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第六章 揺れる大地

324 的中する予想

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「ねぇマダム? ここにあるドレス、ぜーんぶルシに似合うと思わない!?」

 と、満面の笑顔で同意を求めたのは。

 見るからに艶やかで美しいハニーブロンドに、エメラルドグリーンの大きな瞳の美少女で。

 接客をしていたドレスショップのマダムは。

「はい。大変美しいお嬢様ならば、ここにあるどんなドレスでもお似合いになることでしょう」

 と、笑顔で太鼓判を押した。

 そのマダムの言葉に嘘偽りはなく。

 まるで世界の可愛いを詰め合わせたようなこの美しい容姿ならば、どんなドレスでも着こなせるだろうと思ったから。

「ふふふっ、じゃあここのお店のドレス全部買っちゃおっかなー?」

「まぁまぁお美しいお嬢様! それはそれは……」

 そのマダムの言葉に大変気を良くしたルシアは、いつものように店にあるドレスを全部買おうとする。

 けれど。

「ルシアちゃん、だ・め・よー? ついこの間もドレス沢山買ったでしょう貴女、それに今日は一着だけって約束……もう忘れてしまったのかしらん?」 

 ルシアの浪費癖を、止めたその口調や言葉尻は非常に優しく穏やかなもの。

 なのだが、その顔は明らかに怒っていて。

「う……でもでも! ここにあるドレス全部ルシに似合っちゃうんだもん、一つだけなんて選べないよ……も、もしや! ルシが世界一可愛いのがイケナイのかな!?」

「ルシアちゃんってやっぱりあの子に似てお馬鹿さんなのね、ほんと残念ねぇ? 賢いお母様に似てるのはお顔だけなのねー? さて、約束の一着が選べないなら今日のお買い物は無しにしましょうか」

 そして『今日はもう帰りましょ』と席を立ち、有無を言わさず帰ろうとするから。

「えー! 伯母さん、ヤダ、ひどいっ!」

「ルシアちゃん、オ・バ・サ・ンってそれ、誰の事かしらん?」

「あっ……お、お姉様?」

「ふふ、よく出来ました! ルシアちゃんは素直でとってもイイコね」

 この手の子どもの扱いには弟で慣れている。

 だからよく出来ましたと言って、ルシアの頭をゆったりとした動作で優しく撫でた。

「あらお客様、大変珍しい色の瞳が同じなので親子かと思っていましたのだけれど……?」

 その二人の様子にマダムが。

「あぁ……この子は弟の一人娘で、私の姪なんですのよ? とっても可愛いでしょう?」

「まあまあ、そうでしたの! こんなに可愛いらしい姪御さんと一緒にお買い物が出来るなんて羨ましいですわ、それに社交界で鼻高々ね!」

「ええ、そうですわね。私もこんな可愛い姪とお買い物が出来る機会を与えて下さった神様には、とても感謝しておりますの」

 質素な服を着て隠そうとしても、醸し出されてしまうその気品と洗練された所作は貴族特有のもので。

 貴族のいない他国ならばいざ知らず、このアルスではその出自を誤魔化す事は出来ない。

 そこへ。
 
「……あの、少々よろしいでしょうか?」

 後ろで静かに控えていた壮年の護衛が、そっと耳打ちする。

「あら、どうしましたか?」

「外の様子が少し……合流したほうがよろしいかと」

 その言葉に耳を少し澄ませば。

 どこか遠くの方で悲鳴や怒声をあげる人々の声が、耳に入ってきた。

「わかりました、じゃあルシアちゃ……ん? ん?」

 確かにそこにいたはず。

 それに今さっきまでこの手で頭を撫でていた。

 ルシアがいない。

「あの……お嬢様なら、『なにあれ楽しそう』と仰られて……そこの窓から……ぴょん、と」

 マダムは大変申し訳なさそうな顔で窓を指差し、ルシアが出ていった事を告げる。

 そこには開け放たれた窓と、冷たい風にはためくカーテンのドレープ。

「あ、あんのクソガキっ! 駄目だって言ってんのにまーた勝手に遊びにいきやがったな!?」

 先程までの洗練された美しい所作や、醸し出されていた気品はいったいどこへやら。

 自由奔放な姪に怒る彼女のその姿は。
 破天荒な護衛対象の少女に振り回されていた、彼女の弟ととてもよく似ていて。

 壮年の護衛はなんだかその光景がひどく懐かしくて、今は笑っている場合じゃないのについ笑ってしまう。

「また逃げられてしまいましたな……」

 開け放たれた窓から身を乗り出して覗き込み。

 その姿を探すが。

 やっぱりもう何処にも見当たらなくて。

「あんの馬鹿猫! 直ぐにどっかほっつきに行くんだから! もうあれにはやっぱり首輪と鈴が必要だと私は思いますわ……」

「そうですねぇ……? まぁ、また問題を起こされる前に探しましょう? 私は先に探しに行きますから、カレン様達と合流し状況をお知らせ下さい」

 首輪や鈴を付けた所であの子どもの場合、母親同様それを引きちぎって逃走しそうだなと壮年の護衛は思うが口にはしない。

「ええ、わかりました。私も報告致しましたら直ぐに後を追いかけますわ」

「……はい、では」

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