上 下
23 / 129
ルベル王国編

閑話:第一旅団幹部の集い~狂狼の決断~

しおりを挟む




 ヒュドールでのシー・サーペント退治は、幕を閉じた。ユートとアドルフは迎えに来たロッコと共に、時空魔法のテレポートでオリソンテに帰還する。

 ユートは平民の服装から、貴族の服装に着替えた後。ヴェーラにヒュドールを見学した感想を語り、アドルフはシー・サーペント退治について報告した。

 ユートの感想はともかく、アドルフの報告を聞いたヴェーラは驚いた。また、その場にいたエヴァンとハルも同様に驚き、ロッコは大きく笑う。


「そうだ、ロッコ爺。このネックレスは返す。貸してくれてありがとう」
「いや。それはユート君にあげよう」
「え? ……だが、これはとても貴重なものだろう?」
「儂は今のところ使う予定が無いのでな。君は次の街の見学の時も使うのだから、どうせならそのまま所持してもらった方が手間が省けるのじゃ。それに、君なら悪用することは無いじゃろう?」
「……それなら、変色ネックレスは俺がしばらく借りておく。必要が無くなった時に、あんたに返そう。それでいいよな?」
「うーむ……まぁ、君がそれで納得するならそれで構わんよ」
「では、そういうことで」


 そう言って、ユートはネックレスの青い石に魔力を送り……レイモンド・ベイリーの姿に戻った。


「あなた方のおかげで、貴重な体験をすることができました。本日は本当に、ありがとうございました」
「……あーあ、戻っちまった。つまんねぇな。ユートの方が自然だったぜ。お前、普段からユートの口調を使えよ。あっちの方が素なんだろ? なぁ?」
「…………さて? どうでしょう。それよりも、今日はこのあたりで失礼します。いつまでも御者と護衛の者を待たせるわけにはいきませんから」
「あ、待て待て! 玄関まで見送るから!」


 背後の慌てた声を聞きながら、レイモンドは思う。……何故バレた? と。
 レイモンドはユートの口調の方が素であると見破られてしまい、咄嗟に誤魔化したものの冷や汗をかいていた。


 その後。アドルフとレイモンドは、領主の館の玄関まで向かう。


「にしても今日は久々に楽しかったぜ! お前の補助魔法のおかげで、調子が良かったしな。……そういえば、なんでお前の補助魔法は普通のやつと違うんだ? 例の術式の書き換えってやつか?」
「いえ。最初に補助魔法を掛けた時は、術式の書き換えはやっていません。一般的な補助魔法だったはずです。……私にも、何故あなたの調子が良くなったのかは分かりません」
「そうか。……ま、いいか。今日の戦闘は楽しかった。それで充分だ。敵の強さも悪くなかったし、お前と初めて共闘できたしな。またやろうぜ」


 アドルフはその時、何も考えずにそう言った。

 大半の獣人にとって、強者との戦闘は望むところだ。獣人族の間では力が全てであり、それ故に強者と戦えばより強い力を得ることができると考える者が大勢いるのだ。
 アドルフもそう思っていたからこそ、本心をそのまま口にした。

 しかし。レイモンドは、その言葉が少々癇に障ってしまった。


「またやろう、ですか。……さすがですね。それは強者だからこそ言える言葉でしょう。弱者である私には、縁が無い言葉です」
「……レイモンド?」
「あなたは強者だから、弱者が感じている恐怖など理解できないのでしょうね。戦闘能力がほとんど無い私にできることは精々、同じ人間を相手にした時に護身術でなんとか生き延びること。それから、補助魔法で味方の支援を行うことぐらいです」
「おい……」
「あなたには力があるから、どんなに厳しい戦いでも多少は余裕を持つことができる。しかし、私にはその力が無い。だからこそ常に死の恐怖と戦っています。戦闘中はいつ何が起こるか分からない。……つまり、いつ死んでもおかしくないのですよ」
「…………」
「そんな私が、あんな戦闘をまたやろうと言われたら、こう答えるしかありません。……そんなものは二度とごめんだ。他を当たれ」
「!」


 アドルフが目を見開いて、レイモンドを凝視する。……彼はそんなアドルフから目を逸らし、背を向けた。


「もちろん、避けられない戦闘の場合は仕方ないと割り切りますが……あなたはもう少し、弱者の気持ちを理解するべきではありませんか? アドルフ殿」
「…………」
「……では、失礼します」


 レイモンドが立ち去った後。……アドルフは、深くため息をついた。


「もしかして、やっちまったか……?」
「――やっちゃった、かも」
「うおっ!」


 突然。隣から声が聞こえたことに驚いたアドルフが、尻尾の毛を逆立てる。……いつの間にか、彼の隣にはミュースがいた。


「ミュース! 驚かせるな!」
「……アドルフなら、気づくと思った……いつもなら、すぐに気づいてる」
「ぐっ……」
「レイモンドの言葉が……それ程ショックだった、ということ?」
「…………まぁ……少し、な」
「へぇ……」


 ミュースは、内心で驚いていた。

 昔のアドルフなら歯牙にも掛けなかったのに、今のアドルフはレイモンドの……たった一人の人間の言葉に、分かりやすく動揺している。、狂狼のアドルフが。

 レイモンドの存在は、アドルフに大きな影響を与えている。それも良い意味で。……彼女は、改めてそう確信した。


「それよりも、ボスのところに行くぞ! 俺には報告したいことがいくつかあるんだ。お前もだろ?」
「うん。……行こう」


 二人でヴェーラの下へ行き、ロッコとエヴァンも交えて話し合うことになった。

 まずはミュースから、王都イルミナルやレイモンドについて定期報告を行い、それが終わると、アドルフが今日のヒュドールでの出来事について詳しく話す。


「……というわけで、パーヴェルはおそらく今回の件でいくらか自信を持ったはずだ。レイモンドのおかげでな」
「おぉ、そうかそうか。それは良かった。パーヴェルにはその調子で頑張ってもらいたいのう」
「さすがは我が兄弟子です。レイモンド殿には感謝しなければ」


 ロッコとエヴァンが嬉しそうに頷いた。二人はパーヴェルの成長を素直に喜んでいる。


「で、そのレイモンドについて気になることがあるんだが……」
「彼の補助魔法について、だな?」
「あぁ。本人にも聞いてみたが、術式の書き換えはやっていなかったらしい。使ったのは一般的な補助魔法だってよ」


 次に、レイモンドの補助魔法の話に移った。いつもより調子が良過ぎたあの感覚を思い出し、アドルフは首をひねる。


「レイモンドも俺の調子が良くなったことについて、心当たりはないそうだ。嘘は言ってなかった。あいつは本心からそう思っている」
「……不思議」
「そうだな。実に不可解だ。我々を惹き付ける何かといい、通常とは異なる補助魔法といい……彼には謎が多い」
「……その補助魔法についてですが。実はトレスが、アドルフと似たような証言をしていたことを思い出しました」


 そう言ったエヴァンに、他の四人の視線が集まった。


「以前。レイモンド殿が盗賊に襲われた日に、彼と共闘したトレスは補助魔法を掛けられました。その時の戦闘は、僕に補助魔法を掛けられた時よりも調子が良くて戦い易かった、と言っていたんです。それはトレスの気のせいだろうと、考えていたのですが……」
「むう……団長。これはパーヴェルの部下にも、話を聞いてみた方が良いかもしれん。レイモンド君は彼らにも補助魔法を掛けたのじゃろう? それも、前衛職の全員に。……彼らも同じ証言をするのであれば、これはいよいよ偶然では無くなるぞ」
「そうだな……近日中に、パーヴェルを通して聞いてみるとしよう」


 ロッコの進言に頷いたヴェーラは、レイモンドから聞いた街見学の感想と共に、その旨を近日中に手紙で伝えることにした。


「……あ、団長……」
「何だ、ミュース」
「さっき……アドルフがやっちゃった」
「おい、ミュース!」
「やっちゃった……? それはレイモンド殿に対して、ということか?」
「うん」
「アドルフ坊主、白状せい。今度は何をやったんじゃ?」
「……それは――」


 アドルフが先程の出来事について話すと、ヴェーラとロッコとエヴァンがため息をついた。


「弱者の気持ち、か。我々は基本的に強者を中心としているから、そう言われても咄嗟に思い付かないな。これは、アドルフだけを責めるわけにはいかないだろう」
「うむ……」
「僕や師匠のような草食系の種族であれば、多少は理解できると思いますが……肉食系の種族だとそうはいきませんからね」
「……あと、私みたいな小動物の種族も……少しは、分かると思うけど……あくまでも少しだけだから……」
「あいつなら、弱者の気持ちが分かるのか……?」
「あいつ?」
「アルベルトのことだ」


 アドルフの脳裏には、兄弟のように共に育ってきた男の姿が浮かんでいた。
 幼い頃から人の心に詳しかったアルベルトなら、レイモンドの言う弱者の気持ちを理解しているかもしれない。

 そう考えたアドルフは、あることを決断した。


「ヴェーラ団長。一度、俺一人で獣王国に戻りたい。アルと話がしたいんだ」
「……理由は?」
「俺はこのままじゃ、レイモンドとすれ違ったままだ。あいつを仲間にするためには、あいつのことを理解する必要が――いや、そうじゃねぇな」


 彼は頭を振り、言葉を改める。


「――俺自身がどうしても、レイモンドと友人になりたいと思っている。だからアルベルトと直接話し合って、その助言を聞いてレイモンドのことを理解したい」
「アドルフ、お前……」
「頼む……ヴェーラ。俺はあいつの友人になりたいし、獣王国側へ引き込みたいんだ! 絶対に!」


 アドルフは、ヴェーラに向かって深く頭を下げた。……ヴェーラは驚愕し、それと同時に強く感動する。

 彼は、例え気を許した相手であっても深く関わろうとせず、自分と相手の間に必ず一線を引いていた。
 そんなアドルフが、自分から相手のことを知ろうとしている。――その相手と、友人になりたいと願っているのだ!

 そう思った時には既に、ヴェーラの答えは決まっていた。彼女がアドルフを見据えてソファーから立ち上がると、アドルフも反射的に立ち上がる。


「第一旅団副団長兼、戦闘部隊隊長、アドルフ!」
「!」
「お前に任務を与える。――私の名代として一度獣王国に帰還し、獣王様に現在の状況やこれまでに第一旅団が得た情報について、報告を行うのだ。特に、レイモンド・ベイリーについて詳しく説明しろ。そして……彼の者をこちら側に引き入れるための助言を獣王様から授かった上で、再び私の下へ戻れ。いいな?」
「……了解」


 アドルフは自身の嘆願を受け入れてくれた上司に対し、心からの敬意と感謝を籠めて敬礼した。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治
ファンタジー
生前、神官の策に嵌り王命で処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、意図せず転生してしまう。 ジェイクを転生させた女神・ベルメアから、神昇格試練の話を聞かされるのだが、理解の追いつかない状況でベルメアが絶望してしまう蛮行を繰り広げる。 神官への恨みを晴らす事を目的とするジェイクと、試練達成を決意するベルメア。 一人と一柱の前途多難、堅忍不抜の物語。 【【低閲覧数覚悟の報告!!!】】 本作は、異世界転生ものではありますが、 ・転生先で順風満帆ライフ ・楽々難所攻略 ・主人公ハーレム展開 ・序盤から最強設定 ・RPGで登場する定番モンスターはいない  といった上記の異世界転生モノ設定はございませんのでご了承ください。 ※【訂正】二週間に数話投稿に変更致しましたm(_ _)m

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...