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四
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「尚宮さま、ちょっと…」
侍中の身の回りの世話をする木槿国人の端女が遠慮がちに声を掛けてきた。彼女も侍中同様、木槿国人と曼珠国人の混血(ハーフ)だった。彼女の場合は木槿国人の父親と曼珠人の母親の間に生まれ、母親が早くに亡くなったため父親と共に木槿国に暮らしていた。その父親も最近世を去ってしまったため、父親の親族が彼女を王宮に“売って”しまったのだった。
「私がここに来たのは、きっと曼珠の血を継いでいるせいでしょう。言葉は出来ませんのに」
こう語った彼女に侍中は自分の母親と同じ朴氏だったこともあり親しみを感じた。それは彼女も同じようだった。というより彼女は他の宮女と違い、王妃たち曼珠国から来た人々皆に親切だった。
「出過ぎたことを申し上げますが‥」
端女はいつにも増して丁重な言葉使いをする。
「構わないわ、早く言いなさい」
侍中は先を促す。
「王妃さま方は、今度、管弦の宴を催し主上を御招きなさるそうと伺っていますが‥」
「ええ、そうよ。主上は音楽を好まれるので曼珠の調べにも関心をお持ちだと思って」
「お止めになった方が宜しいかと」
「何故?」
端女は言い難そうな口調で話し出した。
「木槿国の女性で楽器を奏するのは妓女のみで、庶民を含めそのようなことをする者はおりません」
「何ですって!」
予想外のことに侍中は声を上げてしまった。
「あと詩会をしたり、学問の類をすること、投壺も板跳びもブランコも王族女性のなさることでは無いのです」
侍中はどう応えていいのか分からず口を噤む。
「そして、この国では宮女や私のような端女に至るまで働いている女たちは皆賎民なのです」
「では王妃さまに侍っている尚宮と呼ばれる人々も‥」
「はい、常民ではございません」
ならば、王妃さまに仕える自分たち侍女もそう思われているのか‥。
「尚宮さま方は読み書きがお出来になるので、上流階級だったが罪を犯して賎民に落とされたのだと‥‥。王妃さまの場合は皇族と遊女の間に出来た娘だから遊芸に長けていらっやると‥」
これで全てが氷解した。自分たちは蔑まされているのだと。これに加えて、同じ身分のくせに曼珠の人間というだけで贅沢な暮らしをしている、生意気だ、卑しい民族なのに、と自分たちを見ているのだろう。ここに来てからずっと感じていた違和感、不快感の正体はこれだったのだ。
「お前は恐らく知っていると思うが、王妃さまの御母上は遊女ではなく、私たちも、このくにの言葉でいえば士大夫家のものだ‥」
侍中は自分たちの身分について説明した。彼女の口を通じて他の木槿国の宮女たちに真実が伝わればいいのだが。そして
「此度はいろいろ教えてくれてありがとう」
と謝意を言って端女を下がらせた。
翌日、侍中は王妃と侍女たちに端女の話を出来る限り穏やかな表現と口調で伝えた。
話を聞き終えた一同は鎮まりかえってしまった。予想外の内容に応じる言葉が出てこなかったのだ。
暫く後、王妃がようやく口を開いた。
「汝が真(まこと)のことを伝えたのだから、これからは少し状況が変わるであろう」
王妃の予測、というよりは希望は見事に外れた。
宮女たちは相変わらず冷たい眼差しを曼珠女性たちに向け、これに耐えられなくなった王妃付き侍女たちは宮女たちをぞんざいに扱うようになった。これまでのように良好な関係を築こうという努力はもはやしなくなった。
このことは侍中にも影を及ぼした。仲間である侍女たちがよそよそしくなったのである。半分木槿国人である侍中も自分たちを蔑んでいるのではという疑心暗鬼に捉われたのである。侍中は他の侍女たちから浮き上がったようになってしまった。そのため、侍中は侍女たちと王妃の側にいることが苦痛になってきた。
王妃は、こんな侍中の心中を察して、彼女には単独で出来る仕事~別殿外への使い等々をさせるようにした。
仕事の無い時は、誰とも接せず一人自室に籠もって時を送った。
「何で自分は木槿人の血を引いているのだろう、母親も曼珠人だったらここに来ることもなく、結婚してたとえ正妻になれなくて側室になっても今よりもマシな暮らしは出来ただろう。曼珠の地にいれば親族や友人知人も近くにいて、その気になればいつでも会えるのに‥」
意味のないことだとは分かっていても、侍中は嘆かずにはいられなかった。
侍中の身の回りの世話をする木槿国人の端女が遠慮がちに声を掛けてきた。彼女も侍中同様、木槿国人と曼珠国人の混血(ハーフ)だった。彼女の場合は木槿国人の父親と曼珠人の母親の間に生まれ、母親が早くに亡くなったため父親と共に木槿国に暮らしていた。その父親も最近世を去ってしまったため、父親の親族が彼女を王宮に“売って”しまったのだった。
「私がここに来たのは、きっと曼珠の血を継いでいるせいでしょう。言葉は出来ませんのに」
こう語った彼女に侍中は自分の母親と同じ朴氏だったこともあり親しみを感じた。それは彼女も同じようだった。というより彼女は他の宮女と違い、王妃たち曼珠国から来た人々皆に親切だった。
「出過ぎたことを申し上げますが‥」
端女はいつにも増して丁重な言葉使いをする。
「構わないわ、早く言いなさい」
侍中は先を促す。
「王妃さま方は、今度、管弦の宴を催し主上を御招きなさるそうと伺っていますが‥」
「ええ、そうよ。主上は音楽を好まれるので曼珠の調べにも関心をお持ちだと思って」
「お止めになった方が宜しいかと」
「何故?」
端女は言い難そうな口調で話し出した。
「木槿国の女性で楽器を奏するのは妓女のみで、庶民を含めそのようなことをする者はおりません」
「何ですって!」
予想外のことに侍中は声を上げてしまった。
「あと詩会をしたり、学問の類をすること、投壺も板跳びもブランコも王族女性のなさることでは無いのです」
侍中はどう応えていいのか分からず口を噤む。
「そして、この国では宮女や私のような端女に至るまで働いている女たちは皆賎民なのです」
「では王妃さまに侍っている尚宮と呼ばれる人々も‥」
「はい、常民ではございません」
ならば、王妃さまに仕える自分たち侍女もそう思われているのか‥。
「尚宮さま方は読み書きがお出来になるので、上流階級だったが罪を犯して賎民に落とされたのだと‥‥。王妃さまの場合は皇族と遊女の間に出来た娘だから遊芸に長けていらっやると‥」
これで全てが氷解した。自分たちは蔑まされているのだと。これに加えて、同じ身分のくせに曼珠の人間というだけで贅沢な暮らしをしている、生意気だ、卑しい民族なのに、と自分たちを見ているのだろう。ここに来てからずっと感じていた違和感、不快感の正体はこれだったのだ。
「お前は恐らく知っていると思うが、王妃さまの御母上は遊女ではなく、私たちも、このくにの言葉でいえば士大夫家のものだ‥」
侍中は自分たちの身分について説明した。彼女の口を通じて他の木槿国の宮女たちに真実が伝わればいいのだが。そして
「此度はいろいろ教えてくれてありがとう」
と謝意を言って端女を下がらせた。
翌日、侍中は王妃と侍女たちに端女の話を出来る限り穏やかな表現と口調で伝えた。
話を聞き終えた一同は鎮まりかえってしまった。予想外の内容に応じる言葉が出てこなかったのだ。
暫く後、王妃がようやく口を開いた。
「汝が真(まこと)のことを伝えたのだから、これからは少し状況が変わるであろう」
王妃の予測、というよりは希望は見事に外れた。
宮女たちは相変わらず冷たい眼差しを曼珠女性たちに向け、これに耐えられなくなった王妃付き侍女たちは宮女たちをぞんざいに扱うようになった。これまでのように良好な関係を築こうという努力はもはやしなくなった。
このことは侍中にも影を及ぼした。仲間である侍女たちがよそよそしくなったのである。半分木槿国人である侍中も自分たちを蔑んでいるのではという疑心暗鬼に捉われたのである。侍中は他の侍女たちから浮き上がったようになってしまった。そのため、侍中は侍女たちと王妃の側にいることが苦痛になってきた。
王妃は、こんな侍中の心中を察して、彼女には単独で出来る仕事~別殿外への使い等々をさせるようにした。
仕事の無い時は、誰とも接せず一人自室に籠もって時を送った。
「何で自分は木槿人の血を引いているのだろう、母親も曼珠人だったらここに来ることもなく、結婚してたとえ正妻になれなくて側室になっても今よりもマシな暮らしは出来ただろう。曼珠の地にいれば親族や友人知人も近くにいて、その気になればいつでも会えるのに‥」
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