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第六章 生徒編

第七話 妹よ、俺は今家庭訪問をしています。その2

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 何を言っているのだ、この人達は?

 いや、待て。そもそもこの世界にはセラ学園のような学校は無く、保護者面談や家庭訪問といった行事も当然無い。前世の知識がある俺にとっては常識であっても、異世界人であるブロイ公爵家の人達には保護者面談自体が初めての体験だ。ここは順序を追って説明してあげた方がいい。この世界にとっての異世界人は俺の方なのだから。

「オスカー、今の年齢は?」

「はい、二十六歳です」

 うん、知っている。レベル上げのときに何度もステータスを確認したから。

「この国では何歳で成人する?」

「十五歳です」

 勿論、それも知っている。俺、教師だから。

「すなわち、オスカーは既に成人している訳だ」

「そうですね・・・」

「ブロイ公爵と夫人はオスカーの親ではあるが、既に成人しているオスカーの保護者ではない」

「そうですね・・・」

「よって、オスカーの保護者面談は無い!」

「えぇぇぇぇぇ!」

 我ながらかなり分かりやすい説明だったと思う。

「でも、私は先生の弟子ですよ」

「それはオスカーが自分自身で決めたことだ。親の許可をもらって学校に通い始めたフランとは違う」

「でも、でも、教え子であるには変わりないじゃないですか」

「世間的に見れば、俺とオスカーは同じ学校で教員として働く同僚だ。個人的には師弟関係だが、学校の教師としての立場なら教え子ではない」

「そんなぁー・・・マーカスの家には家庭訪問したではないですか」

「あれは家庭訪問ではない。ただ近くに寄ったから挨拶に行っただけだ」

「えぇぇぇぇぇ・・・」

 そこでごねる理由がわからん・・・なぜ、いい大人が家庭訪問してほしがるの?

 うなだれるオスカーを慰めることもなく、夫人が笑顔で口を開く。

「フフフッ、保護者面談の話を聞いたときから私はおかしいと思っていましたよ。フランはわかりますが、どうしてオスカーまでと」

 ですよねー。

「私もおかしいとは思っていたが家庭訪問や保護者面談という制度を知らなかったこともあるし、なによりオスカーがさも当然のように言うものだから、そういうものなのかと思い込んでしまった。最近は魔法も教えていただいていると聞いていたので、それについてトキオ殿から話しておきたいことでもあるのかと・・・」

 たしかに魔法は教えているがそれもオスカーが自分で習うと決めたこと、一々親に報告なんてしない。話しを聞きたければオスカーに直接聞けばいいだけのことだ。

「それでは、俺はそろそろお暇しますね。今日は時間をとっていただきありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ。わざわざフランの学校での様子をお聞かせくださり、ありがとうございました。トキオ先生になら娘を預けても安心です。今後ともよろしくお願い致します」

 夫人が頭を下げると、他の家族も立ち上がって頭を下げる。いつもながら貴族だからと偉ぶることのないブロイ公爵家には好感が持てる。次男坊だけは不服そうだが・・・

「あっ、そうだ。もう招待状が届いているかもしれませんが、今度の空曜日と時曜日に夏休みの宿題だった自由課題の展示会を講堂でおこないます。領主の仕事を子供達にもわかりやすく纏めてくれたフランの作品は素晴らしかったですよ。他にも面白い作品が沢山ありますので、時間があれば是非お越しください」

「はい、先日マザールプから招待状が届きました。主人とも時間を作って必ず観に行く約束をしております。娘の作品も勿論ですが、セラ学園で学ぶ子供達がどのような作品を見せてくれるのか楽しみです」

 来年以降も子供達のやる気を促す為、できるだけ沢山の人達に来てもらいたい。街の人達にも、学校で学べば子供達でもこれだけのことが出来るのだと知ってもらえればなお嬉しい。


 ♢ ♢ ♢


 トキオがブロイ公爵邸を辞して数秒後。

「まったく、恥をかかせおって!」

「痛っ!」

 オスカーの頭をパシンと叩くブロイ公爵だったが、言葉とは裏腹に表情はそれ程怒っていない。

「仕方がないではありませんか、私も保護者面談という制度をよく分かっていなかったのですから・・・」

「分からないのなら、分かるまでちゃんと説明してもらえ。それでよく教師が務まるな。ちゃんと理解していない生徒を置いてきぼりになどしていないだろうな!」

「勿論です!そもそも、セラ学園の生徒は皆優秀です」

 使用人が新しく用意してくれたお茶を手に、各々がソファーの好きな場所に腰を下ろす。ブロイ公爵とオスカーのやり取りを聞きながら、エリアスが大きく息を吐いた。

「優秀過ぎるだろ・・・」

「兄上、驚くべきところはそこではありませんよ」

「どういうことだ?」

「フランから学校の様子を聞いて知っているとは思いますが、セラ学園では午前中しか授業は行われません。午後からは各々の生徒が興味のあることに時間を使っています。先生曰く、遊びや趣味の時間も勉強と同じくらい重要だということで、セラ学園では詰め込み教育はしていないのです。それでも子供達は年齢に応じた範囲から遅れることもなく、皆順調に学んでいます。正しく教えれば、これくらいの学力は誰でも得られると子供達が証明しているのですよ」

「我々が受けてきた教育が正しくなかったのか?」

「正しい教育など存在しません。私たちに出来るのは、現状で最善だと思われる教育です。先生に許可を頂き初めて学校へ行った日、私が最初に取り掛かった仕事は礼儀とマナーの教科書作りでした。見本とするため先生がお作りになった計算や物理の教科書を見せていただき驚愕しました。意味のない無駄な文言を省き、絵や図が用いられたその教科書は読みやすくわかりやすい。なぜ自分は学生時代、あんなに回りくどく読みづらい教科書を使っていたのかと真剣に思いましたよ。ですが、それは先生の作られた教科書を私が知ったからです。それまでは自分が使ってきた教科書に何の疑問も持っていませんでした」

 オスカーは今現在でも自分が作った教科書が現状で出来る最良の物だったのか疑問を持っている。その疑問は教師を続ける限り永遠に続く。

「先生の凄いところは子供達にわかりやすく勉強を教えられることだけではありません。先程も言いましたが、ミルが解いている問題集はこの国の高等教育を受けた私でも問題の意味すら分からないものです。その問題集を作り、解き方を教えているのも先生なのです。先生が我々のどれだけ先を言っているのか、私にはまだ想像すらできません」

 ミルの計算能力はオスカーを凌駕する。そんな天才少女用の問題集を作っているのがトキオだ。トキオにはミル以上の計算能力と数学の知識がある。学校に通い始めてから知識を吸収し続ける天才少女、枯渇することなく知識を与え続けられる教師、この出会いは偶然などではなく神の導きだとオスカーは確信している。ミルや「勇者」スキルを持つノーランの能力を最大限引き出せる指導者はトキオだけだ。こんな偶然はあり得ないとオスカーが思うのも当然である。

「私には先生がやろうとしている教育改革を神が望んでいるとしか思えません。近い将来、先生の教え子達は国中にその名を轟かせるでしょう。国民は疑問に思います、どうしてトロンの街ばかりから優秀な人材が輩出されるのかと。そして知るのです、セラ学園を、子供達の可能性を、教育の重要さを」

 オスカーには明確なビジョンが見えていた。自分が生きている間にどこまで行けるかはわからない。だが、自分がすべきことはわかっている。

「今、先生がやられていることを一番近くで見られる我々の責任は重大です。あれだけの力と知識をお持ちの先生でも事あるごとに、人一人の力などたかが知れていると言います。マザーループが慈悲の女神チセセラ様より賜った神託「トキオセラの成すことに助力せよ」には、この地を収める我が公爵家も含まれていると考えるべきです」

 公爵家の面々は改めて神託の重みを知る。「トキオセラの成すことに助力せよ」神がトキオの名を出したのだ。トキオがこの世界を変える、疑う余地は微塵もない。

「オスカー、父親ではなく領主としてお前に厳命する。我が公爵家が僅かでもトキオ殿の力となれることがあれば、躊躇なく即座に伝えよ。今のお前に見えているビジョンも、話してよい部分だけでも構わないから教えて欲しい」

 ブロイ公爵の言葉に、家族全員が大きく頷く。ブロイ公爵家はトキオと共に進む覚悟をとうに決めている。

「今回、夏休みの宿題だった自由課題の展示会を行うのは、子供達のやる気を促すのと同時に、街の人達に学ぶことの重要性、子供の可能性を知ってもらう為です。先生は孤児院の子供だけでなく、広く生徒を受け入れたいとお考えです。今迄も孤児院出身者はトロンの街で大いに活躍してきましたが、今後はセラ学園の卒業生が今まで以上に活躍するでしょう。学校に子供を通わせたいと思う親も増えてくる筈です。平民の子供達が学校へ通える環境作りや法整備、他の街で学校に興味を持つ領主が現れれば積極的に視察も受け入れるべきです」

 教育改革はトロンの街から始まる。もう、始まっている。終わることのない改革、それでも一つの節目と考えるならばトキオが掲げた目標、全ての子供達が身分や生まれに関係なく自由に学べる世界だ。それには時間が掛かる、ここに居る誰もその世界を見ることは出来ないかもしれない。それでもやる。自分達が動くことを躊躇すれば、その分子供達が学ぶ機会を失う。いつの日か、自分達の子孫がやり遂げてくれる日を、全ての子供達が身分や生まれに関係なく自由に学べる世界を実現してくれる日を夢見て。

「オスカー兄様、まずは来年、王都の学校に入学した私が貴族の跡取り達にくらわせてやります!圧倒的な学力の差を知らしめて、「これくらい、トロンの学校に通っている生徒は全員出来ますよ」と言ってやります。ぶっちぎりで一番の成績を収めて、「この学校はレベルが低い、トロンの学校には私より優秀な子が沢山居た」と言ってやりますわ!」

「それは面白い、流石はフランだ!」

 パンチの利いたフランの企てに触発されたのか、ブロイ公爵は興奮気味に話す。

「エリアス、我々も負けてはおれんぞ。お前は今まで以上にトキオ殿との関係を強化し、セラ学園の素晴らしさを広く民に伝える役を買って出ろ。目標は来年度、孤児院以外からの生徒受け入れだ。施設の充実や社会見学の交渉、教師や職員の補充、何でも相談に乗るとマザーループとトキオ殿に宣言してこい!」

「畏まりました」

「クルト、セラ学園までの道のりの治安を徹底的に強化だ。目標は子供達だけで学校に通わせても親が心配しないこと。必要な施設や人材があれば来年度までに準備させるから、何でも言ってこい!」

「はい、お任せください。セラ学園までの道のりをトロンで一番治安の良い道にしてみせます」

 オスカーの話を聞いてブロイ公爵家の面々は興奮していた。マザーループが賜った慈悲の女神チセセラ様からの神託「トキオセラの成すことに助力せよ」に自分達も参加できること、全ての子供達が身分や生まれに関係なく自由に学べる世界に助力できること、公爵家としてこの街を守るだけでなく、素晴らしい未来の礎となれる。

 トキオと出会い、覚醒したかのように働き始めたオスカーの気持ちをブロイ公爵家全員が理解する。

 これ以上充実した人生は想像できない。

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