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第五章 残酷な世界
282 不貞腐れ
しおりを挟む研究室としてカレンが利用する部屋で。
礼儀正しく椅子に座り。
背筋をピンと伸ばして机へと向かい、黙々と本を読んでいるのは。
少し癖のあるハニーブロンドにサファイアの瞳は製作者と全く同じ色彩で、姉弟だと言われたら知らぬ者なら簡単に信じるほどによく似た美少年。
その少年の正体はホムンクルス。
人間に似せて作られた人間の紛い物であるソレは、どこか儚げな印象を人間に与える。
「ねぇエディ、マスターは、どこ?」
マスターであるカレンに人間らしくなるように命令されたホムンクルスは、人間のように振る舞うべくマナーや言葉遣いをエディに教えて貰っていた。
「部屋、だけど今は構って貰えないと思うぞ? カレンは夜会の準備で忙しいだろうからな」
「……最近全然マスターが遊んでくれない」
だが最近カレンがめっきり構ってくれなくなって、ホムンクルスは寂しさからか不満を口にする。
「カレンはもうすぐイクスに帰ると言っていたから、あちらに戻れば少しはお前と遊んでくれるさ」
「イクス、エディも来るんだよね!?」
「ああ、一緒に行くよ」
「じゃあイクスに帰っても言葉、教えてくれる?」
「もう教える事もあまりないが……お前が満足するまで教えてやる、だから今は我慢しておけ」
「……うん、我慢する!」
容姿はよく似ているが性格はカレンと違い素直で従順なホムンクルスに、最初嫉妬の感情を抱いてしまった自分が可笑しくなってエディは笑う。
「イイコだ、じゃあ次は剣の練習でもするか!」
「えー? 運動は嫌い、やだ……やっぱりマスターの所に行きたい」
剣術を教えようとすればホムンクルスは運動が嫌だと言って、ツンと口を尖らせてぷくぅ……と頬を膨らまし不貞腐れる。
「はぁっ……やっぱり似てるのか、性格も」
その行動や性格はやっぱり製作者たるカレンと全く同じで、エディはつい溜め息が漏れた。
そんなホムンクルスを神の御業を我が物顔で行使し、創造した錬金術師であるカレンは。
メイド達と産みの母親が激しく交わす議論に辟易としていた、だってその内容が。
『自分の髪をどう結えばいかに美しくなるか』
だったから。
カレンにとってそんな事はどうでもいい些末な事柄で、やるならさっさとして欲しいなと思いながら茶で喉を潤しその光景を言葉を発する事もなくただ眺めて待つ。
産みの母親とこんな穏やかな時間を過ごすのもきっとこれが最後だから、カレンは付き合ってやる。
このまま見つからなければ、無駄かもしれないが最後は自分が人柱になってでもこの終焉を止める。
カレンはそれを覚悟していた。
あとどれくらい自分の時間が残っているかはわからないが、残された命の使い方としてそれが最善手。
共に生きたいと願うけれどそれを世界は許しはしないだろうし、愛してしまったから。
カレンにとって大切な人になってしまったから。
救いたい。
だから誰かを好きになんてなりたくなかったのにと、馬鹿な自分を自嘲するけど。
あのまま世界の不条理に苦しみ奥歯を噛み締めて、ただ終わりを待つだけの人生よりずっといい。
「マスター! エディがいじめるのー!」
ぼんやりと物思いにふけっていたカレンの元へ、ホムンクルスが何かから逃げるように駆けてきた。
部屋に入ってきたホムンクルスに集まる視線。
その視線は優しくこの紛い物に対して好意的で、ホムンクルス自身もそれがさも当たり前のように受け取っている。
カレンが作り出したこの人間の紛い物は、このガルシア公爵家で愛されていた。
「どうしたの、ホムちゃん……エディとお勉強もう終わったの? いじめる……って」
「嫌って言ってるのにエディがね……!」
まるで告げ口でもするかのようにカレンにいい募るホムンクルスに、その後を追い掛けて部屋に入ってきたエディが。
「逃げんな、ホムンクルス!」
「エディ……ホムちゃんいじめちゃダメだよ? 可哀想じゃない、優しく教えてあげて?」
「いや……そいつ剣術やるって言ったら『運動は嫌い』って言って逃げただけ、まだ何もしてない」
「……ふふ、ホムちゃん? エディの言うことちゃんと聞いて学んで、貴方は自我を持ってしまったから知識が必要。知らない事は罪ではないけれど知ろうとしないことは罪なんだよ」
無知は罪
知は空虚なり
英知を持つものは英雄なり
「……マスターの言葉は難しい」
「知らないことで誰かを傷つけ不幸にするかもしれない、知らない本人は……幸せかもしれないけれどね? 私は貴方に誰かを傷つける存在になって欲しくない」
そう言ってカレンは優しく微笑み、ホムンクルスの頭をゆったりと撫でる。
頭を撫でられたホムンクルス本人は納得がいっていない顔をしているが、それも成長だとカレンは思う。
そんな二人に。
「カレンちゃん……? 前々から思っていたのだけれど、『ホムちゃん』って名前ちょっと可哀想よ?」
いい感じの雰囲気でホムンクルスと話していたカレンは、そんな産みの母親であるガルシア公爵夫人の余計なお世話に舌打ちをして。
「あ? じゃあ何だったらいいと……!?」
明らか不機嫌な顔になって、不貞腐れた。
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