこあるから」
けど、何を作ってもいいってのが逆にネックだよなぁ。
ジャンルで固定してくれれば、これだ!って絞れるのに。
いっそスイーツでも作って奇をてらってみるか?
てか開催まで三日って早すぎる。
「いつものように異世界の料理でいいのでは?」
「向こうの料理の幅が広すぎて悩んでんの。んーアルティ、ちなみに今何食べたい?」
「お昼を食べたばかりで思いつくわけないでしょう。もぐ」
「ならそのドーナツ運ぶ手止めろ」
ほんとうちは大食漢揃いだよ。
大食いといえば、昔…
昔?
「そうだ!アレだ!アレ作ろう!!」
「アレ?」
「天啓!僥倖!見てろよアルティ!ディガーディアーに食の奇跡を起こしてやるぜ!こうしちゃいられない!」
「ちょ、ちょっとリコ?」
「ルウリのとこ行ってくる!!」
ついに!ついに作っちゃうぞ!
王道異世界飯!
うおおおおおおおって、なんやかんやあって当日!
「さあ、いよいよこのときがやってきました!国王陛下主催!ディガーディアー料理大会!実況はマイクを握らせればディガーディアーに右に出る者無し!カーヴィーが務めさせていただきます!伝わるでしょうかこの熱気!腕に覚えのある猛者たちが、今か今かと火花を散らしております!」
お祭り当日。
国は熱気と酒気に満ちていた。
大会の様子は、拡声器と映像の発信機、受信機を用いて国中に放送されている。
さすがルウリの魔導具だ。
にしても司会のお姉さん可愛いなぁ。
「それではまず、ガリアス国王陛下より挨拶を賜りたく存じます!」
「うむ!集いし料理人よ!己が力を存分に振るえ!我が舌を唸らせてみせよ!」
オオオオオオ!と広場は沸いた。
みんなノリ良っ。お祭り好きしかいない。
「料理の審査員は、ガリアス国王陛下並びにシルヴィア王妃殿下!万剣の王級鍛治師ことミルクティナ王女殿下!宮廷料理人総料理長ボルグバック氏!そして飛び入り参加の小さな精霊トト氏が務めてくださいます!」
「みんなー!おいしいの食べさせてねー!」
オオオオオオ!!
いや、なんでそっち側にいるの?
「その辺フラフラ飛んでたら王様に、暇そうだな審査員やらないか?って誘われたのよ。心配しなくても身内びいきはしないわよ。あの子、味には正直だから」
ならいっか。
いい、のか?
「審査員には各10点の持ち点が与えられます!料理人の皆さんは満点を目指して頑張ってください!尚、本日はディガーディアーが誇る腕利きの料理人の中でも、赤髪食堂、百獣屋、喫茶マム、白ひげ亭の美食四皇店が一堂に会しており期待が高まります!」
へえ、ドルムスさんとこって美食四皇店なんだ。
たしかにおいしいもんなぁ。
美食四皇店て何?
「そしてなんと!この料理大会を開くに至ったドラゴン討伐の立役者!百合の楽園が新星の如く参戦だぁー!!」
ウオオオオオオオオ!!
「リーダーのリコリスさん、一言意気込みを!」
「私の料理に惚れさせてやんよ」
「くーっ決まったー!不肖私カーヴィー、すでにリコリスさんの魅力に酔ってしまっております!」
腕を高く掲げて歓声に答える。
応援席ではみんなが手を振ってくれていて、準備も万端で負ける気なんて微塵も無いけれど。
私には、とある懸念事項が一つ…そうたった一つだけある。
「それでは大変長らくお待たせいたしました!ディガーディアー料理大会!始め!!」
それは…
「頑張りましょうね、リコ」
「ハ、ハハ…そだね…」
産業廃棄系料理下手女子《アルティ》がお手伝いとして参加していることである。
冷や汗すっごい…何これ私の上だけ雨降ってんの?
なんで…なんでこんなことに…
応援ありがとうございます!
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