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第五章 残酷な世界
289 シュプレヒコール
しおりを挟む魔法を使える事が当たり前で、保有する魔力量によって人生の全てが決まる。
そんな国に、魔力を持たずして生まれた少女は。
躊躇いなく離された手を、サファイアのような美しい瞳でただじっと見つめていた。
【魔力量至上主義国家アルス】
ここはその国の王城にある大広間。
その大広間ではつい今しがたまで煌びやかな夜会が開かれ、楽団の演奏が奏でられていた。
だけど今は。
華やかで楽しげな楽団の演奏は止んで、怒り狂った獣のような人々が英雄と呼んでいた少女に詰めよりシュプレヒコールをあげていた。
「おいっ! お前が殺したって本当か錬金術師!」
「貴女、説明をしなさい! 私の子を返してよ、どうしてそんな事をしたの……どうして……」
「つ……追放の恨みか!? そのくらいの事で世界中の人間をあんなに風に惨たらしく殺すなんて……頭がオカシイ、この女は異常者だ」
怒り狂った人々はほんの少し前まで、この少女を英雄だと誉め称えて羨望の眼差しを向けていたのに。
お近づきになりたいと期を見計らっていたのに。
真偽の程も定かではない言葉を簡単に信じ、掌を返して口汚く少女を罵っていた。
誰の犠牲の上に自分達がいま生かされているとも知らずに、知ろうともせずに。
「貴様ら、下がれ! カレン様にこれ以上近寄るならば、誰が相手だろうと私は容赦しない!」
醜怪な表情で喚き散らしながら詰め寄ってくる貴族達にエルザは剣を抜いて、カレンから遠ざける。
だが興奮した貴族達は諦める事なくカレンに向けて怨嗟の声を放ち、説明しろと騒がしく迫りくる。
その姿は醜悪で、おぞましくて。
一刻も早くここから少しでも安全な場所へカレンを移送したいのに、この現場の指揮を取るべきエディが妹のリティシアの元に行ってしまったから。
「っくそ、団長は何をしている……!」
苛立ったエルザはエディの様子を窺った。
けれどエディは妹のリティシアに意識が全て向いてしまっているのか、一度も此方を振り返らない。
打開策のないこの現状に、エルザは気が急いて苛立ち段々と余裕が失われていくばかりで。
一方カレンを一人で守る事になってしまったイーサンは、魔力消費の激しい防御の結界をたった一人で展開し続けていた。
「大丈夫、大丈夫ですからね……! カレン様は僕達護衛騎士が命に代えても絶対にお守り致しますから……」
「イーサン……どうして? 私は……」
「大丈夫です、カレン様の事ですから……何か大事な、僕達に話せなかった理由があるのでしょう?」
「っ……ごめんね、後でちゃんと全部話すから……」
「はいっ、お待ちしております! カレン様」
そして呆然とするカレンを励まし、押し寄せる貴族達から隠すようにイーサンはその腕の中に抱いて。
ただエディが戻るのを待った。
自分一人ではカレンを守りきれないと己の力量をイーサンはわかっていたから、なるべくその場から動かずに防御の結界を展開し続けた。
そんなイーサンの額には汗が伝い疲労の色が滲む、そろそろ魔力量の限界が近い。
いくら要人の護衛に特化した白騎士といえど、長時間魔法を使い続ける事なんて不可能。
……瞬きの間、轟音が響く。
それはカレンに向けられて攻撃魔法が放たれた音、周囲には多数の貴族が集まっているというのに。
放たれた攻撃魔法による火炎は、イーサンが展開する防御の結界に直撃し弾かれる。
弾かれた火炎はカレンの周りに集まっていた貴族達に当たり、耳を劈ざくような悲鳴に鼓膜が震えた。
「っ……もう誰かれ関係なしかよ!」
「イーサン! カレン様を死ぬ気で守りなさい!」
「エルザ、わかってる! 団長はまだ……!?」
「ああ、もうっ! オースティン団長! なにしてるんですか早く……!」
そのエルザの声と音と悲鳴に、やっと二人はカレンの方へと振り返った。
「なっ、カレンっ……!」
「カレン様!」
そしてエディと執行官の二人が、振り返ったその先に広がっていた光景は。
弾かれた火炎が直撃し火達磨になって転がり苦痛に叫ぶ者、そして恐怖で咽び泣きその場に座り込む者がカレンの周囲を埋め尽くしていて。
そこは地獄絵図と化していた。
どうして側から離れてしまったのかと二人は激しく後悔しながら、カレンの元へと駆け出した。
だけど駆け出した二人の行く手を我先にと出口へ向けて逃げ出す貴族達が邪魔をして、戻れない。
今は首謀者と話している場合ではなく、守らなければいけないカレンの側にいるべきで。
……その側を離れるべきではなかったのに。
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