茨の王子は嫌われ魔法使いの夢を見るか

渡辺 佐倉

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真実の姿

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 夜露が「なるべくここには来ないように」と言ったにもかかわらず野茨は度々塔を訪れた。
 思ったよりも北の塔には城で働く人々は近づかない様にしているらしい。
 そのため塔に行く途中にもあまり人がおらず、思ったより簡単に野茨は塔に来ることが出来た。

 夜露はいつも一人でいつも粗末な服を着ていた。
 魔法使いというのは皆金の糸で刺繍の施されたきれいなローブであるとか、紫の美しい宝石のあしらわれた紺のドレスであるとかそういうものを着ているものだと野茨は思っていたけれど、夜露は違っていた。
 その恰好について夜露が何か言ったことは無い。
 野茨は、夜露にはその名の通り夜の様に美しい色のローブと露の様に煌めく宝石が似合う筈なのにと思った。
 この人にはきっと特別美しいものが似合う。
 夜露が誰かの話をすることはほとんど無く、昔の話をすることを酷く嫌がる。
 けれど、たまに紅玉と呼ばれる魔法使いの気配が話しの端々と彼に届く手紙で感じる。 この塔で感じる唯一の他人の気配が紅玉からの手紙だった。

 紅玉という魔法使いのことは知っている。
 とても力の強いと言われている魔法使いだ。
 賢者様と呼ばれて皆から尊敬されている魔法使いだ。
 その人の知り合いなのかもしれない。と野茨は夜露のことについては考えていた。
 それ以上のことは考えないようにしていた。

 城の人たちは夜露の言っていた通り、野茨が微笑みかければ頬を染め、野茨が話しかければ皆喜んだ。
 少しずつ野茨は成長していた。
 夜露だけ、いつまでも変わらない姿でいることが、彼が魔法使いの証の様に思えた。
 見た目の年齢が少しずつ近づいていくのが野茨には嬉しかった。
 いつか見た目の年齢だけでも並べるのじゃないかと野茨は思った。
 野茨は自分が呪いを受けて生きていることはもう知っていた。
 けれど、どこかのパーティで自分がどこかの姫君に恋をしてしまうところを想像できない。
 自分がどこかで劇的な恋をするところは想像できないし、呪いを受けるところも想像できない。
 恋をしてみたいともあまり思わなかった。

 それよりも、この静かな塔で本を読んでいる方が、よほど安らげると思った。
 夜露が静かな声で御伽噺をしているのを聞いている方がずっといい。
 それに、彼自身のことでなければ夜露は驚くほど博識でどの教師よりも的確な答えが返ってくる。
 夜露は誰よりも野茨の知識欲に応えてくれる人間だった。

 ずっと、ずっと恋などしないで、穏やかな日々を過ごせればいいとさえ思えた。
 恋をしない方がずっと幸せな事だとさえ思えたのだ。
 少なくとも時が止まるという悲劇にみまわれなくて済む。

* * *

 野茨はあるときはおやつのクッキーをいくつかハンカチに包んで、またある時は庭に咲いていた花を摘んで夜露の元を訪れた。
 その都度夜露は悲し気に微笑んだ後、優しげな表情をして野茨のプレゼントを喜んでくれた。
 この部屋に夜露以外の人間の気配を感じたことは無い。
 食事はどうしているのだろうと気が付いたのは、初めて会ったときからずいぶん経ってからだった。
 夜露は男性のわりにやせ細っていて色が白い。
 別にそれがおかしいって訳ではないけれど野茨はもっと彼は食べた方がいいと思った。
 ある日、野茨の食卓に出たのはあたたかなホットミルクだった。
 王様もお妃様も公務で忙しかったので一人で食卓にむかっていた。
 だからそれを思いついてしまった。
「ちょっと外で本を読みながら飲むね」
 野茨はそう言うと、護衛から離れて牛乳の入ったコップをもって外に出た。

 野茨がほほ笑めば、大体の人間は一瞬、ポーっとなって、反応が遅れる。
 それに、弟王子の方が侍従も警護も沢山いて野茨の方が少ない。
 夜露の疎まれる様な事はなくなったけれど、弟王子との差は相変わらず確かな形であった。
 野茨はもう呪いのことを知っているのでそれについては仕方がないと思っている。
 それに、警備が少ないからこそ、野茨が一人で行動することは案外簡単だった。
 この国は怪しい人間は迷いの森があるので入り込めないし安全だからだろうと野茨は思っている。
 おそらく、この城で働く人々も同じことを考えているのだろう。
 警備も教育も剣の稽古も切迫感というものはあまり感じられない。

 一人になった野茨は遠回りして塔へと向かった。
 今日も夜露は一人だった。
「やあ、いらっしゃい」
 去り際に必ず「もう、ここへは来てはいけないよ」というのに夜露は野茨が訪れる度に優し気にそう言った。
 それから、野茨が来るときいつも扉のすぐ向こうで出迎えてくれる。
 一度野茨がそれを不思議がって尋ねたことがある。
 夜露は『魔法使いは、そういう勘が鋭いんだよ』と教えてくれた。
 王宮の魔法使い達もそうなのかもしれないと気が付いた野茨は、一層脱走がうまくなったのだ。
 魔法使いの近くにはいかないは鉄則だ。

「ホットミルクが美味しかったから持ってきたよ」
 野茨がそう言いながらミルクの入ったカップを渡す。
 遠回りしすぎた所為だろうか、ミルクは冷めてしまっていた。
 せっかく暖かかったのにと落ち込む野茨に、夜露は口角を上げて嬉しそうに笑う。
「ありがとう。美味しいと思ったものを分けてくれて」
 そう言ってコップを受け取った夜露は塔の階段に腰掛けてミルクを飲む。
 そういえばこの塔にテーブルや椅子といったものが無いことに野茨は気が付いた。

 この人は何故こんなさみしいところで一人でいるのだろう。
 帰る場所はあるのだろうか。
 どちらを聞いてみても夜露ははぐらかすばかりだ。
 野茨がもっと大人になったら教えてくれるだろうか。
 悪い魔法使いだという以上の、本当のことを夜露は野茨に伝えてくれるだろうか。

 夜露がゆっくりとミルクを飲み切る間、夜露は彼の隣に座って飽きることなく夜露の顔を眺めていた。
「ごちそうさま」
 そう言われてカップを返してもらう。
 いつか二人で食事ができればいいと野茨は考えた。

* * *

 最近野茨はずいぶん背が伸びて体つきも男らしくなってきた。
 夜露は何年もこんなさびれた塔に野茨が通い続けるとは思わなかった。
 最初は呪いの所為で独りぼっちだった王子も周りと打ち解ければそちらの方が良くなるだろうと夜露は思っていた。
 こんな場所で夜露と面白くもない話をするだけなのだ。
 すぐに飽きてしまうと夜露は思っていた。
 けれど、何年経っても野茨は夜露の元を訪れてくれた。
 時には自分のホットミルクを持ってきてくれたこともあった。
 最近では新しい本をそっと差し入れてくれる。

 端正な顔立ちをして金色の絹糸の様な髪の毛の野茨はとても美しい。
 誰が見てもきっと野茨に嫌な感情を抱くことは無いだろう。
 野茨なら暖かい愛を育めるだろうと夜露は思う。

 今までよりもずいぶんと低くなった声で野茨はその低くて美しい声で夜露の名を呼ぶ。 野茨以外にはほとんど名前を呼ばれたことが無い夜露だったが、低い声で名を呼ばれるとどこか落ち着かない。
 それでも今までの様に本を読んで欲しいと言われるとつい甘やかしてしまうのだ。
 彼の王子としての教育がきちんと進んでいることは彼の知識や立ち振る舞いで分かる。
 野茨はその境遇にも関わらず、きちんと知識をつける努力をしてきている。
 もう夜露に教えられることなんてほとんど何もないのに、成人の儀が近くなっても野茨は相変わらずそうねだる。
 分別はついているので態となのだろうと夜露は思っている。

 きっと寂しい魔法使いである夜露に気を使ってくれているのだろう。
 夜露は基本的には塔で一人きりだ。
 この塔の本はすべて読み切ってしまったし、食事は一日一度、食事が届かない日もある。
 この国にとって邪魔者である魔法使いなのだから仕方がないと思っている。
 きっと王家は夜露のことを恨んでいるのだろうとも思う。

 だから、夜露はもう大人になるのに野茨に呪いのことを打ち明けられずにいた。
 それに幼いころは「なんで夜露はここにずっといるの?」と聞いてきた野茨は、最近そういう話はほとんどしない。
 足枷にだって目が行っているだろうに、そのことについて言葉に出して聞いたことも無い。

 咎人の証の様なそれに王子である野茨が気が付いていない筈が無いのだ。
 それなのに優しい野茨はその話をしないでいてくれる。
 けれど大人になる彼がこれからもずっとここにきてくれるとは思えない。
 残り少ないであろう彼との穏やかな時間を楽しもうと夜露は心に誓った。

 ずっと一人で生きていて、独りぼっちで何も困っていなかったはずの夜露は、初めて誰かと離れ離れになるかもしれないということをさみしく思っていた。
 ただ、今まで通りの一人に戻るだけなのに、それがさみしくて切なくてたまらない気持ちになった。

 夜露が外のことを知る方法は紅玉からの手紙と、夜露の世話をしている奉公人が時々食料を届ける際に言われる嫌味を交えた噂話しかない。
 野茨が幸せになるとき、本当に夜露は彼が幸せになったことを知ることが出来るだろうか。
 野茨が愛する人と結ばれたという話くらい誰かから聞かせて欲しいと夜露は思った。

* * *

「あ、蜘蛛!!」
 野茨は大抵のものは怖くはないし、自分一人でなんでもできる人間だ。
 それが祝福を沢山貰ったからか、ということについて考えるのはやめた。
 王族だからと恵まれている部分はあるのだろうけれど、それと同じだ公務で返せばいいのだと思っている。
 そう考えられるようになったのは彼のおかげだ。
 夜闇の様な髪の毛をした魔法使いのおかげで野茨の考え方は変わった。

 けれど、相変わらずひとつだけ苦手なものがあった。
 虫だ。
 野茨以外の王族は主に毒物に対する懸念から、生まれたときの祝福で虫に対する耐性をもらう。
 けれど、野茨だけは祝福の一部を呪いをいかに回避するか、影響を最小にするかで使ってしまっている。
 だから、仕方がないのかもしれない。
 嫌いなものは嫌いなのだから。

 ――そんなものはいい訳だ。

 野茨は虫が苦手な自分が嫌だった。
 だからなるべく気が付かれないようにしていた。
 けれど、どうしても夜露一人しかいないこの塔は手入れが行き届かない。
 蜘蛛程度のあまり害のない虫はどうしても駆除しきれていないようだった。

 クスクスと笑いながら夜露が窓から蜘蛛を逃してやる。
 その時のほっとした感覚に、野茨少しだけ違和感を覚える。
 虫が嫌いなことがばれて恥ずかしいというのとは少し違う感情が自分の中にある気がしたのだ。
 もちろん虫なんてちっぽけなものが苦手なのだと知られることは恥ずかしい。
 それももう子供ではない、成人の儀はまだなもののもう大人なのに。
 けれど、感じた違和感はそれとは違っていた。だからこそ確認したほうがいいのではないかと野茨は思った。
 違和感を確認するように野茨が、夜露に手を伸ばそうとしたその瞬間だった。
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