獣王国の外交官~獣人族に救われた俺は、狂狼の異名を持つ最強の相棒と共に、人間至上主義に喧嘩を売る!~

新橋 薫

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ルベル王国編

シー・サーペント退治【後編】

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 俺が取り出したのは、ロッコやパーヴェルが使っているような大きな杖ではなく、小さな杖だ。

 今から使う魔法はコントロールが難しい。それに加えて、術式の書き換えと詠唱を行わなければならない。
 この魔法を今までのように杖無しで発動させると、制御できずに失敗してしまう。しかし杖を媒体にすれば、その制御が可能となるのだ。

 まずは術式を展開し、その書き換えを行う。詠唱から発動まではそこまで苦労しないが、今回はこの書き換えが難しいのだ。
 本来の補助魔法の術式を、大幅に書き換えるからな。それに、失敗すれば最初からやり直しだ。しかしだからと言って、慎重過ぎると発動が遅くなってしまう。

 慎重かつ素早く行動し……やがて、書き換えは成功した。それからすぐに詠唱を始める。


「我が魔力よ、勇敢なる戦士達へ、大いなる力と強靭な肉体を与えたまえ――マジック・エイド・スプレッド!」


 魔法の発動と共に、杖を大きく横へ振る。……その瞬間、前線にいる全ての戦士達にその効果がもたらされた。もちろん、イルカ達も含まれている。
 俺が掛けたのは、主に攻撃力と防御力を上昇させる魔法だ。副次効果として、身体能力も全体的に少し上昇する。

 俺の補助魔法を受けた前衛達が雄叫びを上げた。さらに攻勢に出る。……よし。さっそく効果が現れているようだ。
 だがそれとは反対に、俺は地面に膝をついていた。魔力を一気に減らしたことで、体力を消耗してしまったのだ。


「くっ……すまない、パーヴェル……少し休ませてもらうぞ。魔力を少しでも回復させなければ」
「……ユートさん。あなたは一体、何者なんですか? あんなに大掛かりな補助魔法を……それも、一度に大勢の人に使える補助魔法なんて、見たことがありません! できても四、五人ぐらいが限度であるはず。それに術式の書き換えもそうです! 先程のような大幅な書き換えができるのは、師匠だけだと思っていたのに……!」


 その必死な声を聞いて顔を上げると、パーヴェルが爛々とした目で俺を見ていた。瞳孔が開いている。……やめろ、怖いぞ少年。

 しかし何者なのか、と聞かれてもな。単純に答えるしかない。


「俺は人間だ。……人よりも少しだけ補助魔法と術式の書き換えに慣れているだけの、ただの人間なんだ」


 そう答えた後に……少し考えて、こう付け加えた。


「だが、俺は偉大なる師匠に恵まれていた。俺自身はただの人間だが、そんな俺がここまで成長することができたのは、あの人の存在が大きい」
「その師匠とは――」


 その時、戦況に変化があった。シー・サーペントが大きく口を開き、その口の中から何かを放とうとしている。……ブレス攻撃だ!

 それに気付いた獣人達が待避しようとするも、シー・サーペントが水中から尻尾を出してそれを遮る。数名が分断されてしまった。アドルフもいる!


「パーヴェル! 分断された奴らに掛けた魔法を解除しろ。水上歩行の魔法を!」
「え、でも――」
「そうすれば水中という逃げ道ができるだろ! いいからやれ!」
「は、はい!」


 パーヴェルが魔法を解除した瞬間。アドルフ達が水面から水中に沈み、その真上を紫色のブレスが通った。……間一髪!

 するとイルカ達がアドルフ達の下へ向かい、彼らを素早く回収してこちらへ泳いで来る。それを追撃しようとしたシー・サーペントの前に、他の獣人達が立ち塞がった。

 そのおかげで、アドルフ達は無事に陸へと戻って来た。真っ先に陸に上がったアドルフが、パーヴェルに詰め寄る。


「パーヴェルこの野郎! いきなり魔法解除しやがって! おかげで助かったが心臓が止まるかと思ったぞ!」
「パーヴェルにそうしろと言ったのは俺だ。悪かったな」
「お前かよ! 危ねぇことをやらせるな!」
「アドルフ達を回収してくれてありがとうな、イルカ達。この調子で頼む」
「ピュー!」
「無視すんな!」


 イルカ達は前線に戻った。それを見送った後にアドルフがいる方へ向き直る。


「それで真面目な話、倒せそうか?」
「……物理攻撃だけじゃ時間が掛かるな。その間にまたブレスを使われたらまずいぜ。あの海蛇のブレスには、毒が含まれていた」
「毒だと!」
「牙だけでなく、ブレスにまで毒が含まれていたとは知らなかった。……あっちにいる二人を見ろ。あのブレスが体に当たっちまったんだ」


 アドルフが示す方向を見ると、そこには回復魔法で治療されている二人の獣人がいた。それぞれ、肩と腕を負傷している。酷く苦しんでいた。

 毒による被害者をこれ以上出さないためにも……短期決戦が望ましい、か。


「パーヴェル。お前が使える魔法の中で一番攻撃力が高くて、現在の状況にも適している魔法はなんだ?」
「……水魔法の、ウォーター・トルネイドですね。今なら海水も使えばかなりの威力になると思います。……ただ、膨大な量の海水をコントロールするのが難しいです。だから、僕ではお役に立てないかと――」
「おい、ヒュドールの領主! しっかりしろよ!」
「!」
「あの海蛇を倒さなきゃ、今度は獣人だけでなくこの街の住民にまで被害が及ぶぞ。領主として責任を持って住民を守れ! あんた自身の手で、この街を守るんだ!」


 俺はパーヴェルの両肩を掴み、そう叫んだ。すると、榛色の瞳の奥に強い光が宿る。


「やりますっ!」
「よく言った! 聞いたな、アドルフ。お前は前衛の獣人達と共に、魔法の発動まで時間を稼いでくれ!」
「おう、任せろ! 期待してるぜパーヴェル。それと水上歩行の魔法を頼む!」
「はい!」


 陸地に戻って来た前衛の獣人達と共に、アドルフは再び前線へ向かう。パーヴェルは既に術式の展開を始めていた。
 俺はその集中の邪魔をしないように、補助魔法を掛ける。魔法攻撃力を上昇させる魔法だ。念には念を入れておこう。

 そして、術式の展開が完了した。いよいよ魔法の詠唱に移る。


「大いなる海よ、我が声を聞きたまえ、我が魔力を受け入れたまえ、我が命に従いたまえ――」
「総員待避ぃぃっ!」


 そのタイミングで、俺は大声を上げた。前衛の獣人達が一斉に飛び退く。


「さぁ大いなる海よ、竜巻となりて、我が敵を打ち倒したまえ――ウォーター・トルネイド!」


 パーヴェルの詠唱が終わり――シー・サーペントの真下から竜巻が上がった。


「この街も、住民達も……僕の手で守ってみせるっ!」


 そう叫んだパーヴェルは、自身の杖を天に向かって振り上げる。それと同時に、竜巻も天ま上がった。シー・サーペントの凄まじい悲鳴が聞こえる。

 そして、竜巻が消えた。空にはシー・サーペントの巨体が――あっ!


「す、水上にいる奴らはすぐに逃げろ! 空から海蛇が落下してくるぞ! 早く逃げろ!」


 俺の声を聞いて慌てた彼らは、すぐに陸側へ逃げて来た。イルカ達も水中に潜る。
 その後。水面にあの巨体が落下し、大きな水しぶきが上がった。


 水しぶきを浴びて、ずぶ濡れになってしまった俺達の視線の先には、ピクリとも動かないシー・サーペントがいた。その時、アドルフが動く。

 水上を走り、シー・サーペントの下へ向かった。……それから奴の顔を確認すると満足そうに頷き、俺達に向けてこう言ったのだ。


「喜べ、野郎共! ――俺達の勝ちだ!」


 刹那。獣人達が勝鬨が上げた。それと同時に、パーヴェルが膝から崩れ落ちる。俺は慌ててそれを支えた。


「パーヴェル!」
「…………ふふ……ははは……」
「お、おい? どうした?」
「勝った……やった! 勝ったぞぉぉ……!」


 そう言って、灰色猫は笑っていた。その目に涙を浮かべながら、満面の笑みを浮かべていたのだ。


「こんな僕でも、この街を守れるんだ!」
「……あぁ、そうさ。あんたは立派な領主様だ! 自分を誇りに思え!」


 その笑顔に釣られ、いつしか俺も心から笑っていた。……戻って来た狼がそんな俺を見てニヤリと笑ったので、すぐに引っ込めたが。


「何だよ、もっと笑えよユート」
「うるさい、黙れ」


 次に揶揄したらデバフ掛けてやるぞ、この野郎。



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