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第六章 揺れる大地
301 意気揚々
しおりを挟むふっくらと丸みを帯びた頬はほんのりと赤みが差し、ふくふくとした手は小さくて見るからに愛くるしい。
そしてぶつぶつと文句を垂れ流し続ける声は幼く、舌足らずで可愛らしく。
いじけて地面に寝っ転がった姿は本当の子どものようで微笑ましく、ずっと見ていられる気がする。
が、このまま放ったらかしにするというわけにもいかずオーディンはカレンの機嫌を直そうと、そのふっくらとした頬をつついてちょっかいをかける。
「ほれほれ、いつまでも駄々を捏ねてないで機嫌を直しなさい。お前さんは笑ってるほうが可愛らしいぞ」
「可愛いとかそんなもんどうでもいいわ! あと気安く触んな! こんな身体で私にこれからどうしろって言うの!? なんか魔法も使えなくなってるし? なにが全知全能の神だよ、人間だった時より明らかに劣化してんじゃん……これ」
「そりゃお前さんは神として生まれたばかりだし、出来ん事の方が多いのは当たり前じゃし? そのうち出来るようになるから今は我慢せえ」
「我慢とかそういう問題じゃない!」
だが断固拒否の姿勢を絶対に崩そうとしないご機嫌斜めなカレンに、オーディンはどうしたもんかと困り顔で頭を掻いた。
「オーディン様のおっしゃる通りですよカレン様? そのお姿も大変愛らしくて素敵だと思います! なので機嫌を直して下さい、ね!」
そんな困り顔のオーディンを見るに見かねてイーサンが、機嫌を直そうと試みるがカレンはとても手強かった。
カレンは基本的に我が儘は殆ど言わない、だが機嫌を一度でも損ねるとなかなか直らないのだ。
それにだいたいこういう時はエルザやエディが上手いこと宥めすかして機嫌を取っていたから、イーサンはこれ以上どうすればいいのか検討もつかない。
なのでもう既に八方塞がりである。
「魔法が使えんのが問題から、その騎士を一緒に連れて行けばいいだけの話じゃろ?」
「もしかして、イーサン連れていけるの!?」
「え? 僕もカレン様と行けるんですか!?」
まさかイーサンをここから一緒に連れていけるなんて、カレンは思ってもみなかった。
その身体はこの神が最後の別れの為に用意した仮初めの身体であって、イーサンに会えるのはこれが最後だと思っていた。
それはイーサンも同じで、カレンと一緒に行けるなんて考えてすらいなかった。
カレンがここから立ち去れば、自分は冥界に墜ちるものだとばかり思っていた。
だから二人はその言葉にひどく驚いて。
オーディンの事を、穴が空くほどまじまじと食い入るようにじっと見つめた。
「……その為にワシが連れてきて身体を与えてやったんじゃ、その騎士は神であるお前さんの券属にしてしまえば何の問題もない」
「眷属? 死者を甦らせられるって……神って実はすごかった!?」
「ここから連れ出せるのは多少違うがお前さんがワシと同じで死というもんを司っとるから。死んどるモンならある程度好きに出来るぞ? まあ円環に加わり既に転生していたら無理じゃがな」
「え、私が死を司る……? なんで私って厄災とか死とか物騒なもんばっかりなんだよ」
「そりゃお前さんの日頃の行いが悪いからじゃな、神を冒涜し神を神とも思わぬ不遜な態度……天罰落とされてもなんも文句が言えんぞ」
オーディンは溜め息を溢し、ヤレヤレとわざとらしく肩を竦めて見せる。
「ふん、もう私その神とやらになったから大丈夫だし? 天罰落とせるもんなら落としてみやがれ」
「……お前さんがそんな残念な性格だから、そうなってしもうたんじゃろうな?」
「あ゛?」
愛くるしい子どもの姿なので迫力は欠片すらもないが、カレンはオーディンを鋭く睨みガンを飛ばす。
その姿はオーディンが見守っていたいつものカレンらしい表情で、つい笑みが溢れた。
「あの、すいません……世の中的に僕達って死んだ事になってますよね? その、大丈夫でしょうか?」
恐る恐るイーサンは二人の話に割って入る。
「え、何が?」
「カレン様は特に有名人ですし、子どもの姿でも死んだ人間と同じ顔が歩いていたら……色々と問題が出てくるかと思うのですが」
「……え、ちょっと待ってイーサン! 死んだことになってるって事は私の資産、もしかして凍結されて相続ちゃう!? うわ、どうしよう」
何度起こそうとしても絶対に起き上がらなかったのに、急にカレンは飛び起きて。
とても真剣な顔でお金の心配を始めた。
「え、お金の心配ですか? 他にも心配する事、色々とあると思うのですが」
「イーサンなに言ってんの? 世の中は金だよ? お金が無いと何も出来ないんだよ、これだから金に困った事がない貴族のボンボンは困る」
「えー?」
「よし、相続されちゃう前にお金をイクスに取りに行こう! お金がないと楽しむもんも全然楽しめないからね!」
「イクスになんてノコノコ行ったらカレン様が生きてるのバレちゃいますよ? 混乱しませんかね……」
「大丈夫でしょ、この姿なら! サクッと家に帰ってお金取ってくるだけだし、子どもの姿って案外いいのかも?」
「さっきと言ってる事が全然違いますよ!?」
「よし、イーサン行くぞー! またね、お爺ちゃん!」
そしてカレンは。
戸惑うイーサンと愛らしい子猫を連れて、意気揚々と人間が住まう地上へと降り立っていった。
その後ろ姿をオーディンは朗らかに笑い見送った。
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